こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

室谷克実『呆韓論』


呆韓論 (産経セレクト)呆韓論 (産経セレクト)
室谷克実

産経新聞出版 2013-12-05

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 (1)「旭日旗」とは、日章と旭光を意匠化した日本の旗である。1870年に大日本帝国陸軍の陸軍御国旗(軍旗)として初めて使用され、1889年に大日本帝国海軍の軍艦旗としても採用された。現在は、陸上自衛隊と海上自衛隊で旭日旗が使用されている。この旭日旗を、韓国は「世界にあってはならない戦犯旗」、「ナチス・ドイツのカギ十字に等しい」と宣伝している。ところが、それ以前は「古代朝鮮人が倭人に教えたデザインである」というのが韓国人の主張であった。

 (2)韓国の社会運動に「国語醇化」がある。これは韓国で日常的に使われている倭語(日本語)を、本来の韓国語に言い換えようという、反日的な民族主義運動である。日中観で共通した漢字表記だった「出口」をハングル表記で「ナガヌンゴッ」(直訳すると「出ていく所」)とさせたことは、最も目立つ成果だ。

 だが、醇化運動にはどうしても越えられない壁がある。日本人が創作した概念語だ。科学、経済、主義、資本、共産、社会、哲学など、江戸末期から明治初頭にかけて日本人が考え出した漢字熟語であり、これらの言葉は中国・韓国でもそのまま取り入れられている。とりわけ、『脱亜論』を書いた福沢諭吉がこれらの翻訳語に大きな役割を果たしているので、韓国人は悔しくてたまらないようだ。

 (3)韓国は慰安婦問題を盛んに取り上げるが、ベトナム戦争で韓国軍が残虐行為を働いたことは一切謝罪しない。また、「ライダイハン」にも触れない。ライダイハンとは、ベトナム戦争時に韓国の男性とベトナム女性との間にできた子どものことである。戦争が終わると、父親は韓国に逃亡し、子どもだけがベトナムに残された。その数は3,000~1万人とも言われる。しかも、韓国・ベトナムの国交回復後は、新ライダイハンが3,000人生まれているとされる。

 (4)ビビンバは日本人が好んで食べる料理だが、その歴史を知るとがっかりする。李王朝は、「両班(ヤンバン、貴族)―中人(チュンイン)―常民(サンミン)―奴婢(ノヒ)―白丁(ペクチョン、被差別民)」という厳格な世襲身分制度の国であった。奴婢のほとんどは両班家に所属する農奴である。彼らが、主人たちの食べ残しを雑穀飯の上に広げ、かき混ぜて食べたものがビビンバである。

 (5)韓国は強烈な差別大国である。金大中が大統領になるまでは、全羅道(チョルラド)地域(後期百済の中心地域)に対する差別がすさまじかった。これは、高麗王朝の始祖・王建が残した「訓要十条」に基づく。王建はこの中で、旧百済地域からの人材登用を戒めた。高麗、李朝を通じて、全羅道の両班はほとんど官職に就けなかった。そして、朴正煕―全斗煥―盧泰愚―金泳三と続いた慶尚道(キョンサンド、中期新羅の本拠地)出身の大統領時代に、官民・軍警ともに、慶尚道優位の資源配分が続く中で、全羅道差別は極限に達した。

 もともと異民族のように扱われていた済州島(チェジュド、新羅・百済とは全く違う建国神話を持ち、方言も強い)出身者も、同様に差別された。

 (6)韓国は風水を重視するが、朝鮮半島における風水術の祖は「倭種(邪馬台国の支配下になかった地域の倭人)」である。半島に残る最古の正史『三国史記』の中の『新羅本紀』に、新羅の4代目の王になる脱解(タレ)が風水の術を学び、「吉地」と見定めた土地を策略をもって手に入れたことが記されている。

 『新羅本紀』は脱解について、「その生国(多婆那国)は倭国の東北一千里(ここでの1里は約450メートル)にある」と書いている。多婆那国を追われた脱解が朝鮮半島に渡り、風水に基づいて獲得した土地を中心として、新羅は935年まで続いたわけだ。脱解の風水術は素晴らしかったのだろう。

 脱解は王になると、倭人を大輔(大臣)に起用する。しかし、国王とナンバー2だけが異民族という国があり得るだろうか?当時の新羅には、ある程度の比率を占める倭人・倭種が住んでいたと考えるのが自然だろう。

 (7)前述のように、李王朝の時代は厳格な世襲制身分制度の社会であった。両班の子息だけが科挙を受験でき、合格して運がよければ(実際には多額の賄賂を使えば)官職を得られた。しかし、「日帝」の内政干渉によって身分制度が崩壊した。誰でも勉強して試験に合格すれば、公務員にも一流企業の社員にもなれるようになった。だが、学歴崇拝と職業に対する病的な貴賤意識は消えなかった。そのため、上に行くほど超鋭角のピラミッド型格差社会が今でも残っている。

