こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

2017年05月

太田正孝『異文化マネジメントの理論と実践』―「CDEスキーマ」について独自に整理してみた


異文化マネジメントの理論と実践異文化マネジメントの理論と実践
太田 正孝

同文舘出版 2016-04-09

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 異文化コミュニケーション、異文化マネジメントと言うと、「コンテクスト(Context)」に注目した議論が中心になりがちだが、本書はそれに加えて「Distance(距離)」、「Embeddedness(埋め込み)」という2つの要素を加えて「CDEスキーマ」を提唱している。ただ、個人的には、3つの要素がどう関連し合っているのかが理解しづらいと感じたため、独断と偏見で下図のようにまとめてみた。

CDEスキーマ

 Contextとは、日本語で言えば「文脈」である。本国本社にいる社員は、第一義的にはその国の価値観の影響を受ける。国の価値観に関する研究としては、ヘールト・ホフステード、クラックホルン&ストロッドベック、トロンペナールス&ターナーなどの研究が有名である。ただし、人間は自国の価値観だけから影響を受けているわけではない。その人が所属する様々な集団の価値観にも左右される(上図ではこれらの集団をまとめて社会と表現している)。また、その人が働いている企業の価値観も影響を及ぼす。

 こうした価値観の影響を紐解いていく作業が、Contextを明らかにすることである。同様の作業は、海外子会社に勤める社員についても行う必要がある。さらに言えば、社員は価値観について周囲の環境から受動的に影響を受けるだけの存在ではない。企業経営の文脈で言うと、様々な影響を受けて形成された社員の価値観が、今度は企業の価値観にも影響を与える。Contextは、このメカニズムにもメスを入れていかなければならない。

 Distanceは、本国本社と海外子会社の距離を問題にする。ここで言う距離には、物理的な距離に加えて、心理的な距離も含まれる。Distanceに関する主要な論点は、本国本社と海外子会社の間の物理的・心理的距離は、どこまで離れても大丈夫なのかということである。距離に関するフレームワークには、パンカジュ・ゲマワットの「CAGEモデル」がある。CはCulture(文化)、AはAdministration(行政)、GはGeography(地理)、EはEconomics(経済)を指す。ゲマワットは、企業はC・A・G・Eの共通点が多い国・地域に進出する傾向が強いことを示した。とりわけ、Gが近い、つまり、地理的に近いことが重要であることを指摘した。

 Embeddednessは「埋め込み」という意味である。埋め込みには、本国本社が海外子会社の価値観に影響を与える「内部埋め込み」と、逆に海外子会社が本国本社の価値観に影響を与える「外部埋め込み」がある。通常、企業が海外展開する際には、本国本社の価値観をそのままコピーした、つまり内部埋め込みを行った企業を現地に展開しようとするものである。だが、Embeddednessは、海外子会社が本国本社の価値観を変容させる可能性があることを示している。例えば、新興国で起きたイノベーションが先進国に流入して、先進国の既存の製品・サービスを大幅に改善する「リバース・イノベーション」はその一例である。

 このように整理すると、本書の後半に出てくる電通の事例(詳細は割愛。以下同)は、シンガポール統括本部とアジア各国の拠点との間で価値観=Dentsu Wayを擦り合わせるという点で、ContextとEmbeddednessに関わる事例であると言える。また、ラテンアメリカの「テレノベラ(連続メロドラマ)」が、近接する諸国、元宗主国であるスペインやポルトガルを超えて、一見するとラテンアメリカと接点がないロシアや東欧諸国にまで広がった事例では、物理的な距離はネックとならず、輸出元と輸出先でドラマの背景となる社会・経済面の課題を共有していたことが成功要因であったとして、心理的距離の重要性を示している。さらに、HSBCの事例では、各国の拠点をつなぐIM=International Managerが、物理的距離の制約を克服し、拠点間でEmbeddednessを促進していることを示している。

 ただ、異文化マネジメントと言うからには、上図のように本国本社と海外子会社にそれぞれ価値観が形成され、お互いに影響し合うだけでなく、それらの価値観を全体として包摂するような、グループとしての統一的な共有価値観の形成が不可欠であると考える。CDEスキーマがこの共有価値観の形成を一体どのように説明するのかが今後の研究課題であるように感じた。

山内基弘、土田篤『企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク』―ビジネスモデルの事業性を評価するアセスメントを作ってみた


