こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2015年09月


リード・ホフマン、ベン・カスノーカ、クリス・イェ『ALLIANCE―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』


ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用
リード・ホフマン;ベン・カスノーカ;クリス・イェ 篠田 真貴子;倉田 幸信

ダイヤモンド社 2015-07-10

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 雇用を「アライアンス」だと考えてみよう。自立したプレーヤー同士が互いにメリットを得ようと、期間を明確に定めて結ぶ提携関係である。アライアンスの関係は、雇用主と社員が「どのような価値を相手にもたらすか」に基づいてつくられる。

 雇用主は社員に向かってこう明示する必要がある。「当社の価値向上に力を貸してほしい。当社も『あなた』の価値を向上させよう」。一方で、社員は上司に向かって次のように明示する必要がある。「私が成長し活躍できるように力を貸してください。私も会社が成長し活躍するための力になりましょう」
 ブログ本館で「階層社会」について何度か書いた(「渋沢栄一、竹内均『渋沢栄一「論語」の読み方』―階層を増やそうとする日本、減らそうとするアメリカ」など)。階層社会では、上の階層が下の階層に命令を下し、下の階層は命令通りに実行した見返りとして上の階層から報酬を得る。

 経済活動においては、市場/顧客⇒経営陣⇒社員という階層関係が成り立つ。市場/顧客は、「こんな製品・サービスがほしい」と企業の経営陣に命令する。経営陣はその声を仕様へと翻訳する。そして、自社の社員に対し、「この仕様に従って製品・サービスを具体化せよ」と命じる。社員はその命令に従って製品・サービスを作り、顧客に提供する。顧客は製品・サービスの対価を経営陣に支払う。経営陣は、顧客からのお金を、社員の貢献度合いに応じて配分する。

 階層社会は、上から下への一方的な命令関係だけではない。下の階層は、上の階層からの命令に対して、「もっとこうした方がよいのではないか?」、「もっと別のやり方・選択肢があるのではないか?」と提案する自由がある。下の階層は決して、上の階層に反旗を翻しているわけではない。あくまでも、上の階層の役に立ちたいと考えているだけだ。下の階層は、上の階層からの権威を受けながら、いや権威を受けているからこそ、自由に振る舞うことができる。これが、山本七平の言うところの「下剋上」である(前掲のブログ本館の記事を参照)。

 上の階層も、単に下の階層に対して命令するだけでなく、下の階層が自由を発揮できるよう、下の階層に歩み寄る。「私はこう考えているのだが、もっといい考えはないか?」、「私の考えに誤りはないか?」、「あなた方がもっと優れたアイデアを自由に創造できるようにするためには、私はどんな環境を整備すればよいか?」などといった具合である。これが、『論語』にも出てくる「下問」である(前掲のブログ本館の記事を参照)。

 本書は、企業内で上の階層が下の階層に「下問」し、下の階層が上の階層に「下剋上」する関係を「アライアンス」と呼んでいるのだろう。その先には、雇用主と社員の関係を対等なパートナー関係にしようという目論見が感じられる。

 だが、このパートナーという言葉は注意が必要だと思う。パートナーとは、力関係が上の者が下の者に対して、「私は今まであなたを下だとみなしていたが、これからは対等に扱おう」と宣言する言葉であって、下の者が上の者に対して使うのは失礼である。上の階層が下の階層をパートナーとして扱う場合、上の階層はへりくだって下の階層に下りてくればよい。だが、下の階層が上の階層をパートナーとして扱おうとするならば、上の階層を下の階層まで引きずり下ろすか、自らを上の階層へと引き上げなければならない。それには相当の理由を要する。