 ちなみに、全斗煥時代に公表された世論調査には、「日帝統治の体験者ほど反日の度合いが低い」という結果が出ていたそうだ。

植木千可子『平和のための戦争論―集団的自衛権は何をもたらすのか?』


平和のための戦争論: 集団的自衛権は何をもたらすのか? (ちくま新書)平和のための戦争論: 集団的自衛権は何をもたらすのか? (ちくま新書)
植木 千可子

筑摩書房 2015-02-04

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 抑止の成功のためには、能力と意図を持っているだけでは不十分で、それを相手に認識させなくてはならない。そのためには、正しくシグナルを送る方法が確保されていることと、シグナルの信憑性が高いことが重要だと考えられている。

 では、正しくシグナルを送り、相手が正しく受ける要素は何か。まずは、信頼関係の存在だ。対立していても、一定の信頼関係がないと抑止は成り立たない。(中略)また、コミュニケーションが取れる方法が確保されていること。これも重要な要素だ。
 思うに、相手国とコミュニケーションが十分に取れて、かつその情報が信頼に足ると思えるほどの関係が構築できていれば、わざわざ武力で相手国を牽制しようとしないのではないだろうか?相手国の情報が信頼できず、相手国が何を考えているのか解らないから、武器を持って抑止力を働かせようとするわけだ。

 北朝鮮はどの程度の性能の核兵器を持っているのか?また、核兵器はどこに配備されているのか?などといった情報は、北朝鮮は絶対に開示しない。だからこそ、日本は脅威を感じる。また、中国の軍事費は毎年二桁の伸びを示しており、いずれはアメリカの軍事費を抜くと言われている。だが、中国の軍事能力に関する情報は錯綜している。そもそも、中国政府が公表する軍事費のデータが信頼できるかどうかさえ怪しい。そのため、日本は下手に中国を刺激できない。

 ここでいきなり中日ドラゴンズの話を持ち出すことを許していただきたいのだが、落合博満氏が監督をしていた時代の中日は非常に強かった(8年間で優勝4回、日本一1回、Bクラスなし)。落合氏は徹底した秘密主義を貫き、自軍の情報が外部に漏れることを嫌った。ケガで戦線離脱した選手の情報も、普通はマスコミを通じて発表するものだが、落合氏はケガの原因を隠した。

 落合氏の退任後、中日の選手が語ったところによると、落合氏が目指していた野球は至って「普通の野球」であった。すなわち、攻撃においては、ランナーが出ればすぐに送りバントをして得点圏に進め、タイムリーを期待する。一方の投手陣は、攻撃陣がものにした数少ない得点を守り抜く。作戦や采配は(開幕投手=川崎憲次郎のような一部の例外を除いて、)非常に平凡であった。ところが、その秘密主義ゆえに、相手チームは「何をしてくるか解らない」と脅威を感じていた。

 フィンランドの危機管理コンサルタントであるピーター・ サンドマンはこう語っている。「危険は大きいが恐れは小さい時、人の反応は控え目である。そして、危険は小さいが恐れは大きい時、人はオーバーな反応をする」 危険の大きさを正しく伝えるのではなく、「危険かもしれない」と恐れを感じさせることが、抑止力になる。だから、田母神俊雄氏が批判したように、集団的自衛権を行使する事例を政府が公表してしまったら、自ら抑止力を放棄することに等しいのである。

森哲志『こんなはずじゃなかったミャンマー』他


こんなはずじゃなかったミャンマーこんなはずじゃなかったミャンマー
森 哲志

芙蓉書房出版 2014-07-18

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1時間でわかる図解ミャンマー早わかり1時間でわかる図解ミャンマー早わかり
工藤 年博

中経出版 2013-03

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本社はわかってくれない 東南アジア駐在員はつらいよ (講談社現代新書)本社はわかってくれない 東南アジア駐在員はつらいよ (講談社現代新書)
下川 裕治

講談社 2015-03-19

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 ミャンマーには3つの経済特区がある。

 (1)チャウピュー経済特区
 チャウピューは中国によって開発が進められている。ただし、大型のタンカーが就航できる深海港の開発・整備がメインで、港の後背地に工業団地などを建設する計画に中国がどこまで本気かはっきりしていない(2015年2月、チャウピュー経済特区の開発に応札した企業のうち、9割が中国企業であったことが発表された)。とはいえ、中国は、ミャンマー国土を縦断する大動脈作りに乗り出している。

 まずは、原油・天然ガスのパイプライン建設である。チャウピュー⇒マグウェイ⇒マンダレー⇒ムセ⇒大理⇒昆明をつなぐ、総延長距離1,100キロ(東京―福岡間に相当)のパイプラインである。中国最大の国有企業・中国石油天然気集団(CNPC)が50.9%、ミャンマー国営石油ガス公社が49.1%出資する。