企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク
山内 基弘 土田 篤

きんざい 2017-03-22

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 近年、金融機関は単に企業に融資をするだけでなく、融資先に対するコンサルティング機能も要求されるようになっている。本書は、金融機関で働く人向けに、経営コンサルタントの著者がコンサルティングの視点で事業性評価の方法を解説した1冊である。といっても、内容的には非常にオーソドックスであり、「ビジネスモデルキャンバス」の考え方に基づいて、①ターゲット顧客、②提供価値、③経営資源、④事業活動、⑤顧客との関係、⑥チャネル、⑦事業パートナー、⑧収入、⑨コストの観点から事業性評価を行う方法を紹介している。

 9つの視点ごとに5個前後の質問がついており、それに順番に答えていくわけだが、前職で組織・人材コンサルティング&教育研修のベンチャー企業に勤めていた私としては、合計点が100点になるアセスメントを作りたくなる。そこで、1つ視点を加えて10の視点にし、1つの視点に対応する質問の数を5個で統一した。そうすると、設問数が全部で50問となり、はい=2点、いいえ=0点で計算すると、合計点が100点のアセスメントが完成する。でき上がったアセスメントをDropboxからダウンロードできるようにしておいた。
 https://www.dropbox.com/s/7ahz8c7g09ht44b/20170528_Businessmodel_Assessment.xlsx

 本書はビジネスモデルを評価する視点を色々と提供してくれるが、結局、新規事業にとって最も大切なのは「タイミング」なのだと言う。
 ビル・グロス氏(※アメリカのインキュベーター企業で、20年間に100社以上のベンチャー企業を立ち上げたアイデアラボ社のCEO)はその(※「誰も自宅の空き部屋を他人に貸さないだろう」と思われていた)Airbnbが大成功を収めた理由として、不況のどん底に起業したために、副収入を必要とした人が多かったこと、すなわち、タイミングがよかったことをあげています。

 またビル・グロス氏は、オンラインのエンターテインメント企業のZ.comは潤沢な資金を集め、素晴らしいビジネスモデルをつくりあげたにもかかわらず倒産し、そのわずか2年後にYouTubeが成功を収めたことについて、Z.comが事業を始めた当時の米国ではブロードバンドの普及率が低過ぎたのが失敗の原因であり、ブロードバンド普及率が50%を超えたタイミングでYouTubeが登場し成功を収めたと指摘し、ビジネスの成功に必要なのはやはりタイミングだと語っています。
 タイミングという点で思い出したのが、『一橋ビジネスレビュー』2017年SPR.64巻4号の「循環型経済のためのイノベーション」(ジョエル・ベーカー・マレン)という論文に登場した、商業向けのカーペットタイルを製造・販売するインターフェースという米国企業であった。インターフェースは、環境負荷の低い製品を提供するという観点から、顧客企業にカーペットタイルを売り切りにするのではなく、「床を覆うサービス」を提供するリース会社を立ち上げた。決められた月額利用料を支払うと、契約期間中、インターフェースが質のよいカーペットタイルを常に最高の状態で提供してくれる。使い古されたタイルはすぐに新品に取り換えられる。

一橋ビジネスレビュー 2017年SPR.64巻4号一橋ビジネスレビュー 2017年SPR.64巻4号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-03-10

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 しかし、残念ながらこの事業は成功しなかった。CEOのレイ・アンダーソンは、「時代を先取りしすぎていた」と語った。まず、顧客は同社がカーペットのメンテナンスにかけている努力を評価しなかった。また、自社が清掃スタッフにどれだけの費用を支払っているか気にかけていなかったため、この新しいサービスの価値を適切に評価することができなかった。また、リース方式にしたことで、顧客企業に混乱をもたらした。従来の購入式であれば、カーペットタイルの費用は資本・維持費として計上され、購入が済むと目に見えなくなってしまうのに対し、リース方式になるとその費用は一般管理費に組み込まれ、たとえトータルの支払額が小さくなるとしても顧客企業には割高に見えたのである。

 (ちなみに、この論文では、カーペットタイルのリース事業の失敗の原因をタイミングに求めているが、個人的にはタイミングの問題ではないと感じる。近年、様々な製品分野で、所有から使用への変化が起きている。その分野を観察すると、製品の最低限の機能を、必要な時に必要なだけ利用したいという顧客ニーズが背景にあることが解る。一方で、商業向けのカーペットタイルは、顧客企業にとっていつも必要なものであり〔「今日は大事なお客様が来るから2時間だけ高級なカーペットタイルを用意してほしい」という企業はそうそういないだろう〕、オフィスや施設を快適な空間にするのに不可欠な1ピースである。それをリースに方式しても、なかなか上手く行かないように思える)

