こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,000字程度の読書記録などの集まり。

斎藤洋一、大石慎三郎『身分差別社会の真実』


身分差別社会の真実 (講談社現代新書)身分差別社会の真実 (講談社現代新書)
斎藤 洋一 大石 慎三郎

講談社 1995-07-17

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 《参考記事(ブログ本館)》
 室谷克実『呆韓論』―韓国の「階級社会」と日本の「階層社会」について
 山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」
 山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1)(2)

 上記の記事で、江戸時代には士農工商という区別はなく、武士、百姓、商人という身分があるだけだと書いた。また、武士、百姓、商人という区別は流動的であり、一生の間に身分を変える人がいることにも触れた。そのことに基づいて私は、現在の日本社会を特徴づける多重階層社会において、階層を上(時には下)に移動できる自由が日本人にはあると主張してきた。

 だが、本書によると、百姓と町人の間では身分の移動が多く見られたが、百姓・町人と武士との間ではそれほど移動がなかったとされている。
 百姓・町人身分は「平人」身分としてくくられていた、と考えればよいのではないかと思われる。そうすれば、生まれによって身分が決まり、その変更は原則としてできないということが、「平人」身分にも妥当するからである。なぜなら、「平人」が武士になることはそれほどなかったし、また、「平人」が「えた」「ひにん」などになることはめったになかったからである。
 江戸時代の身分社会の特徴は、差別が違う身分間ではなく、同一身分間で見られたことだと著者は指摘する。武士(大名)は、百万石の石高を持つ者から、大名としての最低ランクである一万石の石高しか持たない者まで多様であった。同様に、百姓と町人の社会も、複数の階層から成り立っていた。ただ、ここで私なりにポジティブな見方をすれば、身分を超えた移動は少なかったかもしれないが、身分内での移動は比較的多く存在したのではないかと考える。

 全く自由がない社会とは、生まれながらにして身分が決まっており、それを一生の間に変更することができず、上の身分からの命令に絶対に従わなければならない社会である。インドのカースト制はこれに近かったと思われる。これとは逆に”完全自由社会”とは、人間が出自とは無関係に、何にでもなることができる社会である。アメリカは完全自由社会を信奉している。

 ただ、アメリカの場合は、全ての人が自由に自己実現できるわけではない。アメリカは唯一絶対の神を信じるキリスト教の国である。アメリカのキリスト教の特徴は選民思想である(だから、アメリカとイスラエルは気が合う)。自己実現できる人は、神によってあらかじめ選ばれている。その選ばれた人が信仰によって、「私は一生のうちにこれを実現する」と神との間で”契約”することができれば、その人は自己実現ができる。せっかく選ばれたのに神と契約を結ばなかった人、それからそもそも神に選ばれなかった人は、自己実現をする人の道具・しもべとなるしかない。したがって、アメリカ社会では極端な格差が生じる。

 日本は完全不自由社会と完全自由社会の間に位置する。冒頭でも書いたように、私は以前、日本人は階層を上下に自由に移動できると書いたが、そのトーンは少し弱めなければならないだろう。つまり、日本人は生まれながらにしてある程度身分が決まっている。そして、どう頑張ってもなることができない身分がある。天皇家に生まれない限り、天皇になることはできない。天皇は、日本社会には”身分の天井”があることを象徴していると言えるかもしれない。

 日本人はあらかじめ階層社会の中で位置を決められている。まずは、そのポジションにおいて、周囲から期待されていることを誠実に履行することが重要となる。これは、一見不自由なように見えて、実は利点もある。というのも、完全自由社会のように、自分は何をしたいのか、何をすればよいのかをゼロから考える必要がないからだ。日本人は、自分に与えられた役割に対して、最初からエネルギーを投入することができる。これが日本人の1つ目の自由である。

 また、本人が努力して能力を磨けば、ポジションを移動させることも可能である。前述の通り、”身分の天井”があるため、大幅な移動は難しいかもしれないが、江戸時代のように身分の内部は多重化しているため、多少はポジションを変更することができる。これが日本人の2つ目の自由である。仮に自分の位置を変えることができなくても、冒頭の参考記事で書いたように、上の階層に対する”下剋上”や下の階層に対する”下問”、さらに水平方向の連携を通じて、周囲のプレイヤーの役割の遂行を助けることができる。ありていに言えば、他人に”口出し”ができる。これが日本人の3つ目の自由である。

 ただし、”身分の天井”の存在が日本社会にとって本当に妥当なのかは、検証が必要だろう。現在の日本社会には、非正規社員という1つの身分が存在する。また、女性の活躍推進が強調されるようになっても、依然として管理職になることができる女性の数は少ない。下流老人のように、努力して収入を増やしたくてもそれができない人々もいる。こういう人たちにとっての自由とは一体何なのか、この点についても議論しなければならない。

高橋和夫『中東から世界が崩れる―イランの復活、サウジアラビアの変貌』


中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書)中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌 (NHK出版新書)
高橋 和夫

NHK出版 2016-06-11

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 《参考記事》
 内藤正典『イスラームから世界を見る』

 《参考記事(ブログ本館)》
 イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?
 山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―イスラム世界の5つの常識、他
 山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―日本はアラブ世界全体に武器を輸出した方がよい?他

