こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2017年09月

何清漣、程暁農『中国―とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国"のカラクリ』―内需が弱すぎる中国


中国――とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国中国——とっくにクライシス、なのに崩壊しない“紅い帝国"のカラクリ - 在米中国人経済学者の精緻な分析で浮かび上がる - (ワニブックスPLUS新書)
何 清漣 程 暁農 中川 友

ワニブックス 2017-05-12

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 かつての親中派であったアメリカのマイケル・ピルズベリーが『China 2049』で明らかにしたように、中国は1949年の建国から100年後の2049年までに世界の覇権を握るという目標を立てている。世界の覇権を握るとは、まずは経済面でアメリカを圧倒し、次に軍事面でもアメリカを大きく凌駕することを指す。経済面で圧倒するというのは、解りやすく言えばGDPでアメリカを抜くということだ。中国のGDPは、2025年頃にはアメリカを上回ると予測されている。

 ただし、中国のGDPにはからくりがある。GDPはGDE(国内総支出)と等しく、GDE=(民間最終消費支出+民間住宅投資+(民間設備投資+民間在庫品増加)+(政府最終消費支出+公的固定資本形成+公的在庫品増加)+(財貨・サービスの輸出-財貨・サービスの輸入)で計算できる。中国が手っ取り早くGDP=GDEを上げるためにとった政策が、個人の不動産(民間住宅投資)、民間企業の設備投資(民間設備投資)、公共のインフラ(公的固定資本形成)を増やすことであった。これらの要素は、作れば作った分だけGDPの上昇に反映される。そのため、中国では住宅の建設ラッシュが続き、企業は次々と最新の設備を導入した。国内では、あちこちで作りかけの道路を見ることができる。

 中国の不動産業がGDPに占める割合は、2009年には6.6%であったが、2015年には14.18%にまで上昇している。中国では1人で住宅を2軒、3軒持つのが普通になっており、中には10軒持っている人もいるそうだ。これだけ供給過剰になれば、いつ不動産バブルが崩壊してもおかしくないと考えるのが普通である。

 通常の国では、貨幣を供給する胴元と、価格の妥当性を判断する審判が分かれている。日本のバブルは、貨幣を供給する日本銀行に対して、審判である市場がノーを突きつけたことで崩壊した。ところが、中国の場合は、胴元と審判がイコールになっている。よって、中央銀行が貨幣を増発し、地方銀行がディベロッパーにそれを貸し付け、国民に住宅を購入させ続けるという図式が成り立っている。中央政府が貨幣の蛇口を閉めた途端、中国経済は信じられないほどの大混乱に陥る。そのため、中国はこのギャンブルから降りることができない。

 中国では、民間の設備投資が既に過剰になっているという点も、多くの人が指摘するところである。中国国家発展改革委員会の研究者の分析によれば、製造業の過剰生産能力から周期的な過剰部分を除くと、全体のおよそ15%が恒久的な過剰生産能力と考えられるそうだ。さらにこの研究者は、全ての業種での投資について、1997年から2013年までの投資の35.6%は有効ではなく、その総額は66.9兆元に達するとも述べている。66.9兆元と言えば、日本円にすると1,000兆円超である。日本のGDPの約2倍にあたる額の投資が有効でない、つまりムダになっていると考えると、実に恐ろしい話である。

 中国経済は投資に大きく依存した構造になっている。ということは、裏を返せば個人の消費が非常に弱い。先進国においては、GDPに占める個人消費の割合は5割から6割に達するのだが、中国では3割ほどしかない。中国が本当の意味で健全な経済成長を続けるためには、内需を拡大することが重要な課題となる。以上が本書の大まかな内容である。なお、中国経済のからくりについては、上念司『習近平が隠す本当は世界3位の中国経済』(講談社、2017年)も興味深い。

