こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2017年06月


PwCあらた有限責任監査法人『経営監査へのアプローチ―企業価値向上のための総合的内部監査10の視点』―経営レベルの重大なリスクに共通するフレームワークがほしいと思った


経営監査へのアプローチ (企業価値向上のための総合的内部監査10の視点)経営監査へのアプローチ (企業価値向上のための総合的内部監査10の視点)
PwCあらた有限責任監査法人

清文社 2017-01-10

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 「リスク」と聞くと、「できるだけ触れたくないもの」というネガティブなイメージを抱きがちである。しかし、リスク(risk)の語源はラテン語のriscareであり、「明日への糧」という意味である。リスクにはプラスの意味もある。通常、我々が使う意味でのリスクは、正確には「ダウンサイド・リスク」と呼ぶ。このリスクは低減・回避することが重要である。一方、ポジティブな意味でのリスクは「アップサイド・リスク」と呼ばれ、このリスクは積極的に取っていく必要がある。新規事業への進出はアップサイド・リスクの典型例であり、リスクを取らなければ企業の成長はない。

 内部監査は、どちらかと言うとダウンサイド・リスクに対応するものとして認識されている。だが、本書は敢えてアップサイド・リスクを取るための内部監査を提唱している。別の言い方をすれば、従来の内部監査が守りの内部監査であったのに対し、これから必要になるのは攻めの内部監査である。

 グローバル企業における攻めの内部監査ということで、本書がカバーするリスクの範囲は非常に広い。

 ・地政学リスク、EPA(経済連携協定)など、政治的・経済的リスクが自社の戦略に与えるリスクをどのように精査するか?
 ・グローバル規模でサプライチェーンを構築している中で、アウトソーシング先に対する内部監査をどのように実施するか?
 ・M&A、経営統合において、相手先企業をいかに内部監査するか?
 ・セキュリティ、プライバシーに対する懸念が高まる中で、IT部門に対してどのように内部監査を行うか?グローバルITの企画段階からどう関与するか?
 ・戦略の複雑化・行動化に伴ってますます大規模化するシステム開発プロジェクトにおいて、いかにしてリスクを低減しつつプロジェクトを成功に導くか?
 ・業界の規制をめぐり、国・地域ごとの差異を考慮しながら、いかにして効果的・効率的な内部監査を実行するか?
 ・行き過ぎた租税回避に対する社会の厳しい目を意識しつつ、CSRの一環として、税金の最小化ではなく最適化のために内部監査にできることは何か?
 ・FCPA(海外腐敗行為防止法)など、域外適用がある汚職防止法が施行されている中で、汚職・腐敗を防止するために内部監査がなすべきことは何か?
 ・人的資本や知的資本などの非会計的資本、ESG(Environment=環境、Society=社会、Governance=ガバナンス)といった非財務情報の価値を高め、企業価値を向上させるために内部監査が貢献できることは何か?

 ただ、これら1つ1つのリスクに対応するだけでも相当大変である。しかも、それぞれのリスクについて、個別にある程度リスクマネジメントの方法論が確立されている。これらを生半可な状態でバラバラに使おうとすると、私が内部監査部門の社員なら悲鳴を上げそうである。リスクマネジメントの対象となる現場も悲鳴を上げるに違いない。個人的には、これらの分野を横断的に俯瞰できる何らかのフレームワークがほしくなるところである。

 実は、グローバル税務ガバナンスの章で、PwCではリスクマネジメント態勢の成熟度をリスクカルチャーと称して、①戦略、②組織構造、③人材、④プロセス、⑤テクノロジーの5つの視点から評価する方法が紹介されている。グローバル税務ガバナンスに関しては、この5つの視点に沿ったチェック項目例も示されている。グローバル税務ガバナンス以外の分野にも、この5つの視点が適用できないものかと考えてみたが、今の私には力不足でそれができなかった。

