こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2017年05月


太田正孝『異文化マネジメントの理論と実践』―「CDEスキーマ」について独自に整理してみた


異文化マネジメントの理論と実践異文化マネジメントの理論と実践
太田 正孝

同文舘出版 2016-04-09

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 異文化コミュニケーション、異文化マネジメントと言うと、「コンテクスト(Context)」に注目した議論が中心になりがちだが、本書はそれに加えて「Distance(距離)」、「Embeddedness(埋め込み)」という2つの要素を加えて「CDEスキーマ」を提唱している。ただ、個人的には、3つの要素がどう関連し合っているのかが理解しづらいと感じたため、独断と偏見で下図のようにまとめてみた。

CDEスキーマ

 Contextとは、日本語で言えば「文脈」である。本国本社にいる社員は、第一義的にはその国の価値観の影響を受ける。国の価値観に関する研究としては、ヘールト・ホフステード、クラックホルン&ストロッドベック、トロンペナールス&ターナーなどの研究が有名である。ただし、人間は自国の価値観だけから影響を受けているわけではない。その人が所属する様々な集団の価値観にも左右される(上図ではこれらの集団をまとめて社会と表現している)。また、その人が働いている企業の価値観も影響を及ぼす。

 こうした価値観の影響を紐解いていく作業が、Contextを明らかにすることである。同様の作業は、海外子会社に勤める社員についても行う必要がある。さらに言えば、社員は価値観について周囲の環境から受動的に影響を受けるだけの存在ではない。企業経営の文脈で言うと、様々な影響を受けて形成された社員の価値観が、今度は企業の価値観にも影響を与える。Contextは、このメカニズムにもメスを入れていかなければならない。

 Distanceは、本国本社と海外子会社の距離を問題にする。ここで言う距離には、物理的な距離に加えて、心理的な距離も含まれる。Distanceに関する主要な論点は、本国本社と海外子会社の間の物理的・心理的距離は、どこまで離れても大丈夫なのかということである。距離に関するフレームワークには、パンカジュ・ゲマワットの「CAGEモデル」がある。CはCulture(文化)、AはAdministration(行政)、GはGeography(地理)、EはEconomics(経済)を指す。ゲマワットは、企業はC・A・G・Eの共通点が多い国・地域に進出する傾向が強いことを示した。とりわけ、Gが近い、つまり、地理的に近いことが重要であることを指摘した。

 Embeddednessは「埋め込み」という意味である。埋め込みには、本国本社が海外子会社の価値観に影響を与える「内部埋め込み」と、逆に海外子会社が本国本社の価値観に影響を与える「外部埋め込み」がある。通常、企業が海外展開する際には、本国本社の価値観をそのままコピーした、つまり内部埋め込みを行った企業を現地に展開しようとするものである。だが、Embeddednessは、海外子会社が本国本社の価値観を変容させる可能性があることを示している。例えば、新興国で起きたイノベーションが先進国に流入して、先進国の既存の製品・サービスを大幅に改善する「リバース・イノベーション」はその一例である。

 このように整理すると、本書の後半に出てくる電通の事例(詳細は割愛。以下同)は、シンガポール統括本部とアジア各国の拠点との間で価値観=Dentsu Wayを擦り合わせるという点で、ContextとEmbeddednessに関わる事例であると言える。また、ラテンアメリカの「テレノベラ(連続メロドラマ)」が、近接する諸国、元宗主国であるスペインやポルトガルを超えて、一見するとラテンアメリカと接点がないロシアや東欧諸国にまで広がった事例では、物理的な距離はネックとならず、輸出元と輸出先でドラマの背景となる社会・経済面の課題を共有していたことが成功要因であったとして、心理的距離の重要性を示している。さらに、HSBCの事例では、各国の拠点をつなぐIM=International Managerが、物理的距離の制約を克服し、拠点間でEmbeddednessを促進していることを示している。

