こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,000字程度の読書記録などの集まり。

2017年05月

『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―国家関係がゼロサムゲームである限り「信」を貫くことは難しい、他


致知2017年6月号寧静致遠 致知2017年6月号

致知出版社 2017-06


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 (1)
 古の王者は、四海を欺かず、覇者は四隣を欺かず、善く國を為(おさ)むる者は、その民を欺かず、善く家を為むる者はのその親を欺かず。善からざる者は之に反し、其の隣国を欺き、其の百姓を欺き、甚だしき者は、其の兄弟を欺き、其の父子を欺き、上は下を信ぜず、下は上を信ぜず、上下、心を離し、以て敗るるに至り。
 荒井桂「『資治通鑑』の名言・卓論に学ぶ人物学」より、司馬光の『資治通鑑』の一説を引用した。司馬光は、「信」があれば、周囲の国を欺くことはないと述べている。記事の著者の荒井氏はここで、『論語』にも言及している。子貢が「3つのうち1つ取り除かなければならないものがあるとしたら何ですか?」と孔子に質問したところ、孔子は「兵」と答えた。子貢が「残りの2つのうち1つ取り除かなければならないとしたら何ですか?」と尋ねると、孔子は「食」と答えた。最後に残ったのは「信」である。『資治通鑑』の内容と合わせて読むと、信義があれば兵を持つことなく、隣国とも良好な関係を保つことができる、ということになるだろう。

 だが、現実の世界はそのようにはなっていない。上記のような古典を持つ中国自体が、覇権主義を振りかざして南シナ海を手中に収め、さらには太平洋へと進出しようとしている。国内では信義を尽くすことが双方のためになるのに対し、国際社会ではこちらが下手に出ればかえってつけ込まれることは、ブログ本館の記事「『絶望の朝鮮半島・・・/言論の自由/世界を動かすスパイ戦(『正論』2017年5月号)』―緊迫する朝鮮半島で起こりそうなあれこれ、他」で書いた。

 国内で通用することがどうして国際社会では通用しなくなるのか?という点は、私の頭を悩ます問題の1つである。おそらく次のように考えることができるであろう。国内の人間関係の場合、相手に信義を尽くすことで相手の利益が大きくなり、それが自分の利益に跳ね返ってくるというWin-Winの関係性がある。これに対して、国際社会は基本的に国家による領土の奪い合いである。こちらが下手に出れば簡単に相手に奪われてしまうゼロサムゲームである。

 このように書くと、国家という枠組みがあるからそういう事態になるのだ、国家という枠組みをなくせばよいと左派は主張するだろう。しかし、世界で農業に有利・不利な気候があり、工業化に必要な資源が偏在しているという状況では、より有利な土地をめぐって国家が対立することは不可避であることは上記のブログ本館の記事でも書いた通りである。左派のユートピアが成り立つには、世界中どこに行っても気候や工業化などの条件が同一でなければならない。

 『資治通鑑』や『論語』の教えを現代に活かすには、領土争いのゼロサムゲームを、双方の国の利益が増すWin-Winのゲームに変える必要がある。単に貿易によって双方の経済が活性化するということ以上の利益が必要である。ただ、どうすればそれが実現できるのか、残念ながら今の私には十分な知恵がない。

 (2)中村学園大学教授・占部賢志氏の「日本の教育を取り戻す」という連載記事がある。安倍政権の教育改革によって道徳が科目化されたが、占部教授は以前から、道徳を1つの教科として独立させることに反対している。道徳が教えるべき価値観は、従来の国語、理科、社会などの科目の中で十分教えることができるし、また教師は価値観を教えられるよう授業を工夫すべきだと主張している。

