こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2015年09月


富坂聰『中国は腹の底で日本をどう思っているのか―メディアが語らない東アジア情勢の新潮流』


中国は腹の底で日本をどう思っているのか メディアが語らない東アジア情勢の新潮流 (PHP新書)中国は腹の底で日本をどう思っているのか メディアが語らない東アジア情勢の新潮流 (PHP新書)
富坂 聰

PHP研究所 2015-06-15

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 『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』というタイトルがついているが、中国に限らず、韓国、北朝鮮、ロシア、ASEAN諸国などをめぐる国際情勢に関する1冊であった。ブログ本館の記事「齋藤純一『公共性』―二項「対立」のアメリカ、二項「混合」の日本」などで書いたが、アメリカは共和党対民主党という構図に代表されるように、物事を二項対立で把握する。これに対して日本は、かつての自民党が派閥によって右から左まで広く政治家を内包していたように、対立項を自分の中に取り込んで共存させる傾向がある。

 ところが、最近の日本はアメリカ的な発想に影響されているせいか、二項対立的な物の見方が増えてきた。マスメディアに見られる善悪二分論はその典型である。小泉純一郎元首相は、「民営化か否か」と迫って自民党を二分した。また、一時的ではあったが、自民党対民主党という2大政党制が成立した。国際情勢においては、日本の味方となる国と敵となる国を明確に峻別する傾向がある。関係国を敵―味方に分けるのは、同盟関係を軸とした考え方である。

 日本にとっては、アメリカが親友で、中国や北朝鮮は敵である。最近は韓国も敵扱いかもしれない。だが、当の中国や北朝鮮・韓国は、どうやら単純な敵―味方二分論には染まっていないようだ。例えば、中国はベトナムやフィリピンと南シナ海で領有権争いをしている。しかし、中国はその両国からAIIBへの賛同を引き出している。とりわけベトナムは、自国のインフラ整備に中国が貢献してくれることを期待しており、AIIBに好意的である。

 韓国と北朝鮮は、北緯38度線で軍事的緊張を高めているものの、様々な場面で関係深化を図っている。北朝鮮は韓国で開催された仁川アジア大会にNo2を送り込んだ。一方の韓国は、北朝鮮の共産主義をよく研究しており、国内には親北朝鮮派が増えているという。中国は北朝鮮・韓国とバランスよくつき合っている。中国がイデオロギー的に対立する韓国と国交を樹立したことは、北朝鮮にとって屈辱であったはずだ。しかし、中国は北朝鮮の核実験を非難することはあっても、北朝鮮と手を切ることは考えていない。

 (ちょっと余談。本書では、朝鮮半島が2国に分裂したままであることが中国の国益にかなうと書かれていた。ただ私は、中国が韓国を利用して朝鮮半島を統一するというシナリオがあるのではないかと考えている。

 北朝鮮には朝鮮半島を統一するだけの力がない。一方で、韓国は北朝鮮研究によって左傾化が進んでいる。そこで、中国が韓国を使って朝鮮半島を共産主義化するわけである。韓国の経済力をつぎ込んで北朝鮮の核を強化すれば、日本にとって大きな脅威となる。そんなことをすればアメリカが黙ってはいないはずなのだが、朝鮮半島に巨大な核が生まれ、さらにバックにも核を持つ中国がいては、アメリカもそう簡単に手出しができない)

 国際政治の舞台では、相手国を単純に敵―味方に分けるのではなく、敵の懐に上手く飛び込むことが重要である。言い換えれば、「右手のこぶしを振り上げながら、左手で握手をする」のが国際政治のルールなのである。ある人とは両手でがっちり握手をし、別の人に対しては両手を振り上げるような外交をしているのは、日本(とアメリカ)ぐらいかもしれない。

 最近、中国と北朝鮮が日本にすり寄ってきたと言われる。中国も北朝鮮も国内経済が失速しており、情勢打開のために日本に支援を求めてきたというわけだ。敵―味方二分論に染まっている日本は、「中国や北朝鮮は、やはり日本がいなければ立ち行かない」などと、どこかこの2か国を見下している。しかし、彼らが日本に接近しているのは、右手のこぶしを振り上げながら、左手で握手を求めているだけのことであって、決して日本に頭を下げようと考えているわけではない。

宮本雄二『習近平の中国』


習近平の中国 (新潮新書)習近平の中国 (新潮新書)
宮本 雄二

新潮社 2015-05-16

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 (1)中国では常に権力闘争が繰り広げられている。江沢民は総書記を退いた後も、政治局常務委員会(事実上の国家最高指導部)を7人から9人に増やし、その過半数を自分に近い人物で固めて影響力を保持し続けた。また、新たに増えた2人のうち1人には政法部門という重要な部門を担当させた。これによって、当時の総書記である胡錦濤には10年間まともな仕事をさせなかった。

