こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

2016年05月

宮俊一郎『企業の設備投資決定―考え方の枠組みと実践化の手だて』


企業の設備投資決定―考え方の枠組みと実践化の手だて企業の設備投資決定―考え方の枠組みと実践化の手だて
宮 俊一郎

有斐閣 2005-02

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 本書を読んでようやく、「終価係数」、「現価係数」、「年金終価係数」、「年金現価係数」、「資本回収係数」、「減債基金係数」の違いがよく解った(遅すぎ)。それぞれの説明は「ファイナンシャル・プランニング 6つの係数」に譲る。

 設備投資の意思決定を下す際には、回収期間法、投資収益率法、NPV(正味原価価値)法、IRR法(内部収益率法)など様々な方法が用いられる。著者は、設備投資によって将来発生するキャッシュの現在価値の合計を現在の投資額と比較して投資の可否を決定すべきであると一貫して主張している。したがって、回収期間法や投資収益率法は直ちに否定される。
 会計上の投資利益率の致命的な欠陥は、お金の時間価値を適切に取り扱えない、というところにある。(中略)会計上の利益のような計算上の金額は、お金の時間価値と関係しない。そうした金額に終価係数や現価係数を掛けても、無意味なのである。
 回収期間法は、初期投資額を回収した後の現金収支を無視するのであるから、「収益性」を測定しているとは言えない。1,000万円を投資して、1年後に1回だけ1,050万円の報収が得られる投資案は、回収期間が1年である。一方、同じ1,000万円の投資をして、1年後に950万円、2年後に1,000万円の報収をもたらす投資案は、回収期間が2年である。この場合に、回収期間が短いから、一番目の投資案のほうが収益性が高いと考える人はあるまい。
 NPV法とは、毎年発生するキャッシュをそれぞれ現在価値に割り戻してその合計を求め、現在の投資額と比較する方法である。IRR法は、前述のようにして計算した現在価値の合計が投資額と等しくなるような割引率を求める方法である。だから、この2つは同じようなことを計算しているものだとてっきり思い込んでいた。ところが、著者によれば、IRR法には重大な欠陥があるという。
 たとえば、次のような二つの投資案AとBとを比較してみよう。投資案Aは、スタート時点で600万円の初期投資を行うと、5年後に1回限り1,373万円の報収が得られるとする。一方、投資案Bの場合は、同じ600万円の初期投資で、その後5年間にわたって、毎年214万円ずつのキャッシュフローがもたらされるとする。

 二つの投資案の内部利益率を計算してみると、Aのほうは18%、Bのほうは23%になる。この比較では、投資案Bのほうが有利と判定される。ところが、いま割引率を10%として正味現在価値を求めると、投資案Aの正味現在価値は、およそ253万円になる。それに対してBのほうは、正味現在価値は211万円である。つまり、正味現在価値の比較では、投資案Aのほうが有利になる。(中略)

 こう考えると、少なくとも現金収支の時間パターンが大きく異なっているときには、内部利益率法は、明らかにつじつまの合わない結論をもたらすということになる。
 投資対効果を適切に把握するには、NPV法が最適である。私も中小企業診断士の勉強をした時にそう習ったし、たいていの財務会計のテキストにもそのように書いてある。皆、頭の中ではNPV法にした方がよいと解っている。著者が自身の「投資の採算判断セミナー」に参加した企業人約250人に対して、投資の収益性を判定する尺度としてどのような条件を重視するかアンケートを取ったところ、「投資案の生涯にわたるキャッシュフローをベースにして経済性を測定していること」が、11個の条件の中で3位だったことが紹介されている。

 ところが、企業の現場ではNPV法はほとんど使われていない。著者が行った別の調査によると、企業が投資の収益性を判定するために用いている手法としては、回収期間法が6割以上と圧倒的に高かった。次いでIRR法が約3割だが、投資利益率法が約25%と肉薄している。NPV法は2割を切っていた。

