こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2015年01月


『小さくても強い国のイノベーション力(『一橋ビジネスレビュー』2014年WIN.62巻3号)』


一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-12-12

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 スイス、シンガポール、デンマーク、オランダ、イスラエルの5か国についての論文が収録されている。その中で、スイスの論文(江藤学「人材能力マネジメントが生み出すスイスのイノベーション能力」)を読んで感じたことをまとめておく。

 (1)
 スイスでは連邦政府による法人税の構成のうち、国税の占める割合がきわめて低く、法人税の納税額のかなりの部分は州が設定する税率に委ねられているため、(中略)ツーク(Zug)州、ルツェルン(Luzern)州などが低税率州として国外企業本社の集積地となっている。(中略)ここで重要な点は、スイスの各州が国外からの誘致をねらっているのは、本社あるいは研究所など、各国外企業の中枢となる組織であるということだ。
 スイスと同じように、法人税率を下げることで世界中から本社機能を集めることに成功しているのがシンガポールである(渡辺千仭「シンガポールのイノベーション力」)。シンガポールは、世界銀行の調査で「世界で最もビジネスがしやすい国」に選ばれている。日本でも、安倍内閣が法人税の実効税率を引き下げて海外企業を誘致しようとしているが、税率を下げれば海外企業がすぐに来てくれるなどという甘い話ではない。

 スイスの場合は、スイスを中心としてEU各国の市場にアクセスすることができる。同様に、シンガポールの場合は、グローバル企業がアジア統括拠点をシンガポールに置いて、中国・インドという2大市場や、インドネシア、マレーシア、タイなど急速に成長するASEAN諸国でビジネスを展開している。

 日本の場合、縮小する日本市場を目当てに進出してくるグローバル企業はほとんどないだろう。では、日本に拠点を置いて、アジアのどの国に進出することができるというのだろうか?こういうメリットがはっきりしていないと、法人税の実効税率の引き下げは何の効果ももたらさないに違いない。最悪の場合、単に法人税収が減るだけで終わってしまう可能性もある。

 (2)
 スイスにおける中小企業政策の基本は、大企業と中小企業とを区別せず、中小企業が大企業と同じ活動ができる環境を実現することである。(中略)スイスにおける連邦政府の産業政策とは、スイス企業を保護したり、資金援助したりすることではなく、「スイス企業をグローバル環境での激しい競争環境下に置くこと」なのである。
 最近、色々な中小企業の経営者とお話をさせていただいているが、「税金をびた一文払いたくない」と公言する経営者は決して少なくない。税引き前当期純利益の額を少なくするために、顧問の税理士を使って、時には粉飾決算にまで手を染める(経営者が意図的にやっている場合と、無意識にやっている場合とがある)。だから、中小企業の決算書を見ると、経常利益率が1%を切っていて、雀の涙程度の利益しか出ていないことがよくある。

 私は、利益を出さない、税金を支払わないという姿勢には、疑問を感じる。まず、企業が社会の中で事業をすることができるのは、政府や自治体が物理的なインフラを整えたり、公正な競争環境を保つために様々な法律や規制を作ってくれたりしているからである。そのためには税金が必要である。その税金を払わないということは、社会的インフラにタダ乗りしているのと同じだ。

 (1)で法人税について触れたが、昨年、法人税率の引き下げに伴う税収減を、外形標準課税の適用拡大で補うという話があった。この時、中小企業からは強い反発の声が上がり、各種中小企業団体は自民党に要望書を提出した。しかし、本来であれば、赤字であろうと何であろうと、相応の社会的コストは負担するべきだと思う。それが嫌なら、社会の中で企業経営などしてはならない。

 利益を出さないというのは、将来に向けた投資を放棄しているのと同義である。例えば製造業の場合、機械装置は必ず古くなるから、定期的に入れ替える必要がある。そのための原資を、毎年の利益からプールしなければならない。売上高が3億円、機械設備が10台ある企業で、機械設備の更新サイクルが10年であれば、毎年1台はリプレースすることになる。