 それをせずに道徳を単独の科目とすると、「いじめはよくない」、「思いやりが大切」といった抽象的なフレーズだけが子どもたちの頭に残る。そういう子どもが大人になると、今度は「安保法制反対」、「戦争反対」と口走るようになる。しかし、彼らは中国の軍艦が尖閣諸島付近で領海侵犯を繰り返し、北朝鮮がミサイルを立て続けに発射していることに対しては、一切反対の声を上げない。占部氏はこうした矛盾を鋭く指摘している。つまり、現在の道徳教育のままでは、具体性を伴った切迫感のある価値観が醸成されないというわけである。

 私はここで、企業が自社のビジョンや価値観を浸透させる研修やワークショップのことを考えていた。これらの取り組みも、一歩運用を誤ると、ビジョンや価値観を丸暗記するだけに終わってしまう。研修では、自社がビジネスの中で直面する具体的な課題を挙げて、ビジョンや価値観に従って意思決定した場合、どのような決断が最適なのかを徹底的に議論することが重要であろう。あるいは、過去の成功例・失敗例をつぶさに分析して、どのような価値観が成功・失敗のカギを握っていたのかを考えさせることも有効である。とにかく、空理空論に終わらないよう、研修と現場での実践とをリンクさせなければならない。

 もう1つ重要なのは、技能・スキル・知識の習得を目的とする研修に、自社のビジョンや価値観を反映させることである。ビジョンや価値観の研修を行っている企業は多数あるが、一般の研修にビジョンや価値観を反映させている企業はそれほど多くないと感じる。なぜ我が社ではこのような技能・スキル・知識が必要なのか?その技能・スキル・知識を用いてどのような業務を行うのか?その業務は我が社のどのような価値観に基づいて設計されているのか?研修の企画担当者は、これらの問いに答えることが要求されるだろう。

キャメル・ヤマモト『グローバル人材マネジメント論―日本企業の国際化と人材活用』―論理構成がぐちゃぐちゃで読みにくい


グローバル人材マネジメント論―日本企業の国際化と人材活用 (BEST SOLUTION)グローバル人材マネジメント論―日本企業の国際化と人材活用 (BEST SOLUTION)
キャメルヤマモト

東洋経済新報社 2006-10-01

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 ワトソンワイアット(現タワーズワトソン)のキャメル・ヤマモト氏の著書である。一般的な論理構成からすれば、「自社の強み・価値観の明確化⇒戦略の立案⇒組織構造の決定⇒グローバル人事制度(等級制度・評価制度・報酬制度)の構築」となるはずだが、本書はいきなりグローバル人事制度の話から入って、組織構造⇒自社の強み・価値観⇒戦略という順番で話が進むため、私にとっては非常に理解しづらかった。タワーズワトソンは人事コンサルティングの会社であるため、人事制度の話を最初にしてしまいたかったのだろう。

 論理的な順番はこうである。まずは、自社の強みや価値観を明らかにする。価値観とは、自社が重要な意思決定を下す上で拠りどころとなる規範やルールのことである。自社のこれまでの成功や失敗のプロセスを丹念に検証すると、自社がどういう価値観に基づいて事業を行っているのかが見えてくる。通常、コア・バリューなどの名前で自社の価値観を明文化している企業が多いが、実際の価値観は重要なものから些細なものまで多岐に渡るのが普通である。強みや価値観に加えて、外部環境の分析も行うことで、自社の戦略を構想する。

 その次は、その戦略を実現するためのグローバルな組織体制の構築である。本書にもある通り、組織には大きく分けて機能別組織、地域別組織、事業部別組織の3つがある。自動車メーカーのように、単一の製品を国際水平分業で製造・販売している場合は、機能別組織になる。例えば、イギリスとオランダの子会社で開発を行い、タイとインドネシアの子会社で生産をし、アメリカとカナダの子会社で販売している場合(国名は適当である)、イギリスとオランダの子会社を統括する開発部門長、タイとインドネシアの子会社を統括する生産部門長、アメリカとカナダの子会社を統括する販売部門長が本社に置かれる。開発部門長、生産部門長、販売部門長のレポーティングラインは社長となる。