習近平が隠す本当は世界3位の中国経済 (講談社+α新書)習近平が隠す本当は世界3位の中国経済 (講談社+α新書)
上念 司

講談社 2017-06-21

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 中国の個人消費がこれほどまでに弱い要因は何であろうか?ここからは私の仮説になるが、供給と需要の両面からとらえることができるのではないかと思う。まず、供給面であるが、中国は鄧小平時代に市場を開放して以降、海外から投資を次々と呼び込んだ。中国にやってきたのは製造業が中心であり、中国の安い労働力で安い製品を作り、世界中に輸出するというモデルができ上がった。

 海外から製造業を呼び込む場合、全製品を輸出に回す代わりに税制面で優遇する、という形をとることが多い。これによって輸出を大きく伸ばし、GDPを増加させようというわけだ。だが同時に、国内の生産レベルが上がってくれば、徐々に内需向けの企業を海外企業と国内企業の合弁で設立し、海外企業の技術を吸収する方向にシフトしていくのが普通である。中国では、外資が内需向けの企業を設立することが過度に厳しく制限されていたのではないかと推測する。

 需要面で見ると、個人消費が弱いということは、端的に言えば国民がお金を持っていないということである。外資の製造業の参入によって雇用が増大し、農村から都市への人口流入が起きたものの、その大半はコスト抑制のために最低賃金ギリギリの水準で働かされていた可能性がある。だから、雇用が増えた割には国民の生活がそれほど豊かにならなかったと考えられる。

 中国が内需を拡大するには、外資に設けられているハードルを下げて国内市場向けの供給を増やすと同時に、高い賃金が期待できる高付加価値産業を育成することが重要である。中国は、世界の工場と呼ばれた時代に、輸出面で有利に立つために元安へ誘導したと言われる。トランプ大統領は、これを為替操作だと厳しく批判した。すると中国は、今度は元高になるように為替を操作した。元高になると、中国企業が外資企業を買収しやすくなる。現在、中国が世界中の企業、特に高付加価値産業の企業を買いあさっているのはこのためである。

 だが、買収した企業が中国人の雇用を増やし、彼らに高い給与を支払い、さらにゆくゆくは中国国内に製品・サービスを提供するという戦略を持たない限り、中国の内需は強くならないであろう。ただ単に、買収側の中国企業の株主となっている一部の共産党幹部の懐を温めるだけの結果に終わるに違いない。

高松平藏『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』―日本の理想社会を一足先に実現しているドイツ?


ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか:質を高めるメカニズムドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか:質を高めるメカニズム
高松 平藏

学芸出版社 2016-08-28

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 ブログ本館でしばしば、日本の多重階層構造を「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭」という形でラフにスケッチしてきたが、「行政府⇒市場/社会」の部分、すなわち、行政府が市場や社会に対して何かしらを命じるとはどういうことかと疑問に思われた方もいらっしゃるだろう。自由主義に従えば、行政府による介入は必要最低限に抑えるべきだというのが一般的である。しかし私は、行政府が法律や規制を通じて、市場や社会に積極的に関与していくのが日本の理想ではないかと考えている。

 具体的には、行政府が「日本人としてどう生きるべきか?」を示し、市場や社会に対して、その生き方を実現するための製品やサービスを効果的に配分する、別の角度から言えば、人々がそのような製品・サービスを欲するように要求する。これらの製品・サービスは、①衣食住など健康的な生活を送るのに十分な量・質であること、②精神面、文化面を豊かにするものであること、③倫理観、道徳観にかなったものであること、④限られた地球資源を有効に活用するものであること、という4つの条件を満たす必要がある。個人の欲望に任せて資源を浪費するのではなく、日本国、日本人として見た場合に最適な資源分配を実現すべく、行政府が市場や社会に干渉する。この点で、一般的な自由主義とは異なる。

