こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

2015年04月

木内正光『生産現場構築のための生産管理と品質管理―中小企業の生産現場を記号とデータで考える』


生産現場構築のための生産管理と品質管理-中小企業の生産現場を記号とデータで考える-生産現場構築のための生産管理と品質管理-中小企業の生産現場を記号とデータで考える-
木内 正光

日本規格協会 2015-03-11

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 「中小企業の生産現場を記号とデータで考える」という副題がついていたので、中小企業の生産管理・品質管理に関する本だと思ったのだが、中小企業診断士の試験にある「運営管理(オペレーション)」という科目の内容をさらに高度にした内容で、私にとってはちょっと難しかった。

 全体を通じて、QCDのうち、Cの削減とDの短期化に焦点が当たっているような気がした。本書で紹介されている「サーブリッグ分析(人間が行う手作業の最小単位であるサーブリッグを18種類定め、この18種類の作業動作の実態を分析し、業務の改善を図る)」、「人・機械分析図表」、「製品工程分析(素材から製品完成までのプロセスの変化を記号を用いて表現する)」、「運搬工程分析(製品工程分析における”運搬”を、さらに”移動”と”取扱い”に分けて分析する)」などは、人の動作や工程の無駄を省き、機械の稼働率を上げることが目的である。

 しかも、サーブリッグ分析では、例えば作業場間の移動を12歩から11歩に減らすとか、運搬工程分析では、右側に置いた仕掛品を手元に移動させる時の距離を10cm短縮するといった具合に、かなり細かい単位での効率化を目指している。

 大企業であれば、1つ1つの改善項目は小さくても、工場で働く何百人、何千人という社員が一斉にその改善に取り組むことで、スケールメリットが得られる。しかし、中小製造業の大半は、社員数が2桁に満たない。「平成24年経済センサス」によると、全国の中小製造業の事業所数492,528のうち、社員数が10名未満は341,883と、全体の約7割を占める。こうした中小(・零細)企業に精緻な分析をさせても、労力の割に大した効果が得られないだろう。中小製造業の場合は、もっと簡単に実践できる改善の方法を追求する必要がありそうだ。

 本書は品質管理と言いながら、実はQにほとんど触れられていない。本書の最後の方でようやく、顧客のニーズを製品機能に落とし込むための典型的な手法である「QFD(品質機能展開)」が登場するものの、なぜか「SLP(体系的レイアウト計画法)」と一緒の章で論じられており、つながりが不明である。

 QFDから導かれた機能や品質目標に基づいて、どのように工程を設計するのか?品質目標の実現に資する機械・工具をどうやって調達するのか?治具の製作はどうするのか?現場の人材をいかにして育成するのか?外部から調達する素材・部品に関して、調達の基準や検品の手順をどのように定めるのか?設計変更をめぐっては、設計・製造部門がいかに連携するのが望ましい姿なのか?これらの問いに答えることで、工程において”品質を作り込む”ことが求められる。

 ところで、品質管理の本というと必ず「QC7つ道具(チェックシート、パレート図、ヒストグラム、管理図、散布図、特性要因図、層別)」が登場するのだが、果たして中小企業で活用されているのだろうか?QC7つ道具は、統計的処理が含まれることからも解るように、大量生産を前提としている。しかし、中小製造業の多くは受注生産型だ。1個から注文を受けているところも少なくない。そういう企業には、QC7つ道具は馴染まないように思える。なぜなら、注文ごとに品質管理基準を変えて、ほぼ全ての製品を個別にチェックしなければならないからだ。

 自社で検査をきちんと実施していればまだいい方で、下手をすると検査をやっていないケースもある。私はここ数年で100社ぐらいの中小製造業を訪問させていただいたが、検査装置がない企業は決して珍しくない。こういう企業は、外部の試験機関に依頼したり、親会社の検品に頼ったりしているわけだ。検査装置はあっても検査室がない企業も多い。検査装置は周囲の環境に敏感に反応するため、正確な検査を行うためには検査室という形で隔離する必要がある。しかし、検査室が完備されているのは、私の感覚では1割にも満たない。

星野妙子『メキシコ自動車産業のサプライチェーン―メキシコ企業の参入は可能か』


メキシコ自動車産業のサプライチェーン―メキシコ企業の参入は可能か (アジアを見る眼)メキシコ自動車産業のサプライチェーン―メキシコ企業の参入は可能か (アジアを見る眼)
星野 妙子