 機械装置が1台2,000万円、法人税率が35%だとすると、毎年3,000万円以上の利益を上げなければ、設備投資ができない計算になる。経常利益率にすると10%以上だ。ところが、中小製造業の平均経常利益率は1.7%しかない。

 利益を放棄して将来への投資を怠っているため、市場で競争する上で最低限揃えておくべき機械装置が入っていない中小企業は結構あると思う。そして、そういう企業に対して、設備投資のための公的な補助金が出ているという話も聞く。だが、そこまでして中小企業を救済する意味があるのか、首をかしげたくなる。スイスほどでなくても、もっと手厳しくしてもよいのではないだろうか?

(一社)中小企業診断協会『実務補習テキスト(指導員)』


中小企業診断士_実務補習テキスト(指導員) 中小企業診断士として登録されてからもう8年目なのだが、ようやく実務補習の副指導員をやる機会がめぐってきた。指導員用(副指導員用を兼ねる)のテキストとして(一社)中小企業診断協会から送られてきたのがこの本。8年以上前に自分が受けた実務補習のことを何となく思い出した。

 これを読書記録に入れていいものかどうかやや微妙なところがあるが、読んでいて気になった点が3点ほどあり、せっかくなので記録しておく。

 (1)
 ○受講生の涙が社長をやる気にした
 和菓子製造販売のH社は業績が低迷の中、社長は様々な悩みを抱えていました。実務補習のチームは、社長の悩みを受け止め、休日でも打ち合わせをするなど懸命に取り組み、具体的な提案を作成しました。報告会で社長のコメントを聞いたとき、班長が感極まって涙を見せるほどでした。この班長の涙が社長をやる気にしました。「あの涙に応えなきゃ男じゃない」そう言って、診断報告書を教科書として日々改善に励んでいます。
 このテキストに限らず、中小企業診断士の世界では時々こういう話が美談として語られるのだが、個人的にはあまり好きではない。涙、つまり情で人を動かそうというのは、コンサルタントの仕事ではない。もちろん、理だけで動かないのが人間であって、最後は情が必要であることは私も反対しない。しかし、最初から情で動かすことをよしとするのは、どうも感心しないのである。

 人間は、情が先行すると冷静な意思決定ができなくなる。提案内容の合理性ではなく、「頑張って調査してくれたから」、「熱意にほだされたから」というバイアスがかかって、意思決定が歪められる。コンサルタントの仕事は、あくまでも第三者的な立場で、意思決定の選択肢を提示することである。クライアントである社長は、頭をフラットな状態にして、オプションの中から決断を下す。その極めて大事な瞬間を、コンサルタントの個人的かつ余計な情で邪魔してはならない。

 (2)企業診断で使用する様々なフレームワークを紹介するページの中に、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)のページがあった。「自社の相対的市場シェア」と「市場の成長率」という2軸でマトリクスを作るという、有名なフレームワークである。ところが、中小企業の場合はデータの取得が困難であるという理由で、「市場成長率」と「相対的市場シェア」を、それぞれ「利益率」と「商圏における想定占有率」に置き換えるとよい、という記述があった。

 はっきり言って、これはおかしい。PPMの2軸は、「自社の相対的市場シェア」がキャッシュイン、「市場の成長率」がキャッシュアウトの大きさを表している。市場シェアが高ければ利益率(キャッシュイン)が高いというのは、PIMSという海外の研究に基づいている(ただし、その後の研究で、両者は必ずしも相関しないという結果もある)。市場の成長率が高いとキャッシュアウトが大きくなるのは、成長に追いつくための設備やマーケティングへの投資が必要なためである。

