こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2015年10月


廣宮孝信『国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ』


国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ
廣宮 孝信

彩図社 2009-02-18

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 国の借金は個人の貯蓄でカバーできているから問題ないというのがよくある楽観論であるが、本書ではもう少し踏み込んで、日本国家全体のバランスシート(貸借対照表)を示し、日本は決して債務超過に陥っているわけではないことを明らかにしている。一見すると、負債の額に比べて純資産の額が少なく、いわゆる「負債比率」という指標を使うと、危険領域に足を突っ込んでいるようにも感じる。しかし、実はバブル期から比べて純資産の額・割合は増加しているという。
○国のバランスシート(2007年)

 《資産の部》
 政府:510兆円
 政府以外:5,353兆円(うち個人:1,490兆円)
 -------------------------------------------
 資産合計:5,863兆円

 《負債の部》
 政府:962兆円
 政府以外:4,619兆円(うち個人:386兆円)
 -------------------------------------------
 負債合計:5,581兆円

 《純資産》
 政府:-452兆円
 政府以外:734兆円(うち個人:1,103兆円)
 -------------------------------------------
 純資産合計:282兆円
 本書の結論は、タイトルにもあるように、「GDPを増やしたければ国債をもっと発行せよ(もっと借金せよ)」という一言に尽きる。アメリカは日本よりも高い経済成長率を維持しているが、裏ではせっせとドル紙幣を印刷している。一般に、通貨量が増えると急激なインフレになると言われる。ところが、アメリカが大量にドルを刷っても、インフレ率は緩やかである。サブプライムローンで痛手を被ったにもかかわらず、相変わらずアメリカ人は借金をして消費を膨らましている。

 日本人は、借金を悪とする風潮が根強い。これは、子どもの頃の日本史の勉強が影響していると考える。日本史では、新井白石、松平定信などのように倹約財政を断行した人物が賞賛され、逆に通貨量を増やした荻原秀重、田沼意次などの政策は改悪と評される。こういう教育を受けているから、「借金をして経済(企業)を成長させる」ことに対して無意識のうちに抵抗する。

 あの稲森和夫氏ですら、創業直後は借金をすると企業の成長の足かせになると考えていたぐらいだ(ブログ本館の記事「『稲森和夫の経営論(DHBR2015年9月号)』―「人間として何が正しいのか?」という判断軸」を参照)。

ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 09 月号 [雑誌]ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 09 月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-08-10

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 『一橋ビジネスレビュー(2014年WIN.62巻3号)』の中で、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授・伊藤友則氏が「最適資本構成」に言及している記事があった。引用文の記述は、大方の日本人の感覚をよく表していると思う。金融のプロである伊藤友則氏ですら、キャリアの最初の頃は「借金が企業価値を増大させる」という考えに当惑していたというのが興味深い。
 ファイナンスの理論のなかでも、特に「最適資本構成」の理論は、その当時日本で常識と考えられていた財務理論とは大きく異なり、面食らったのを覚えている。借金をすることが価値を創造する、借金がないというのは非効率な資本構成である、という理論があるのを知りびっくりした。
(伊藤友則「最適資本構成は「最適」か」より)
一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-12-12

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 『国債を刷れ!「国の借金は税金で返せ」のウソ』に話を戻すと、同書には「通貨発行益(シニョリッジ)」という言葉が出てくる。例えば1万円札を1枚発行すると、日銀は印刷コスト約16円を除いた9,984円の利益を得る。カナダ中央銀行のHPでは、政府の資金調達手段の1つとして通貨発行益が認められている。だから、日本もカナダと同様に、1万円札をどんどん刷れば借金の問題は解決する。

 しかし、本書では1万円札の増刷よりも、国債の発行の方が推奨されている。なぜ、国債の発行という、ワンクッションを置いた方法が採用されているのか不思議だったのだが、フランスの政治学者エマニュエル・トッドの著書『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』を読んだら、少しその理由が解った。
 人は政府債務というものをたいてい借りる側に目をつけて眺め、借りる側が見境もなく支出したのが悪いと判断します。諸国民は支払う義務を負っている、なぜなら掛け買いで暮らしてきたのだから、というわけです。

 ところが、債務の出発点のところにいるのは、これはもう基本的に借り手ではなく、自分たちの余剰資金をどこかに預託したい貸し手たちです。

 マルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』で明察したように、金持ちたちは政府債務が大好きなのですの!借金をする国家は、法的拘束の専有のおかげで、金持ちたちが彼らのお金を最大限安全に保有し、蓄積できるようにしてやる国家なのです。
「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)
エマニュエル・トッド 堀 茂樹