アジア経済研究所 2015-01

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 自動車の生産拠点として東南アジアで有名なのはタイだが、今中米でメキシコが注目を集めている。2011年にはホンダ、日産、マツダがメキシコにおける新工場の建設を発表したが、今年に入ってからはいよいよトヨタがメキシコ進出の意向を明らかにした。現在のメキシコには世界中から自動車メーカーが集まっている。メキシコの自動車生産台数は年間290万台であり、その8割が輸出されている。この生産台数は世界で8位、輸出台数では世界で第4位となっている。

 本書はメキシコにおける自動車業界のサプライチェーンを分析した1冊である。メキシコのサプライチェーンは、日本やタイとは異なる特徴を有している。
 少なくとも次の点を、メキシコのサプライチェーンの階層分布の特徴として指摘できる。第一に階層の数が少ないこと。第二に階層上位ほど層が厚く頭でっかちな構造であること、この2点だ。
 これらの部品(※走る、曲がる、止まるという自動車の走行性能にかかわる、特に高い精度と品質が要求される重要部品)のドイツ、日本からの輸入額が大きいことは、メキシコで活動するドイツ系と日系の自動車メーカー・部品メーカーが、(中略)企業の競争力にかかわる重要部品は、本国から輸入しているということになる。
 例外はあるが、大方の部品メーカーは素材・部品の輸入依存度が高い。輸入先は北米サプライチェーンを形成する米国・カナダ以外では日本が多い。
 メキシコで裾野産業があまり育っていない要因を本書から読み解くと、次のようになるのではないだろうか?メキシコの初期の自動車産業に貢献したのは、アメリカの自動車メーカーである。日本の自動車メーカーは1980年代にはほとんどメキシコに進出していなかったが、アメリカ企業はそれ以前から進出していた。日本の自動車産業が系列を中心とした多段階構造であるのに対し、1980年代までのアメリカの自動車メーカーは内製率が高いという違いがある。
 自動車産業研究者の第一人者下川浩一は、日米の違いが生じた要因を、次のように説明している。すなわち、米国では自動車産業発展の初期に優れた機械メーカーが存在し、それらのメーカーが部品・コンポーネントを供給し自動車メーカーを育成する役割を果たした。しかし自動車メーカーは、大企業に成長すると、部品供給の安定化と量産効果を重視して、自ら部品製造を始めると同時に部品メーカーを買収し自らの事業に統合した。(中略)

 これに対し日本の自動車産業は第二次世界大戦後、部品メーカー不在の条件で成長を開始し、自動車メーカーは部品メーカーを育てる方針を採用した。内製化を選択しなかったのは、資金的な制約と、1950年のトヨタ争議、1953年の日産争議のトラウマから過剰人員を抱え込むリスクを忌避したなどの理由からだった。
 メキシコ政府も、1970年代には政令を通じて、部品メーカーを育成する方針をとっていた。ところが、メキシコに新設される部品メーカーはメキシコ資本が60%以上、裏を返せば外資は40%以下という条件がついていたため、メキシコ進出を断念した部品メーカーも多かった。加えて、前述の通りアメリカの自動車メーカーは内製率が高かったこともあり、メキシコに部品メーカーが育たなかった。

 その後、1980年代の対外債務危機を経験したメキシコは、外貨取得のために保護主義的な政策を撤回し、自由主義に転換せざるを得なかった。同時に、アメリカの自動車メーカーは内製率を引き下げ始めた。メキシコの自由主義政策によって、アメリカからの部品輸入にかかる制約がなくなったのだから、メキシコで部品メーカーが育つのを待つより、本国から輸入した方が早い。こういう経緯で、頭でっかちのサプライチェーンができ上がったと考えられる。

 アメリカとメキシコは地理的に近いため、アメリカから部品を輸入しても時間やコストはさほど問題にならない。だが、日本とメキシコは遠く離れており、部品をメキシコに輸出することは考えにくい。したがって、日本の自動車メーカーがメキシコで成功するためには、Tier1、Tier2などを巻き込んで進出できるか、さらに地場の部品メーカーを粘り強く育成できるかにかかっているように思われる。

