こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2016年03月


真壁昭夫『VW不正と中国・ドイツ経済同盟―世界経済の支配者か、破壊者か』


VW不正と中国・ドイツ経済同盟: ~世界経済の支配者か、破壊者か~VW不正と中国・ドイツ経済同盟: ~世界経済の支配者か、破壊者か~
真壁 昭夫

小学館 2016-02-18

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 本書は「中国とドイツの経済同盟が成立すると思いますか」という問いで始まっている。フォルクスワーゲン(VW)の不正問題で揺れるドイツだが、ドイツと中国の経済的な結びつきは年々強くなっており、相互に補完関係を築きながら21世紀の世界経済を牛耳るだろう、というのが著者の予想である。

 だが、経済的な結びつきに着目するならば、ドイツよりアメリカの方がずっと中国と密接である。中途半端な時期の統計になってしまうが(※その理由は後述)、2015年1月~7月の中国の貿易を見ると、アメリカへの輸出が2,280.3億ドル(全体=1兆2,648.2億ドルの18.0%)、アメリカからの輸入が859.8億ドル(全体=9,596.2億ドルの9.0%)でいずれもトップである。一方、ドイツへの輸出は392.8億ドル(3.1%)、ドイツからの輸入は518.2億ドル(5.4%)である。

中国の相手国別輸出・輸入額(2015年7月)①
中国の相手国別輸出・輸入額(2015年7月)②
中国の相手国別輸出・輸入額(2015年7月)③

 (※Bloomberg「中国の7月対外貿易統計:概要(表)」より。ただし、私が記事を書いている前後でBloombergのHPのリニューアルがあったらしく、現在リンク先のページは見ることができない。中途半端な時期の統計を取り上げたのは、私が最初に見たページがたまたま2015年7月発表の統計だったためである)

 現在の世界の大国は、アメリカ、ドイツ、ロシア、中国の4か国である。ブログ本館の記事で、大国は二項対立的な発想で動くと書いてきたが、どうやら最近は事態が複雑化しているようである。大きな枠組みとしては、自由主義のアメリカ、ドイツと、専制主義のロシア、中国の対立がある。ところが、自由主義陣営、専制主義陣営ともに、内部で対立を抱えている。それと同時に、自由主義の国と専制主義の国が接近するという事態も見られる。

4大国の特徴

 周知の通り、ロシアと中国の対立は共産主義の時代から続いている。フランスの政治学者エマニュエル・トッドによると、アメリカはドイツを非常に恐れているという(『ドイツ帝国」が世界を破滅させる―日本人への警告』)。アメリカは長らく、中東で十分な存在感を発揮できずにいる。その結果、混乱した中東からは多くの移民がヨーロッパに流れ込んだ。ドイツは彼らを積極的に受け入れ、安価な労働力として活用し、自国の製造業の競争力を高めてきた。つまり、アメリカが中東で失点を重ねるほど、ドイツを利する構造になっていた。

「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書)
エマニュエル・トッド 堀 茂樹

文藝春秋 2015-05-20

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 アメリカが暴いたVWの不正は、実はアメリカの陰謀なのではないか?というのが私の仮説である。アメリカは、既に10年ほど前からVWの不正に関する情報をつかんでいたという。なぜ、その時に事実を明らかにせず、10年間もVWを泳がせていたのだろうか?それは、VWの規模が小さいうちにVWを叩くのではなく、VWが十分に大きくなってから叩くことで、致命傷を負わせようとしたからではないだろうか?VWを経営危機に追い込めば、VWは中国事業を縮小させるかもしれない。ドイツ国民が、VWに公的資金を投入すべきか否か議論をしている間に、アメリカが中国市場をかっさらう計画だったのではないだろうか?