 ドイツでは、「社会的市場経済」というシステムが戦後から構築されており、日本の理想の一歩先を行っているような気がした。
 まず経済について、戦後ドイツは「社会的市場経済」という体制をとる。後に首相となるルートヴィヒ・エアハルトが連邦政府の経済大臣時代(1949~1963年)に推進し、社会が経済システムをコントロールし、富の再分配と社会的公正を実現しようというものだ。需要と供給に任せておけばよいという自由市場経済とは一線を画す。富の再分配に関連させていえば、貧困対策、年金・失業保険などの社会保障といった分野も入ってくる。そして、そういった分野に関するシステム、法律、組織、取り組みといったものが「社会的」という概念と重ねられる。
 冒頭のラフなスケッチでは十分に表現されていないのだが、日本の多重階層社会にはもう1つ重要な特徴がある。それは、階層が下に行けば行くほど、多様性が増していくということである。多様性が増すということは、それだけ分権化も進むことになる。日本は明治維新と第2次世界大戦後に中央集権的な国家運営で急激な成長を遂げたため、中央集権制の方が親和性が高いように思われている。しかし、中央集権制は、開国後と戦後という国難の時期における臨時の手法である。現代でも中央集権制を引きずっているのは、アメリカのトップダウン型のリーダーシップの影響であると考える。本来は、江戸時代の幕藩体制のように、分権制の方が日本は上手く回るはずだというのが私の仮説である。

 ドイツは多数の連邦(それ自体が1つの国と言ってもよい)をかき集めて1つの国家にまとめ上げたという歴史的背景があるため、現在でも各連邦の権限が非常に強い。日本のように中央官庁が作成した政策を地方自治体が裏書きしてそのまま実行するということはない。ドイツの州や市は、中央からの指示に対して(時には中央の指示を待たずに)、地元の事情を踏まえた独自の案を構想する。こうした動きは、まちづくりやクラスター形成の場面で如実に表れる。
 日本でも2000年代に産業クラスター政策が全国で推進された。ただ日本の場合、各クラスターの範囲が地理的に広く、さらに政府によってつくられたという傾向がなきにしもあらずだ。それに対して、エアランゲン市では自らのまちのポテンシャルを見極め、経済戦略として打ち立てた。
 現在、日本では地方創生という題目を掲げて全国各地に魅力ある地域を構築することを目指している。ここはドイツに倣うと同時に、本来日本人の中に眠っているはずの分権制を呼び覚ますことが重要ではないかと考える。

 ブログ本館の記事「【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―「にじみ絵型」の日本、「モザイク画型」のアメリカ」でも書いたが、日本社会では、各プレイヤーが多重階層構造の一角に閉じ込められるのではなく、垂直方向には「下剋上」と「下問」、水平方向には「コラボレーション」を通じて移動する自由がある。この点で私は日本社会を自由主義的であると言う。

 企業を例に取ると、単に顧客のニーズに応えるだけでなく、顧客に対して「もっとこうした方が(中長期的に見て)生活の質が上がるのではないか?」と(時に顧客のニーズに反する厳しいことを)提案する「下剋上」、さらに顧客(市場)の上に位置する行政府に対して、「もっとこういう法律や規制にした方が、市場や社会の効果が上がるのではないか?」と提案する「下剋上」がある。一方、下の階層に関しては、企業に知識労働者を供給する学校に対して、「学校がもっと高い成果を上げるために、企業としてどんな支援ができるか?」と問う「下問」、企業に毎日社員を送り込む家庭に対して、「家庭生活がもっと上手くいくようにするために、企業としてどんな支援ができるか?」と問う「下問」がある。

 水平方向の「コラボレーション」は、自社の強み、組織能力、アイデンティティ、価値観に対する理解を深めるため、異質との出会いを通じて学習を重ねることを狙いとしている。コラボレーションの相手は競合他社かもしれないし、異業種のプレイヤーかもしれない。あるいは、社会的ニーズを満たすNPOかもしれない。NPOとの協業を通じて社会的価値を創造し、それを経済的価値と両立させる、つまり企業としても一定の業績を上げることができれば、マイケル・ポーターの言うCSV(Creating Shared Value)を実現したことになる。私は、日本企業にはこうしたコラボレーションを実施する素地が十分に備わっていると思っている。