文藝春秋 2015-05-20

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佐藤優『甦るロシア帝国』


甦るロシア帝国 (文春文庫)甦るロシア帝国 (文春文庫)
佐藤 優

文藝春秋 2012-02-10

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 池上彰氏と佐藤優氏の対談をまとめた『新・戦争論―僕らのインテリジェンスの磨き方』のあとがきで、池上氏が佐藤氏のことを「バケモノ」と評していた。月に70本の連載を抱えながら、定期的に書籍を出版し、さらに講演活動もこなすというのだから、まさにバケモノである。

新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)
池上 彰 佐藤 優

文藝春秋 2014-11-20

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 『甦るロシア帝国』を読むと、さらにそのバケモノぶりが解る。同志社大学時代には神学を研究する一方でマルクス主義を学び、外務省に入省後30代でソビエト連邦に渡ると、モスクワ大学においてロシア語で神学の講義を行ったそうだ。私みたいに大学時代に遊び呆けてしまい、就職後もふらふらと仕事を変えている人間からすると、単線的に特定の分野を極めている人は羨ましく思える。私のように色々と回り道をしてしまった人間が、こういう人とまともに勝負するには一体どうすればよいのだろうかと考え込んでしまう。

 私が政治関連の書籍を読むようになったのは最近のことであるから、全くもって浅学なのだけれども、政治の本には少なからぬ不満を抱いていた。一応私も経営コンサルタントの端くれであるから、物事をフレームワークに落とし込むという作法に慣れ親しんでいる。ところが、政治の場合はフレームワークが提示されない。特に国際政治になると、著者がどういうロジックで主張を組み立てているのか丁寧に追いかけなければ話が理解できない。それが個人的に少し嫌であった。

 だが最近は、政治にフレームワークがないのは、至極当然のことだと思うようになった。ブログ本館の記事でも示したように、世界は「言語→歴史→宗教→道徳→政治→社会→経済」という構造を持つ。経営は経済の中の下部に位置しており、世界全体から見れば末端の営みである。その末端は、それほどの知識や経験がない人にも理解できるように、単純化する必要がある。だから、フレームワークを用いた思考が有効であると言える。

 ところが、政治は経営に比べると上位の営みである。政治は、あらゆる手段を講じて国民の生命・財産を守らなければならない。国外に目を向ければ、自国の領土や国民を狙うならず者が少なからず存在する(領土であれば中国、国民であれば北朝鮮など)。彼らの手から自国を防衛するために政治は戦略を立てるのだが、その戦略がシンプルすぎると、みすみす敵に手の内を見せることになる。フレームワークが提供する予測可能性は危険なのである。

 企業戦略の場合も、フレームワークが単純な戦略を提示すれば、競合他社につけ込まれるのではないか?という反論もあるだろう。確かに、企業は日々激しい競争を繰り広げている。ところが、大局的に見ると企業は共存共栄を目指すものだ。競合他社を永遠に市場から駆逐しようとは考えない。とりわけ、和を重んじる日本企業はこの傾向が顕著である。だから、フレームワークが示す単純な戦略が競合他社に知れ渡っても、致命的な痛手とはならない。むしろ、共存共栄のために、戦略の共有が推奨されることすらある。日本企業は、GEがベストプラクティスという言葉を持ち出す前から、競合他社の事例を研究するのが大好きだ。

 これに対して国際政治の舞台では、明確に他国を滅ぼす意図を持ったプレイヤーが存在する。しかも、どの国が実際にそのような意図を持っているのかは完全には知ることができない。このような状況で、自国の戦略をフレームワークによって披露するのは自殺行為以外の何物でもない。

 自国がフレームワークを使わずに、容易には理解できない戦略を立てるのと同様、他国の戦略もまた不透明である。自国が戦略を立てるためには相手国の情報が重要なインプットとなる。しかし、相手国の情報は断片的にしか漏れてこない(仮に、そのような情報がオープンに共有できるほど信頼関係が構築できていれば、この世に戦争は存在しない。以前の記事「植木千可子『平和のための戦争論―集団的自衛権は何をもたらすのか?』」を参照)。どんな種類の情報がどのくらいの精度で入手できるか解らない状況では、フレームワークは機能しない。

 以上の点で、政治と経営は異なる。時々、経営コンサルタントが上がりのポジション(?)として政治評論家のような立場に立ち、経営の知識を使って政治を語ることがあるのだが、個人的には傍ら痛く思う。私ももっと政治を語りたいと思うが、安易に経営の知識に依拠しないよう注意したい。

 (※)ちなみに、上記の論理に立つと、政治より上位に位置する言語、歴史、宗教、道徳は、もっと複雑なものになるはずである。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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