 なお、本書には「経済同盟」というタイトルがついているが、あまり適切ではないと感じる。経済同盟とは、FTAやEPAのことを指しているのだろう。しかし、現時点でドイツもアメリカも、中国とはFTA/EPAを締結していない。ただ、EUが中国とのFTA締結を検討しているため、その点に注目してドイツ・中国の経済同盟が成立すると著者は言いたかったのかもしれない。アメリカが主導したTPPは中国を排除したと言われる。だが、TPPでアメリカが狙ったのは、将来的に中国の貿易を自由主義化させることである。そもそも、前述のように、アメリカと中国はお互いにとって重要な貿易国なのだから、アメリカが中国を捨てられるわけがない。

増田義郎『アジア人の価値観』


アジア人の価値観 (アジア研究所叢書 (13))アジア人の価値観 (アジア研究所叢書 (13))
増田 義郎

亜細亜大学アジア研究所 1999-03

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 (1)
 ジャワ人の価値観の中心的概念は全体の調和にある。宇宙全体が整然とした秩序のある調和のとれたものであるという。そこにある個人は全体を構成する一部分として秩序維持に奉仕する従属的存在として位置づけられている。人は自己の欲望を抑え、宇宙の秩序を司る偉大な力に自己の運命や境遇を定められたものとして受け入れる。人に対しては忍耐と寛容が求められる。
 前半を読むと非常に東洋的であると感じるし、後半を読むとキリスト教のプロテスタンティズムのようにも感じる。東洋にも西洋にも宇宙観というのは存在するが、私は決定的な違いが1つあると考える。

 東洋では、引用文にもあるように、宇宙を頂点として縦に秩序が存在し、個人は秩序の末端に配置される。ブログ本館の記事では何度か書いたが、日本の場合は、個人―家族―学校―企業・NPO―市場―社会―行政―立法―天皇(―神?)という秩序が存在する(厳密に言えば、日本の構造はこんなに単純な直線構造ではないのだが、ここでは便宜的にこのように記述する)。

 そして、上の階層は下の階層に対して、秩序の維持・発展のためになすべきことを命じ、下の階層はそれに応えることを使命とする。ただし、下の階層は上の階層の命令を絶対視せず、創意工夫を凝らして命令以上のことを行い、時には上の階層をも自由に動かす。これが、山本七平の言う「下剋上」である。

 それに対して、西洋の場合は、宇宙=神=人間という同質・並列の関係が成立する。宇宙は神が創造したものであり、宇宙は神そのものである。宇宙も神も万能で無限な存在である。神は自分の姿に似せて人間を創造した。人間には欠点や罪があるが、篤い信仰心を持てば神の意思に直接触れることができる。これによって、人間もまた、万能で無限の存在となれる。こうした考え方が全体主義に行き着くことは、ブログ本館の記事でも何度か書いた。また、ここ数年ビジネスの世界で話題となっている「U理論」も、全体主義的な傾向を帯びていると指摘した。

 (2)ブログ本館で西洋の「二項対立」的な発想について何度か書いたが、その起源は一体どこにあるのかとかねてから疑問に思っていた。本書を読んだら、「ゾロアスター教」がその候補かもしれないと感じた。ゾロアスター教とは、紀元前6世紀頃、アケメネス朝ペルシャで生まれた宗教である。
 ペルシャ人固有の信仰にマズダ教があり、最高神であり、光明と善の表象であるマズダの信仰を中心としていたが、アム川上流バクトリア地方に、宗教改革者ゾロアスターが生まれ、善神アフラ・マズダに対し悪神アーリマン以下の邪神を配して、光明と暗黒の二元を人間に移して善悪の倫理とし、善神の勝利により人間が救済されると説いたのである。
 ノアの箱舟で有名なノアには、セム、ハム、ヤフェトという3人の息子がいた。しばしば、セム、ハム、ヤフェトからはそれぞれ、有色人種モンゴロイド、黒人種ニグロイド、白人種コーカソイドが生まれたと言われる。

 ・セム⇒有色人種モンゴロイド・・・ユダヤ人、アラブ人、トルコ人、モンゴル人、中国人、朝鮮人、日本人、アイヌ人、インディアン、インディフォ、マオリなど。
 ・ハム⇒黒人種ニグロイド・・・エジプト人、エチオピア人、ケニア人など。
 ・ヤフェト⇒白人種コーカソイド・・・アーリア人、ゲルマン人、スラブ人、ケルト人、ギリシャ人、ペルシャ人、インド人など。

 山本七平は、『存亡の条件』などで、二項対立はセム系民族の特徴と書いている。しかし、今のところ私は、ブログ本館の記事で、二項対立を欧米人の特徴と位置づけている。ペルシャ人も、上記の分類に従えば、ヤフェトを起源とする欧米民族である。この辺りを論理的にどう整理するかが、当面の私の課題である。

