商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書) 新 雅史 光文社 2012-05-17 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
商店街が衰退した理由の1つとして、郊外に大型のショッピングセンターが乱立したことが挙げられる。ショッピングセンターの出店を促した正体は、財政投融資である。1980年代以降、日本とアメリカとの間の貿易摩擦問題を解決するために、日米構造問題協議が開催されるようになった。これはアメリカと日本が相互に経済上の構造問題を指摘し合う政府間協議のことであるが、実質的にはアメリカ政府が日本政府に対して圧力をかける交渉であった。
バブル崩壊後のこの協議において、アメリカは、日本の社会資本が欧米より貧弱であると指摘し、内需を刺激するために財政投融資の活用を要求してきた。実際にはGDP比でアメリカの4倍にも上る公共事業を行っているのに、アメリカはもっと道路などのインフラを作れと主張してきたのである。その資金源とされたのが財政投融資である。日米は共同で公共事業を企画し、アメリカは関西国際空港、東京臨海部(ウォーターフロンティア)開発などに自国の企業を参画させた。
それよりも問題なのは、地方に財政投融資がばらまかれたことによって、中心街からかけ離れた場所に国道アクセス道路が数多く造られたことである。1990年代から広がるショッピングモールは、国道アクセス道路沿いに数多く建設された。しかも、政府は規制緩和によって中小小売業が苦境に陥ると、その小売業を救済するための予算を確保するという、一種のマッチポンプを作り上げた。
ただ、私が本書を読んで感じたのは、既得権益を守るだけの規制はかえってイノベーションを誘発するということであり、商店街を規制によって守ろうとした結果、かえって様々な流通革命が起きたということである。例えば、戦前に成立し、GHQによって廃止されたがその後復活した百貨店法は、1法人ごとの売り場面積を基準に出店を規制するものであった。これに対して、大手スーパーは、規制をかいくぐるため、売り場ごとに別の法人を作り、大型店舗を次々と出店していった。その筆頭が中内功の率いるダイエーである。
そこで政府は、百貨店法に代えて大店法を制定した。大店法は、規制の抜け道を防ぐために、法人に対する規制を止めて、建物ごとの規制へと切り替えた。具体的には、東京と政令指定都市で3,000平方メートル以上、地方都市で1,500平方メートル以上の売り場面積を持つ大型小売店舗の新設・増設に対する規制を新たに設けた。この法律によって、規制から逃れていた擬似的な百貨店やスーパーマーケットが新たな規制の対象となった。
イトーヨーカドーやダイエーといった大手小売資本は、大店法の存在によって、大都市を中心として出店スピードが急速に落ちた。そこで彼らは、それまでの出店戦略を根本から変更させた。具体的にはコンビニエンスストアの出店を加速させたのである。コンビニは大店法の規制に引っかからない小型店である。
また、コンビニを直営ではなく、フランチャイズチェーンという形態にしたのもポイントである。大手小売資本がフランチャイズを選択したのは、小売商業調整特別措置法という法律の存在がある。この規制によれば、大規模な小売資本が食品を販売するには近隣の商業者の承諾を得る必要があった。そのため、大規模小売資本が直営でコンビニを出店するにはあまりにも労力がかかるから、コンビニの店主を募集したというわけである。さらに、商店街側にもコンビニを受け入れる素地が整っていた。この頃、既に経営難に陥っていた零細小売業は後継者不足という問題にも直面していた。コンビニのオーナーになれば、本部から経営ノウハウの指導を受けられると同時に、後継者問題も解決しやすくなる。
規制とは政治による妥協の産物であるから、第三者(将来現れるであろう第三者も含む)を完全に排除する規制を作るのは困難である。規制にはどうしても”穴”が残る。イノベーターはその穴を巧みに突いて、既存のプレイヤーを脅かす新しい事業やビジネスモデルを構築する。そして、一旦規制の穴を突かれて新しいタイプのプレイヤーの登場を容認すると、なし崩し的に規制緩和が起きることがある。スーパーやデパートで酒の販売が解禁されたのは解りやすい一例だろう。我々は既に直観的に理解していることであるが、既得権益を守るだけの規制は、結局のところ既得権益を弱体化させる方向に働いてしまう。規制で守るべきなのは企業ではなく、顧客・消費者である。
ただ、ここで興味深いことに、顧客や消費者を過度に保護する規制もまた、イノベーションを誘発すると指摘する論者がいる。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2016年10月号「既存企業の4つの選択肢 『なし崩しの規制緩和』にいかに対応するか」(ベンジャミン・エデルマン、ダミアン・ジェラディン)では、UberやAirbnbに触れながら、次のように述べられている。
消費者保護の必要性がやや低く、消費者が適切な知識を容易に入手できるとすれば、その業界は過去の規制を強行突破しようとするプラットフォームの脅威にさらされている。特に影響を受けやすいのは、規制によるシステムによって寡占状態が生じ、認可事業者が価格競争から守られ、特定の顧客の関心事迅速に対応しなくても済む場合である(よくあることだ)。
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 10 月号 [雑誌] (プラットフォームの覇者は誰か) ダイヤモンド社 2016-09-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
行政は、往々にして知識、情報、能力の不足ゆえに弱い立場に置かれている顧客や消費者を保護するために、よかれと思って規制を作る。ところが、顧客や消費者に一定のリスクを受け入れる覚悟がある場合や、顧客や消費者の知識や能力のレベルが上がっている場合には、規制をかいくぐってイノベーションを引き起こす者が出現する可能性があることを示唆している。
これはまだ私の中で十分に煮詰まっていないのだが、結局のところ「よい規制」とは、保護に焦点を置くのではなく、ブログ本館の記事「『世界』2017年11月号『北朝鮮危機/誰のための働き方改革?』―「働き方改革」を「働かせ方改革」にしないための素案」でも書いたように、顧客や消費者がよき市民、善良な市民として市場や社会で振る舞うことを動機づけるような規制ではないかと思う。