 企業内でパートナーという言葉を使えるのは雇用主だけであり、社員ではない。私が危惧しているのは、本書を読んだ左派の人々が、「自分は雇用主にとって重要なパートナーなのだから、もっと処遇改善せよ」などと的外れな要求をすることである。雇用主と社員の上下関係を踏まえれば、社員が雇用主に対してパートナー関係を求めるのは失礼な行為だ。社員にできるのは、上下関係を前提とした下剋上のみである。本書は、勘違いした左派の社員の手に行き渡らないよう、経営陣だけに読んでもらいたいものだ。

『安倍談話と歴史復興への道/安保法制と東・南シナ海の中国の侵略(『正論』2015年10月号)』


正論2015年10月号正論2015年10月号

日本工業新聞社 2015-09-01

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 (1)
東京裁判そのものと言って良いマッカーサーも米国上院軍事外交委員会で「日本が戦争に入ったのは主として自衛のためだった」と証言しているのです。
(渡部昇一「東京裁判史観を突破した「縦の民主主義」の歴史力」)
 渡部昇一氏が雑誌『致知』に寄稿している連載は私も毎月読んでおり、このマッカーサーの言葉がたびたび紹介されているのは知っていた。太平洋戦争(右派は必ず大東亜戦争と呼ぶ)では、アメリカの禁輸制裁によって石油などの重要物資が不足したため、打開策として東南アジアへと進出した。だが、果たしてそれを自衛と呼んでよいかどうかは疑問が残る。

 つい先日、安倍政権は安保法制を成立させ、集団的自衛権の行使が可能となった。ところが、例えばイランのホルムズ海峡封鎖によって石油が日本に入らなくなり、存立危機事態になったとしても、経済的理由によって集団的自衛権を発動することはできない、というのが政府の見解である。このロジックを太平洋戦争にあてはめると、あの戦争はどのように説明すればよいだろうか?

 (2)
 有識者懇談会の報告書に「植民地支配」とあることについても呆れてしまいます。一体、全くどうしてこんなに無知なのか、嘆かわしい限りです。日韓が併合した時の韓国とは何だったか。大韓帝国だったのです。それが日韓併合で日本と一緒になったのです。帝国がほかの帝国を植民地にすることなどありません。(中略)

 植民地支配というのはおおむね植民地先の住民を隷属支配し、搾取収奪を重ねます。しかし日本は違います。朝鮮の人々を日本国民として扱ったのです。鉄道や学校、ダムといったインフラを整え、教育で実用的な読み書きを普及させました。
(渡部昇一「東京裁判史観を突破した「縦の民主主義」の歴史力」)
 これも渡部氏がしばしば指摘することである。欧米の植民地支配では、現地のトップは欧米人ではなく現地人にするのが一般的だとされる。現地の事情は欧米人よりも現地人の方がよく知っているし、現地人は欧米人よりもやはり現地人に従う、というのがその理由だ。現在のグローバル経営にもその名残は残っており、グローバル企業が海外進出すると、現地企業のトップは必ず現地人にする。

 一方、日韓併合では、朝鮮半島を日本に改造しようとした。現地のトップは日本人が務め、朝鮮の人々に同化教育を施し、日本と同じような経済・社会インフラを整備した。欧米の植民地支配が現在のグローバル経営に影響を及ぼしているのと同様、日帝の支配も日本企業のグローバル展開に名残を残している。すなわち、現在の日本企業は、海外に進出しても、現地企業のトップを現地人ではなく日本人にする。そのため、現地人は出世の道がないと感じてモチベーションを失う。そのため彼らは、経営トップへの道が開かれている欧米企業を選択する。

 話を元に戻そう。日韓併合直前の朝鮮半島は政治的にひどく腐敗しており、ろくな教育が行われていなかった。そのため、前述のような日帝の政策を喜んだ人も多かったという(現在の韓国でも、日帝の支配を肯定的に評価する人の割合は、年齢が上がるにつれて高くなるらしい)。だが、同化政策とは民族アイデンティティの放棄を迫ることであり、見方によっては植民地支配よりも残忍かもしれない。