 日本企業はアメリカ企業に比べて収益性が低い。その要因の1つは、アメリカ企業が選択と集中を徹底するのに対し、日本企業はできるだけ多くの顧客に様々な製品・サービスを使ってもらうべく多角化するためであると推測される。しかも、日米の戦略観の違いは、宗教観の違いを反映している。唯一絶対神を信じるアメリカ企業は、正しい製品・サービスは1つのみと考える。他方、多神教文化の下にある日本企業は、同じ顧客に様々な種類の製品・サービスを幅広く提供したり、同じ種類の製品・サービスであっても顧客ごとに細かくカスタマイズしたりする。

 これに加えてもう1つの要因をつけ加えるならば、投資対効果の考え方の違いが挙げられるのかもしれない。キャッシュフローを重視するアメリカ企業はNPV法を採用する。これに対して、日本企業は前述の通り、回収期間法や投資収益率法を使う。これらの方法は、将来のキャッシュを割引率で割り引かないため、将来の利益が過大評価される。したがって、NPV法で計算したら本当は低収益の案件に対しても、日本企業は投資をしているのではないかと考えられる。

常識のウソ研究会『教科書も間違っていた 歴史常識のウソ』


教科書も間違っていた 歴史常識のウソ教科書も間違っていた 歴史常識のウソ
常識のウソ研究会

彩図社 2015-03-24

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 (1)歴史家は、偉人の晩年や死の直前などに名言を言わせて、その人物に”箔”をつけたがるようだ。それが歴史の捏造につながってしまうケースは少なくない。例えば、古代ローマのユリウス・カエサルは、信頼していた部下ブルータスに裏切られて刺された時、「ブルータス、お前もか」と言ったとされる。しかし、これは後年の歴史家による作り話である。この言葉が最初に登場するのは、ウィリアム・シェークスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』である。

 地動説を唱えてカトリック教会と対立したガリレオ・ガリレイは、2回目の裁判で「それでも地球は回っている」と言ったとされる。だが、当時のガリレイは高齢で歩くのも難しく、当初は出廷を断らざるを得ないほどの状態だった。それに、ガリレイ自身は敬虔なクリスチャンであり、そんな彼が教会を刺激する激しい言葉を吐いたとは考えにくい。やはりこれも、後年の歴史家による作り話である。

 自由民権運動で有名な板垣退助は、岐阜で演説中に聴衆に刺され重傷を負った。その時の有名な言葉が「板垣死すとも自由は死せず」というものだ。しかし、実際には板垣の言葉ではなく、板垣と同じ自由民権家であった内藤魯一の言葉である。よく考えてみれば、死期が近い人や重傷を受けた人が、とっさに名言を思いつくのは、いくら偉人と言えども難しいはずだ。板垣が襲撃を受けた時、本当は「痛い、医者を呼んでくれ」と言ったそうだ。これが普通であろう。

 1995年、地下鉄サリン事件に関与したとされる村井秀夫が、マスコミに囲まれている中で刺殺された時、彼は「イテッ」と一言漏らしただけだったことを思い出した。もっとも、彼はプラスの意味で歴史に名を遺した偉人ではないが。

 (2)日本の歴史教科書は、戦後に米ソ両方の影響を受けたと私は考えている。ソ連の影響とはつまり、共産主義の影響である。共産主義は、身分制が固定されているという前提に立って、下位の身分が革命によって上位の身分を打倒することを目指すイデオロギーである。それを受けて、江戸時代には士農工商という身分制度があり、農民(百姓)は領主に反抗するためにしばしば百姓一揆や打ちこわしを起こした、と説明されてきた。

 しかし、士農工商はそもそも日本の言葉ではなく中国の言葉である。武士という身分は確かにあったが、それ以外の人々の呼称は住んでいる地域によって決まっていた。農村部に住む人は、農民だろうが、鍛冶屋だろうが、医者だろうがすべて「百姓」。城下町に住む人は、商売人だろうが職人だろうが、すべて「町人」と呼ばれた。百姓と町人の境界は流動的であり、百姓から町人に、逆に町人から百姓になる者も多かった。さらに、実力を買われて百姓から武士になったり、武士が自分の借金を帳消しにするため町人に買収されて町人になることもあった。

