こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2015年12月


大須賀祐『図解 これ1冊でぜんぶわかる!貿易実務』


図解 これ1冊でぜんぶわかる!  貿易実務図解 これ1冊でぜんぶわかる! 貿易実務
大須賀 祐

あさ出版 2010-09-21

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 輸入取引に関する説明で、商品の品質や機能をチェックするために、事前にサンプルを取り寄せるべきだと述べました。この点を考えると、輸出する側にとっても、サンプルの輸出は重要なポイントであることがわかっていただけるでしょう。先方から引き合いが来て、サンプルの輸出を依頼されたら、後々問題が起きないようにするためにも、進んで送るようにしましょう。
 以前の記事「久田友彦『融資業務超入門』」でも書いたように、私は海外ビジネスのことを何も知らないので、こういう入門書で一から勉強しているところ。本書には、輸出の際は相手にどんどんサンプルを送るとよいと書いてあった。だが、信頼できるはずの日本人相手でもサンプルを模倣されるリスクがあるのに、相手の素性がよく解らない外国人が相手の場合は、ホイホイとサンプルを送ってはいけないと思う。せめて秘密保持契約(NDA)を締結するべきだろう。

 私の前職の企業は教育研修という見えにくいサービスを提供していた。HPから「研修の資料がほしい」と問い合わせが来た時、どういう資料を送るべきか社内でよく揉めていた。マーケティングを担当していた私としては、研修のイメージを持ってもらうために、テキストや演習の一部を切り出して資料に反映した方がよいと思っていた。さらに言えば、切り出したテキストや演習の資料をHPからダウンロードできるようにしたり、その部分を講師が実際に講義している風景を動画で撮影してHPで流したりする構想も持っていた(結局、実現しなかった)。

 しかし、営業担当者の中には、「それをやると相手にパクられる」とひどく警戒する人がいた。そのため、見込み顧客に送る資料には、研修の目的とゴール、期待できる効果、カリキュラムなど、当たり障りのない内容しか載せることができなかった。今振り返ると、相手とNDAを締結した上で研修の一部を公開するなど、もっと違うやり方ができたのではないかという気がする。

 研修サービスは分割可能なので上記のような対応がとれるが、分割不可能な製品・サービスの場合はどうすればよいだろうか?相手とNDAを締結するのは当然として、品質をわざとグレードダウンさせたサンプルを送る、相手が自社と取引を開始してくれることを条件にサンプルを送付するなどした方がよいのだろう。

岩崎邦彦『引き算する勇気―会社を強くする逆転発想』


引き算する勇気 ―会社を強くする逆転発想引き算する勇気 ―会社を強くする逆転発想
岩崎 邦彦

日本経済新聞出版社 2015-09-18

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 良い引き算は、何かを引き算することによって、大切な何かに「集中」する。だから、引くことによって本質が引き出され、中身が凝縮される。表面的にはシンプルに見えたとしても、中身は深いので、時間がたっても顧客に飽きられない。
 簡単に言えば、顧客の多様なニーズに応えようと機能過多にするのではなく、重要かつ本質的な価値に集中せよ、ということである。ただこれは、ブログ本館で何度も述べたように、一神教的な発想だと思う(例えば「日本とアメリカの戦略比較試論(前半)(後半)」など)。

 一神教文化の企業、とりわけアメリカでイノベーションに強い企業は、世界のニーズの最大公約数をとらえて、非常にシンプルな製品・サービスを創造する。そして、豊富な資金力をバックに、その製品・サービスを世界中に展開する。アップルの戦略はまさにこれである。逆に、イノベーションで成功した企業の業績に陰りが見えてくると、違う分野の製品・サービスに手を出そうとする。ところが、市場はそういう取り組みを迷走としか受け取らない。マクドナルドが変わった新製品を出すたびに、顧客から冷ややかな反応を買ってしまうのはそのためだろう。

 製品・サービスや戦略をシンプルにするのは顧客や企業のためだが、実は証券会社の策略でもある。彼らは、豊富な資金の割に株価が低い企業にターゲットを絞る。そして、資金を活用してM&Aをするように勧める。M&Aの成功確率を高めるには、企業の戦略をシンプルにしなければならない。まずここで証券会社が暗躍する。その後数年が経過すると、統合の効果が切れて業績が低迷し始める。ここで再び証券会社が登場し、今度は戦略を整理して不採算部門を売却しましょうと働きかける。こうして、証券会社は2度おいしい思いをすることができる。