Watch!CLMB編集部『アジアの雑誌復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア』


アジアの雑誌 復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア (アジアの雑誌復刻版)アジアの雑誌 復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア (アジアの雑誌復刻版)
室橋裕和ほか Watch!CLMB編集部

キョーハンブックス 2014-09-29

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 完全に私の無知だったのだが、本書を読むまでは、インパールはてっきりミャンマーにあるものだと思っていた。実際にはインドにある。ミャンマー、バングラデシュ、ブータン、中国などに囲まれて陸の孤島のようになっている(実際にはつながっているのだが)地域は、「セブン・シスターズ」と呼ばれ、アルナーシャル・プラデーシュ州、アッサム州、メーガーラヤ州、トリプラ州、ナガランド州、マニプル州、ミゾラム州の7つの州からなる。インパールはマニプル州の州都である。


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 マニプル州には「マニプル王国」が存在したが、マニプル王国はビルマとの国境にありしばしば侵入を受けた。1754年にビルマを統一したコンバウン朝は、イギリス領インドに対する武力侵略をきっかけとして、3度に渡る英緬戦争を起こした。1885年11月の第3次英緬戦争で王朝は滅亡し、1886年6月、ビルマはイギリス領インドに併合されてその1州となった。

 その頃、マニプル王国では後継者争いが続いていた。1891年3月、イギリス政府は王位を奪ったジュヴラジ・ティケンドラジットを簒奪者と見なし、イギリス軍を送り込んでマニプル軍との戦闘が始まった。これがイギリス・マニプル戦争の発端となり、同年4月にマニプルは屈服した。

 1941年の太平洋戦争開戦後間もなく、日本軍は援蒋ルートの遮断などを目的としてビルマへ進攻し、勢いに乗じて全土を制圧した。連合国軍は一旦退却したものの、1943年末以降、イギリスはアジアにおける植民地の確保を、アメリカと中国は援蒋ルートの回復を主な目的として本格的反攻に転じた。その際、拠点となったのがインパールである。

 インパールは、牟田口廉也によるインパール作戦の失敗であまりに有名である。牟田口は、インパールの攻略によって連合軍の反攻の機先を制し、さらにインド国民軍によってインド国土の一角に自由インド仮政府の旗を立てさせることで、インド独立運動を刺激できると主張した。さらに、ナガランド州ディマプルへの前進をも考えていた。これが成功すれば、ハンプ越えの援蒋ルートを絶ち、ジョセフ・スティルウェル指揮下の米中連合軍への補給も絶つことができる。

 牟田口の案は、第15軍の3個師団(第15、第31、第33師団)に3週間分の食糧を持たせてインパールを急襲し占領するというものだった。そのためには、川幅1,000メートルのチンドウィン川を渡河し、標高2,000メートル級のアラカン山脈を踏破しなければならない。さらに問題だったのは、作戦が長期化した場合の前線部隊への補給だった。ビルマ方面軍は当初牟田口の案を無謀と判断したが、南方軍と大本営は最終的にこの案を支持した。



 結局、懸念された通り補給が途絶え、日本軍は多くの犠牲を払うことになった。牟田口は補給不足打開策として、牛・山羊・羊・水牛に荷物を積んだ「駄牛中隊」を編成してともに行軍させ、必要に応じて糧食に転用しようという「ジンギスカン作戦」を立てていた。しかし、頼みの家畜の半数がチンドウィン川渡河時に流されて水死、さらに行く手を阻むジャングルや急峻な地形によって兵士が食べる前に脱落し、たちまち破綻した。また3万頭の家畜を引き連れて徒歩で行軍する日本軍は、進撃途上では空からの格好の標的となった。

 1944年7月3日、日本軍は作戦中止を正式に決定した。将兵は豪雨の中、傷つき疲れ果て、飢えと病に苦しみながら、泥濘に覆われた山道を退却していった。退却路に沿って死体が続く有様は「白骨街道」と呼ばれた。最終的には、イギリス軍側の損害17,587名に対し、日本軍は参加兵力約85,600名のうち30,000名が戦死・戦病死し、20,000名の戦病者が後送されたという。

 本書は他に、ミャンマーとタイ、カンボジアとタイの国境付近の旅行記などが興味深い。また、カンボジアでは、インフラを整備するために中国資本が大量に入り込んでいることも指摘されている。日本のODAは主要都市間を結ぶ道路を作って終わりだが、中国は国土の大部分を占める地方の道路を人海戦術的に開発しているらしい。「日本は多額のODAを拠出しているから親日国になってくれる」などといつまでも思わない方がよさそうだ。

高原彦二郎、陳軼凡『実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント』


実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント
高原 彦二郎 陳 軼凡

日本経済新聞出版社 2011-05-14

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 著者の高原彦二郎氏は「海外事業のリスクマネジメント」を専門とする中小企業診断士である。海外事業の専門家、リスクマネジメントの専門家というのはそれなりの数がいるものの、海外事業のリスクマネジメントを専門としている診断士は、他にほとんどいないのではないだろうか?