ピープルフォーカスコンサルティング『グローバル組織開発ハンドブック』―共通価値観とダイバーシティの関係


グローバル組織開発ハンドブックグローバル組織開発ハンドブック
ピープルフォーカスコンサルティング

東洋経済新報社 2016-11-18

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 本書は、グローバル企業の組織開発の視点として、①チーム、②ダイバーシティ、③バリューズ、④チェンジ、⑤リーダーシップ、という5つの視点を提供している。しかしながら、②ダイバーシティと③バリューズは一見すると矛盾する。というのも、一方では企業として全社員が共有すべき価値観(バリューズ)を明らかにすべきだと言いながら、他方では多様な価値観を持った社員を迎え入れなければならないと主張しているからだ。

 企業が固定的な一部の市場セグメントのみを相手にビジネスをしているのであれば、共有価値観のみで十分である。その顧客に対してどのような価値を提供するのか、その価値を提供するために、我が社の社員はどのような行動規範に従うべきなのかを明らかにしていく。その行動規範こそが、共有価値観である。別の言い方をすると、日常業務においてありとあらゆる意思決定をする際のよりどころとなるルールである。共有価値観は業務プロセスや組織のデザイン、そして、業務プロセスや組織に対して経営資源を投入するIT、人事制度、購買制度、予算制度などに反映される。そのルールの量は大小合わせると膨大になるだろう。それをマニュアルに落とし込めば、無印良品のMUJIGRAMのようになる。

 しかし、企業は持続的に成長するために、ターゲット顧客を拡張していかなければならない。また、従来から的を絞っているセグメントの質がいつまでも不変であるとは限らない。そうした市場の変化を先取りするために、従来の社員とは異なる考え方を持つ社員を採用し、社員構成を多様化していく。社会学者のニクラス・ルーマンは、組織が外部の複雑性に対応する方法は、組織自体を複雑化することであると述べた。これがダイバーシティ・マネジメントの目的である。

 ここにおいて企業は、前述の共有価値観のうち、企業として絶対に譲れないものと、環境変化に応じて柔軟な解釈をすべきものを峻別する必要性に迫られる。そして、後者に関しては、従来からの社員と、新しい価値観を持った社員との間で、建設的な対立を促す。これが第1の学習である。新しい顧客にとって最善の価値を提供するために、我々はどのように行動すべきかと問う。このコンフリクトをいかにマネジメントできるかが、ダイバーシティ・マネジメントの成功のカギである。これからの社員には、違いを認める寛容さ、自分とは異なる相手を包容する対話力、違いから新たな意味を導く創造力が求められる。

 新たに生まれた価値観は、古い価値観を上書きする。無印良品が強いのは、堅牢なマニュアルを作ったからではなく、日々の現場の発見に基づいて、あの膨大なマニュアルを、全体の整合性を保ちながら更新し続けているからである。

 もっとダイバーシティ・マネジメントが進んだ企業では、第2の学習が生じる。すなわち、企業として絶対に譲れないものとされてきた価値観に対して挑戦する。企業が深刻な業績不振に陥った時、企業を取り巻く外部環境が著しく変化した時には、これまで多くの社員を引きつけてきた共有価値観ですら無力となる。その場合に、多様な考え方を持った社員が知恵を出し合って(「知恵を出し合って」と書くときれいに聞こえるが、実際には非難、中傷、下品な言葉などが入り混じった暴力的なコミュニケーションになる)、新しい現実に適合した新しい共有価値観を打ち立てなければならない。従来、こうした変革はトップの強いリーダーシップに委ねられていた。しかし、今後は、ダイバーシティ・マネジメントがこの課題をどのように克服していくべきかが問われるであろう。

日沖健『マネジャーのロジカルな対話術』―話し方が下手くそな診断士への警告、他


マネジャーのロジカルな対話術マネジャーのロジカルな対話術
日沖 健

すばる舎 2017-03-17

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 中小企業診断士の日沖健先生の最新著書。日沖先生とは最近知り合ったのだが、既に20冊も本を書いているとのことで、凄い方である。私なんか、ブログで原稿用紙1万枚分ぐらい文章を書いているにもかかわらず、出版社から本を書いてほしいという依頼を受けたことは一度もないというのに(嘆き)。