 ただ、異文化マネジメントと言うからには、上図のように本国本社と海外子会社にそれぞれ価値観が形成され、お互いに影響し合うだけでなく、それらの価値観を全体として包摂するような、グループとしての統一的な共有価値観の形成が不可欠であると考える。CDEスキーマがこの共有価値観の形成を一体どのように説明するのかが今後の研究課題であるように感じた。

山内基弘、土田篤『企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク』―ビジネスモデルの事業性を評価するアセスメントを作ってみた


企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク企業のリスクを可視化する事業性評価のフレームワーク
山内 基弘 土田 篤

きんざい 2017-03-22

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 近年、金融機関は単に企業に融資をするだけでなく、融資先に対するコンサルティング機能も要求されるようになっている。本書は、金融機関で働く人向けに、経営コンサルタントの著者がコンサルティングの視点で事業性評価の方法を解説した1冊である。といっても、内容的には非常にオーソドックスであり、「ビジネスモデルキャンバス」の考え方に基づいて、①ターゲット顧客、②提供価値、③経営資源、④事業活動、⑤顧客との関係、⑥チャネル、⑦事業パートナー、⑧収入、⑨コストの観点から事業性評価を行う方法を紹介している。

 9つの視点ごとに5個前後の質問がついており、それに順番に答えていくわけだが、前職で組織・人材コンサルティング&教育研修のベンチャー企業に勤めていた私としては、合計点が100点になるアセスメントを作りたくなる。そこで、1つ視点を加えて10の視点にし、1つの視点に対応する質問の数を5個で統一した。そうすると、設問数が全部で50問となり、はい=2点、いいえ=0点で計算すると、合計点が100点のアセスメントが完成する。でき上がったアセスメントをDropboxからダウンロードできるようにしておいた。
 https://www.dropbox.com/s/7ahz8c7g09ht44b/20170528_Businessmodel_Assessment.xlsx

 本書はビジネスモデルを評価する視点を色々と提供してくれるが、結局、新規事業にとって最も大切なのは「タイミング」なのだと言う。
 ビル・グロス氏(※アメリカのインキュベーター企業で、20年間に100社以上のベンチャー企業を立ち上げたアイデアラボ社のCEO)はその(※「誰も自宅の空き部屋を他人に貸さないだろう」と思われていた)Airbnbが大成功を収めた理由として、不況のどん底に起業したために、副収入を必要とした人が多かったこと、すなわち、タイミングがよかったことをあげています。

 またビル・グロス氏は、オンラインのエンターテインメント企業のZ.comは潤沢な資金を集め、素晴らしいビジネスモデルをつくりあげたにもかかわらず倒産し、そのわずか2年後にYouTubeが成功を収めたことについて、Z.comが事業を始めた当時の米国ではブロードバンドの普及率が低過ぎたのが失敗の原因であり、ブロードバンド普及率が50%を超えたタイミングでYouTubeが登場し成功を収めたと指摘し、ビジネスの成功に必要なのはやはりタイミングだと語っています。
 タイミングという点で思い出したのが、『一橋ビジネスレビュー』2017年SPR.64巻4号の「循環型経済のためのイノベーション」(ジョエル・ベーカー・マレン)という論文に登場した、商業向けのカーペットタイルを製造・販売するインターフェースという米国企業であった。インターフェースは、環境負荷の低い製品を提供するという観点から、顧客企業にカーペットタイルを売り切りにするのではなく、「床を覆うサービス」を提供するリース会社を立ち上げた。決められた月額利用料を支払うと、契約期間中、インターフェースが質のよいカーペットタイルを常に最高の状態で提供してくれる。使い古されたタイルはすぐに新品に取り換えられる。

一橋ビジネスレビュー 2017年SPR.64巻4号一橋ビジネスレビュー 2017年SPR.64巻4号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-03-10