 中国子会社で人事労務管理を行う際には、日頃から地方政府や労働当局と密にコミュニケーションを取ることが大切であるという。日本の場合は、地方自治体や労働基準監督署、労働委員会などとのリレーションを意識することはあまりないが、中国の場合は関係機関と頻繁に接触することが求められる。

 中国人は給与や人事評価の合理的な根拠を非常に重視する。それに、初対面の人にも「あなたの給料はいくらか?」と聞く。そこで相手との差が不当だと感じると、すぐに労働争議に発展する。よって、「我が社の給与水準・福利厚生はこのように合理を考慮して構築している」と地元政府・行政に説明できるようにしておく。実際に関係機関に説明して、彼らが持つ周辺企業の賃金データと比較したり、社員からどんな不満が出そうか意見を聞いたりすればなおよいだろう。

 経済的な理由に伴うリストラを行う場合には、人員削減計画を労働行政部門へ報告する義務が法律で定められている。しかし、具体的な報告内容に関しては規定がない。したがって、単に形式的な報告を行うだけでなく、労働行政部門が納得する計画を事前に確認することが必要となる。こうすることで、社員に計画を発表した時に、解雇拒否や騒乱などが起こるリスクを低減できる。

 普段から地方政府や労働当局と様々な情報を共有し、関係を構築しておくと、自社がピンチに陥った時に色々と助けてくれる。例えば、工場でストライキが起きた場合には、地方政府や労働当局に連絡すると、工場に公安部隊を派遣し、工場からの社員の脱出を阻止したり、工場周辺の警備にあたってくれたりする。

 ある企業には、リーマンショックの発生直後、地方政府の書記から「中央政府からの通達で地元企業の状況を確認し救済せよという指示が来た。我々としてもできるだけ雇用を確保したい。仕事量の減少は解るが、雇用を確保するために有効な援助を政府が実行するとしたらどのような援助がよいか?」という相談が来たそうだ。協議の結果、入社3か月までのラインオペレーターの給与の半額程度や社外研修費用などを地元政府が負担してくれることになったという。

 なお、共産主義国である中国には自主的に結成された労働組合はなく、工会法に定められた「工会」が唯一の労働組合となる。工会組織はピラミッド構造になっており、各企業の中にある「基層工会」、「産業工会」、県レベル以上の「地方総工会」、中央で全ての工会を総括する「中華全国総工会」で構成される。中華全国総工会の主席は、中央共産党の幹部が担う。よって、工会は、中国共産党の下層執行組織として、党中央の指導を受ける。

 かつては工会の主席に副総経理や人事部長が選任されることが多かったが、現在では出資者とその近親者、総経理、副総経理、人事部長、外国人社員は工会の主席になることができないと定められている。しかし、現在でも工会の主席には、人柄や人望を重視した人選ではなく、製造部長など職制上高位の人が就くことがある。そのため、日本の労働組合とは異なり、管理職の人間が工会の幹部を務めるという形になる。

室谷克実『呆韓論』


呆韓論 (産経セレクト)呆韓論 (産経セレクト)
室谷克実

産経新聞出版 2013-12-05

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 (1)「旭日旗」とは、日章と旭光を意匠化した日本の旗である。1870年に大日本帝国陸軍の陸軍御国旗(軍旗)として初めて使用され、1889年に大日本帝国海軍の軍艦旗としても採用された。現在は、陸上自衛隊と海上自衛隊で旭日旗が使用されている。この旭日旗を、韓国は「世界にあってはならない戦犯旗」、「ナチス・ドイツのカギ十字に等しい」と宣伝している。ところが、それ以前は「古代朝鮮人が倭人に教えたデザインである」というのが韓国人の主張であった。