 本書によると、ドイツ企業は地元に密着しており、地元の「フェライン(NPOに該当する)」と緊密な連携を取っているという。フェラインは地域の福祉のために仕事をしたり、地域で行われる様々なイベントの担い手になったりしている。ドイツ企業はフェラインに対する資金的援助を惜しまない。ただ、CSVの観点から言えば、単に企業が非営利組織に資金を供給するだけでは十分とは言いがたい。企業と非営利組織の活動を統合して、経済的価値と社会的価値の両方を創出することが、ドイツ企業にとっての課題であると言えそうだ。

相沢幸悦『よみがえる日本、帝国化するドイツ―敗戦国日独の戦後と未来』―左派の言う「東アジア共同体」は幻想であり欺瞞


よみがえる日本、帝国化するドイツ:敗戦国日独の戦後と未来よみがえる日本、帝国化するドイツ:敗戦国日独の戦後と未来
相沢 幸悦

水曜社 2015-11-20

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 本書のタイトルからして保守系の本だと思っていたのだが、実際にはゴリゴリの左翼系で、読んでいて久しぶりにげんなりした。
 これを回避する道は、これからすすむアジアの経済統合に参画することしかない。中国や韓国、アセアンのGDP合計は、日本の3倍はある。日本をあわせれば2000兆円にもなるだろう。虫のいい話ではあるが、そうすると、1100兆円余あまりの政府債務残高のGDP比は50%程度に激減し、財政規律のきびしいドイツよりも健全財政に生まれ変わる。政府債務残高の半分、500兆円あまりの日本国債をアジア諸国の外貨準備に組み込んでもらえば、円の国際化もすすむし、過重な債務負担とはならない。
 著者の頭の中には、左派に典型的に見られるあの世界観、つまり、「自己と他者の区別がなく、国家もなければ宗教もなく、天国も地獄もない、皆一つになって平和に暮らしている、人類愛に満ち溢れた世界」が描かれていることだろう。それをアジアにあてはめれば、EUに倣って東アジア共同体(East Asian Community)を構築し、各国が主権を東アジア共同体に預けて政治的な統一を果たすとともに、通貨を統一して経済的な統一も目指すということになる。

 しかし、引用文に書かれている著者の構想は、一見バラ色の未来のようであって、実は日本だけが得をする独善的なものである。仮に東アジア共同体が実現されて、通貨がユーロのように統一されたとしよう。東アジア共同体のメンバーとなっている国の大半は、経済発展の途上にある新興国であり、通貨は本質的に弱含みである。よって、統一通貨は円に比べて安くなる。つまり、日本にとっては円安が実現されるのと同じ効果がある。すると、輸出産業が活発化する。

 一方で、新興国にとっては、通貨圏に日本というリスクオフの国家が含まれることで、通貨が割高になる。端的に言い換えれば、新興国はお金持ちになる。日本の輸出産業は、アジアの新興国に向けて輸出を拡大する。新興国のあぶく銭は、日本企業がかすめ取っていく。したがって、通貨統一によって得をするのは日本企業だけということになる。これは、EUで実際に起きたことである。ドイツがマルクを放棄してユーロを受け入れた時、事実上通貨安となったため、輸出産業が活性化された。ドイツ企業が向かった先は、EUの中で比較的貧乏だった国で、ユーロの恩恵を受けてお金持ちとなったギリシアのような国々であった。現在も、EUではドイツ一強の状態が続いているのは周知の通りである。

 日本政府が抱える1,100兆円の債務の半分をアジア諸国に保有してもらうというのも暴論である。日本の国債は、大部分が日本国内だけで消化されているからこそ、為替の変動とはほとんど無関係でいることができる。その国債を海外に向けて開放すると、為替の変動の影響を受けるようになる。繰り返しになるが、アジア統一通貨を採用する国は、新興国が多く、財政基盤が決して盤石とは言えない国も多い。ある国の財政が悪化すれば、アジア統一通貨が暴落する恐れがある。そして、アジア統一通貨の価値が下がると、必然的に国債も暴落する。国債の暴落は、日本にとって借金の増大を意味する。

