こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

マシュー・ディクソン他『おもてなし幻想―デジタル時代の顧客満足と収益の関係』―コールセンターを簡単にアウトソーシングする企業は大抵終わっている


おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係
マシュー・ディクソン ニック・トーマン リック・デリシ 神田 昌典

実業之日本社 2018-07-05

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 「顧客の期待を超える感動的なサービスを提供すれば顧客満足度が上昇し、顧客ロイヤルティも向上してリピート率が上がる」―マーケティングの世界では当たり前のように信じられていることである(私もその1人であった)。だが、本書はそんなマーケターの常識を根底から覆す1冊である。

 ①喜びの戦略は割に合わない。
 企業は「顧客の期待を超えるサービス」が顧客ロイヤルティを高めると信じている。だが、実際は「期待以上のサービスを受けた顧客」と「期待が満たされただけの顧客」のロイヤルティには差が全くない。
 ②満足度はロイヤルティの予測因子ではない。
 調査では、カスタマーサービス・インタラクション(担当者と顧客の間のやりとり)に満足しても、その企業でなく他社から購入しようと考える顧客が20%いた。つまり、顧客満足度と将来の顧客ロイヤルティとの間に関係はない。
 ③ディスロイヤルティを促す可能性が高い。
 カスタマーサービス・インタラクションは、ロイヤルティよりもディスロイヤルティ(顧客のロイヤルティを低下させること)を促進する可能性が4倍も高い。また、ロイヤルティを失った顧客は、否定的な口コミを流す確率が高い。
 ④ディスロイヤルティ緩和のカギは顧客努力の軽減。
 ディスロイヤルティを促す要因には、「問題解決のために顧客が投じなければならない手間(顧客努力。例えば、製品に関する問い合わせをしたり、クレームを伝えたりするためにあちこちの部署に電話しなければならないことなど)」に関するものが多い。顧客努力が多いとロイヤルティは低下する。

 確かに、私自身の経験を振り返ってみると、いくら感動的なサービスを提供されても、こちらが要望していた最低限のニーズが十分に満たされなければ、その感動的なサービスで帳消しというわけにはいかない。

 私は今この記事をあるカフェのフリーWi-Fiを使って書いているのだが、非常につながりが悪くストレスを感じている。無料で使えるのだから文句を言うなと言う人もいるかもしれない。だが、私にしてみれば、フリーWi-Fiが使えることを集客のうたい文句の1つにしているのだから、せめてまともに使えるようにしてほしいと言いたい気持ちもある。もし、このお店の店員の接客態度が非常に優れていたとしても、私の主目的はフリーWi-Fiを使って作業をすることであるから、主目的が果たされない限り、このお店を次回以降使うことはためらわれてしまう。

 私の話はこの辺にしておいて、先日の記事「エイドリアン・J・スライウォツキー他『デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために』―オムニチャネルもIoTも既に予言されていた」で、顧客の一連の体験プロセスについて、「顧客にやってもらうのか、それとも自社が顧客の代わりにやってあげるのか?」、「デジタルな手法で実現するのか、それともアナログな手法で実現するのか?」を検討することが重要であると書いた。ポイントは、顧客の一連の体験プロセスというのは、製品・サービスを購入し、使用して終わりというわけではなく、その前後、つまり購入を検討するプロセスと、使用した後のプロセスも含むということであった。個人的に、購入を検討するプロセスについては、企業もプロモーションの一環として比較的よく考えていると思うのに対し、使用した後のプロセスとなると、おざなりになっている企業が多いように感じる。

 顧客が製品・サービスを使用している途中で問い合わせたいことがあったり、故障した製品の修理を依頼しようと思ったり、製品・サービスについて意見やクレームを言いたかったりする場合、顧客が真っ先にコンタクトするのがコールセンターであろう。ただ、このコールセンターの業務を緻密に設計している企業が果たしてどれほどあるのか、私には疑問である。顧客は部品の交換程度の修理を望んでいるのに延々と電話口で待たせたり、クレームへの応対がいい加減でエスカレーションを繰り返し、かえって顧客の怒りを倍増させたりするケースが少なくないように思える。こうした顧客に対する”裏切り”は、前述の通りディスロイヤルティを促す。そして、その顧客だけでなく、その顧客の周囲にいる顧客の離反を招く。このように、コールセンターは非常にナイーブなスポットである。

