ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用 リード・ホフマン;ベン・カスノーカ;クリス・イェ 篠田 真貴子;倉田 幸信 ダイヤモンド社 2015-07-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
雇用を「アライアンス」だと考えてみよう。自立したプレーヤー同士が互いにメリットを得ようと、期間を明確に定めて結ぶ提携関係である。アライアンスの関係は、雇用主と社員が「どのような価値を相手にもたらすか」に基づいてつくられる。ブログ本館で「階層社会」について何度か書いた(「渋沢栄一、竹内均『渋沢栄一「論語」の読み方』―階層を増やそうとする日本、減らそうとするアメリカ」など)。階層社会では、上の階層が下の階層に命令を下し、下の階層は命令通りに実行した見返りとして上の階層から報酬を得る。
雇用主は社員に向かってこう明示する必要がある。「当社の価値向上に力を貸してほしい。当社も『あなた』の価値を向上させよう」。一方で、社員は上司に向かって次のように明示する必要がある。「私が成長し活躍できるように力を貸してください。私も会社が成長し活躍するための力になりましょう」
経済活動においては、市場/顧客⇒経営陣⇒社員という階層関係が成り立つ。市場/顧客は、「こんな製品・サービスがほしい」と企業の経営陣に命令する。経営陣はその声を仕様へと翻訳する。そして、自社の社員に対し、「この仕様に従って製品・サービスを具体化せよ」と命じる。社員はその命令に従って製品・サービスを作り、顧客に提供する。顧客は製品・サービスの対価を経営陣に支払う。経営陣は、顧客からのお金を、社員の貢献度合いに応じて配分する。
階層社会は、上から下への一方的な命令関係だけではない。下の階層は、上の階層からの命令に対して、「もっとこうした方がよいのではないか?」、「もっと別のやり方・選択肢があるのではないか?」と提案する自由がある。下の階層は決して、上の階層に反旗を翻しているわけではない。あくまでも、上の階層の役に立ちたいと考えているだけだ。下の階層は、上の階層からの権威を受けながら、いや権威を受けているからこそ、自由に振る舞うことができる。これが、山本七平の言うところの「下剋上」である(前掲のブログ本館の記事を参照)。
上の階層も、単に下の階層に対して命令するだけでなく、下の階層が自由を発揮できるよう、下の階層に歩み寄る。「私はこう考えているのだが、もっといい考えはないか?」、「私の考えに誤りはないか?」、「あなた方がもっと優れたアイデアを自由に創造できるようにするためには、私はどんな環境を整備すればよいか?」などといった具合である。これが、『論語』にも出てくる「下問」である(前掲のブログ本館の記事を参照)。
本書は、企業内で上の階層が下の階層に「下問」し、下の階層が上の階層に「下剋上」する関係を「アライアンス」と呼んでいるのだろう。その先には、雇用主と社員の関係を対等なパートナー関係にしようという目論見が感じられる。
だが、このパートナーという言葉は注意が必要だと思う。パートナーとは、力関係が上の者が下の者に対して、「私は今まであなたを下だとみなしていたが、これからは対等に扱おう」と宣言する言葉であって、下の者が上の者に対して使うのは失礼である。上の階層が下の階層をパートナーとして扱う場合、上の階層はへりくだって下の階層に下りてくればよい。だが、下の階層が上の階層をパートナーとして扱おうとするならば、上の階層を下の階層まで引きずり下ろすか、自らを上の階層へと引き上げなければならない。それには相当の理由を要する。
企業内でパートナーという言葉を使えるのは雇用主だけであり、社員ではない。私が危惧しているのは、本書を読んだ左派の人々が、「自分は雇用主にとって重要なパートナーなのだから、もっと処遇改善せよ」などと的外れな要求をすることである。雇用主と社員の上下関係を踏まえれば、社員が雇用主に対してパートナー関係を求めるのは失礼な行為だ。社員にできるのは、上下関係を前提とした下剋上のみである。本書は、勘違いした左派の社員の手に行き渡らないよう、経営陣だけに読んでもらいたいものだ。