こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2017年04月


石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』―6億人の単一市場と見ることが苦手な日本企業


ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生ASEAN経済共同体と日本: 巨大統合市場の誕生
石川 幸一 助川 成也 清水 一史

文眞堂 2013-12-13

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 2015年12月31日にASEAN経済共同体(AEC:ASEAN Economic Community)が発足した。主たる目的はASEAN域内の関税をなくし、単一市場・単一生産拠点を実現することにある。AECにより、EUの約5億人を上回る約6億人の巨大な市場が誕生する。もっとも、ASEANでは以前からAFTA(ASEAN自由貿易地域)の交渉を通じて関税撤廃が進んでおり、CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)を除く6か国では既に関税ゼロが実現している。残りの4か国についても、2018年をめどに関税が撤廃される予定である。

 一般的に、企業の国際化には大きく4つの段階がある。まずは、①ある1つの国・地域に進出する。②①が上手くいけば、複数の国・地域に進出し、各国・地域の事情に合わせた製品・サービスを提供する。③さらなる成長を目指すには、規模の経済を活かすために、グローバル規模で標準化された製品・サービスを開発し、世界中に展開する、④グローバル市場が成熟してくると、各国・地域の細かいニーズを取り込んでローカライゼーションを行う、というものである。

 ところが、最近のグローバル企業は、①や②をすっ飛ばして、いきなり③から始めることが多い。アメリカのグローバル企業はその典型である。他にも、北欧(デンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)の企業は③から始めることがある。北欧はいずれも人口規模が小さいため(4か国を合わせても約2,500万人しかいない)、企業は国内市場をあてにせず、すぐに海外に向かう。その際、シンプルなデザインに価値を置き、ローカライズをほとんどしない。デザインがシンプルで、カスタマイズをしないわけだから、低コスト・高収益経営が可能となる。イケアがその一例である(『週刊ダイヤモンド』2015年3月14日号より)。

週刊ダイヤモンド 2015年3/14号 [雑誌]週刊ダイヤモンド 2015年3/14号 [雑誌]
ダイヤモンド社 週刊ダイヤモンド編集部

ダイヤモンド社 2015-03-09

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 意外なところで③から始めるのが上手なのがイスラエルの企業である。イスラエルのグローバル企業は、大規模な多国籍企業が魅力と感じず、地元企業が十分に対応できないといった機会が存在する国や地域に標準を合わせる。別の言い方をすると、ニッチすぎて大企業の関心を引かないが、全世界の各市場をつなぎ合わせると相当規模のチャンスになるようなセグメントを選択する。そして、目立たないやり方でゆっくりと、この中間領域に浸透していく。

 イスラエルの企業にこのようなグローバル経営が可能なのは、経営幹部の多くがイスラエル国防軍(IDF)出身であり、高度な戦術に長けていることも関係している(ジョナサン・フリードリッヒ、アミット・ノーム、エリー・オフェック「多国籍企業と地元企業が不在の「中間領域」を支配する グローバル化の秘訣はイスラエル企業に学べ」〔『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2015年2月号〕より)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2015年 02月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2015年 02月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-01-10

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 翻って日本企業のことを考えてみると、日本企業はいきなり③から始めるのが非常に苦手なのではないかと感じる。日本企業は、市場にべったりと張りつき、顧客に密着して個別ニーズに丁寧に対応していく傾向がある。したがって、海外展開する場合も、1か国ずつ着実に進める道を選択する。近年よく耳にする、「チャイナ・プラスワン戦略」、「タイ・プラスワン戦略」といった言葉がそれをよく表している。いきなり③から始めるには、個別の顧客ニーズの相当部分を犠牲にして製品・サービスを標準化する必要があるが、日本企業の文化からしてそれはなかなか受け入れられない。だから、AECによってASEANが単一市場になっても、日本企業は相も変わらず1か国ずつ攻略することになるのだろうと思う。

小堀景一郎、政岡英樹他『アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント』―ブルネイのポイント


アセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイントアセアン諸国の労務管理ハンドブック―加盟10ヵ国の経済環境と労働・社会保障関係法令のポイント
小堀 景一郎 政岡 英樹 山田 恵子 大野 壮八郎 太田 育宏 中村 洋子 山地 ゆう子

清文社 2012-01-25

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 ブルネイ(ブルネイ・ダルサラーム国)は、人口が約40万人、面積が約5,770平方キロメートル(三重県とほぼ同じ)、経済の中心が石油産業という小国であり、日本企業もほとんど進出していないことから、ASEANの解説本からは外されることが多いのだが、本書はブルネイについても触れており興味深かった。そのブルネイの労務管理のポイントについてのメモ書き。