 昔はコールセンターと呼ばずにお客様相談窓口という名称を使っていて、お客様相談窓口に異動になった社員に対しては、「毎日お客様から色々言われる大変な部署だが、お客様の生の声を聞くことができる貴重な場所だから、頑張ってこい」と言って送り出したものである。ところが、最近は顧客体験上極めて重要でナイーブなスポットであるこのコールセンターの業務を真剣に突き詰めずに、簡単に外部の業者にアウトソーシングしてしまう。そして、コールセンターの仕事は、さらに派遣社員にアウトソーシングされる。

 どこかのサイトで、「派遣社員は専門スキルを時間単位で切り売りするプロである」と書いてあるのを読んだが、世の中の派遣社員の方々に対して失礼なのを承知で言えば、そんな意識で働いている派遣社員などごく一部であるし、派遣先企業(つまり、コールセンター業務を受託している企業)も、大して時給が高くない派遣社員にそこまで期待していない。アウトソーシングされて当事者意識が低いコールセンターを、さらに当事者意識の低い派遣社員で運営しようというのだから、私に言わせれば狂気の沙汰である。委託元企業は、自ら顧客を手放そうとしているようなものである。もし私が経営者だったら、たとえコスト高になったとしても、コールセンターだけは絶対に手放さないと思う。

 もう20年ぐらい前のことだが、ある大手コンサルティングファームでパートナー(共同経営者)にまでなった人が、自分で事業をしたいと思い立ち、何が事業の種になるかを検討した結果、当時はまだほとんど馴染みのなかった「コールセンターのアウトソーシング事業」を思いついたそうだ。当時、アメリカではノンコア業務をアウトソーシングする動きが活発になっていた。このパートナーは、製造や技術開発などはコア業務であるが、コールセンターはノンコア業務であるから、今後はアウトソーシングの動きが加速するに違いないと予測したようである。

 確かに、このパートナーの予測通り、コールセンターのアウトソーシング市場はその後急成長を遂げた。コールセンターをアウトソーシングしていない企業を探す方が難しいぐらいだ。しかし、私はこのパートナーの考えは、根本的な部分で間違っていると思う。コールセンターは、顧客との将来の関係を決定づける、極めて、もう一度繰り返すが極めて価値の高いコア業務である。今、日本中でアウトソーシングされているコールセンターにおいて、おびただしい数の顧客が怒り狂っている原因を作った1人が、このパートナーであると断言してよい。

エイドリアン・J・スライウォツキー他『デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために』―オムニチャネルもIoTも既に予言されていた


デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のためにデジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために
エイドリアン・J. スライウォツキー デイビッド・J. モリソン Adrian J. Slywotzky

ダイヤモンド社 2001-11

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 8年前に旧ブログの記事「スライウォツキーの戦略論は面白くて好きだ-『プロフィット・ゾーン経営戦略』」で紹介したことがあるエイドリアン・スライウォツキーの著書。17年前とかなり古い本なのだが、読んでみたら今でいうところのオムニチャネルやIoTのことが既に書かれていた。

 例えば、アメリカの証券会社チャールズ・シュワブは、2000年代のドットコムバブルの時に、多くの新興企業がオンライン証券会社を立ち上げ、格安な手数料で既存企業に勝負を挑んできたのに対し、敢えて実店舗とオンラインチャネルの共存という戦略を打ち出した。というのも、新興のオンライン証券会社はデイトレーダー的な個人投資家をターゲットとしていたが、チャールズ・シュワブの顧客は長期間にわたって株を保有し続ける年配の富裕層が多かったためだ。