 ネスレのように多種多様な製品を扱い、経営の現地化が進んでいる企業では、地域別組織が採用される。例えば、ヨーロッパの子会社を統括するヨーロッパ部門長、北米の子会社を統括する北米部門長、アジアの子会社を統括するアジア部門長、アフリカの子会社を統括するアフリカ部門長などが本社に置かれる。各エリアの部門長のレポーティングラインは社長となる。

 多種多様な製品を国際水平分業で製造・販売しており、かつ本社の意向を強く反映させる場合は、事業部別組織となる。例えばAという製品は中国の2か所で設計し、タイの2か所で製造し、ベトナムの2か所で販売しているとする。この場合、まず、中国の2か所の設計拠点を統括するA設計部門長、タイの2か所の製造拠点を統括するA製造部門長、ベトナムの2か所の販売拠点を統括するA販売部門長が本社に置かれる。さらに、A設計部門長、A製造部門長、A販売部門長の上にA事業部長が設けられる。A事業部長のレポーティングラインは社長である。同様に、Bという製品については、B設計部門長、B製造部門長、B販売部門長が本社に置かれ、彼らの上にB事業部長が設けられる。Cという製品については、C設計部門長、C製造部門長、C販売部門長が本社に置かれ、彼らの上にC事業部長が設けられる。各事業部長のレポーティングラインは社長である。

 組織構造が決定すると、次にグローバル人事制度に着手する。理論的に言えば、まずは海外を含めた全ての職務について職務分析を行い、職務の難易度・責任をスコア化し、スコアに応じていくつかの等級を設ける。次に、全社員の能力・知識などを評価し、各社員がどの等級に属するかを決定する。その後、戦略に合わせて、経営陣から末端の現場社員まで、適材適所を実現するための大々的な異動を行う。当然のことながら、国境を越えた異動も頻繁に発生する。

 ただし、これではあまりに作業量が多くなるため、現実的には組織構造を見ながら、グローバル人事制度の対象を限定する。機能別組織では、日本本社の社長、各機能部門の統括長、現地子会社の社長までが対象となる。地域別組織では、日本本社の社長、各地域の部門長、現地子会社の社長までが対象となる。事業部別組織では、日本本社の社長、各事業部長、各機能部門長、現地子会社の社長までが対象となる。これに加えて、現地子会社の次期後継者もグローバル人事制度の下で育成するならば、必要な等級は4~5となる。これらの等級に関してはグローバルで統一された基準の下で運用されるが、それ以外の現地社員についてはそれぞれの現地子会社が独自に運用をしてもよい。

 グローバルで統一された等級に関しては、その等級で要求される人材要件を定める。能力はもちろんのことだが、価値観も明文化する。この価値観には、企業としての価値観が強く影響する。どんなにパフォーマンスが高くても、組織の価値観に合致しない人材は組織にとって害である。人材要件が定まれば、それがそのまま人材を評価する項目となるから、評価制度も構築できる。あとは報酬制度であるが、海外では職種別の標準的な報酬のデータが公開されていることが多いため、その値を参考にして、競争力ある報酬制度を構築していく。

 ここまでが一連の流れであるが、これは日本本社の価値観をベースにした制度設計になっている。本書にも書かれているが、海外事業が大きくなると、現地子会社の価値観を無視することができなくなる。ここで、日本本社の価値観を一方的に現地子会社に押しつけるのは得策ではない。日本本社の価値観と現地子会社の価値観の融合が必要になる。世界各地で局地的に価値観の融合が起きると、やがては日本本社がグループ全体としての価値観を見直さなければならなくなる。価値観を見直すということは、戦略の見直しにつながる。戦略を見直せば、組織やグローバル人事制度も手直しが必要になる。

 つまり、「自社の強み・価値観の明確化⇒戦略の立案⇒組織構造の決定⇒グローバル人事制度の構築⇒自社の強み・価値観の見直し⇒戦略の立案⇒組織構造の見直し⇒グローバル人事制度の見直し⇒・・・」という形でぐるぐるとサイクルを描くことになる。本書は価値観の融合の重要性を指摘しておきながら、この全体のサイクルについては記述がなく、この点でも残念であった。