 ・政府は2011年、180日以上働いている、ブルネイ法により合法的に結婚している公務員の女性に対する産休を8週間から産前2週間産後13週間の15週間に延長した。同規則は、民間部門におけるブルネイの市民と永住者の女性に対しても適用される。国際労働機関(ILO)の勧告では、2000年6月に12週間の出産休暇を14週間に引き上げたが、ブルネイの15週間はこの基準を上回っている。

 ・労働組合法では、団結権、団体交渉権について規定されているが、団体行動権については明記がない。これは日本で言うところの労働関係調整法にあたる法律が存在しないことが影響している。そもそもブルネイには労働組合がほとんど存在せず、ストライキも発生していない。

 ・ブルネイ市民の半数は政府機関に勤務しており、労働条件も国で定められているため、労働紛争の対象となるのは外国人労働者が多数となる。2009年より労働法の改正を行った結果、外国人労働者の紛争案件が改善されて、未払い賃金などの労働紛争が激減している。

 ・よく知られていることだが、ブルネイには個人所得税がない。また、無料の教育・医療制度が特色で、年金制度は北欧並みの社会保障と言われる制度の中で運用されている。法人税はあるが、進出企業は申請を行えば、法人所得税、機械輸入税、原材料輸入税が最大11年間免除となる。

 ・ブルネイの医療保険制度の下では、ブルネイ市民は無料で医療サービスを受けることができ、外国人従業員も最小限の料金を支払えばよい。ブルネイで利用できない医療は、政府の費用負担で海外(シンガポールが多い)で実施される。また、病院がない農村部では、ヘリコプターで最寄りの病院に患者を移送するフライング医療サービスがあるなど、至れり尽くせりの制度となっている。

 ・ブルネイには失業保険がない(ASEANには失業保険がない国が多い。失業保険があるのは、タイとベトナムぐらい)。ただし、雇用はブルネイ市民が優先されるため、失業状態が継続することも少なく、また国王の国民支持率が100%であることを鑑みると、失業ということが市民の生活不安には直結していない。

 ・ブルネイは石油産業によって成り立っている国であるが、いつまでも石油に依存するわけにもいかないため、石油産業以外の産業を育成することが課題となっている。政府は、求職者の能力を向上させるための技術や職業訓練機関を増強しており、ブルネイ工科大学は、石油化学、土木工学、機械工学やコンピュータ研究などの職業訓練システムを212年までに完了させ、2018年にはそれぞれの学科で最小40名、最大80名の学生が卒業できる計画を進行中である。

 また、2011年には、学校職業訓練制度が地元企業との連携に成功し、6か月のOJTを受け、失業者に雇用能力を身につけてもらおうという試みがなされるなど、職業訓練に積極的に取り組んでいる。

エスネットワークス『進出前から知っておきたい ベトナム事業運営マニュアル』―日本人の協調性に驚くベトナム人、他


進出前から知っておきたい ベトナム事業運営マニュアル進出前から知っておきたい ベトナム事業運営マニュアル
株式会社エスネットワークス

中央経済社 2013-10-19

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 本書で勉強になった箇所のメモ書き。

 ・日本ではeコマース事業やネット広告事業は簡単にできるが、ベトナムではそうはいかない。まず、eコマース事業の場合、輸入・輸出ライセンスの取得は小売ライセンスほど難しくないものの、取り扱う予定の製品のHSコードを1つずつ登録しなければならない。ライセンス取得後、新規に製品を追加する場合は、改めてHSコードを取得する。ネット広告事業に関して言うと、ベトナムにおいて広告サービスは100%外資が認められておらず、必ず現地パートナーが必要となる。

 ・ベトナムは裾野産業がまだ育っておらず、2012年時点で現地調達率は24%にとどまる。逆に言うと、海外から輸入される原材料が重宝されるわけで、ローカル社員による盗難や横領が頻発する。定期的に棚卸を徹底する、監視カメラでモニタリングするなどの対策が必須である。

 ・日系進出企業の約8割は、株式会社ではなく有限会社の形態で進出している。2人以上有限会社において、ある出資者が持ち分を譲渡する場合には、他の出資者が先に譲り受ける権利を有しており、第三者に自由に譲渡できない。そのため、閉鎖的な経営に向いている。また、取締役会の設置も不要で、出資者が意思決定について広範な権限を有している。有限会社においては、所有と経営が未分離のまま、機動的な経営をすることが可能である。