 こうした富裕層は、まずはチャールズ・シュワブの実店舗で口座を開き、財産状況や投資の性向などに応じて適切な投資銘柄やポートフォリオをアドバイスしてもらう。その後、オンラインチャネルに移って実際の株式を売買する、という行動を取った。これはオムニチャネルと呼んでよいだろう。その結果、同社の手数料は、最大のライバルであるEトレードの2倍ほどするにもかかわらず、総資産額は順調に増加を続け、同社の収益増に大きく貢献した。

 もう1社の事例はGEである。GEエアクラフト・エンジンズは、航空会社などが特定データを電子的にアップロードすると、自社製の航空機エンジンについて数百項目について監視できるシステムを作り上げた。エンジンの最新動向、欠陥の状況、整備に関する提案や問題解決方法がシステムを通じて毎日、毎週提供され、必要に応じて直ちにサービス担当者を派遣する。本書執筆時点では、ユーザ企業側が航空機エンジンに関する情報を自らアップロードする必要があったようだが、これはまさに今で言うところのIoTの先駆けである。

 ただ、時間の流れと言うのは残酷なもので、現在この2社はともに苦境に立たされている。チャールズ・シュワブに関して言えば、顧客がインターネットなどで投資に関する知識を身につけるにしたがって、実店舗の存在価値が下がり、オンライン取引手数料の価格競争に巻き込まれることになった。同社のETF取引手数料は業界最低水準まで下がっている。代わりに、実店舗で富裕層向けに提供するサービスの手数料が上昇し、これが富裕層の不満を買っている。そこで同社は、ロボットアドバイザリーを導入して手数料を抑えることにした。オムニチャネルの場合、どうしてもオンライン専業企業よりも割高になる。その価格に見合った価値を顧客に提供できているかを常にチェックしなければならない。

 GEはもっと深刻である。今年の1月に同社が発表した決算によると、2017年10~12月期決算で最終損益が98億2600万ドルの赤字(約1兆円)であった。先ほど紹介した航空機エンジンの事業は好調だったものの、同じくIoTを導入している発電タービン事業が大きく足を引っ張った。同事業では、顧客企業がもっと出力の小さい発電タービンへとニーズが移行していたのに、同社のIoTではその情報を吸い上げることができなかった。IoTで膨大な情報を収集しているのだから、顧客ニーズの把握は十分だと過信してはいけないことを教えてくれる例である。むしろ、情報をシステムで多角的に集めれば集めるほど、業界や市場に変化をもたらす重要な情報はシステムの外部からやってくると思った方がよい。だから、経営陣は常に現場に足を運び、自分で直接見聞きすることが重要である。

 本書が教えてくれるもう1つの重要な教訓は、一連の顧客体験をどのように設計すれば総合的な顧客価値が上がるのかを検討する必要があるということである。顧客体験とは、例えば本を購入する場合を考えてみると、「調べたいこと・知りたいことを思いつく⇒本屋に行く⇒目当ての本を探す⇒類似の本の中身を比較検討する⇒本を購入する⇒本を家に持ち帰る⇒本を読む⇒メモを取る⇒メモをまとめる⇒感想を共有する⇒本の内容を思い出す」といった具合になる。単に本を買って読むだけではなく、その前後、すなわち購入を検討するプロセスや、使用した後のプロセスも視野に入れることが大切である。

 ここで、それぞれのプロセスについて、「顧客にやってもらうのか、顧客の代わりにやってあげるのか?」、「デジタルな方法で実現するのか、アナログな方法で実現するのか?」を考える。全てのプロセスを顧客にやらせ、アナログな手法に頼るのが従来型の書店である。そこに殴り込みをかけたのがAmazonであり、一連の顧客行動のほとんど全てをデジタルな方法で実現した。しかも、顧客が「調べたいこと・知りたいことを思いつく」前に、Amazonの方から購買履歴情報を基にお勧めの本の情報を教えてくれるし、「本を家に持ち帰る」というプロセスも、Amazon(正確にはAmazonが契約している運送業者)が肩代わりしてくれる。これによって、Amazonの提供する顧客価値は飛躍的に高まった。