 百姓一揆の目的も、領主(武士)を打倒することではなかった。百姓は自分たちの生活や身の安全を守ってもらうために領主を必要としていたし、領主は百姓が納める年貢に生活を依存していた。百姓が立ち上がるのは、領主によい政治を行ってもらうためであった。百姓一揆の絵には、百姓が農具を掲げている姿がよく描かれている。しかし、あれは自分が百姓であることをアピールするためのものであり、領主に向けて振りかざしたのではない。現代で言えば、大衆がプラカードを持ってデモ行進をするようなものである。

 日本の歴史教科書は、ソ連の影響を受けると同時に、なぜかアメリカの影響も受けているというのが私の見立てである。冷戦を戦った両国双方からの影響を受けたのは、日本固有の二項「混合」精神が発揮されたせいではないかというのが現段階での仮説である。アメリカ社会は中央集権型である。だから、日本の社会構造も中央集権型によって把握しようとする。

 3世紀までに、近畿地方に強大な権力を持つ「大和朝廷」が成立したというのが、私が子どもの時に受けた教育であった。ところが、近年は「ヤマト政権」と表記されているそうだ。「大和」が「ヤマト」になったのは、中国の文献でこの政権の漢字表記が統一されていなかったためである。「朝廷」が「政権」に改められたのは、当時は天皇が絶対的な権力で統治していたのではなく、地方の豪族が緩やかにつながる連邦制のような政治体であったことが明らかになったからだ。

 アメリカ的な歴史観は、幕府にも強大な権力を与えようとする。鎌倉幕府は全国に初めて守護・地頭を置き、統一的な支配体制を整備したとされる。また、江戸幕府は、諸藩を親藩、譜代、外様とランク分けし、彼らを幕府の好きな場所に配置するとともに、参勤交代などの制度と合わせて各藩へ強い影響力を発揮したと説明される。ところが、実際の鎌倉幕府は、天皇家から見れば、東国の一武将にすぎなかった。江戸幕府も、現実には地方分権によって支えられていた。

 私は、日本社会の本質は中央集権型ではなく、分権型であると考える。中央が明確な命令を出し、下位の者はそれに忠実に従うだけの関係ではない。中央はアバウトな命令しか出さず、下位の者は創意工夫を凝らしてその命令を具体化していく。時には、最初の命令が間違っていたと中央に報告(諫言)することもある。山本七平の言葉を借りれば「下剋上」である。

 現在の日本社会は、戦後のGHQの指導により、中央集権的に設計されている。しかし、これは日本の本質に合致していないと思う。その弊害はあちこちに表れている。特に、行政の分野では、地方自治体が国の方ばかりを向いていて、国が描く絵空事を、絵空事のまま地方で実現しようとする。だから、どう考えても採算に乗らない箱モノが乱立するし、どの自治体も似たり寄ったりの施策を展開する。国が絵空事を描いているのが悪いのではない。国は現場から離れているのだから、絵空事しか描けない。その絵空事に対して、各地の実情を踏まえて、肉付けをしたり削ったりしながら下剋上を果たす。それが自治体の仕事である。

 (ところで、先ほどアメリカは中央集権型と書いた。アメリカでは強いトップダウン型のリーダーシップが期待される。一方で、アメリカは建国当初から連邦制を採用している。それぞれの州は合衆国憲法とは別に州の憲法を持つことができ、州独自の議会や軍隊を持つ。表向きは中央集権を掲げながら、実態面ではかなり分権が進んでいる点をどのように解釈すべきかは、今後の私の課題である)

柏野聡彦『無理なく円滑な医療機器産業への参入のかたち 製販ドリブンモデル』


無理なく円滑な医療機器産業への参入のかたち 製販ドリブンモデル無理なく円滑な医療機器産業への参入のかたち 製販ドリブンモデル
柏野 聡彦 永井 良三

じほう 2014-12-22

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 ブログ本館の記事「『一流に学ぶハードワーク(DHBR2014年9月号)』―「失敗すると命にかかわる製品・サービス」とそうでない製品・サービスの戦略的違いについて」で書いたように、医療機器の国内市場は約2.8兆円だが、約1.1兆円は輸入に依存している。つまり、それだけ国内の供給が足りないことを意味するから、ビジネスチャンスが大きい。また、医療機器は品目数が30万以上と非常に多く、単純に計算すると1品目あたりの市場規模は約930万円しかない。そのため、大手企業はほとんど参入せず、中小企業向きの業界だと言える。