 新しい製品・サービスは、顧客をはじめ様々なステークホルダーに何かしらの変化を要求するものである。タイミングが悪かったというのは、企業側が前提としていた変化を、ステークホルダーが受け入れなかったということである。アセスメントに入れなかったが、以下の問いに対しても答える必要があるだろう。

 ・新しい製品・サービスは顧客の消費プロセス、生活習慣、価値観、行動様式をどのように変えるか?顧客はそれらの変化を受け入れるか?
 ・新しい製品・サービスは社会の文化、規範、価値観をどのように変えるか?社会はそれらの変化を受け入れるか?
 ・新しい製品・サービスを提供する上で、技術的な障害はクリアされているか?
 ・新しい製品・サービスは、仕入先や販売チャネル、事業パートナーにどのような新しい能力を要求するか?彼らはその能力を獲得できるか?
 ・新しい製品・サービスは、仕入先や販売チャネル、事業パートナーの価値観、行動規範、組織風土、企業文化をどのように変えるか?彼らはそれらの変化を受け入れるか?

高原彦二郎、陳軼凡『実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント』―アジアにおけるストライキの解決の方法


実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント
高原 彦二郎 陳 軼凡

日本経済新聞出版社 2011-05-14

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 日本にいるとストライキを経験することはまずないが、海外で事業展開する上では、ストライキが1つの重要な労務リスクとなる。ASEANに目を向けると、フィリピン(ストライキの件数=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))、タイ(同=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))は比較的件数が少ないのに対し、インドネシア(同=192(2010)⇒196(2011)⇒51(2012)⇒239(2013))やベトナム(同=423(2010)⇒981(2011)⇒468(2012)⇒327(2013))では件数が非常に多くなっている。また、正確な数値情報が入手できていないのだが、カンボジアやミャンマーでも労働争議が増えているとの情報も耳にする。

 もっとも、ASEANにおけるストライキの対象となっているのは中国・台湾・韓国系の企業であり、日系企業がターゲットとなることは少ない。日本企業は社員を大切にする経営を昔から実践している一方で、中国・台湾・韓国系の企業は、社員を物のように扱って使い捨てにする傾向があるため、ストライキが発生する。ただ、だからと言って、日本企業が絶対にストライキの対象にならないとは言いきれず、ストライキへの対処方法を知っておくことは有用であろう。本書は中国における事例を扱っているが、対処方法はアジア全般で共通であると考える。

 ストライキが発生する直接的な原因は様々である。代表的なものは、企業から不当に解雇された、解雇補償金が安すぎる、というものである。また、上司からの評価が不当に低い、人事考課の結果が不服であるというのもストライキにつながりやすい。それ以外には、使用期間後に採用してもらえなかった、派遣社員の首を切られた(国によっては、派遣社員が派遣先企業の労働組合に加入する)、就業規則は企業側が一方的に決めたものであり、内容に納得できない(例えば、競業禁止や秘密保持の規定が厳しすぎる)、といったケースがある。

 本書では、ストライキを解決する糸口をコミュニケーションに求めている。まず、ストライキが長期化する要因であるが、著者は「インナーコミュニケーション」と「アウターコミュニケーション」の2つに分けて解説している。

 インナーコミュニケーションの1つ目としては、労働組合とのコミュニケーション不足が挙げられる。これが十分でないと、社員の仕事や職場環境、待遇などに関するニーズを把握することができず、ストライキが長期化する。インナーコミュニケーションの2つ目としては、社内の適切な情報ルートが確立されていないことが指摘できる。ストライキには必ず影の首謀者がおり、彼らが労働組合や社員を扇動しているものである。影の首謀者を特定するための社内の情報ルートを確保しておかないと、彼らの真の動機がつかめず、ストライキ解決が難航する。

 アウターコミュニケーションの1つ目としては、労働組合の上部組織とのコミュニケーションが挙げられる。例えば、インドネシアにはKSPI(インドネシア労働組合総連合)という上位組織があり、ストライキが生じた場合には彼らの協力を仰がないと、ストライキを鎮静化することができない。アウターコミュニケーションの2つ目としては、地元政府や行政とのコミュニケーションを指摘することができる。地元政府や行政とのコミュニケーションが不足していると、ストライキ解決にあたって彼らから必要な協力を引き出すことができない。