 胡錦濤の後を継いだ習近平は、自らに権力を集中させることに苦心した。総書記になってから早々に、人民解放軍を指揮する重要ポストを握った。次に、常務委員会の人数を9人から7人に戻し、政法部門を習近平自身が所轄することとした。政治リーダーが自らの望む改革を実施するためには、権力を掌握することが重要である。権力闘争は一種のアートと言えよう。地頭がいいだけの人間が強い政治家になれないのはそのためである。

 一方で、権力は腐敗の問題をはらむ。習近平は「ハエもトラも叩く」と宣言して、腐敗撲滅に躍起になっている。そして、最大のトラである徐才厚と周永康を失脚させた。そもそも、腐敗が起きる理由を考えてみると、実は権力が強すぎるからではないかと思う。潤沢な情報や資金を持ち、重要な意思決定の権限を握っている人の元には、便宜を図ってもらいたいという人間が自ずと集まってくる。

 だから、習近平が権力を握れば握るほど、腐敗の誘惑に駆られるはずだ。事実、腐敗撲滅キャンペーンは、習近平の身近な人間には甘いとの批判がある。したがって、腐敗をなくすためには、権力を分散させなければならない。地位的には重要なポストに就いているが、その人一人では事実上ほとんど何も決められない、という状態を作らなければならない。

 このことは、党の末端組織にも当てはまる。共産党の腐敗は上層部よりも末端の方がひどいと言われる。「上が政策を作ると、下は対策を作る」という言葉があるほど、末端は強い力を持っている。この末端の力をはがすことも、腐敗撲滅には不可欠であろう。共産党の組織は上下の階層が非常に多く、また縦(機能別)にも細かく細分化されているという。その形態だけを見れば、権力が分散していそうなものだが、何せ13億人の人口を抱える中国だ。共産党組織内のポストが多くても、1つ1つのポストは強大な権力を持っているのかもしれない。

 政治家は、改革を実行するためには権力を集中させる必要がある。一方で、権力を腐敗から守るためには権力を分散させなければならない。両者の均衡点をどこに見出すかが、習近平にとっての重要な課題であろう。

 (2)時折、中国とアメリカは似ていると思うことがある。中国には太古より易姓革命の考え方がある。為政者は絶対的な天から治世を任されている。ところが、為政者が徳を離れ、人民を蔑ろにするような政治を行うと、政治の正統性が失われ、為政者の交代が起きる、という考え方だ。

 別の言い方をすると、最初はAという政治で突っ走っていたが、Aが機能不全を起こしBという全く別の政治に取って代わられる。Bという政治もある時期まではよかったが、やがて機能不全を起こしさらに別のCという政治に取って代わられる。こういう政治交代が繰り返されているのが中国である。

 アメリカの大統領も、唯一絶対のキリストに誓って政治を行う。しかし、神は大統領の普遍性を約束するわけではない。アメリカの大統領は合衆国憲法で三選が禁じられているため、おおよそ8年サイクルで大統領が交代する。そして、多くの場合は大統領の出身政党も変わる。つまり、アメリカでは共和党と民主党の政治が定期的に振り子のように入れ替わる。

 中国は「一対多」の国であり、かつその一が他の多を凌駕する。しかし、凌駕されていた多の中から新たな一が現れ、社会を支配する。これが数百年サイクルで繰り返される。一方でアメリカは「二項対立」の国であり、一方の他方に対する優勢が比較的短期間で変更される。このような違いはあるものの、中国とアメリカに共通するのは、政治が極端な方向に走りやすい、ということである。

 政治を握った勢力は、自分に近い人間を集め、逆に自分と対立する人間は排除する。そうすることで、自らが望む政治を実現しやすくする。習近平が前代の胡錦濤の影響力を排し、対立勢力を腐敗撲滅キャンペーンで叩くのも、アメリカ大統領がスポイルズ・システム(猟官制)によって官僚を総入れ替えするのも、本質的には変わらない。ただ問題なのは、リーダーが敵を排除するその行為によって、将来的に自分に刃を向けることになる敵を自ら作り出してしまうことである。

 (3)習近平は強い中国を作り、共産党の正統性を確保するために、あと10~15年ほどで改革の成果を出したいと考えているようだ。習近平の改革の方向性は、2013年に下された「改革の全面的深化に関する決定」に表れている。