 ただし、Amazonにもまだできていないことはある。例えば、「類似の本の中身を比較検討する」については、一部の本について中身検索ができるようになったものの、基本的には顧客が自分でやらなければならない。また、「メモを取る」という行為は、Kindleによってデジタルな手法で実現されたが、そのメモを自動的にまとめて自分専用の要約を自動作成してくれる機能はない。おそらく、Amazonはこの機能を実現するためにAIに相当投資しているだろう。さらに、「本の内容を思い出す」というプロセスについては、Amazonですら手つかずであり、未だに顧客自身によるアナログな行為に委ねられている。このように考えると、まだまだビジネスチャンスは残されていると言えるだろう。

 逆に、何でもデジタルな手法で解決しようとするAmazonを敬遠する人も一定数いるわけで、既存の書店などはこうした人々を取り込んで新しい顧客価値を設計しようとしている。例えば、紀伊國屋書店は、「Amazon嫌い」な人たちを集めて、Amazonのどこが嫌いなのか、逆に紀伊國屋書店のどこが好きなのかをヒアリングした。その結果を店内のPOPの内容に反映したり、顧客に本を紹介する店員の接客態度を改善したり、書店での読書会を拡充したりといった取り組みにつなげている。Amazonがデジタルな手法中心で、できるだけ顧客に手間をかけさせないことで顧客価値を高めているのに対し、紀伊國屋書店は逆にアナログな手法中心で、敢えて顧客に手間をかけさせることで顧客価値を高めている。

 これはどちらがよいという問題ではない。自社の顧客のニーズや嗜好、特性、性格、価値観、行動様式などをよく踏まえた上で、どのプロセスは顧客にやってもらうのか、逆にどのプロセスは自社が顧客の代わりにやってあげるのかを決める。また、顧客にやってもらうにせよ、顧客の代わりにやってあげるにせよ、デジタルな手法に頼るのか、アナログな手法に頼るのかを決める。前述の通り、顧客の体験というのは、企業が思っているよりもはるかにずっと長いプロセスの連続である。そのそれぞれのプロセスを1つ1つ丁寧に点検し、丹念に作り込んでいくことが、顧客価値向上のカギである。

ロバート・M・ガニェ他『インストラクショナルデザインの原理』―IDの本なのにこの本自体が全くインストラクティブではなかった


インストラクショナルデザインの原理インストラクショナルデザインの原理
ロバート・M. ガニェ キャサリン・C. ゴラス ジョン・M. ケラー ウォルター・W. ウェイジャー Robert M. Gagne

北大路書房 2007-08-27

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 「インストラクショナル・デザイン(ID)」とは、「教育設計」と訳され、教育が必要とされる様々なシーンにおいて、学習者の高い習熟と行動変容を目標として、より効果的・効率的で魅力的な学習環境を設計・開発するための、システム的な教授方法・ガイドラインのことを指す。本書はその基本原理に関する1冊である。といっても、400ページ以上もある大著である。

インストラクショナル・デザイン(ID)の全体像

 私なりに、IDの全体像を整理したのが上図である。まず、目指すべき「学習成果」を明確にする。本書の著者であるロバート・M・ガニェは、学習成果を「言語情報」、「知的技能」、「認知的方略」、「運動技能」、「態度」の5つに分類している。対象者に学習させたい内容がどのカテゴリに該当するかを判断し、具体的な学習成果を定義することが大切である。例えば、「事業戦略の立案方法を習得する」ことが学習のゴールだったとする。これは「知的技能」に該当する。IDにおいては、学習成果を単に「事業戦略の立案方法を習得する」とするだけでは不十分である。「ケーススタディが与えられた時に(状況)、戦略立案に用いられる各種フレームワークを用いて(道具)、戦略の検討プロセスおよび戦略を構成する諸要素を(対象)パワーポイントに論理的に整理することで(動作動詞)、ケーススタディに登場する企業が選択すべき戦略を例示する(学習した能力動詞)」といったレベルまで具体化する必要がある。

 次に、学習課題を分析する。言い換えれば、学習成果をサブコンポーネントに分解し、コンポーネント間の関係を明確にして、学習課題の全体像を可視化することである。先ほどの事業戦略に関する学習であれば、①外部環境の分析方法、②内部環境の分析方法、③競合他社の分析方法、④将来の事業環境の変化の予測方法、⑤将来の競合他社の戦略の変化の予測方法、⑥競合他社の変化を踏まえた自社のポジショニングの設定、⑦目標売上高、市場シェア、利益の設定方法などに分解できる。こうして、学習要素の階層的構造を決定する。