 EUは、経済成長のレベル、財政の健全さが比較的似通っている(と思われていた)国で構成された共同体である。そのEUでも、ギリシアの財政危機が発覚すると大幅なユーロ安となり、さらにギリシャの危機がスペインやイタリア、ポルトガルにも飛び火して各国の国債が暴落し、EUのみならず世界経済を混乱に陥れた。アジアの国々は、EUに比べるとはるかに多様である。その多様性を抱きかかえるということは、こうしたリスクを日本が背負い込むことを意味する。本書の著者がこの点をどこまで理解していているのかは不明である。

DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―スノーピーク社の戦略について


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)

ダイヤモンド社 2017-08-10

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製品・サービスの4分類(大まかな分類)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

製品・サービスの4分類(具体的な企業)

 久しぶりにこの図の登場。詳しくはブログ本館の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」、「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」をご参照いただきたい。

 【象限③】は「あってもなくてもよい製品・サービス」であり、常に需要を創造しなければならない。言い換えれば、リーダーがイノベーションを起こさなければならない。市場ニーズはまだ存在していないのだから、伝統的な市場調査は役に立たない。よって、(A)リーダーは「顧客が何をほしがっているか?」ではなく、「自分だったらどういう製品・サービスがほしいか?」と考える。Appleはスティーブ・ジョブズがほしいと思った製品を作り、全世界に普及させた典型例だと言える。そして、Appleがそうであったように、(B)リーダーは製品・サービスに込めた強い思いを顧客に正確に伝え、ブランドイメージを守るために、販売チャネルに対して強いパワーを発揮し、販売チャネルをコントロールしようとする。

 ただし、イノベーションは成功確率が非常に低い。イノベーター自身がその製品・サービスをほしいと思っても、世の中の大多数の人々が同じくそれをほしがるとは限らない。イノベーションは多産多死の世界である。よって、(C)イノベーターはリスクを最小化するため、一時的に優秀な人材を集めてプロジェクトを作り、製品・サービスが完成すればチームを解散するというプロジェクト型の経営をする。正社員は最小限にとどめ、外部のパートナーをフルに活用する。仮に正社員を多く抱える場合でも、固定的なキャリアパスはなく、そのプロジェクトが要求する最高の能力を持つ人材をその都度社内からかき集めるので、上を下への人事異動が頻発する。他方、日本企業が強い【象限②】では、長期雇用を前提として大半の社員を正社員とし、キャリアパスを明確にして社員の育成に投資する。

 本号には、アウトドア用品のスノーピーク社の代表取締役社長・山井太氏の論文が掲載されていた(「スノーピークが実践するユーザー主義の原点 すべては、社員の幸せから生まれる」)。アウトドア用品は、私の見解では【象限③】に該当する。論文を読むと、同社が前述の(A)~(C)を実践していると感じた。
 (A)1988年、筆者は「自分たちが本当にほしいものをつくる」と宣言し、キャンプ用品のハイエンド製品群をつくり始めた。それまでのように、ちょっと風が吹くと潰れてしまうテントではなく、嵐に遭遇しても持ち応えられる頑強なテントをつくろうと、素材と技術、デザインにこだわって製品化を果たしたのである。
 (B)小売店は回転率のよい売れ筋製品しか扱ってくれないため、店舗ごとの品揃えに大きなバラツキが生じてしまう。加えて、問屋経由では流通そのものもコントロールできておらず、当社が目指すハイエンドなイメージとはかけ離れた店舗で販売されるケースもあった。(中略)そこで筆者は、翌1999年から1年をかけて問屋や小売店との交渉を行い、2000年のシーズンからは販売体制を一変させた。まず、問屋を介さず小売店との直接取引に変え、流通をよりシンプルにした。さらに直接取引の特約店方式を採用して、当社製品の取扱店を4分の1に絞り込み、その代わりに全商品を展開してもらうという体制を構築した。
 (C)組織変更は年に1度、あるいいは半期ごとの会社も多いと思うが、筆者はその時点の体制が機能していないと感じたら、時期を問わず即座に変えることにしている。組織変更やポジション変更が年10回ということも珍しくない。(中略)当社では、タスクリーダー、マネジャー、シニアマネジャーというキャリアパスが基本だが、積極的な抜擢人事を行うことも多い。若手社員を一足飛びでマネジャーに引き上げることもある。同時に、降格も躊躇しない。執行役員から降格して部長職まで落ちることもある。(中略)ただし、敗者復活戦が用意されていることが特徴だ。
 ところで、事業戦略の立案から実行にかけてのプロセスは、大まかに言って、①事業機会の抽出⇒②ターゲット顧客・差別化要因の決定⇒③CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)の明確化⇒④戦略目標(売上高・利益・市場シェア)の設定⇒⑤ビジネスモデルのデザイン⇒⑥ビジネスプロセスのデザイン⇒⑦施策の優先順位づけと実行計画の作成⇒⑧将来の損益計算書のシミュレーション、という8つのフェーズから成り立っていると考える。

