こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

2017年11月


新雅史『商店街はなぜ滅びるのか―社会・政治・経済史から探る再生の道』―既得権益を守るだけの規制はかえって外部からのイノベーションを誘発する


商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)
新 雅史

光文社 2012-05-17

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 商店街が衰退した理由の1つとして、郊外に大型のショッピングセンターが乱立したことが挙げられる。ショッピングセンターの出店を促した正体は、財政投融資である。1980年代以降、日本とアメリカとの間の貿易摩擦問題を解決するために、日米構造問題協議が開催されるようになった。これはアメリカと日本が相互に経済上の構造問題を指摘し合う政府間協議のことであるが、実質的にはアメリカ政府が日本政府に対して圧力をかける交渉であった。

 バブル崩壊後のこの協議において、アメリカは、日本の社会資本が欧米より貧弱であると指摘し、内需を刺激するために財政投融資の活用を要求してきた。実際にはGDP比でアメリカの4倍にも上る公共事業を行っているのに、アメリカはもっと道路などのインフラを作れと主張してきたのである。その資金源とされたのが財政投融資である。日米は共同で公共事業を企画し、アメリカは関西国際空港、東京臨海部(ウォーターフロンティア)開発などに自国の企業を参画させた。

 それよりも問題なのは、地方に財政投融資がばらまかれたことによって、中心街からかけ離れた場所に国道アクセス道路が数多く造られたことである。1990年代から広がるショッピングモールは、国道アクセス道路沿いに数多く建設された。しかも、政府は規制緩和によって中小小売業が苦境に陥ると、その小売業を救済するための予算を確保するという、一種のマッチポンプを作り上げた。

 ただ、私が本書を読んで感じたのは、既得権益を守るだけの規制はかえってイノベーションを誘発するということであり、商店街を規制によって守ろうとした結果、かえって様々な流通革命が起きたということである。例えば、戦前に成立し、GHQによって廃止されたがその後復活した百貨店法は、1法人ごとの売り場面積を基準に出店を規制するものであった。これに対して、大手スーパーは、規制をかいくぐるため、売り場ごとに別の法人を作り、大型店舗を次々と出店していった。その筆頭が中内功の率いるダイエーである。

 そこで政府は、百貨店法に代えて大店法を制定した。大店法は、規制の抜け道を防ぐために、法人に対する規制を止めて、建物ごとの規制へと切り替えた。具体的には、東京と政令指定都市で3,000平方メートル以上、地方都市で1,500平方メートル以上の売り場面積を持つ大型小売店舗の新設・増設に対する規制を新たに設けた。この法律によって、規制から逃れていた擬似的な百貨店やスーパーマーケットが新たな規制の対象となった。

 イトーヨーカドーやダイエーといった大手小売資本は、大店法の存在によって、大都市を中心として出店スピードが急速に落ちた。そこで彼らは、それまでの出店戦略を根本から変更させた。具体的にはコンビニエンスストアの出店を加速させたのである。コンビニは大店法の規制に引っかからない小型店である。

 また、コンビニを直営ではなく、フランチャイズチェーンという形態にしたのもポイントである。大手小売資本がフランチャイズを選択したのは、小売商業調整特別措置法という法律の存在がある。この規制によれば、大規模な小売資本が食品を販売するには近隣の商業者の承諾を得る必要があった。そのため、大規模小売資本が直営でコンビニを出店するにはあまりにも労力がかかるから、コンビニの店主を募集したというわけである。さらに、商店街側にもコンビニを受け入れる素地が整っていた。この頃、既に経営難に陥っていた零細小売業は後継者不足という問題にも直面していた。コンビニのオーナーになれば、本部から経営ノウハウの指導を受けられると同時に、後継者問題も解決しやすくなる。

 規制とは政治による妥協の産物であるから、第三者(将来現れるであろう第三者も含む)を完全に排除する規制を作るのは困難である。規制にはどうしても”穴”が残る。イノベーターはその穴を巧みに突いて、既存のプレイヤーを脅かす新しい事業やビジネスモデルを構築する。そして、一旦規制の穴を突かれて新しいタイプのプレイヤーの登場を容認すると、なし崩し的に規制緩和が起きることがある。スーパーやデパートで酒の販売が解禁されたのは解りやすい一例だろう。我々は既に直観的に理解していることであるが、既得権益を守るだけの規制は、結局のところ既得権益を弱体化させる方向に働いてしまう。規制で守るべきなのは企業ではなく、顧客・消費者である。