 以上は、ストライキが長期化する要因であるが、できることならばストライキを未然に防ぎたいものである。ここでも著者は、インナーコミュニケーションとアウターコミュニケーションの重要性を強調している。

 インナーコミュニケーションとしては、労働組合が茶話会や食事会などを実施して社員のニーズや苦情を吸い上げ、経営陣と共有する仕組みを作り上げることが大切である。相談窓口という箱を作るよりも、お茶や食事をしながらの方が、社員も自分の意見を言いやすい。そして、経営陣は社員の声を聞いた以上は、それに対して何らかのアクションを起こす。すると、社員は「労働組合に話を持っていけば、経営陣が聞く耳を持ってくれる」と思ってくれるようになる。こうした空気を醸成した後に、経営陣が社員と直接対話する場を設けるとなお有効である。

 時折、社員のニーズや苦情を吸い上げるために「目安箱」のようなものを設置するケースがあるが、これはあまりお勧めできない。というのも、目安箱を設置すると、「我が社は『目安箱』を置かないと重要な情報が上層部に伝達されない組織である」という誤ったメッセージを社員に送ってしまうからだ。また、目安箱に入れられる意見の大半は罵詈雑言、読むに堪えない悪口であり、精神衛生上もよくない。さらに、匿名で意見を投票したはずなのに、「あの意見を書いたのは一体誰なのか?」と犯人探しが始まり、かえって職場の雰囲気が悪化する。

 アウターコミュニケーションで重要なのは、第一に地域政府や行政と日常的に良好な関係を構築しておくことである。特に行政に関しては、日頃から様々な監督・監査を受ける。こうした監査などに対して、企業として真摯に協力しておくと、いざストライキが起きた時に行政からの協力が得られやすい。第二に、自社が「企業市民」であるというメッセージを発信することである。言い換えれば、「我が社の利益は地域の利益と一致している」ことを強調する。そのメッセージを具体化したアクションとして、地域のボランティア活動に企業として参加する、地元の学校に寄付をする、などといった行動をとることが有効である。

アクセンチュア経営コンサルティング本部 人材・組織マネジメントグループ『グローバル組織・人材マネジメント―新興国進出のための』―全然”グローバル”、”新興国”臭がしない


グローバル組織・人材マネジメント―新興国進出のためのグローバル組織・人材マネジメント―新興国進出のための
アクセンチュア経営コンサルティング本部人材・組織マネジメントグループ 杉村知哉

東洋経済新報社 2011-11-25

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 タイトルに「グローバル」、「新興国」という言葉が入っているが、本書からはそういう匂いが一切しなかった。本文中の「海外」という言葉を全部取り払ったら、日本国内における人材・組織マネジメントの本としても通用する内容になるのではないかと感じた。新興国における人材・組織マネジメントを論じるのであれば、例えばインドネシアの文化、風習、価値観はこういう感じで、経済・社会環境、法制度がこのようになっているから、こういった点に気をつけて人材マネジメント、組織設計をするべきだという話をせめてしてほしいものだ(本書の最後にやっとインドの事例が出てくるが、その事例も私を満足させるものではなかった)。

 以下、本書を読んで矛盾を感じた点を列挙する。

 ・本書では、自社の社員をポートフォリオ管理することを勧めている。縦軸に「知識・スキル」の高低をとり、横軸は「専門人材」か「イノベーティブ人材」かで分ける。すると、自社の社員を4つのタイプに分類できる。「知識・スキル」が高い「イノベーティブ人材」は「ミッション・クリティカル人材」であり、最優先でマネジメントすべき対象であるというのは解る。だが、次に優先順位が高い「中核人材群」は、「知識・スキル」が低い「イノベーティブ人材」であるというのが意味不明である。イノベーティブ人材なのに知識・スキルが低いとは一体どういうことなのか?