 『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズの著者である坂本光司氏は、「我が社は儲からない」と文句を言う暇があったら、成長が確実に見込める医療機器業界に参入せよと手厳しい言葉を浴びせている(以前の記事「溝上幸伸『ゼロからわかる医療機器・介護機器ビジネスのしくみ』」を参照)。

 とはいえ、医療機器業界もなかなか閉鎖的な業界のようで、それぞれの医療機関は特定の製販企業(医療機器製造販売業の許可を受けた企業)や医療機器卸売業と長く取引を続ける傾向があり、新規参入はハードルが高いという話も聞く。医療業界は自動車業界と同じく極めて高い安全性が求められる業界であり、新規企業の新しい製品を使うことにリスクを感じるためである。

 では、中小のものづくり企業が医療機器業界に参入するためにはどうすればよいか?本書では「製販ドリブンモデル」というものが提示されている。まず、製販企業が取引先である医療機関から臨床現場におけるニーズを調査する。そして、そのニーズを充足する製品を企画・デザイン・設計する。ところが、製販企業も大部分が中小企業であるため、自社で全ての技術的課題を解決することが難しいことも多い。そこで、全国のものづくり企業と連携して、製品を完成させる。

 製販企業とものづくり企業のマッチングについては、本書の著者である柏野聡彦氏が理事を務める「(一社)日本医工ものづくりコモンズ」のような団体が、コーディネート機能を果たす。従来、医工連携と言うと、医療機関とものづくり企業を直接結びつけるのが一般的であった。だが、前述のように、無名の中小企業がいきなり医療機器業界に参入することは難しいため、既存の製販企業を上手く絡めたモデルへとシフトしているそうだ。これにより、ものづくり企業は間接的ではあるが医療機器業界に参入することが可能となる。

 現在、政府が医工連携に力を入れていることもあり、国レベル、それから地方自治体レベルで様々な公的支援策(補助金・助成金)が展開されている。製販ドリブンモデルが面白いのは、補助金を受けるのは製販企業ではなく、製販企業に部品を供給するものづくり企業にせよと著者が主張している点である。

 これはおそらく、製販企業の約6割が東京に集中しており、さらにその大半が文京区に存在することから、製販企業に補助金を交付すると東京ばかりにお金が集まってしまうことを危惧してのことであろう。そうではなく、全国各地に点在するものづくり企業に広く補助金を回したいという著者の意図を感じた。

 このように書くと、製販企業は医工連携の要を握る非常に重要な存在で、ものづくり企業がアプローチするには、かえって敷居が高い印象を持たれるかもしれない。だが、著者は製販企業が抱える課題について次のように指摘する。
 じつは、現在は面談のアレンジにおいて、製販企業側の姿勢はやや受け身と感じられることも少なくありません。ものづくり企業からの提案の「価値」が認識されることでこの姿勢が遠からず逆になる、つまり製販企業からも積極的に求められて面談をアレンジすることになると期待しています。
 中小の製販企業は、どちらかといえば目の前の対応に終始してきた企業も少なくなく、各社ともロードマップはあまり整備されていません。(中略)臨床現場から頼まれた話を会社に持ち帰ってみると「先生のご要望にお応えしたいけれど、当社の余力では難しい」と臨床現場と会社との板ばさみにされ、もしかすると「どう断ろうか」という収束方向の思考になり、あまり前向きな思考がなされなかったかもしれません。
 製販企業もものづくり企業と同じ中小企業なのである。そういう意味では、製販企業とものづくり企業は確かに受発注関係(上下関係)にあるのだが、似たような経営課題を共有しながら共同開発を進めることが期待できるのかもしれない。

『カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか/崖っぷちのアベノミクス 消費増税「先送り」の是非(『週刊ダイヤモンド』2016年5月14日号)』


週刊ダイヤモンド 2016年 5/14 号 [雑誌] (カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか)週刊ダイヤモンド 2016年 5/14 号 [雑誌] (カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか)
 