 (3)
 この海域(※南シナ海)は「日本の生命線」ともいえる重要なシーレーンである。日本人の生活に不可欠な石油の80%が通過するだけではない。日本とアジア諸国、さらに欧州、中東を結ぶ航路であり、日本人にとって必要不可欠な物資が通過している。(中略)南シナ海が紛争地域となり船舶の航行に障害が出た場合、「存立の危機」ということが当てはまるだろう。
(山田吉彦「海洋国家として生き抜くための安保法制」)
 (1)で述べたように、経済的理由で集団的自衛権を発動するのは難しいし、仮にそれを実行すれば太平洋戦争と同じになってしまうだろう。

 安保法制を支持する右派の人たちは、集団的自衛権が南シナ海における中国への抑止力となることを期待しているが、この点が私にはどうもよく解らない。集団的自衛権は、密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)に行使される。

 「密接な関係にある他国」というのは同盟関係にある国を指す。現在、日本が同盟を結んでいるのはアメリカだけである。よって、例えば南シナ海でフィリピンが中国に攻撃されたとしても、フィリピンが日本の友好国であるという理由でフィリピンを助けることはできない。では、フィリピンに再駐留したアメリカ軍が南シナ海で中国に攻撃されたらどうか?この場合、「我が国の存立が脅かされ」という要件に引っかかる。南シナ海と日本は地理的に距離があるため、南シナ海での紛争がただちに日本の存立を脅かすと言い切るのは相当難しい。

 個人的かつ乱暴な印象だが、安保法制下の集団的自衛権は制約が大きく、実際には個別的自衛権の延長にすぎないと感じる(本号で、国際政治学者・三浦瑠麗氏も同じようなことを述べている)。政府が安保法制で実現したかったのは、集団的自衛権よりも、「重要影響事態(そのまま放置すれば、我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態など、我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態)」における後方支援の拡充の方だったのではないだろうか?

『中国コンフィデンシャル 紅い人脈/保険業法改正 大手生保も続々参入 激震!保険代理店(『週刊ダイヤモンド』2015年9月5日号)』


週刊ダイヤモンド 2015年 9/5 号 [雑誌]週刊ダイヤモンド 2015年 9/5 号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-08-31

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 中国経済を推し量る3つの指標についてのメモ書き。

 (1)李克強指数
 中国政府が発表するGDPの数字はかさ上げされているという声がよく聞かれる。GDPよりも中国経済の実態をよく表していると言われるのが、「李克強指数」である。国務院総理を務める李は経済学博士でもある。李が注目するのは、①電力消費量、②鉄道貨物輸送量、③銀行中長期融資という3つの指標である。

 足元の数字を見ると、電力消費量は前年比マイナス0.8%、鉄道貨物輸送量は前年比マイナス12.6%と大きく落ち込んでいる(銀行中長期融資のみが前年比プラス14.3%となっている)。李克強指数を織り込んだデータを分析したイギリスのファゾム・コンサルティングによれば、中国の直近の経済成長率は公式発表の半分以下の3.1%にすぎないという。

 (2)コムトラックス
 世界第2位の建設機械メーカーであるコマツは、ダンプやショベルカーなど世界約30万台の建機にセンサーを搭載し、位置情報や稼働状況、燃料残量などを常に把握できる「コムトラックス」という仕組みを構築している。

 コムトラックスが収集した中国国内の建機の稼働時間の推移を見ると、2014年以降はほぼ前年同月比でマイナスが続いている。足元は鉄鉱石や石炭をはじめ、北東部などの資源採掘に使う大型建機の需要が低迷している。


 (3)国内自動車販売台数
 フォード・モーターは中国市場全体の販売台数を2,300~2,400万台と予想しているが、もし下限の2,300万台ならば、17年ぶりの前年比マイナスとなる。中国は2009年にアメリカを抜き去って世界1位の自動車販売市場になった。しかし、現在メーカー各社は減産調整に入っており、業績への影響は必至の様相である。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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