 PPMはこういう前提のもとに設計されている。だから、

 ①「自社の相対的市場シェア」=大、「市場の成長率」=大
 ⇒キャッシュイン=大、キャッシュアウト=大⇒花形
 ②「自社の相対的市場シェア」=大、「市場の成長率」=小
 ⇒キャッシュイン=大、キャッシュアウト=小⇒金のなる木
 ③「自社の相対的市場シェア」=小、「市場の成長率」=大
 ⇒キャッシュイン=小、キャッシュアウト=大⇒問題児
 ④「自社の相対的市場シェア」=小、「市場の成長率」=小
 ⇒キャッシュイン=小、キャッシュアウト=小⇒負け犬

 という分類が成り立つわけである。

 ところが、PPMの2軸を「利益率」と「商圏における想定占有率」にしてしまうと、どちらもキャッシュインを表すことになってしまい、マトリクスとして機能しない。「商圏における想定占有率」を算出するにあたっては、商圏の人口や消費支出などに関するデータを自治体の統計ページから引っ張ってくるはずである。それならば、「商圏における市場の成長率」もある程度推測できるはずだ。無理にPPMの2軸をいじる必要などない。

 中小企業診断士の中には、経営学で使われるフレームワークをカスタマイズして使う人が結構いるが、元のフレームワークの本質的な意味を忘れてしまい、自分にとって都合のいいように使っているだけということが往々にしてある。これでは論理的一貫性が崩れてしまうから、よく注意しなければならない。

 (3)
 経営者の中には、厳しい経営状況の中でがんばっている方が多いです。経営者を力づけるため、報告書には「経営者の姿勢に感動しました」などのことばを入れるようにすると、プレゼンテーションが円滑に実施できます。
 私は企業を経営したこともないし、前職のベンチャー企業ではブログ本館の【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」で書いたように失敗だらけであったから、私自身、中小企業の経営者に偉そうな口を叩ける身ではないのだが、何もここまでして相手に迎合する必要はないと思う。ダメなものはダメと言えなければ、プロのコンサルタントとしては失格ではないだろうか?

 私は、幸いなことに、中堅・大企業のコンサルティングも、中小企業のコンサルティングも両方経験させていただいた。中堅・大企業は、はっきり言って、業績不振の時には仕事を依頼してこない。コンサルフィーは真っ先にコストカットの対象になる。業績が好調な時に、「どれどれ、第三者の意見でも聞いてみようか?」などといった具合に、高いフィーを払って仕事を依頼する。業績がいいのだから、悪いところなどそう簡単に見つからないのだけれども、それでも「ダメなところを見つけてダメと言え」と教えられた。

 これに対して、中小企業の場合は、本当に経営に行き詰まって相談に来られる方が多い。蓋を開けてみると財務諸表がボロボロというのはざらだ。そういう企業の経営者を全否定してはもちろんダメだが、だからと言って「社長は頑張っていますね」などと無理に持ち上げる理由もない。社長は頑張っているつもりでも、客観的に見ればまだ頑張りが足りないから、あるいは頑張っている方向性が違うから、業績不振に陥っているわけである。

 引用文には「中小企業の経営者は、厳しい経営環境の中で頑張っている」とあるが、これはもう少し深読みすれば、「中小企業が苦境に陥っているのは、経営環境が厳しいからだ」という意味であり、業績不振の原因を外部環境に求めていることになる。しかし、企業の業績に与える要因と影響度合いを調査した研究によると、企業の業績を決めるのは、①マクロ経済要因=10%、②外部の経営環境=10%、③内部の経営資源=40%、④不確実性=40%であるという。つまり、経営不振を外部環境のせいにするのは単なる言い訳だと思う。