 ブログ本館の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」は①のツールである。最近、旧ブログで書いた「【シリーズ】:ビジネスモデル変革のパターン」は②の差別化要因を考える際のヒントになるのではないかと思うようになった。また、上図のマトリクスに関しては、スノーピーク社の事例が示唆するように、象限ごとに適切なビジネスモデルというものが存在し、⑤のビジネスモデルのデザインに役立つのではと感じている。こうして、今まで何年もの間私がバラバラに考えていたことがようやく1つにまとまりつつある。ちなみに、このアイデアを思いついたのは、私が1人カラオケをしている時であった。しばしば、仕事から解放された時に革新的なアイデアがふと浮かぶものだと言われるが、私にとってはこれが初めての経験であった。

出光佐三『働く人の資本主義』―日本企業が「仕組み化」を覚えたらもっと競争力が上がるのに


働く人の資本主義 〈新版〉働く人の資本主義 〈新版〉
出光佐三

春秋社 2013-10-18

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 人間は働かなければならない。しかも、お互いのために働かなければならない。自分のためのみでなく人のために働く。そこに真の福祉がある。そして人のために働くなら能率をあげなきゃならない。こういうことになってくるんです。この能率をあげることでは資本主義が最も適している。ただ、資本主義の欠点は資本家の搾取です。それだから資本主義から資本家の搾取をとってしまえば能率主義になりますね。社会主義・共産主義は働く人を尊重するところはいいが、社会主義は国営だから非能率であり、共産主義は悪平等で、人間性の無視である。そこで社会主義・共産主義の働く人のためというところをとり、能率主義の資本主義とくみあわせる意味で「働く人の資本主義」という言葉を使ってみたんです。
 出光佐三の言う「働く人の資本主義」とは、資本主義、社会主義、共産主義のいいところどりである。これはいかにも日本人的な発想であると思う。ブログ本館で、世界の大国は二項対立的な発想をすると何度か書いた。現代の大国はアメリカ、ロシア、中国、ドイツである。そして、アメリカ&ドイツという資本主義圏の国と、ロシア&中国という旧共産主義圏の国が対立している(実際には、この4か国の対立はもっと複雑なのだが、その点についてはブログ本館の記事「『小池劇場と不甲斐なき政治家たち/北朝鮮/憲法改正へ 苦渋の決断(『正論』2017年8月号)』―小池都知事は小泉純一郎と民進党の嫡子、他」を参照)。

 日本は経済大国だと言われるものの、私は所詮極東の小国にすぎないと感じている(今後、少子高齢化が進めばますますそうだ)。大国の二項対立に挟まれた小国が生き延びる道は、対立する双方の大国の長所を採用して、それをちゃんぽんにし、西側からも東側からも攻撃されにくい独自のポジションを確立することであると考える(ブログ本館の記事「『トランプと日本/さようなら、三浦朱門先生(『正論』2017年4月号)』―米中とつかず離れずで「孤高の島国」を貫けるか?」を参照)。この意味で、出光佐三の発想は非常に日本人的である。