 本書ではその項目が紹介されていたが、政治、財政、経済、文化、国防、農村問題、環境など非常に多岐に渡る。これだけの改革項目を掲げられると、宋の王安石の改革案を想起せざるにはいられない(ブログ本館の記事「山本七平『指導力―「宋名臣言行録」の読み方』―王安石の失敗から学ぶ、人々に受け入れられる改革案の作り方」を参照)。

 先ほど、共産党の組織は縦割り化が進んでいると書いた。習近平は縦割り組織の弊害をなくすために、部門横断的な組織をいくつも設置している。中国では「○○小組」、「○○委員会」と呼ばれる組織がそれだ。そして、習近平自身がこれらの組織のトップとなることで、組織内はもちろんのこと、その組織が関連する各部門にも影響力を発揮しようとしている。

 だが、容易に想像がつくことだが、縦割り化が進んでいる組織で部門横断型組織を作ると、部門横断型組織と各部門との間で人材の引っ張り合いが起き、また利害調整やコミュニケーションに多大な時間がかかることになる。この辺りの問題をどのようにマネジメントするのか、習近平の手腕が問われる。

『2015年夏という分岐点(『世界』2015年10月号)』


世界 2015年 10 月号 [雑誌]世界 2015年 10 月号 [雑誌]

岩波書店 2015-09-08

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 (1)
 (「人種差別撤廃施策推進法(通称「ヘイト・スピーチ規制法」)」は)基本法ゆえ、この法案が成立しても即効性は高くないが、何より、これまで人種差別を放置してきた姿勢を改め、国と地方公共団体が総体として取り組み、人種差別撤廃政策を策定・実施していくことで、反人種差別が国と社会の主流となり、差別撤廃に向けた歴史的な転換点となる意義がある。
(師岡康子「審議入りした「人種差別撤廃施策推進法案」の意義」)
 ブログ本館の記事「山内志朗『ライプニッツ―なぜ私は世界にひとりしかいないのか』―全体主義からギリギリ抜け出そうとする思想」でも書いたように、左派は個の違いを無視して、皆が平等な社会の実現を目指す。怖いのは、左派が人種以外の様々な違いを差別と呼び、その撤廃に動き出すことである。例えば、学校が入試試験によって一定の偏差値以上の生徒の身を確保することを「学力差別」と呼ぶかもしれない。また、企業が顧客の年収に応じて製品・サービスのレベルを変えることを「収入差別」と呼ぶかもしれない。

 一般論で言えば、人種、出自など本人の努力ではどうしようもない要素についての差別は取り締まるべきであり、逆に学力、年収など本人の努力で変えられる可能性がある要素については差別しても構わない、ということになるだろう。ところが左派は、親の年収が低いと学力向上の機会が与えられないとか、会社の底辺で搾取されていると年収が一向に上がらないなどと、あたかも外部環境のせいで差別が固定化されているかのように扇動する可能性がある。

 (2)
 読売新聞が2005年10月に行なった面接方式の世論調査によれば、対中戦争については、68%の人が日本の「侵略戦争」と考えています。対米戦争を「侵略戦争」だと考える人は34%ですが、対中・対米ともに侵略戦争ではなかったという回答は10%にとどまっています。これは、国民の総意に近いものではないでしょうか。
(加藤陽子、半藤一利「歴史のリアリズム―談話・憲法・戦後70年」)
 左派が目指すのは市民社会の実現であるから、彼らにとって世論というのは非常に重要なのだろう。一方で、本号の別の箇所にはこんな記述がある。
 もっと気味が悪いのは、「(安倍)談話」発表後のメディアの世論調査結果。共同通信が最初で、15日に全国電話調査の結果を発表したが、「談話」を評価するが44.2%、しないが37.0%、さらに内閣支持率は、不支持がまだ僅差で多いが、支持するが前回より5.5ポイントも改善、37.7%まで上昇。つづく読売の結果は、「談話」を評価するが48%、しないが34%。産経・FNNとなると、評価するが57.3%、しないが31.1%で(中略)、全体的には、多くの国民の心情が、あの程度の「談話」でも、よいとする方向に振れる様子を、浮き彫りにした。
(神保太郎「連載メディア批評第94回 (1)新たな「過ち」の始まり―安倍談話報道をふり返る、(2)アーカイヴ・「戦後70年特番」」)
 左派が世論は正しいとするのならば、安倍談話は”あの程度”であっても正しいと言わなければならない。世論調査の結果を主張したい内容の文脈に応じて都合のいいように利用するのは、国民を愚弄する行為ではないだろうか?