 日本は多神教文化の国であるから、多様なニーズを持つ顧客に対し、多様な製品・サービスで応えるのが戦略の基本路線である。これを勘違いして、多様なニーズに1つの製品・サービスで応えようなどと考えると、機能過多でガラパゴス化した製品・サービスになってしまう。

 アメリカ企業が単一の製品・サービスを市場に投入してしばらくすると、その製品・サービスではニーズが十分に満たされないセグメントが出てくる。世界中のニーズの最大公約数だけをとらえているから、そこから漏れるニーズがあるのは当然だ。日本企業は、そのセグメント向けに新しい製品・サービスを作り出す。さらに他のセグメントが不満を抱えていることが判明すれば、日本企業はそのセグメントにも別の製品・サービスを展開する。こうして、徐々にアメリカ企業の牙城を崩していくのが日本企業のやり方である。ピーター・ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』の中で、日本企業のこうした戦略を「起業家的柔道」と呼んだ。

「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker

ダイヤモンド社 1997-11

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 多神教的な日本企業の戦略には、2つの方向性があると思う。上記リンク中の記事で掲載した図の左下の象限は、「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい」という象限である。この象限では、同じセグメントに属する顧客が日常生活で使用する様々な消費財などを幅広く揃えるとよい。新興国では、この象限に属する財閥系のコングロマリットがよく観察されるが、そのような事業展開が日本にもフィットしていると感じる。

 この点で、かつてユニクロが農業に進出し、ワタミが介護事業に進出した理由もよく理解できる(どちらも失敗してしまったが)。この象限に属する代表的な業種である飲食店は開廃業の回転が速いが、飲食店がなかなか長続きしないのは、他分野への進出や、他業種との連携が不足しているからではないかと推測している。大手飲食チェーンは、傘下に様々な飲食店のブランドを用意することで、顧客の食事を広くカバーしようとする。もちろんそれも重要ではあるものの、食事以外の分野にも積極的に手をつけることが実はカギなのではないかと思う。

 右下の「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きい」という象限は、日本企業が最も強い象限である。この象限では、前述の起業家的柔道によって、多様なセグメントに多様な製品・サービスを提供するのがよい。トヨタ自動車がアメリカの大量生産方式に対抗して、多品種少量生産を実現するためにトヨタ生産方式を生み出したのはその代表である。

 この象限の特徴は、高度な機能と厳しい品質を実現するために、最終製品・サービスに至るまで非常に長いバリューチェーンが必要になることである。自動車業界には系列があるし、建設業界やIT業界(BtoBの基幹システムなどを構築するIT企業)には多重下請構造が見られる。様々なプレイヤーと手を取り合いながら、1つの製品・サービスを完成させる。そして、顧客が違えば製品・サービスも異なる。つまり、この象限の企業は、顧客も取引先も非常に多様化している。この複雑なネットワークをいかにマネジメントするかが重要な課題となる。

 実は、製品・サービスをシンプルにすることと、製品・サービスを多角化することは両立する。本書には次のような記述があった。
 メリハリをつけると、ハロー効果(後光効果)が生じる。これは、何か1つが突出していると、他の要素のレベルも高いと思われやすいという心理的メカニズムである。例えば、「すべての商品が平均的に美味しい和菓子屋」はハロー効果が働かないが、「大福がとびっきり美味しい和菓子屋」はハロー効果が作用し、饅頭など他の商品もおいしいと思われやすい。
 ブログ本館の記事「「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと」でも、専門分野を極限まで絞っている中小企業診断士が、かえって色んな分野の仕事をして成功していると書いた。日本企業に必要なのは、特定のセグメントやニーズを対象にシンプルな製品・サービスを作り、セグメントやニーズの数だけシンプルな製品・サービスをたくさん揃えることであろう(間違っても、たくさんのセグメントやニーズを一気に満たす製品・サービスを作ろうとしてはならない)。これが、一神教的なアメリカ企業と、多神教的な日本企業の戦略の違いである。

ノーマン・ソロモン『ユダヤ教 〈1冊でわかる〉シリーズ』


ユダヤ教 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ユダヤ教 (〈1冊でわかる〉シリーズ)
ノーマン・ソロモン 山我 哲雄