デロイト・トーマツコンサルティング『世界で勝ち抜くためのグローバル人材の育成と活用』―デロイトはグローバル人材の育成をほとんどやったことがないと思う


世界で勝ち抜くためのグローバル人材の育成と活用世界で勝ち抜くためのグローバル人材の育成と活用
デロイトトーマツコンサルティング

中央経済社 2011-11

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 本書は一体どういう企業を想定して書かれているのかが判然としなかったのだが、最後まで読んで、おそらく次のような企業向けなのだろうと思った。日本国内の大企業で、海外にいくつかの生産・販売拠点はあるが、全社の売上高に占める海外の割合は非常に低く、海外部門は軽視されている。海外子会社のトップは日本人で占められており、現地ローカル社員から見るとガラスの天井が存在する。もちろん、日本本社の経営陣は全員日本人で、ダイバーシティ・マネジメントなどは全く実践されていない。だが、日本国内の市場が縮小する傾向にあることから、今後は海外を主力市場として戦略を再構築しなければならない。こういう企業において、いかにしてグローバル人材を育成・活用するかという本である。

 本来ならば、主力となる国・地域における戦略を構築し、その戦略を遂行するために必要な人材要件(能力・価値観など)を定め、現地で必要な人数を確保するための採用計画を立てる、というのが筋である。もう一歩進んだ企業では、採用活動を国・地域ごとにバラバラに実施せず、グローバルで統一する。つまり、グローバルレベルで人材要件を揃える。その人材要件には、当該日本企業がこれまで大切にしてきた価値観、企業文化が色濃く反映される。その基準に従って、各国・地域にある現地子会社の人事部は採用活動を行う。

 さらに進んだ企業では、グローバル規模での人事異動が発生する。それを可能にするのが、グローバルで統一された等級制度、評価制度、報酬制度である。これができ上がっていると、例えばタイ製造子会社のタイ人工場長をインドネシアに新設した製造子会社の副社長にする、代々アメリカ人がトップを務めてきたアメリカ販売会社で初めて中国人をトップにするといったことが起きる。もちろん、日本本社の経営陣にも外国人が多数参画するようになる。

 ところが本書は、「日本本社の社員のグローバル化」をメインテーマとしている。つまり、いかにして日本本社の社員にグローバル・マインドを植えつけるかが中心となっているのである。もちろん、海外事業を拡大すれば、これも避けては通れない課題である。しかし、海外事業展開の論理的な順番からして、この課題を第一に扱う理由が私にはよく解らない。

 また、課題を解決する手法にも疑問符がつく。本書でも書かれているように、最も効果的なのは、日本本社の社員を現地に送り込むことである。だが、本書が想定している大企業は冒頭で書いた通り海外拠点が少ないため、大勢の日本人を送り込むことはできない。また、少数精鋭で業務を回さなければならない海外子会社に、育成目的のポストを作ることはNGであると本書には書かれている。確かに、駐在員を1人増やすだけで、本社が負担するコストは数千万円増える。

 そこで有効なのが、日本本社において、外国人社員を交えたアクション・ラーニング(AL)を実施することであると著者は言う。ALとは、グループで現実の問題に対処し、その解決策を立案・実施していく過程で生じる、実際の行動とそのリフレクション(振り返り)を通じて、個人、そしてグループ・組織の学習する力を養成するチーム学習法である(NPO法人日本アクションラーニング協会より)。

 ここで私が疑問に思うのは、ALに参加させる外国人はどこから引っ張ってくるのかということである。日本本社に外国人がたくさんいれば可能かもしれないが、本書が想定している日本の大企業にはおそらく十分な外国人社員がいない。では、海外子会社から外国人社員を引っ張ってくればよいかと言うと、少数精鋭の海外拠点から日本本社に人を送り込むことに現地は反対するだろうし、海外子会社で働いている外国人は厳格な職務定義書に従っているため、職務定義書にない「日本人社員の教育」には協力してくれそうにもない。