 原油は、チャウピュー東側のマデ島の積み下ろし埠頭から昆明まで輸送する。天然ガスは、ラカイン州沖合のシュエ・ガス田産を海底輸送し、チャウピューから石油パイプラインと並行して運ぶ計画である。2010年6月に着工されたが、これに先立ち、CNPCは同ガス田の天然ガスを2013年から30年間購入する契約を締結している。両パイプラインは、2013年6月に開通した。

 次に鉄道である。2011年5月に両国間で建設に合意した。大理―チャウピュー間810キロに、時速200キロの高速鉄道を走らせる。建設費として、中国開発銀行から7億6,300万ドルのクレジットが供与される。中国は他にも様々な施策を展開し、ミャンマーを衛星国並みの存在に置き換えてしまった。

 (2)ダウェー経済特区
 ダウェー経済特区はタイが開発を進めており、ダウェー新港(深海港)とその後背地に工業団地が建設される予定である。総プロジェクト面積は2,500ヘクタールと広大である。これまでの開発は順調ではなかったが、今はミャンマー政府がタイ政府と委員会を作り、国家プロジェクトとして取り組んでいる。また、2015年2月には、ダウェー経済特区の開発計画に日本が加わることも発表された。

 タイにとって、ダウェーはバンコクまで300キロの距離にあり、重化学工業の製造拠点として大きな可能性を秘めている。また、ダウェー新港はタイにとっては南アジアへの玄関口であり、インド・中東・ヨーロッパへの輸送時間も短縮されることから、進出企業にとって貿易面でも大きなメリットが出てくる。

 (3)ティラワ経済特区
 2012年4月、日本・ミャンマー首脳会議において、ヤンゴンから23キロのところにあるティラワ港(河川港)の後背地2,400ヘクタールの開発、および周辺インフラ整備のマスタープラン策定に関する意図表明覚書が締結された。

 2013年には、丸紅・住友商事・三菱商事などが企業連合を作り、ミャンマーの商工会にも企業連合を立ち上げることを要請し、両者で合弁会社を作って特区の開発・建設に着手することになった。2,400ヘクタールのうち、400ヘクタールの開発・建設を2015年までに終える予定になっている。

 3つの経済特区の中では最も完成のめどが立っていると言われるが、問題も多い。1つ目はティラワ港の問題である。ティラワ港は海洋に面しておらず、ヤンゴン川河口から少し奥まった港であるため、水深が9メートルしかない。これでは搬入物資が限られる。また、河川港は土砂が港に流入しやすいという欠点がある。

 2つ目は電力である。電力不足はティラワ経済特区に限った話ではないのだが、ティラワ経済特区の場合は別の問題を抱えている。2013年10月、ティラワ経済特区の電力を担う火力発電所の建設が発表された。チャウタン郡内に500MWと300MWの2基を2015年度までに完成させる計画であった。

 問題は、受注したのが”DIAMOND PALACE SERVICE”と”VIRTUE LAND”という無名の企業であり、一般競争入札を行った形跡がなく、随意契約の経緯も不明となっていることだ。この2社がこれほど大きな発電所を建設する企業能力を有しているとは思えない。仮に中国系の企業に丸投げしていたとすると、日本企業にとっては首根っこを押さえられるようなもので、到底認められない。

 ミャンマーの大型プロジェクトに絡む地元企業は、軍幹部筋などの息がかかった企業が多いと言われる。公共事業など政府支出額の25~30%が軍幹部筋に流れている。一部には「軍部縁故資本主義」と揶揄する声もある。

 3つ目は土地の契約の問題である。ティラワ経済特区の視察をしたある日本企業の話によると、工業用地の契約が70年で、しかも賃料を50年分前払いせよという、とんでもない条件になっているらしい。しかも、明確な開発プランがあるわけでもなく、解っているのは水道が2018年に通るということだけだという。

 最後はティラワの住民対策である。ミャンマーは、国民に対して絶対に譲らず、高圧的に、必要に応じて武力で抑え込む歴史的経験しか持ち合わせていない。そのため、ミャンマー政府と住民との間で、立ち退きに際しての補償条件が取り交わされているのに、当局は農漁業への環境影響調査を実施せず、果ては「立ち退きに応じなければ身柄を拘束する」という文書を突きつけるありさまだ。

 2013年3月、日本政府はミャンマー政府に対して、「ティラワ経済特別区開発の協力覚書」(2012年12月調印)に基づき、「国際的な環境基準を順守して住民に対応してほしい」との異例の申し入れを行った。今のところ住民問題は落ち着いているようだが、住民の不満の矛先が、開発主体である日本企業に向けられるリスクはゼロではない。事実、住民側は日本に対し、JICAの環境ガイドラインに順応して開発するよう要請したこともある。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,500字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
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