 ・本書の第3章は「新興国で優秀な人材を獲得する」である。闇雲に採用活動を行うのではなく、各都市・地域にどれだけの人材供給のポテンシャルがあるのかを見極めるべきだと本書は言う。アクセンチュアには、「タレントサプライマッピング(TSM)」というツールがあり、これを使うと、求める人材の潜在数、給与水準、現地リスク、就業意識などの情報が得られるそうだ。ところが、本書で紹介されているTSMのイメージ図は、なぜかイギリスのものであった。実は、TSMには新興国のデータが十分に揃っていないのではないかと勘繰ってしまう。

 ・グローバル人材を育成するにあたって、本書では安易にベストプラクティスを導入してはならないと警告している。この指摘はもっともである。人材要件は戦略と紐づいており、自社と異なる戦略を採用している他社の事例をそのまま導入しても上手くいかない。一方で、本書の別の箇所では、こんなことが書かれていた。アクセンチュアにはPLP(Personality & Leadership Profile)というアセスメントツールがある。PLPでは、グローバル企業の750人のCEOと、8,000人の役員・エグゼクティブのデータ分析結果から、グローバルで成功している企業において高い成果を出せるリーダーの特性を8つに特定したという。この8要因は、国ごとに有意な差が見られなかったとまで言い切っている。ベストプラクティスに頼るなと言っておきながら、結局グローバル人材の要件は世界標準に収斂するのか?

 ・アクセンチュアの顧客は大企業が中心であるから、本書の対象読者層も、海外事業の規模がかなり大きくて、各地に現地法人を持つだけでなく、地域ごとに統括会社を持つような企業を想定していると思われる。グローバル人材の育成手段の1つとしてアクション・ラーニングを紹介している第4章「グローバル経営を牽引するリーダーを作り出す」では、現地法人責任者の育成に際して、統括会社の責任者を巻き込むことの重要性が説かれている。ところが、次の第5章「販売拠点としての現地法人社員を戦力化する」に移ると、ターゲットが「今まで海外子会社を生産拠点として活用してきたが、今後は現地での販売にも注力する企業」にスケールダウンする。こういう企業は、おそらく中堅・中小企業がメインであろう。章の順番に論理的な意味を見出すことができない。

 ・冒頭でも書いた通り、本書は新興国に対する理解が足りない。だから、「アジアを中心とした新興国は、どちらかというと欧米型に近い」という大雑把なとらえ方しかできない。それゆえ、「欧米型モデルを機軸に日本企業としてのエッセンスを付加した新しいモデルを欧米、アジアへ、そして最終的には日本の本社にも適用」する「輸入型」のモデルが有効であるという乱暴な論理展開になる(どういうふうにエッセンスを付加するのかについては書かれていない)。私はアクセンチュアのコンサルタントと仕事をした機会が結構あるが、彼らは何かにつけてアメリカ本社のデータベースにある事例を引っ張ってきては日本企業に適用しようとする。私はこれを個人的に「アクセンチュア症候群」と呼んでいる。

 本書を書いたのは、アクセンチュアの「人材・組織マネジメントグループ」である。私はこのグループの出身者とも仕事をしたことがあるが、彼らは実は人事制度の設計に弱い。おそらく、グループとしても、人事制度構築のコンサルティング案件をあまり手がけたことがないのではないかと推測される。そのため、本書には、通常のグローバル組織・人材マネジメントの本であれば当然触れておくべきグローバル人事制度(グローバル等級制度、評価制度、報酬制度)の話が全く出てこない。本書の大半は、採用と教育という、どちらかと言うと柔らかい話である。そして、アクセンチュアは採用と教育のアウトソーシング受託サービスを行っていることを本文中でしきりにアピールしていた。

『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―国家関係がゼロサムゲームである限り「信」を貫くことは難しい、他


致知2017年6月号寧静致遠 致知2017年6月号

致知出版社 2017-06


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 (1)
 古の王者は、四海を欺かず、覇者は四隣を欺かず、善く國を為(おさ)むる者は、その民を欺かず、善く家を為むる者はのその親を欺かず。善からざる者は之に反し、其の隣国を欺き、其の百姓を欺き、甚だしき者は、其の兄弟を欺き、其の父子を欺き、上は下を信ぜず、下は上を信ぜず、上下、心を離し、以て敗るるに至り。
 荒井桂「『資治通鑑』の名言・卓論に学ぶ人物学」より、司馬光の『資治通鑑』の一説を引用した。司馬光は、「信」があれば、周囲の国を欺くことはないと述べている。記事の著者の荒井氏はここで、『論語』にも言及している。子貢が「3つのうち1つ取り除かなければならないものがあるとしたら何ですか?」と孔子に質問したところ、孔子は「兵」と答えた。子貢が「残りの2つのうち1つ取り除かなければならないとしたら何ですか?」と尋ねると、孔子は「食」と答えた。最後に残ったのは「信」である。『資治通鑑』の内容と合わせて読むと、信義があれば兵を持つことなく、隣国とも良好な関係を保つことができる、ということになるだろう。