 だとすると、残りの選択肢としては、外国人を日本で新たに採用するしかない。ただし、闇雲に日本企業の都合で外国人を採用することはできない。外国人は日本人以上に自分のキャリアを気にする。自分がこの企業に入社した後、3年~5年後にどうなっているのかを知りたがる。それに、全ての外国人が日本での永住を望んでいるわけではない。大半は本国へ戻ることを希望している。

 よって、「最初の3年間は日本本社で日本人と一緒に仕事をしてもらう(ALに協力してもらう)。その後、本国の子会社に戻ってチームリーダーを務めてもらう」などとはっきり言えなければならない。こう断言するからには、3年後の当該子会社の戦略は何であり、どのような組織構成になっているべきかをあらかじめ構想しておく必要があるのだが、本書にはそのような記述は一切ない。

 本書は「5年5場」で日本本社の社員をグローバル化することを提案している。つまり、5年間のフェーズが5つあり、それを順番に経ることでグローバル人材になるというわけである。随分と悠長な話に聞こえる。だが、いざとなると、
 このように人材の条件が高度になり、しかも外部ルートだけでは調達が非常に困難であるという状況を考えると、少々乱暴かもしれないが、活用できそうな人材は、出身国がどこであれ、これまでの実績や能力・スキルをもとに判断し、可能であればどの国にでも配置するという人材活用戦略が必要である。
というわけであり、論理的な矛盾を感じずにはいられない。

星野達也『オープン・イノベーションの教科書』―自社の技術ニーズと提案できる技術シーズがこれほど明確なケースは稀ではないか?


オープン・イノベーションの教科書---社外の技術でビジネスをつくる実践ステップオープン・イノベーションの教科書---社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ
星野 達也

ダイヤモンド社 2015-02-27

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 技術探索において、技術ニーズが絞り込まれたのちに必要なアクションは、社外に求める技術の明確化である。(中略)求める技術の明確化には、「アプローチの洗い出し」と「アプローチの深掘り」の2つがあり、両者を組み合わせることも多い。「アプローチの洗い出し」は、課題を細分化したうえで全体を俯瞰し、本当に求めるべき技術を見極める際に有効である。「アプローチの深掘り」は、ある課題に対して「そのためにはどうするか」ということを何度も問いかけて、本当に必要な技術を見極めるプロセスである。
 門前払いを避けるためには技術のよさをうまく伝える必要があるし、「何に使えるか」を相手に考えてもらうのではなく、こちらで考えて相手の「気づき」を引き出すのだ。つまり、用途仮説を考え、それにしたがって売り込み先を選定し、それらの売り込み先に対して、彼らが興味を持つようなコミュニケーションを自発的に行っていくのである。
 技術を探している企業は、「自社が本当に欲している技術は何か?」を突き詰めた上で情報を公開し、技術を売り込む企業は、「その技術によって何ができるのか?」を明確にした上で提案活動をするべきだというのが著者の主張である。著者は株式会社ナインシグマ・ジャパンという、技術のマッチングを行う企業の取締役であるから、双方の情報がはっきりしていた方がマッチング作業がスムーズに進むという事情が影響しているように思える。確かに、技術ニーズとそれに対する提案がぴったりと組み合わさる形は理想的である。しかし、現実にはそうそう簡単に話が進まないのではないかと感じる。

 私は一応IT業界の出身であるのだが、システム構築とイノベーションを比べれば、システム構築の方が不確実性やリスクは低いと言えるだろう。にもかかわらず、顧客企業が要件定義をあらかじめばっちりと固め、ITベンダーは要件定義に従って粛々と開発を進めればよいというケースは聞いたことがない。顧客企業は、自社がどういうシステムを構築すればよいのか解っていないことが大半である。ITベンダーと何度もやり取りしながら、徐々にシステムのあるべき姿が見えてくるものである(あるべき姿が明らかになった時点で、ITベンダーの開発能力を超えていることが判明すると、プロジェクトは炎上する)。