 出光佐三は、世界中の人々が「働く人の資本主義」を採用し、互譲互助の精神を発揮して、「お互いに仲良く」すれば、世界の様々な対立は消えると主張する。そして、世界で最も「働く人の資本主義」が発達している日本こそが先頭に立って、世界各国をリードすることが日本の使命であると述べている。

 出光佐三の理想は非常に素晴らしいが、個人的には、残念ながら日本にはそこまでの力はないと思う。日本がある思想や主義を世界に広めようとするとたいてい失敗することは、豊臣秀吉の朝鮮出兵や、太平洋戦争における大東亜共栄圏の構想を見れば明らかである。日本は出しゃばる必要はない。仮にある国が、対立抗争に疲れ果てて日本の精神に学びたいと言ってきたら、その国に進んで協力するというぐらいのスタンスがちょうどいいように思える。

 さて、出光佐三は、資本主義の利点として能率の高さを挙げている。ところが、海外の資本主義圏の国の人々は、基本的に「お互いが対立すること」が出発点となっている。そこで、対立する人々を企業の共通目的に向かわしめる仕組みが必要となる。具体的には、組織、機構、法律、規定、技術、管理などである。欧米の企業は、放っておけば対立する大勢の社員をかき集めて、これらの仕組みを総動員することによって生産性を上げている。確かに、欧米企業が次々と開発する様々なマネジメントの仕組みは目を見張るものがある。

 これに対して、日本企業の場合は、出光佐三が何度も繰り返し本書で述べているように、「お互いに協力すること」が精神の根底にある。よって、対立に時間を費やす必要がなく、欧米企業よりも少人数で欧米企業と同じ成果を上げることができる。本書でも、満州では欧米の石油会社が何百人もの社員を抱えていたのに、出光は数十人の社員で運営していたというエピソードが紹介されている。

 この少数精鋭の経営に、欧米流の生産性向上のための仕組みを上手くドッキングさせることができれば、日本企業の生産性は欧米企業のそれをはるかに凌駕することになるのにと思う。生産性が向上すれば、社員の賃金が上昇し、消費が刺激されて適度なインフレが実現されるであろう。ただ、日本企業は仕組みを活用するのがどうも苦手であることは、以前の記事「一條和生『グローバル・ビジネス・マネジメント―経営進化に向けた日本企業への処方箋』―日本人は「仕組み化」ができないわけではないが、「道具」の使い方が下手」でも書いた。

 日本人は勉強熱心であるためか、欧米企業の最新の仕組みに飛びつきやすい。ある仕組みが開発されると、我先にとそれに飛びつく。数年が経ってまた新たな仕組みが開発されると、以前の仕組みをあっさりと捨て去って、それに飛びつく。だが、このような刹那的なやり方では、生産性向上はあまり期待できない。出光佐三は、人間が組織、機構、法律、規定、技術、管理などを使うのであって、組織、機構、法律、規定、技術、管理などに人間が使われてはならないと本書で警告している。この点は我々も十分に心に留めておく必要があるだろう。

 マネジメントの仕組みというのは必ずしも普遍性があるとは限らず、むしろある特定の状況においてよく機能するものが多い。日本企業は、欧米企業の組織、機構、法律、規定、技術、管理などがどういう状況の下でよく機能しているのかを研究し、仮にこれらを日本企業で機能させるためにはどのような修正を施さなければならないのかを検討する必要がある。新しい仕組みが出るたびにとっかえひっかえするのではなく、各国、各企業のいいところどりをして、それらを融合させ、自社に固有の仕組みへと磨き上げていくことが肝要である。ここでもまた、日本人は小国ならではのちゃんぽん精神を上手に発揮することが要求される。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
所属組織など
◆個人事務所
 「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ

(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)
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