ダイヤモンド社 2016-05-09

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 鈴木敏文氏がセブン&アイグループから去った。直接の原因は、セブンイレブン・ジャパン社長である井阪隆一氏の解任案が取締役会で反対されたこととなっているが、トップダウン型の経営で過去にも色々と軋轢を生んできたであろうと容易に想像できる鈴木氏が、この1件だけで引退するとは到底思えない。83歳という年齢など、他にも様々な要因があったに違いない。

 さて、セブンイレブンと言えば、「仮説と検証」のサイクルを徹底的に繰り返すことで高業績を上げてきたとされる。競合他社と日販を比べてみると、ローソンやファミリーマートが50万円台であるのに対し、セブンイレブンは65.6万円とずば抜けている。セブンイレブンの各店舗には、商圏の人口・世帯構成などの基礎情報に加え、過去に発生した商圏特有のイベント、その時の天候と各商品の売上実績など、ありとあらゆる情報がある。その情報を基に、「今日はこういうイベントがあるが、天気が若干悪いので、この商品はこのぐらい売れるはずだ」という仮説を立てて商品を発注する。そして、実績値が確定すれば、仮説の修正を行う。

 ただ、冒頭でも書いたように、セブン&アイグループは鈴木氏が長年トップダウン経営で牽引してきたグループでもある。セブン&アイ・ホールディングス社長に就任することとなった井阪氏は次のように述べている。
 鈴木会長は偉大な方で、まねができる人はこの世にいないでしょう。従ってこれからは、顧客が何を必要としているかを、組織全体で考える体制に変えないといけない。(中略)そういう意味では、トップダウンとボトムアップの組み合わせが重要になるでしょう。
 ということは、今までは顧客が何を必要としているかは鈴木氏が考えており、トップダウンで社員に実行させていたことを意味する。セブンイレブンは「仮説と検証」を地道に繰り返していると聞くと、組織の自律的な学習能力がさぞかし高いのだろうと思ってしまう。しかし、実態は鈴木氏の専制であり、どうも相容れない。
 2014年11月、その(※イトーヨーカ堂とそごう・西武とのコラボ)1つとして紳士物のシャツの販売を開始したのだが、「3万枚」という販売計画に、セブン&アイの鈴木敏文会長がぶち切れた。鈴木会長いわく、「ユニクロは1商品で最低100万枚売るんだぞ。3万枚なんて少な過ぎる!」と。結局、販売計画はこの鶴の一声で覆され、新たに「10万枚」の計画で話は収まった。

 ところが、本当の問題はこの後に起こった。現場から、「それほど芳しい結果が出なかった」との報告が上がっていたにもかかわらず、鈴木会長に取り巻きたちが、「好調に売れている」と偽って報告したというのだ。
 そごう・西武からは「同一価格で同一商品を導入しろという鈴木会長の一声でセブンプレミアムを導入させられたが、やはり百貨店の顧客には期待したほど売れていない。独自路線を歩ませてほしい」との声が上がる。
 仮に、セブンイレブンの「仮説と検証」の文化が他のグループ企業にも浸透していれば、こんなことは起こらなかっただろう。

 実のところ、セブン&アイグループはセブンイレブン1社で持っているようなグループであり、不採算企業も多い。本誌によれば、セブン&アイホールディングスの連結営業利益は3,523億円であるが、そのうちセブンイレブンだけで3,041億円を叩き出している。これに対して、イトーヨーカ堂は139億円の営業赤字、ニッセンホールディングスは133億円の営業赤字である。本当に「仮説と検証」に強いのだとすれば、こんなに大きな赤字を出すことは考えにくい。

 非常に意地悪な見方をすれば、実はセブンイレブンの高業績の秘訣は、「仮説と検証」とは別のところにあるのではないかとも考えられる。すなわち、鈴木氏の”天性の勘”でである。天性の勘であるから、大当たりもあれば大外しもある。これまではたまたま、大当たりがセブンイレブンに集中していた。その代わり、大外しのツケが全て他のグループ企業に回ってしまったというわけである。