 本書は、マネジャーと部下のロジカルな対話の方法を35のケースを用いて解説したものである。ロジカルな対話とは結局のところ、「問題の発見⇒原因の分析⇒解決策の検討⇒解決策の評価・絞り込み」という順番で進む対話のことである。それぞれのフェーズにおける論理的な考え方のポイントを紹介するとともに、各フェーズの「場」作りで配慮すべきことについても解説されている。

 例えば、「問題の発見」では、いきなり問題を部下にぶつけても、部下の注意を引かないかもしれない。そこで、問題に関連した話題を振って、徐々に問題へと意識を向けさせるような工夫が例示されている。また、「原因の分析」では、往々にして責任のなすりつけ合い、感情的な対立が生じる。どうすれば当事者が冷静になって事実に着目することができるかについても書かれている。

 話はやや逸れるが、ブログ本館の記事「中小企業診断士が断ち切るべき5つの因習」でも書いたように、「社長を騙くらかす口達者になれ」と吹聴するような診断士を私は軽蔑しているし、「【賛否両論】中小企業診断士(コンサルタント)に必要なのは「ドキュメンテーション力」か「プレゼンテーション力」か?」でも書いた通り、プレゼンテーション力よりもドキュメンテーション力を重視している。ただ、あまりにも話し方が下手くそというのも、それはそれで考えものである。そして、最近、話し方が下手くそな診断士が増えているように思えるのである。

 「えー・・・、あのー・・・、えーっと・・・」
 ⇒こういう言葉を「ドッグワード」と呼ぶ。話の練習をせずに話し始めると、次に話すべきことを考えている間の時間を埋めるためにドッグワードが出てしまう。ドッグワードをなくすためには、ひたすら練習を積むしかない。

 「・・・というのがまず1つ。それからもう1つは・・・」
 ⇒「まだ1つ目だったのかよ」、「まだ続きがあるのかよ」と突っ込みを入れたくなる。話のポイントを整理できていない証拠である。

 「・・・、あと・・・、ついでに・・・、それから・・・」
 ⇒これも話の内容を事前に整理することができいていないケースである。いつまで話が続くのか、聞いていてイライラする。

 「・・・のですね、・・・をですね、・・・についてですね・・・」
 ⇒本人は丁寧に話しているつもりだろうが、「ですね、ですね」とうるさい。

 「・・・ちょっと・・・して、・・・ちょっと・・・考えてみて・・・」
 ⇒何が「ちょっと」なのか不明。ちょっとしかしてくれないのかと言いたくなる。

 日沖先生は大学院などで中小企業診断士養成課程(※)の講師を務めていらっしゃるのだが、最近ある先生から大学院の養成課程についてよからぬ話を聞いた。というのは、大学院の養成課程はお金さえ払えばほぼ誰でも入学することができてしまうため、学生の質の低下が著しいのだと言う。その先生は、「最近の学生は高校生レベルの学力もない」と嘆いていらっしゃった。確かに、私の周りを見渡しても、どこの卒業生とは言わないが、ある大学院の卒業生で診断士になった人は、仕事がろくすっぽできないと感じることが多い。こうした事態を受けてか、養成課程のあり方を見直す大学院も出てきている。現に、中京大学は養成課程を廃止することを決定したそうだ。

 さらに悪いことに、大学院によってはMBAも同時に付与しているから、低能のMBAホルダーを輩出する結果になる。だから、日本のMBAは価値が低いと言われてしまう。日本でMBAを取得した人には大変申し訳ないが、私は日本のMBAは英検2級だと思っている。つまり、お金と時間さえあれば、多少頑張ればほぼ間違いなく取得できる割に、実務ではほとんど役に立たないという意味である。

 (※)通常、中小企業診断士になるには、2次試験(論述)とその後の実務補習を受ける必要があるのだが、経済産業大臣に登録された登録養成機関で一定期間の養成課程(座学+実習)を受けると、2次試験と実務補習が免除される。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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