 国民は概して、短期的、自己中心的に行動する。そんな国民の人気を取るのは実に簡単なことだ(経済対策を打ち出せば、すぐに支持率が上がる)。しかしながら、世論調査というのは、どこまで行っても所詮参考値にすぎないと思う。そもそも政治は、国民の人気を集めるためにやっているわけではない。

 各人が短期的、自己中心的に振る舞っても、結果的に全体最適が達成されるのは、自由経済の世界のみである。政治の世界ではそうはいかない。時には中長期的な視点に立ち、誰かの利害を犠牲にするような行動をとらなければならない。必然的に、国民から理解が得られないこともある。だが、孔子は『論語』で、「民は之に由らしむべし。之を知らしむべからず」と説いているではないか?

 (3)
 (安倍談話の)全体としての印象を言えば、第一に、客観主義的で、まるである種の教科書のように公式的に、戦争に至る歴史的経緯が論じられていることである。(中略)第一の点に関連して指摘しておかなければならないことは、安倍談話は、その内容としては、総理の私的諮問機関として今年2月に設けられた21世紀構想懇談会から安倍首相に提出された報告書(8月6日付)を下敷きにしたものだということである。それが何を意味するかといえば、談話において、首相という政治指導者が示すべき歴史についての主体的判断を、専門家集団に丸ごと委ねたということである。
(三谷太一郎「主体性を欠いた歴史認識の帰結は何か」)
 安倍談話、しかも私的な談話ではなく閣議決定された談話は、政府としての公式の歴史見解を反映させたものである。それが「教科書のように公式的」であることの一体何が悪いというのだろうか?

 ブログ本館の記事「E・H・カー『歴史とは何か』―日本の歴史教科書は偏った価値がだいぶ抜けたが、その代わりに無味乾燥になった」でも書いたが、戦後日本の歴史教育は、日教組が教育現場に深く入り込んでいたこともあって、共産主義の影響を強く受けた。日本は満州事変の時から侵略国家になった、いや明治維新の時から侵略国家を目指していた、と左派はとらえている。

 右派は左派の影響を1つずつ解除し、客観的・中立的な記述を目指してきた。その結果でき上がったのが現在の歴史教科書である。確かに、歴史用語が次々と登場するだけで淡泊だという批判はある。だが、かつての歴史教科書が左派偏向だったことを考えれば、これは大変な進歩である。さて、安倍談話に目を向けると、安倍談話と歴史教科書の近現代史観は共通点が多い(国内向けの歴史と、国外に発信する歴史の整合性を取ったという点は偉業である)。歴史教科書が進歩したのと同様、今回の安倍談話もこれまでの談話に比べて進歩したと言える。

 最後にもう1つ。三谷氏は、首相が21世紀構想懇談会に報告書を作成させたことを批判している。しかし、仮に首相が独断で談話を出せば、「なぜ有識者会議を開かなかったのか?」と批判したに違いない。だから、三谷氏の批判は典型的な揚げ足取りであり、何も意味をなさないと思う。

 (4)
 かつて、オルテガ・イ・ガセットは『大衆の反逆』(1930年)において、「一つのことに知識があり、他のすべてのことには基本的に無知である人間」、すなわち大衆化した専門家の野蛮性を厳しく排撃した。専門家が自己限定の自覚を欠いたとき、専門家支配は暴走する。
(三谷太一郎「主体性を欠いた歴史認識の帰結は何か」)
 専門家が暴走した例として、この記事では東日本大震災における福島第一原発事故を挙げている。左派は知識が支配力を持つことを嫌うので、エリートや専門家を厳しく批判する傾向がある。代わりに、(無知な)市民を広く参加させよと主張する。だが、別の記事にはこんなことが書かれている。
 安倍新説の最大の問題点は、それが歴史的に間違っているという部分だ。安倍が依拠した有識者懇談会の16人のメンバーのうち歴史家と呼ばれる人たちは4人だけだったゆえ、その錯誤は驚くにはあたらないのかもしれない。
(テッサ・モーリス=スズキ「安倍70年談話における戦争史の欠陥」)
 これではまるで、有識者懇談会にもっと歴史の専門家を入れろと言っているようなものだ。有識者懇談会が専門家で支配されることこそ、左派が最も嫌うのではなかったか?有識者懇談会には歴史が専門ではないメンバーが12人もいたのに、報告書をまとめることができたという事実を、なぜ左派は評価できないのか?