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 しかし、残念ながらこの事業は成功しなかった。CEOのレイ・アンダーソンは、「時代を先取りしすぎていた」と語った。まず、顧客は同社がカーペットのメンテナンスにかけている努力を評価しなかった。また、自社が清掃スタッフにどれだけの費用を支払っているか気にかけていなかったため、この新しいサービスの価値を適切に評価することができなかった。また、リース方式にしたことで、顧客企業に混乱をもたらした。従来の購入式であれば、カーペットタイルの費用は資本・維持費として計上され、購入が済むと目に見えなくなってしまうのに対し、リース方式になるとその費用は一般管理費に組み込まれ、たとえトータルの支払額が小さくなるとしても顧客企業には割高に見えたのである。

 (ちなみに、この論文では、カーペットタイルのリース事業の失敗の原因をタイミングに求めているが、個人的にはタイミングの問題ではないと感じる。近年、様々な製品分野で、所有から使用への変化が起きている。その分野を観察すると、製品の最低限の機能を、必要な時に必要なだけ利用したいという顧客ニーズが背景にあることが解る。一方で、商業向けのカーペットタイルは、顧客企業にとっていつも必要なものであり〔「今日は大事なお客様が来るから2時間だけ高級なカーペットタイルを用意してほしい」という企業はそうそういないだろう〕、オフィスや施設を快適な空間にするのに不可欠な1ピースである。それをリースに方式しても、なかなか上手く行かないように思える)

 新しい製品・サービスは、顧客をはじめ様々なステークホルダーに何かしらの変化を要求するものである。タイミングが悪かったというのは、企業側が前提としていた変化を、ステークホルダーが受け入れなかったということである。アセスメントに入れなかったが、以下の問いに対しても答える必要があるだろう。

 ・新しい製品・サービスは顧客の消費プロセス、生活習慣、価値観、行動様式をどのように変えるか?顧客はそれらの変化を受け入れるか?
 ・新しい製品・サービスは社会の文化、規範、価値観をどのように変えるか?社会はそれらの変化を受け入れるか?
 ・新しい製品・サービスを提供する上で、技術的な障害はクリアされているか?
 ・新しい製品・サービスは、仕入先や販売チャネル、事業パートナーにどのような新しい能力を要求するか?彼らはその能力を獲得できるか?
 ・新しい製品・サービスは、仕入先や販売チャネル、事業パートナーの価値観、行動規範、組織風土、企業文化をどのように変えるか?彼らはそれらの変化を受け入れるか?

高原彦二郎、陳軼凡『実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント』―アジアにおけるストライキの解決の方法


実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント実務総合解説 中国進出企業の労務リスクマネジメント
高原 彦二郎 陳 軼凡

日本経済新聞出版社 2011-05-14

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 日本にいるとストライキを経験することはまずないが、海外で事業展開する上では、ストライキが1つの重要な労務リスクとなる。ASEANに目を向けると、フィリピン(ストライキの件数=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))、タイ(同=8(2010)⇒2(2011)⇒2(2012)⇒1(2013))は比較的件数が少ないのに対し、インドネシア(同=192(2010)⇒196(2011)⇒51(2012)⇒239(2013))やベトナム(同=423(2010)⇒981(2011)⇒468(2012)⇒327(2013))では件数が非常に多くなっている。また、正確な数値情報が入手できていないのだが、カンボジアやミャンマーでも労働争議が増えているとの情報も耳にする。

 もっとも、ASEANにおけるストライキの対象となっているのは中国・台湾・韓国系の企業であり、日系企業がターゲットとなることは少ない。日本企業は社員を大切にする経営を昔から実践している一方で、中国・台湾・韓国系の企業は、社員を物のように扱って使い捨てにする傾向があるため、ストライキが発生する。ただ、だからと言って、日本企業が絶対にストライキの対象にならないとは言いきれず、ストライキへの対処方法を知っておくことは有用であろう。本書は中国における事例を扱っているが、対処方法はアジア全般で共通であると考える。