 同時に、学習者の特徴も同定する。言うまでもなく、学習者には様々なタイプがいる。そのタイプに合わせて教授方法を変えるのが理想的である。本書で学習者の特徴として挙げられているのは、①生来的に持っている特性、②後天的に学習された特性(既に習得している学習成果)、③スキーマ、④動機づけ要因、⑤基本的能力(文章作成、計算、空間把握など)、⑥基本的性格(達成志向が強い、逆に不安が強いなど)の6つである。

 続いて、先ほどの学習課題分析で抽出されたそれぞれのコンポーネントについて、学習プログラムを設計する。まず、下位目標を設定する。「外部環境の分析方法」であれば、「ファイブ・フォーシズ・モデルの活用方法やPEST分析のやり方を学習する」となる。次に、教授事象の整理と書いたが、これは言い換えれば、下位目標を達成するための具体的な学習プロセスの設計のことである。本書では、一般的な教授事象として、①学習者の注意を喚起する、②学習者に目標を知らせる、③前提条件を思い出させる、④新しい事項を提示する、⑤学習の指針を与える、⑥練習の機会を作る、⑦フィードバックを与える、⑧学習の成果を評価する、⑨保持と移転を高める、という9つのプロセスが列挙されている。

 その次には、教授実施方略を決定する。教授実施方略とは、講義、ビデオ鑑賞、個人ワーク、ピアワーク、グループディスカッション、テスト、相互フィードバックなど、学習の具体的手法を指す。前述のそれぞれの教授事象について、適切な教授実施方略を決定する。例えば、学習者に目標を知らせるには講義やビデオ鑑賞が適しているだろう。一方、練習の機会を作るのであれば、ピアワークやグループディスカッションが向いている。

 続いて、メディアを決定する。つまり、学習の媒体のことである。教授実施方法が決まれば、自ずとメディアも絞られそうなものである。だが、同じ講義をするにしても、パワーポイントで映写した方が効果的なのか、紙の資料を配布して受講者にメモを取らせた方が効果的なのかはよく考える必要がある。同様に、グループワークにおいても、学習者にパソコンを使わせるのが効果的なのか、模造紙に手書きでまとめさせるのが効果的なのかなど、考えるべきことはある。

 メディアが決まれば、学習環境の設計に入る。当然だが、パソコンを使用するのであればパソコンが使える環境を用意する。しかも、学習中にインターネットに接続するならば、ネット環境も必要である。学習プロセスの大半が講義中心である場合は、大部屋での実施も可能であろう。一方、少人数のグループワークを多用するケースでは、グループごとに作業できるスペースを確保し、ホワイトボードや模造紙、付箋、太めのペンといった備品を準備しなければならない。

 ここまできてようやく、コンテンツの開発に入る。言うまでもなく、コンテンツはこれまで検討してきた諸要素によって影響を受ける。大部屋で講義をする場合、紙の資料を配るのであれば、資料の字は多少小さくても問題ないだろう。だが、パワーポイントの資料を映写するならば、遠くの人でも見えるように大きな字にしなければならない。グループワークの場合、学習者が議論に集中できるよう配慮することが求められる。インプット情報の読み込みに時間がかかるワークではダメである。また、学習者の能力レベルによっては、グループワークの直前に成果物のサンプルを例示したり、成果物の一部を見せたりする必要がある。

 最後に、下位目標が達成されたかどうかを評価するためのアセスメントを作成する。簡単なペーパーテストが一般的であろう。あるいは、他の学習者の前で、講師とともにロールプレイをしてもらうといった方法もある。運動技能に関しては、身体を動かすことが前提であるため、実技によるテストが中心となる。