 (2)韓国の社会運動に「国語醇化」がある。これは韓国で日常的に使われている倭語(日本語)を、本来の韓国語に言い換えようという、反日的な民族主義運動である。日中観で共通した漢字表記だった「出口」をハングル表記で「ナガヌンゴッ」(直訳すると「出ていく所」)とさせたことは、最も目立つ成果だ。

 だが、醇化運動にはどうしても越えられない壁がある。日本人が創作した概念語だ。科学、経済、主義、資本、共産、社会、哲学など、江戸末期から明治初頭にかけて日本人が考え出した漢字熟語であり、これらの言葉は中国・韓国でもそのまま取り入れられている。とりわけ、『脱亜論』を書いた福沢諭吉がこれらの翻訳語に大きな役割を果たしているので、韓国人は悔しくてたまらないようだ。

 (3)韓国は慰安婦問題を盛んに取り上げるが、ベトナム戦争で韓国軍が残虐行為を働いたことは一切謝罪しない。また、「ライダイハン」にも触れない。ライダイハンとは、ベトナム戦争時に韓国の男性とベトナム女性との間にできた子どものことである。戦争が終わると、父親は韓国に逃亡し、子どもだけがベトナムに残された。その数は3,000~1万人とも言われる。しかも、韓国・ベトナムの国交回復後は、新ライダイハンが3,000人生まれているとされる。

 (4)ビビンバは日本人が好んで食べる料理だが、その歴史を知るとがっかりする。李王朝は、「両班(ヤンバン、貴族)―中人(チュンイン)―常民(サンミン)―奴婢(ノヒ)―白丁(ペクチョン、被差別民)」という厳格な世襲身分制度の国であった。奴婢のほとんどは両班家に所属する農奴である。彼らが、主人たちの食べ残しを雑穀飯の上に広げ、かき混ぜて食べたものがビビンバである。

 (5)韓国は強烈な差別大国である。金大中が大統領になるまでは、全羅道(チョルラド)地域(後期百済の中心地域)に対する差別がすさまじかった。これは、高麗王朝の始祖・王建が残した「訓要十条」に基づく。王建はこの中で、旧百済地域からの人材登用を戒めた。高麗、李朝を通じて、全羅道の両班はほとんど官職に就けなかった。そして、朴正煕―全斗煥―盧泰愚―金泳三と続いた慶尚道(キョンサンド、中期新羅の本拠地)出身の大統領時代に、官民・軍警ともに、慶尚道優位の資源配分が続く中で、全羅道差別は極限に達した。

 もともと異民族のように扱われていた済州島(チェジュド、新羅・百済とは全く違う建国神話を持ち、方言も強い)出身者も、同様に差別された。

 (6)韓国は風水を重視するが、朝鮮半島における風水術の祖は「倭種(邪馬台国の支配下になかった地域の倭人)」である。半島に残る最古の正史『三国史記』の中の『新羅本紀』に、新羅の4代目の王になる脱解(タレ)が風水の術を学び、「吉地」と見定めた土地を策略をもって手に入れたことが記されている。

 『新羅本紀』は脱解について、「その生国(多婆那国)は倭国の東北一千里(ここでの1里は約450メートル)にある」と書いている。多婆那国を追われた脱解が朝鮮半島に渡り、風水に基づいて獲得した土地を中心として、新羅は935年まで続いたわけだ。脱解の風水術は素晴らしかったのだろう。

 脱解は王になると、倭人を大輔(大臣)に起用する。しかし、国王とナンバー2だけが異民族という国があり得るだろうか?当時の新羅には、ある程度の比率を占める倭人・倭種が住んでいたと考えるのが自然だろう。

 (7)前述のように、李王朝の時代は厳格な世襲制身分制度の社会であった。両班の子息だけが科挙を受験でき、合格して運がよければ(実際には多額の賄賂を使えば)官職を得られた。しかし、「日帝」の内政干渉によって身分制度が崩壊した。誰でも勉強して試験に合格すれば、公務員にも一流企業の社員にもなれるようになった。だが、学歴崇拝と職業に対する病的な貴賤意識は消えなかった。そのため、上に行くほど超鋭角のピラミッド型格差社会が今でも残っている。

 ちなみに、全斗煥時代に公表された世論調査には、「日帝統治の体験者ほど反日の度合いが低い」という結果が出ていたそうだ。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
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(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

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(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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