 (5)
 その(小選挙区制の政治的効果の)結果、自民党は党内での緊張感を弱め、地域や地方での手足を失うことになった。派閥の力が弱まって集権化が進み、2世議員や3世議員が増え、選挙区との日常的なつながりが薄まった。派閥の新人発掘機能や議員への教育・訓練機能も失われ、若い候補者が政治家として鍛えられるチャンスが減った。その結果、「こんな人が」と思われるような不適格者も国会議員になってしまう。
(五十嵐仁「自民党の変貌 ハトとタカの相克はなぜ終焉したか」)
 この記事に限らず、本号では自民党議員の質の低下を小選挙区制に帰結させる論調が目立った。しかし、日本に小選挙区を導入したのは、非自民の細川連立政である(1994年に、衆議院の選挙区制度を小選挙区比例代表並立制に改革する法案が成立)。中選挙区制では同一政党・会派同士が多額の金をかけて争い、政治腐敗を招きやすいので、それを是正するというのが当時の目的であった。左派の要求に従って小選挙区制を導入したのに、それによって議員の質が低下していると批判されるのは、何とも理不尽な話である。

 (6)
 安倍談話の中で謝罪に言及した部分に、謝罪の対象は書き込まれていない。「私たちの子や孫、そしてのその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません」ここで目指されているのも、当事者の被害回復の目的で行われる、被害者に対する謝罪ではなく、第三者からの評価を期待した、謝罪というパフォーマンスだからであろう。
(牧野雅子「性暴力加害者の語り」と安倍談話)
 私は、従軍慰安婦問題について何か主張できるほど情報を持っていない。ただ、私にとって不思議なのは、日本国内では犯罪加害者にも人権があると言って擁護に乗り出す左派が、慰安婦問題に関しては徹頭徹尾謝罪することである。朝日新聞が吉田証言の誤報を世界に発信したことで、日本人の尊厳が傷つけられたことには全く触れない。仮に、国内で容疑者の間違った情報をメディアが報じたら、「メディアは加害者の人権を侵害した」と左派は騒ぎ立てるに違いない。

 (7)
 国防という観点からいえば、日本は海岸線がたいへん長く、世界で6番目、アメリカよりも長い。だから四方八方どこからでも攻められる。文字どおり隙だらけです。この守りづらい国土を守るためには外で守るほかはない。勝海舟も坂本龍馬も、結局、まず海軍が必要だと考えたし、明治維新以来、日本の指導者は苦労してきた。
(加藤陽子、半藤一利「歴史のリアリズム―談話・憲法・戦後70年」)
 日本の海岸線が世界で6番目に長いという事実から導かれる結論は、左派にとっておよそ受け入れがたいものだろう。それはつまり、海軍自衛隊を強化せよ、ということである。日本の自衛隊員の数を見ると、陸軍は約14万人であるのに対し、海軍はその4分の1あまりの約4万人しかいない(ちなみに、空軍も約4万人)。これは、自衛隊が基本的に、敵が上陸した場合の防衛を主としているためである。だが、隙だらけの日本の海岸線を守るには、海軍を強化する以外にない。

 (8)本号に限らず、左派は原子力発電に対して非常に強いアレルギー反応を示す。左派の基本的なメンタリティは、力への抵抗である。よって、人間にとって少しでも脅威となる技術や事象については、それが人間の生活を豊かにできる可能性を秘めていたとしても、徹底的に排斥しようとする。だから、原発再稼働を許さないし、武力行使にも反対する。最も急進的な左派は、人間が技術などを持たない時代、つまり皆が農業にいそしんでいた時代へ戻れとさえ主張する。

 過去の『世界』を調べたわけではないが、数十年前の左派は、自動車が交通事故死をもたらすとか、公害を引き起こすといった理由で、自動車を否定していたのではないだろうか?また、数十年後の左派は、AI(人工知能)を敵視し、ロボットに雇用が奪われるだの、機械に人間が支配されるだのと批判するに違いない。

 左派はあらゆる危険分子を取り除いて、鎖国状態、無菌状態、自分だけは純潔という状態を作り出す。しかし、そういう状態は長続きしないし、一旦危険分子が入り込むと、堰を切ったように大きな反動が生まれる。鎖国から抜け出した明治政府が急速な社会改革を進めたのはその一例だろう。現在の日本は、平和憲法という名の下に、武力を排除している。ところが、その極端な武力嫌いが、かえって反動としての戦争を引き起こすのではないかと心配している。

 我々に必要なのは、リスクをはらむ技術などを一方的に遠ざけるのではなく、リスクがあると知りながらなおその技術を活用し、生活や社会を充実させる方法を模索することではないだろうか?右派の人たちは、ややもすると技術を礼賛してリスクを顧みないことがある。だから、左派に対しては、そのリスクを指摘し、リスクとの上手な共存を提案するという姿勢を期待したい。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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