 ここまでの一連の流れを、他の下位目標についても実施する。全ての下位目標のデザインが終了したら、コース全体のパフォーマンスを評価し、改善する。ここで言うパフォーマンスの評価として、本書は、①教材の評価、②IDの評価(①②はIDを行った者、あるいは第三者の専門家が実施する)、③学習者反応(講義・ワークは解りやすかったかなどをアンケートで答えてもらう)、④成績の測定、⑤教育システムに対する影響の測定(後述する)という5つを挙げている。

 ただ、これはあくまでも閉ざされた学習環境内をどのように設計するかという話である。学校ならこれで十分かもしれないが(学校の教育関係者は、これだけでは十分でないと反論するかもしれないが)、企業における研修はそういうわけにもいかない。研修はあくまでも手段であり、目標はビジネス上のパフォーマンスを向上させることである。よって、もっと大きな視点に立って、職場における学習プロセスを全体的に設計する必要がある。それを示したのが下図である。

職場における学習の全体像

 まず、ビジネス上の成果を明確にする。例えば、「新製品の売上高を20%増加させる」といったものが成果になる。20%増加という野心的な目標を達成するためには、旧態依然とした営業プロセスを今まで通りこなしているだけでは不十分であり、新たな営業プロセスを構築する必要がある。そして、営業担当者がこの営業プロセスを遂行し、そのために必要な能力を習得させることが研修の目的となる。研修の目的が明確になったら、IDを行う。

 企業の研修の場合、往々にしてやりっ放しになってしまうという問題がある。せっかく研修で新しいことを学習しても、現場でそれを実践する機会がなく、やがて研修の内容が忘れ去られてしまうことが少なくない。先ほど、パフォーマンス評価の箇所で、教育システムに対する影響を測定すると書いたが、この教育システムは、企業においては職場環境と読み替えてよい。そして、教育システム=職場環境に影響を与える要因として、①プロセス変数、②支援変数、③適性変数、④動機づけ変数の4つがあると記されている。私は、研修がビジネス上の成果につながるようにするためには、研修の後工程を適切に設計し、この4つの変数を十分に考慮することが必要であると考える。

 ①プロセス変数とは、私なりに解釈すれば、研修で学習した内容が現場で実践できるような業務プロセスになっていることを指す。この問題は、前述のように、社員に習得してもらう業務プロセスや能力を事前に明らかにしておけばある程度は防ぐことができる。だが、業務プロセスも研修も生き物である。研修の中で新たな知識・能力の発見があるかもしれないし、研修を実施している期間中に、望ましい業務プロセスが変化することもある。だから、研修が終わった後に、もう一度業務プロセスを見直す必要がある。それが、上図において、学習成果の職場環境への埋め込みと呼んでいるものである。

 ②支援変数とは、学習者が研修の内容を現場に適用するのをサポートする環境を整備することである。具体的には、ナレッジ・マネジメント・システムを導入する、必要に応じて簡単な復習ができるe-Learningを構築する、新しい業務プロセスの標準マニュアルを現場に配備する、といったことが挙げられる。そして、最も重要なことは、学習者の上司に、研修内容を理解させることである。

 ③適性変数とは、受講者の適性に配慮して配置を行うことである。先ほど挙げた「新製品の売上高を20%増加させる」という目標を掲げて研修を行っても、営業担当者全員が見込み顧客の開拓からクロージング、債権回収までの全てのプロセスに精通しているとは限らない。むしろ、人によって得意・不得意なプロセスがあるのが普通である。よって、上司はそれぞれの部下の特性、強み・弱みを把握して、強みが最も発揮できる業務に集中させる一方で、弱みに関しては他の部下の強みと相互に補完し合える関係を作り出すべきである。

 ④動機づけ変数とは、学習者が研修の内容を現場で実践できるように、上司などが折に触れて動機づけを行うことである。そのためには、②支援変数で述べたように、上司が研修内容に対して理解を示していることが前提となる。人事部は、上司に対して単に動機づけをせよと言うのではなく、上司のマネジメントプロセスの中に、例えば部下と定期的に面談を設けて、研修で学習した内容の実践度合いはどうか、その効果は出ているかといったことをヒアリングする機会を強制的に埋め込むぐらいのことをやった方がよい。また、モチベーションは、上司によってのみならず、同僚、特に同じ研修を受講した同僚によってからも喚起される。そこで、人事部は、社内SNSなどで受講者が研修後もつながり続け、進捗を報告し合うような仕組みを作るのも一案だろう。