 ストライキが発生する直接的な原因は様々である。代表的なものは、企業から不当に解雇された、解雇補償金が安すぎる、というものである。また、上司からの評価が不当に低い、人事考課の結果が不服であるというのもストライキにつながりやすい。それ以外には、使用期間後に採用してもらえなかった、派遣社員の首を切られた(国によっては、派遣社員が派遣先企業の労働組合に加入する)、就業規則は企業側が一方的に決めたものであり、内容に納得できない(例えば、競業禁止や秘密保持の規定が厳しすぎる)、といったケースがある。

 本書では、ストライキを解決する糸口をコミュニケーションに求めている。まず、ストライキが長期化する要因であるが、著者は「インナーコミュニケーション」と「アウターコミュニケーション」の2つに分けて解説している。

 インナーコミュニケーションの1つ目としては、労働組合とのコミュニケーション不足が挙げられる。これが十分でないと、社員の仕事や職場環境、待遇などに関するニーズを把握することができず、ストライキが長期化する。インナーコミュニケーションの2つ目としては、社内の適切な情報ルートが確立されていないことが指摘できる。ストライキには必ず影の首謀者がおり、彼らが労働組合や社員を扇動しているものである。影の首謀者を特定するための社内の情報ルートを確保しておかないと、彼らの真の動機がつかめず、ストライキ解決が難航する。

 アウターコミュニケーションの1つ目としては、労働組合の上部組織とのコミュニケーションが挙げられる。例えば、インドネシアにはKSPI(インドネシア労働組合総連合)という上位組織があり、ストライキが生じた場合には彼らの協力を仰がないと、ストライキを鎮静化することができない。アウターコミュニケーションの2つ目としては、地元政府や行政とのコミュニケーションを指摘することができる。地元政府や行政とのコミュニケーションが不足していると、ストライキ解決にあたって彼らから必要な協力を引き出すことができない。

 以上は、ストライキが長期化する要因であるが、できることならばストライキを未然に防ぎたいものである。ここでも著者は、インナーコミュニケーションとアウターコミュニケーションの重要性を強調している。

 インナーコミュニケーションとしては、労働組合が茶話会や食事会などを実施して社員のニーズや苦情を吸い上げ、経営陣と共有する仕組みを作り上げることが大切である。相談窓口という箱を作るよりも、お茶や食事をしながらの方が、社員も自分の意見を言いやすい。そして、経営陣は社員の声を聞いた以上は、それに対して何らかのアクションを起こす。すると、社員は「労働組合に話を持っていけば、経営陣が聞く耳を持ってくれる」と思ってくれるようになる。こうした空気を醸成した後に、経営陣が社員と直接対話する場を設けるとなお有効である。

 時折、社員のニーズや苦情を吸い上げるために「目安箱」のようなものを設置するケースがあるが、これはあまりお勧めできない。というのも、目安箱を設置すると、「我が社は『目安箱』を置かないと重要な情報が上層部に伝達されない組織である」という誤ったメッセージを社員に送ってしまうからだ。また、目安箱に入れられる意見の大半は罵詈雑言、読むに堪えない悪口であり、精神衛生上もよくない。さらに、匿名で意見を投票したはずなのに、「あの意見を書いたのは一体誰なのか?」と犯人探しが始まり、かえって職場の雰囲気が悪化する。

 アウターコミュニケーションで重要なのは、第一に地域政府や行政と日常的に良好な関係を構築しておくことである。特に行政に関しては、日頃から様々な監督・監査を受ける。こうした監査などに対して、企業として真摯に協力しておくと、いざストライキが起きた時に行政からの協力が得られやすい。第二に、自社が「企業市民」であるというメッセージを発信することである。言い換えれば、「我が社の利益は地域の利益と一致している」ことを強調する。そのメッセージを具体化したアクションとして、地域のボランティア活動に企業として参加する、地元の学校に寄付をする、などといった行動をとることが有効である。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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