 著者は、中東の混乱を安易に宗教対立で説明することに対して批判的である。
 エルサレムおよびヨルダン川西岸地区では、幾度もの紛争が起きてきた。紛争の原因は、「何教が正しいのか?」という神学論争ではない。ありていに言えば、「エルサレムを含むパレスチナという土地を誰が取るか」「ヨルダン川の水を誰が支配するのか」という”地上げ”のような問題だ。土地と水をめぐる問題である。
 とはいえ、中東において宗教集団の存在を無視することは難しく、別の箇所ではイラクに関して次のように述べている。
 もしくは、思い切ってイラクを「分割」した方が、安定に向かうかもしれない。現にイラクでは「分割」が進みつつある。北部のクルド地域が安定していることは既に述べた。スンニー派が多いイラクの中部が混乱しているわけだが、ここを思い切ってスンニー派に任せてしまう手もあるだろう。
 国民をどのように定義するのか、別の言い方をすれば、「何をもって『○○人』と呼ぶのか」という問題については、大きく分けて2つの回答がある。1つは血統主義であり、A国人から生まれた人はA国人とするという考え方である。日本は血統主義の国にあたる。もう1つは出生地主義であり、B国で生まれた人はB人とする。出生地主義はアメリカやカナダなどで採用されている。

 多くの国では、出生地主義と血統主義はほぼイコールである。日本はその典型で、日本で生まれた人はたいてい日本人から生まれている。こういう国では、国民を形成しやすく、ナショナリズムの醸成も容易である。だが、中東の場合はこうはいかない。中東の人々は元々遊牧民であり、土地を重視しない。今でも中東にはちゃんとした住所が存在しない地域が多い。中東で「○○人」という意識を持たせているのは血統主義しかない。そこに、欧米流の土地重視のナショナリズムを持ち込んで、国境線を強引に引いたことが、中東の混乱の原因となっている。

 中東では、土地に縛られない国家のあり方が模索されるべきだと思う。まずは、先ほど述べたように血統主義に従い、部族を形成することである。しかし、部族単位では国家を形成するだけの大きさにならない。外敵から部族民を十分に守ることができない。そこで、複数の部族をまとめて1つの国家にする必要があるのだが、それを可能にするのは、やはり宗教の力だと思う。複数の部族を内包する部族集団が1つの国家を形成し、宗教を中心としてナショナリズムを醸成する。ただし、どの国も特定の領土を持たない。中東には多数の国家が入り乱れ、誰も正確な地図を描くことができない。だが、その方がかえって中東は安定する。
 もしかしたら、超長期の未来において、中東は植民地支配以前の状態に戻るかもしれない。つまり、イランやエジプト、トルコといった歴史性を持つ国家は残るにしても、それ以外の地域はより細分化された”諸部族”の時代に帰る―。これもまたあり得ない話ではない。そうなれば、近代国家の概念で捉えられるような明快さはもはや存在しない。複雑で、多様で、曖昧とした世界が常態化する。

井沢元彦、島田裕巳『天皇とは何か』


天皇とは何か (宝島社新書)天皇とは何か (宝島社新書)
井沢 元彦 島田 裕巳

宝島社 2013-02-09

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 『逆説の日本史』シリーズの著者・井沢元彦氏と、宗教学者・島田裕巳氏の対談本。井沢氏が邪馬台国や卑弥呼について興味深い仮説を提示していたので、それをまとめておく。もっとも、本人は「これを言ったら笑われる」、「こう言うと方々から怒られる」とわざわざ断っているので、取り扱い要注意の仮説である。

 ・弥生時代、大陸から九州へと移り住んだ弥生人は、先住していた縄文人を排し、鉄器を武器に支配勢力を東へと拡大していった。弥生時代には様々な「クニ」が興ったが、最も勢力を誇ったのが「邪馬台国」である。「邪馬台国」を「やまたいこく」と読むのは、江戸時代の読み方である。中国の古音で読むと「やまどこく」となる。よって、邪馬台国は、後のヤマト朝廷と同一ではないかと考えられる。

 ・「卑弥呼」は人名ではない可能性がある。というのも、王の名前が外部に知られると呪われるため、通常、王の名は軍事機密扱いとされるからだ。卑弥呼は「日の巫女」であると考えられる。そして、次の点が重要であるが、卑弥呼は天皇の祖先である。なお、井沢氏は、奈良県桜井市にある箸墓古墳を卑弥呼の墓と推測している(宮内庁は、「大市墓(おおいちのはか)」として、第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓としている)。

 ・日本には約8万の神社があるが、その中で最も多いのは八幡宮である。しかし、八幡とはどの神のことなのか、古事記にも日本書紀にも記載がない。八幡社は元々、九州の宇佐八幡宮から始まっている。奈良時代、聖武天皇が東大寺に大仏を建立した際に、東大寺の守護神として寺の近くに手向山八幡が建てられ、宇佐の分霊として祀られた。その後、宇佐八幡は応神天皇と習合したため、宇佐八幡=応神天皇のイメージが定着した。

 聖武天皇の娘にあたる称徳天皇は、宇佐八幡宮から「道鏡が皇位に就くべし」との託宣を受けた。真相を確かめるために宇佐八幡宮に派遣された和気清麻呂によって宣託は否定されたのだが、ここでポイントとなるのは、神託を聞きに行ったのが宇佐八幡宮であるという事実である。誰を天皇にするかは、当時の朝廷にとって最も重要な事項である。もし、神託を聞きに行くのであれば、天照大御神を祀っている伊勢神宮に行くはずだ。それなのに、宇佐八幡宮に行ったということは、朝廷にとって宇佐八幡宮が特別な意味を持っていたことを表している。

 実際に宇佐八幡宮に行ってみると、中央に祀られているのは応神天皇ではなく、比売大神(ひめおおかみ)である。そして、比売大神とは卑弥呼であると考えられる。前述の通り、卑弥呼は天皇の祖先という最重要のポジションにある。よって、比売大神=卑弥呼の元に神託を聞きに行ったとしてもおかしくはない。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
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 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(2016年7月から「ITパスポート」、8月から「情報セキュリティマネジメント」、11月から「経営学検定(初級)」の講師を務めています。谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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