ボアオアジアフォーラム、国際交流基金『グローバリゼーションとアジアの価値観―アジア文化フォーラム京都2006報告書』


グローバリゼーションとアジアの価値観―アジア文化フォーラム京都2006報告書グローバリゼーションとアジアの価値観―アジア文化フォーラム京都2006報告書
ボアオアジアフォーラム 国際交流基金 アジア文化フォーラム京都2006報告書

アーバン・コネクションズ 2007-03

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 岡倉天心は1903年にロンドンで出版した『東洋の理想』の冒頭で、"Asia is one."(「アジアは一つである」)と書いた。美術史学者の木下長広は、この言葉を次のように解釈している。日本の文化とその歴史は、西アジアから東アジアへかけての「アジア」全域の文化遺産をその奥深くに受け止め、それを醸成するように成立している。その意味で、日本文化のあり方のうちにアジアは混然として大きな「一つ」を形成している、ということだ。ところが、天心の言葉は本人の意図とは裏腹に、大東亜共栄圏を構築するためのスローガンとして利用された。

 本書は、2006年11月10日に開催された「アジア文化フォーラム京都2006」の内容を取りまとめた報告書である。本書の中で、中国の政治思想史学者である孫歌氏は、「アジアはどこにあるか」という挑発的な問題提起を行っている。そして確かに、この問いに明確に答えられるアジア人はおそらくいないのである(アジアが明確に定義できないのだから、アジア人という括り方もおかしいのだが)。

 隣国の韓国や北朝鮮、中国でさえ、歴史問題をめぐる対立の影響か、遠い国のように思えてしまう。昨年末にAEC(ASEAN経済共同体)が発足したことでASEANへの注目度が高まっているが、ASEANの10か国を全て挙げられる日本人はそれほど多くない。日本にとってアジアという概念は、西へ行くほど曖昧になる。中央アジアの国々の知名度はガクっと下がる。イスラム原理主義で揺れる中東を日本人は対岸の火事のように眺めている節があるけれども、国際連合は中東を西アジアと定義していると聞けば、日本人は多少動揺するに違いない。

 孫氏は、「今、純粋なアジアは存在していない」と指摘する。本書のタイトルに「アジアの価値観」という言葉が入っているため、このフォーラムは何かアジアで共有できる価値観を模索したかのような印象を与えるが、アジアが定義できない以上、共通の価値観を明らかにすることは不可能である。もっと言えば、アジア(らしき国々・地域)に共有価値観は必要ないとさえ感じる。アジア(らしき国々・地域)は歴史も文化も民族も宗教も異なる極めて多様な集合体である。

 1点だけ共通していることがあるとすれば、アジア(らしき国々・地域)は、常に西欧の価値観(自由、平等、民主主義など)の受容体であったということである。ただ、その価値観の受け止め方、消化の仕方はそれぞれの国によってバラバラであり、その時々の国家を取り巻く状況に応じて柔軟に摂取することで国家を何とか存続させてきた。そのため、結果的にアジアは多様となったわけである。
 ところで、欧米から輸入された価値は本当に我々の価値となっているのでしょうか。暴力を伴い、無理矢理に押し付けられた価値は、価値自体が優れたものであったとしても、それがもたらされた方法によって普遍性を毀損されたのではないでしょうか。この問題を解決できるのはヨーロッパ人でもアメリカ人でもなく、それを自分の物として受け入れざるを得なかったアジア人なのではないでしょうか。
 孫氏はこのように指摘し、アジアが西欧の価値をまだ十分にものにできていないことに対して警鐘を鳴らす。ここに、アジアのもう1つの特徴を見て取れる。すなわち、アジアは結局のところ西欧に対して受動的であり、アジアが世界に向けて主体的に普遍的な価値を発信する立場にはなりそうにない、ということだ。

 しばしば、21世紀はアジアの時代だと言われる。2050年には世界の人口の6割、世界経済の半分をアジアが占めると予想される(その場合のアジアとは一体どこなのかという疑問はあるが)。しかし、多数派が主流派になるとは限らない。アジア(らしき国々・地域)は、相も変わらず外部からの刺激を何となく消化することに苦心し、自国の歴史や文化の土台の上で何となく国家を運営し、何となく他国と緩やかに連携しながら、何となく独自のやり方で存続を図ると思う。アジアとは何かと問われれば、それがアジアだと私は答える。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
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