岩波書店 2003-12-06

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 ブログ本館の記事「内田樹、中田考『一神教と国家』―こんなに違うキリスト教とイスラーム・ユダヤ教」で、キリスト教とユダヤ教・イスラームの違いについて簡単にまとめた。その内容を再度整理しておく。

 《キリスト教》
 ①個人に私有財産を認める(狩猟文化が影響しているか?)。キリスト教圏の国々と資本主義との親和性が高いのも納得である。
 ②財産を守るためのルール形成を目的として政治が発達する。個人が各々の財産に対して完全なる所有権を有しているので、政治には個人の意見が十分に反映されなければならない。したがって、完全なる民主主義が採用される。
 ③キリスト教徒にとって意味があるのは場所である。一言で言い換えれば、地縁主義である。同じ空間にいる人は同じ集団に属すると認識される。アメリカの国内にいれば誰もがアメリカ人として認められるのはその一例である。
 ④神と人間との距離が近い。神は人間の内面に容易に入り込んでくる。
 ⑤キリスト教徒にとっては、自分がどの教会に属するかが非常に重要である(③と関連しているかもしれない)。日頃A地区の教会に通う人が、出張などで訪れたB地区の教会で祈りを捧げることには意味を感じない。

 《ユダヤ教・イスラーム》
 ①財産は共有である(遊牧文化が影響しているか?)。現代でも、財産は国民の共有物と考えられている。ただし、統治者が強い権力を持つために、統治者がしばしば国家の財産を私物化してしまう。サウジアラビアは「サウド家のアラビア」、ヨルダンの正式名称アル=マムラカ・アル=ウルドゥニーヤ・アル=ハーシミーヤにあるハーシミーヤは「ハーシム家」の意味であり、一家が国家を所有するという意識が表れている。
 ②共有財産をどのように守るかという観点から政治が発達する。集団で議論はするものの、個人の利害が前面に出ることはない。むしろ、集団の利益のために個人は抑制される。したがって、抑制された民主主義と呼ぶのがふさわしい。
 ③遊牧民である彼らにとって、場所は意味を持たない。重要なのは血縁である(血縁主義)。アラブ社会では、今でもいとこ同士の結婚が見られる。
 ④神と人間との距離は絶望的なほどに遠い。神の意思を正しく人々に伝えるために、クルアーンやハディース(イスラームの場合)、タルムードやトーラー(ユダヤ教の場合)が発達した。
 ⑤ユダヤ教徒やムスリムにとって、礼拝をする場所はそれほど重要ではない。キリスト教の教会とは異なり、モスクは簡素な作りで単なる箱のようである。ムスリムは、出張や旅行の時でも、その地のモスクで祈りを捧げる。

 以下、本書の話。ルーベン・キメルマンは、3世紀に活躍した教父・オリゲネスとラビ・ヨハナンが旧約聖書の『雅歌』について書いた注釈を研究し、両者の間に一貫した違いがあることを発見した。

 《教父・オリゲネス(キリスト教)》
 ①神とイスラエル間の契約はモーセに媒介された。つまり、両者の関係は間接的であり、キリストの直接的な現臨とは対比されるべきである。神とイスラエルとの間には距離がある。
 ②旧約聖書は新約聖書によって「完成」ないしは「凌駕」される。
 ③キリストこそ中心的な人物であり、アブラハムに取って代わり、アダムの罪を逆転させる人物である。
 ④エルサレムとは1つの象徴であり、「天上の町」である。
 ⑤イスラエルの苦難は神による遺棄の証拠である。

 《ラビ・ヨハナン(ユダヤ教)》
 ①モーセは契約の交渉をしたにすぎず、イスラエルは契約を神から「その口のくちづけ」のように直接授かった。神とイスラエルの間の親密さを強調する。
 ②旧約聖書は「口伝のトーラー」、すなわち、ラビたちによる解釈の伝統によって「完成」される。
 ③アブラハムはあくまでその地位を保持する。トーラーは罪への解毒剤である。
 ④地上のエルサレムこそが天と地の結び目であり、やがて神の現臨が再び明示されるべき場所である。
 ⑤イスラエルの苦難は、赦しの意図を持った父による、愛を伴う懲らしめや訓練として受け入れる。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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