 受講者が研修の内容を現場で実践したら、その成果がどうであったか定期的に振り返り、学習を継続する必要がある。ただ、1人でこの学習を続けるのは、どんなに優秀な社員であっても難しい。そこで、人事部はフォローアップ研修を実施して近況を共有し合う場を設定したり、定例の社内勉強会を実施したりすることで、継続的な学習を促進するとよいだろう。

 そして、半期ないしは1年ごとに行われる人事考課の場で、学習者は自身のパフォーマンスを評価する。通常の人事考課は、期初に設定した目標が達成できたかという視点で行われることが多い。しかし、職場の学習プロセス全体を設計するという視点からは、人事考課の評価項目に、「研修で学習したことがどの程度現場で実践できたか?」といったものを加えることが重要であろう。人は、評価されないことは決して積極的にやろうとはしないものである。

 経営陣は研修に対する受講者の評価を取りまとめ、自らが掲げたビジネス上の成果との関係を検証する。もちろん、ビジネス上の成果を左右するのは研修だけとは限らない。プロセス変数、支援変数、適性変数、動機づけ変数など様々な要因が影響する。経営陣は、これらの要因がどのように影響し合って、最終的にどれだけのビジネス上の成果が得られたのかを分析する。

 以上が、本書の内容を私なりにまとめたものに、私が考える職場環境における学習プロセスの設計方法である。率直に言って、本書は非常に読みにくい1冊であった。IDの本であるにもかかわらず、IDを学習する上での学習課題分析が行われていなかった。「引き算を筆算で行う」といった学習については階層的構造が例示されているのに、ID自体の学習要素の階層的構造が明記されていない。IDに必要だと思われる要素がバラバラと延々400ページ続くため、IDの全体像を上図のようにまとめるのに非常に苦労した。IDではアセスメントの実施やパフォーマンスの評価が重要だと言うぐらいだから、それぞれの章の最後に読者の理解度を測るアセスメントをつけたり、ID自体のパフォーマンスを評価するツールを巻末につけたりしてくれてもいいのにと感じた。

 それから、学習者の特徴の同定が必要で、その特徴に応じた教授スタイルを取らなければならないと述べている割に、学習者の特徴を考慮した教授スタイルの違いにはほとんど触れられていない印象であった。せいぜい、受講生が8人ぐらいの小集団であれば、受講者の特徴に応じた教授事象を実施することが可能であると書かれている程度である。それ以上の人数になると、受講者の特徴に応じた教授はほとんど放棄されている。結局のところ、本書は伝統的な大人数の講義形式による学習を前提としており、受講者の特徴は分析するものの、似たような特徴を持った受講者を集めればよいと暗に言っているように感じた。

 学校のように、比較的特徴が近い生徒が集まるのであればそれでもよいだろう。また、企業においても、若手研修や、特定の専門能力を学習する研修であれば、似たような特徴を持った受講者が集まる。だが、企業の場合、例えば、「我が社の新しいビジョンを構築する」、「我が社の価値観に対する理解を深める」、「新製品のアイデアを創出する」といった複雑な研修を行うことがある。そして、往々にしてこれらの研修は、全社から幅広く参加者を募るため、学習者の特徴がバラバラになる。しかも、本書のIDとは違い、学習内容、学習プロセスは極めて流動的で、学習の構造化が困難である。こういう場合のIDはどのようなものになるのか、本書では残念ながら一切触れられていなかった。

 最後に、これは本書がIDに絞っていることによる限界であるが、前述の通り、学習は研修のみによって完結するものではない。研修は学習プロセスの一部にすぎず、その前後を適切に設計することが重要である。これを「ラーニング・エンバイロンメント・デザイン(LED)」と呼ぶ。今回の記事では、その一端を私なりに示したつもりである。IDからLEDへと発展させていく理論と実践が求められる。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

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