 だが、現実の世界はそのようにはなっていない。上記のような古典を持つ中国自体が、覇権主義を振りかざして南シナ海を手中に収め、さらには太平洋へと進出しようとしている。国内では信義を尽くすことが双方のためになるのに対し、国際社会ではこちらが下手に出ればかえってつけ込まれることは、ブログ本館の記事「『絶望の朝鮮半島・・・/言論の自由/世界を動かすスパイ戦(『正論』2017年5月号)』―緊迫する朝鮮半島で起こりそうなあれこれ、他」で書いた。

 国内で通用することがどうして国際社会では通用しなくなるのか?という点は、私の頭を悩ます問題の1つである。おそらく次のように考えることができるであろう。国内の人間関係の場合、相手に信義を尽くすことで相手の利益が大きくなり、それが自分の利益に跳ね返ってくるというWin-Winの関係性がある。これに対して、国際社会は基本的に国家による領土の奪い合いである。こちらが下手に出れば簡単に相手に奪われてしまうゼロサムゲームである。

 このように書くと、国家という枠組みがあるからそういう事態になるのだ、国家という枠組みをなくせばよいと左派は主張するだろう。しかし、世界で農業に有利・不利な気候があり、工業化に必要な資源が偏在しているという状況では、より有利な土地をめぐって国家が対立することは不可避であることは上記のブログ本館の記事でも書いた通りである。左派のユートピアが成り立つには、世界中どこに行っても気候や工業化などの条件が同一でなければならない。

 『資治通鑑』や『論語』の教えを現代に活かすには、領土争いのゼロサムゲームを、双方の国の利益が増すWin-Winのゲームに変える必要がある。単に貿易によって双方の経済が活性化するということ以上の利益が必要である。ただ、どうすればそれが実現できるのか、残念ながら今の私には十分な知恵がない。

 (2)中村学園大学教授・占部賢志氏の「日本の教育を取り戻す」という連載記事がある。安倍政権の教育改革によって道徳が科目化されたが、占部教授は以前から、道徳を1つの教科として独立させることに反対している。道徳が教えるべき価値観は、従来の国語、理科、社会などの科目の中で十分教えることができるし、また教師は価値観を教えられるよう授業を工夫すべきだと主張している。

 それをせずに道徳を単独の科目とすると、「いじめはよくない」、「思いやりが大切」といった抽象的なフレーズだけが子どもたちの頭に残る。そういう子どもが大人になると、今度は「安保法制反対」、「戦争反対」と口走るようになる。しかし、彼らは中国の軍艦が尖閣諸島付近で領海侵犯を繰り返し、北朝鮮がミサイルを立て続けに発射していることに対しては、一切反対の声を上げない。占部氏はこうした矛盾を鋭く指摘している。つまり、現在の道徳教育のままでは、具体性を伴った切迫感のある価値観が醸成されないというわけである。

 私はここで、企業が自社のビジョンや価値観を浸透させる研修やワークショップのことを考えていた。これらの取り組みも、一歩運用を誤ると、ビジョンや価値観を丸暗記するだけに終わってしまう。研修では、自社がビジネスの中で直面する具体的な課題を挙げて、ビジョンや価値観に従って意思決定した場合、どのような決断が最適なのかを徹底的に議論することが重要であろう。あるいは、過去の成功例・失敗例をつぶさに分析して、どのような価値観が成功・失敗のカギを握っていたのかを考えさせることも有効である。とにかく、空理空論に終わらないよう、研修と現場での実践とをリンクさせなければならない。

 もう1つ重要なのは、技能・スキル・知識の習得を目的とする研修に、自社のビジョンや価値観を反映させることである。ビジョンや価値観の研修を行っている企業は多数あるが、一般の研修にビジョンや価値観を反映させている企業はそれほど多くないと感じる。なぜ我が社ではこのような技能・スキル・知識が必要なのか?その技能・スキル・知識を用いてどのような業務を行うのか?その業務は我が社のどのような価値観に基づいて設計されているのか?研修の企画担当者は、これらの問いに答えることが要求されるだろう。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

【中小企業診断士は独学で取れる】中小企業診断士に独学で合格するなら「資格スクエア」中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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