 オープン・イノベーションにおいては、システム開発以上に、技術の探索者と提供者の密なコミュニケーションが必要である(以前の記事「米倉誠一郎、清水洋『オープン・イノベーションのマネジメント』―日本企業はおそらく顔の見えるネットワークでないと適切な相手を見つけられない」を参照)。コンソーシアムなど、顔が見える場において、何度も顔を合わせ、徐々にお互いの情報を公開する中で、協業の可能性が見えてくる。本書には、「運転手の眠気検知技術」について、探索者が技術を深掘りし、提案者も自社技術を明確に提示することですんなりと協業が実現するという話が登場する。だが、実際には、大勢が集まる会合で短時間の会話を重ねることで、協業の道が開けるのではないかと考える。

 <1回目>
 探索者「我が社は眠気を検知する技術を探しています。よろしければ、御社がどういった事業をされているか教えていただけませんか?」
 提供者「我が社は脳波を測定する技術の開発を行っています。眠気は脳波の変化でとらえることが可能です」

 <2回目>
 探索者「以前お会いした後、眠気を検知する技術について社内で調査をしてみました。おっしゃる通り、眠気を検知するには脳波を測定するのが有効であるようですね。ただ、他にも、目の動きをとらえる、皮膚電位から脈拍をとらえる、という方法があることが解りました。この2つの方法に比べて、脳波を測定する方法はどういった点で優位性がありますか?」
 提供者「脳波を測定する場合は、○○という点でメリットがあります。ただし、測定の際には○○という点に気をつけなければなりません」

 <3回目>
 探索者「前回教えていただいた話を社内で検討した結果、脳波を測定するという方法で開発を進めようという話になりました。御社は今までどのような分野で実績がありますか?」
 提供者「我が社は、子どもが学習をした際の脳波の変化をとらえる装置を開発しています。主に研究機関向けです」
 探索者「子どもの脳波を測定する技術は、眠気を測定する技術に応用することができそうですか?」
 提供者「測定する脳の部分、とらえる脳波の種類が違うため、すぐには応用することは難しいのが正直なところです。ただし、新たに○○という技術を開発すれば、実現可能かもしれません」

 <4回目>
 提供者「今回お考えの技術は、具体的に誰をターゲットとしていますか?」
 探索者「バスやトラックの運転手をターゲットとしています。彼らの事故防止に役立てばと考えています。先日、御社の製品は研究機関向けとおっしゃいましたが、そうするとかなり大がかりな装置ですよね?」
 提供者「そうです。一般ユーザ向けの製品にするためには、小型化しなければなりませんね。率直に言って、小型化は我が社ではあまり実績がありません」
 探索者「我が社は製品の小型化を強みの1つとしていますので、もしかしたらお役に立てるかもしれません。一緒にプロジェクトをすると、いいものができそうな気がします。是非一度、我が社で具体的な打ち合わせをしませんか?」
 提供者「ありがとうございます」

 上記の例はかなりまどろっこしく書いたが、要するに、時間をかけて信頼関係を構築しながら、徐々にニーズとシーズを擦り合わせていくことが大切であるということである。この点で、本書で紹介されていた大阪ガスの事例は参考になる。大企業は自社HPで公募を行っているケースが多いのに対し、大阪ガスは中小企業との直接のコミュニケーションを重視している。最初は一般的なマッチングイベントを行っていたが、協業に進む割合は低かった。そこで、まずは大阪ガスのニーズを企業に紹介し、その後、企業を集めた説明会を行うという2段構えにしたところ、協業に進む割合が10%を超えたという。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

中小企業診断士の安い通信講座なら「資格スクエア」資格スクエア
(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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