加茂利男他『現代政治学(有斐閣アルマ)』


現代政治学 第4版 (有斐閣アルマ)現代政治学 第4版 (有斐閣アルマ)
加茂 利男 大西 仁 石田 徹 伊藤 恭彦

有斐閣 2012-03-30

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 現代政治は、欧米各国が近代化の中で構築してきた民主主義を、20世紀初頭に急速に台頭した全体主義から守る戦いの歴史だったと言えるだろう。ただ、現代の政治体制を全体主義―民主主義の二分法で把握するには無理があり、両者の中間的な体制として「権威主義」という体制を唱える政治学者もいるらしい。以下、やや長いが本書より引用する。
 そのことを指摘したのがリンスである。彼は母国スペインにおけるフランコ体制(1939-75年まで続いた専制政治の体制)を念頭において、民主主義体制には当然含まれないが全体主義体制に分類することもできない体制を表す言葉として、権威主義という概念を提起した。

 権威主義体制の特徴は、次のように整理しうる。①限定された多元主義。多数の個人や団体が自由に活動できる民主主義体制とも、単一の独裁政党以外の政党や自主的団体が禁止・抑圧される全体主義体制とも違って、国家によって認可された複数の個人や団体が、限られた範囲で政治参加を認められていることである。

 ②メンタリティー。思想の自由が認められる民主主義体制とも、体系だった国家公認のイデオロギーによる宣伝・強化が行われる全体主義体制とも違って、保守的で、伝統に結び付く感情的な思考や心情の様式、つまりメンタリティーによって体制が支えられていることである。

 ③低度の政治動員。自発的な参加に依拠する民主主義体制とも、体制への広範で徹底した政治動員が行われる全体主義とも違って、限られた政治動員と民衆の非政治化・無関心に依存していることである。
 本書では、権威主義は非民主主義国家が民主主義国家に移行するための過渡的な体制としてとらえられており、特に開発独裁を行う発展途上国によく見られるという。しかしながら、リンスの定義に従うと、日本も立派な権威主義体制であるような気がする。

 確かに、現在は自民党の力が圧倒的に強く、野党が分裂と統合を繰り返して全く一枚岩になれない体たらくを露呈している。だが、中国の共産党に比べればはるかに穏健である。また、日本では法律で制定された各種団体が利益団体となって、政治に対して働きかけを行う。こうした動きは国民からは見えにくいが、政治家は自分の票田ともなる利益団体の意向を無視できない。

 日本には確固たるイデオロギーがないことはブログ本館の記事「山本七平『「常識」の研究』―2000年継続する王朝があるのに、「歴史」という概念がない日本」で述べた。一方で、安倍政権になってからは、教育基本法を改正して愛国心を強調したり、道徳教育の重要性を打ち出したりと、保守的なメンタリティーを醸成して国民からの緩やかな支持を集めようとしている。

 また、国民の政治的関心が非常に低いことは言を俟たない。しかし他方で、前述のように政治的に結びついている利益団体は存在しており、限定的な政治動員が見られる。

 民主主義が最高の政治体制であることは、古代ギリシアの時代からの共通認識であった。しかし、現実問題としては、主権が国民に与えられず、国王が主権を握ったり(=絶対王政)、主権が一部の貴族に限定されていたりした(=寡頭制)。政治の歴史は、彼らから主権を奪還して広く国民のものとする闘争の歴史であった。とはいえ、民主主義が最高の政治体制であることを無条件に信じ込んでよいのかは、議論の余地があるように思える。

 民主主義は、究極的には個人の完全な自由と平等を前提としており、必然的にフラットな社会を志向する。ところが、日本の場合は、ブログ本館の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(上)』(2)―権力構造を多重化することで安定を図る日本人」で述べたように、社会的な階層を増やした方が全体として安定する傾向がある。そして、下の階層は、上の階層の権威を受けている限りにおいて、自由を発揮できる。このことを発見したのは、江戸時代の禅僧・鈴木正三であった(ブログ本館の記事「童門冬二『鈴木正三 武将から禅僧へ』―自由を追求した禅僧が直面した3つの壁」を参照)。

 日本の権威主義にも、評価すべき点がもっとあるのではないだろうか?
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

人気ブログランキング
にほんブログ村 本ブログ
FC2ブログランキング
ブログ王ランキング
BlogPeople
ブログのまど
被リンク無料
  • ライブドアブログ