 ただ、これではあまりにも意地悪すぎるので、もう少し別の考え方もしてみよう。セブンイレブンはほぼ毎日のように顧客が来るため、膨大なトランザクションデータが得られる。そのデータを分析すれば、精度の高いインテリジェンスを導くことが可能だ。これに対して、イトーヨーカ堂(の中でも特に不振と言われる衣料品部門)やニッセン、そごう・西武は、コンビニに比べると顧客の購買頻度が大きく下がる。だから、データ重視の経営が通用しにくい。よって、顧客の潜在ニーズを丁寧に拾い上げるには、もっと別のアプローチが必要になるのだろう。

大石慎三郎『江戸時代』


江戸時代 (中公新書 (476))江戸時代 (中公新書 (476))
大石 慎三郎

中央公論新社 1977-08-25

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 ブログ本館で、我々が戦後に受けてきた歴史教育は、左派の影響を受けていると何度か書いた(「E・H・カー『歴史とは何か』―日本の歴史教科書は偏った価値がだいぶ抜けたが、その代わりに無味乾燥になった」などを参照)。私自身も随分と左寄りの教育を受けており、無意識のうちにそれが当たり前だと思っていたことに、大人になってから気づいた。

 江戸時代には士農工商という身分制度があり、生活に苦しむ農民はしばしば百姓一揆を起こしたというのが、私が子どもの頃の”定説”であった。しかしこれは、共産主義の影響を受けた記述であると後に知った。共産主義は階級によって身分が固定された社会を前提とし、下の階級が上の階級を革命によって打倒することを目指す。そのイデオロギーが”定説”には反映されていたというわけだ。

 そもそも、士農工商という言葉は、日本ではなく中国の言葉である。士農工商とは中国の春秋戦国時代における「民」の分類で、例えば『管子』には「士農工商四民、国の礎」と記されている。士とは知識人や官吏などを意味し、農業、工業、商業の各職業を並べて「民全体」を意味する四字熟語となった。漢書には「士農工商、四民に業あり」とあり、「民」の職業は4種類に大別されることを表していた。

 実際の江戸社会においては、士農工商という明確な身分は存在しなかったというのが、現在定着している歴史的見解である。最近の歴史教科書からも、士農工商という言葉は消えているそうだ。武士、農民、町人の区分はかなり流動的であった(「工」に相当する人は存在しなかったらしい)。商売をする農民もいたし、農民になる武士もいた。逆に、武士になった農民もいた(ブログ本館の記事室谷克実『呆韓論』―韓国の「階級社会」と日本の「階層社会」について」を参照)。

 左派は富が嫌いである。逆に言えば、質素倹約を是とする。だから、緊縮財政を行った享保の改革や寛政の改革などが称賛される。享保の改革とは、8代将軍徳川吉宗が新井白石などを登用して行った改革である。寛政の改革は、老中・松平定信が享保の改革を手本として行った。江戸時代の改革と言えば、これに天保の改革を行った水野忠邦を加えて3点セットで覚えさせられる。

 一方で、享保の改革以前、5代将軍綱吉の時に貨幣改鋳を行った荻原重秀は、どちらかと言うと悪役のように扱われる。教科書によっては、貨幣”改悪”と表現されている。しかし、時代背景をよく理解する必要がある。荻原重秀の時代には、デフレが深刻化していた。そこで荻原重秀は、貨幣に含まれる金の割合を減らすことで貨幣の価値を下げ、実質的に貨幣量を増やすことにした。これは、今の日銀による異次元緩和と全く同じである。

 寛政の改革の前に実権を握っていた田沼意次は、さらに推し進めた貨幣政策を展開した。田沼意次は、貨幣に金額を記せば貨幣の本来の価値に関係なくその金額が通用するようにした。これは、現在の信用通貨の概念に等しいものである。ところが、教科書では賄賂政治の元締めのイメージが先行している。

 荻原重秀や田沼意次の貨幣政策によって、日本は好景気になった。それが下地となって、元禄文化(元禄年間(1688~1707年)前後の文化)や化政文化(文化・文政期(1804~1830年)前後の文化)が生まれたことを忘れてはならない。教科書は、鎖国体制の下で成熟した日本独自の元禄文化や化政文化を高く評価する一方で、これらの文化の要因となった荻原重秀や田沼意次は軽視する傾向がある。これではいかにもバランスが悪いと感じる。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

【中小企業診断士は独学で取れる】中小企業診断士に独学で合格するなら「資格スクエア」中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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