異文化マネジメントの理論と実践 太田 正孝 同文舘出版 2016-04-09 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
異文化コミュニケーション、異文化マネジメントと言うと、「コンテクスト(Context)」に注目した議論が中心になりがちだが、本書はそれに加えて「Distance(距離)」、「Embeddedness(埋め込み)」という2つの要素を加えて「CDEスキーマ」を提唱している。ただ、個人的には、3つの要素がどう関連し合っているのかが理解しづらいと感じたため、独断と偏見で下図のようにまとめてみた。
Contextとは、日本語で言えば「文脈」である。本国本社にいる社員は、第一義的にはその国の価値観の影響を受ける。国の価値観に関する研究としては、ヘールト・ホフステード、クラックホルン&ストロッドベック、トロンペナールス&ターナーなどの研究が有名である。ただし、人間は自国の価値観だけから影響を受けているわけではない。その人が所属する様々な集団の価値観にも左右される(上図ではこれらの集団をまとめて社会と表現している)。また、その人が働いている企業の価値観も影響を及ぼす。
こうした価値観の影響を紐解いていく作業が、Contextを明らかにすることである。同様の作業は、海外子会社に勤める社員についても行う必要がある。さらに言えば、社員は価値観について周囲の環境から受動的に影響を受けるだけの存在ではない。企業経営の文脈で言うと、様々な影響を受けて形成された社員の価値観が、今度は企業の価値観にも影響を与える。Contextは、このメカニズムにもメスを入れていかなければならない。
Distanceは、本国本社と海外子会社の距離を問題にする。ここで言う距離には、物理的な距離に加えて、心理的な距離も含まれる。Distanceに関する主要な論点は、本国本社と海外子会社の間の物理的・心理的距離は、どこまで離れても大丈夫なのかということである。距離に関するフレームワークには、パンカジュ・ゲマワットの「CAGEモデル」がある。CはCulture(文化)、AはAdministration(行政)、GはGeography(地理)、EはEconomics(経済)を指す。ゲマワットは、企業はC・A・G・Eの共通点が多い国・地域に進出する傾向が強いことを示した。とりわけ、Gが近い、つまり、地理的に近いことが重要であることを指摘した。
Embeddednessは「埋め込み」という意味である。埋め込みには、本国本社が海外子会社の価値観に影響を与える「内部埋め込み」と、逆に海外子会社が本国本社の価値観に影響を与える「外部埋め込み」がある。通常、企業が海外展開する際には、本国本社の価値観をそのままコピーした、つまり内部埋め込みを行った企業を現地に展開しようとするものである。だが、Embeddednessは、海外子会社が本国本社の価値観を変容させる可能性があることを示している。例えば、新興国で起きたイノベーションが先進国に流入して、先進国の既存の製品・サービスを大幅に改善する「リバース・イノベーション」はその一例である。
このように整理すると、本書の後半に出てくる電通の事例(詳細は割愛。以下同)は、シンガポール統括本部とアジア各国の拠点との間で価値観=Dentsu Wayを擦り合わせるという点で、ContextとEmbeddednessに関わる事例であると言える。また、ラテンアメリカの「テレノベラ(連続メロドラマ)」が、近接する諸国、元宗主国であるスペインやポルトガルを超えて、一見するとラテンアメリカと接点がないロシアや東欧諸国にまで広がった事例では、物理的な距離はネックとならず、輸出元と輸出先でドラマの背景となる社会・経済面の課題を共有していたことが成功要因であったとして、心理的距離の重要性を示している。さらに、HSBCの事例では、各国の拠点をつなぐIM=International Managerが、物理的距離の制約を克服し、拠点間でEmbeddednessを促進していることを示している。
ただ、異文化マネジメントと言うからには、上図のように本国本社と海外子会社にそれぞれ価値観が形成され、お互いに影響し合うだけでなく、それらの価値観を全体として包摂するような、グループとしての統一的な共有価値観の形成が不可欠であると考える。CDEスキーマがこの共有価値観の形成を一体どのように説明するのかが今後の研究課題であるように感じた。