 ・ベトナムは社会主義国であるから、私人や企業が土地を所有することはできない。外国企業がベトナムで土地を使用する場合は、土地使用権をリースする。土地使用権のリースは、最低販売面積が1万平方メートル以上となっている。1平方メートル単価は30~100ドルであるから、最低でも約3,000万円~1億円の資金が必要である。中小企業にとっては重たいコスト負担となるため、その場合はレンタル工場を選択するとよい。諸々のコストを勘案すると、操業10年ぐらいまではレンタル工場の方がコスト面で優位である。

 ・ワーカーの通勤は半径5㎞、15分程度が限界と言われている。自ずと、都心からある程度離れたところに工場を建設せざるを得ない。一方、管理部門スタッフは大卒を採用するが、彼らは都心で働きたがる。彼らを郊外の工場に通勤させようとしても、通勤時間1時間が限度である(ベトナムは周知の通りバイク社会であり、ワーカーも管理部門スタッフもバイクで通勤する)。それから、日本人駐在員の住居をどこにするかという問題もあるが、当然のことながら都心よりも郊外の方が条件は劣る。ただし、最近はホーチミン市の郊外にあるビンズン省で東急電鉄グループが都市開発を行うなどの動きがある。

 ・ベトナムの大学生は、文系でも大学で学んだことが活かせる業種・職種を希望する傾向が強い。企業側の都合で年間60日を超えて異動させる場合には、3日前までに本人に通知し、合意を得る必要がある。ただし、異動の結果、大学で学んだことが活かせないと解ると、彼らは簡単に転職する。それから、ベトナムでは学歴ヒエラルキーが強く、学歴を十分に考慮して組織を作る必要がある。彼らのマネジメント上最も気を遣うのが、給与改定の交渉である。1回で納得してもらえることはまずなく、何度も給与の根拠を丁寧に説明しなければならない。

 ・会社印は、日本とは異なり、公安(警察署)で取得する。一時期、偽造が多発したため、このような制度になったようである。また、販売開始までに付加価値税のインボイスを準備する必要があるが、インボイスを印刷する前に、所轄税務局にインボイス印刷決定書を提出しなければならない。正式な付加価値税のインボイスがない場合は、税務上損金算入ができない。ただし、会計上費用計上することは可能である。この点を理解していないチーフアカウンタントに処理を任せると、会計上も費用計上できないものと勘違いしてしまい、会計上の現金残高と実際の現金残高が食い違うことがあるため、要注意である。

 ・ベトナム人は、日本人の協調性に驚くようである。ベトナム人は基本的に自己成長を重視しており、これまでの教育環境から、チームワークを発揮できる場面がなかったことが影響している。日本人はチームワークを発揮して他の社員にも積極的に物事を教えるのに対し、ベトナムでは他人に物事を教えることは自分の価値を下げることだと考えられている。

 ・ベトナムはインフレ社会であり、2008~2012年の年間の平均インフレ率が12.8%にも達する。これを受けて毎年最低賃金が大幅にアップするが、インフレ率には追いついていないのが現状である。日系企業の場合、最低賃金ギリギリでワーカーを採用することは少なく、最低賃金よりも何割か高い賃金を適用するのが普通だが、だからと言って安心はできない。最低賃金が自社の賃金に追いついてくる可能性もさることながら、ベトナム人は「最低賃金が○○%上がったのだから、自分たちの給与も○○%上げてほしい」と要求してくる。

 ・前述のようにインフレ社会であるため、不動産バブルが生じている。バブル崩壊を恐れる中央銀行は、資金使途を厳しく制限するようになった。金融機関は、融資はするものの、借入金の口座に資金を入れずに、金融機関から当該企業の支払予定先に直接振り込むという形をとる。ちなみに、ベトナムは日本以上に担保を重視する社会である。逆に、キャッシュフローはほとんど重視されない。

 ・ベトナムの外国契約者税は、ベトナムで法人格のない外国人および外国法人を対象に、各種のサービス料金やロイヤルティ、利息、フランチャイズ・フィーなどを含むベトナムの領土で発生する収入に適用される源泉徴収税である。親子ローンを組んだ場合、子会社から親会社に送金される利息にも5%の外国契約者税がかかることは意外と忘れられがちである。

 ・ベトナムでは会社を清算するのが非常に難しい。なぜならば、全ての債務を弁済することが清算の条件になっているからだ。そのため、清算せずにそのまま放置されている企業が相当数存在する。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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