 ただ、ここで興味深いことに、顧客や消費者を過度に保護する規制もまた、イノベーションを誘発すると指摘する論者がいる。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2016年10月号「既存企業の4つの選択肢 『なし崩しの規制緩和』にいかに対応するか」(ベンジャミン・エデルマン、ダミアン・ジェラディン)では、UberやAirbnbに触れながら、次のように述べられている。
 消費者保護の必要性がやや低く、消費者が適切な知識を容易に入手できるとすれば、その業界は過去の規制を強行突破しようとするプラットフォームの脅威にさらされている。特に影響を受けやすいのは、規制によるシステムによって寡占状態が生じ、認可事業者が価格競争から守られ、特定の顧客の関心事迅速に対応しなくても済む場合である(よくあることだ)。
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 10 月号 [雑誌] (プラットフォームの覇者は誰か)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 10 月号 [雑誌] (プラットフォームの覇者は誰か)

ダイヤモンド社 2016-09-10

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 行政は、往々にして知識、情報、能力の不足ゆえに弱い立場に置かれている顧客や消費者を保護するために、よかれと思って規制を作る。ところが、顧客や消費者に一定のリスクを受け入れる覚悟がある場合や、顧客や消費者の知識や能力のレベルが上がっている場合には、規制をかいくぐってイノベーションを引き起こす者が出現する可能性があることを示唆している。

 これはまだ私の中で十分に煮詰まっていないのだが、結局のところ「よい規制」とは、保護に焦点を置くのではなく、ブログ本館の記事「『世界』2017年11月号『北朝鮮危機/誰のための働き方改革?』―「働き方改革」を「働かせ方改革」にしないための素案」でも書いたように、顧客や消費者がよき市民、善良な市民として市場や社会で振る舞うことを動機づけるような規制ではないかと思う。

枡野俊明『禅が教える人生という山のくだり方』―老年期の生き方はこれからの日本の高齢社会のあり方にも通じる


禅が教える 人生という山のくだり方 (中経の文庫)禅が教える 人生という山のくだり方 (中経の文庫)
枡野 俊明

KADOKAWA / 中経出版 2016-01-18

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 人生に下り坂があるならば、国家にも下り坂がある。今後、超高齢社会に突入する日本は、まさに下り坂に差しかかっていると言えるだろう。その下り坂で勢い余って転倒しないよう、国民の健康と幸福を確保しながら、緩やかに国家の規模を小さくしていくには、本書のような教えが参考になるような気がする。
 利便性だけを追求するのではなく、少しの不便さを楽しむ気持ちを持つことである。欲しいものがあれば、パソコンで注文せず、自分の足で歩き、電車に乗り、車窓の風景を眺めながら店まで行く。その風景には四季が感じられるはずだ。たったそれだけのことで、心は豊かになるものである。冬の日には、雑巾を手で絞って拭き掃除をしてみることだ。冷たい水に手を入れ、雑巾をきつく絞れば、手の平にはその感触が染みついてくる。そういうことを身体で感じることこそが、生きるという実感につながっていくのである。
 ブログ本館の記事「『世界』2017年11月号『北朝鮮危機/誰のための働き方改革?』―「働き方改革」を「働かせ方改革」にしないための素案」でも書いたが、高齢化が進み、労働力不足になれば、今までのような便利な製品・サービスを効率よく企業が提供し続けることは困難になる。消費者である高齢者は、若かりし頃に企業に対して効率や利便性を要求した姿勢を改める必要がある。引用文のように、不便を受け入れる。すると、身体を動かし、様々な人と交流し、自然を感じる機会が増えて、かえって心身ともに健康的になるに違いない。

 怖いのは、身体が不自由になった高齢者を助けようと、企業がイノベーションと称して究極に便利な製品・サービスを生み出すことである。その結果、高齢者は身体を動かさず、家から一歩も外に出ず、誰とも会話をせずとも生活ができるようになるかもしれない。しかし、それがゆえにかえって健康を害してしまえば、医療費が膨れ上がるだろう。経済成長という観点からすると、後者の方が新しい製品・サービスが売れ、さらに医薬品や医療サービスが消費されるから望ましい。だが、後者は新しい製品・サービスで社会の不幸を生み出しておいて、それをさらに別の製品・サービスで埋め合わせようというのだから、マッチポンプである。社会の幸福という観点から見て望ましいのは前者であるのは明らかである。

 もちろん、企業は高齢者向けの一切のイノベーションを止めよというわけではない。企業は、我々が今まで想像だにしなかった高齢者の新たなニーズをとらえて、新製品・サービスの開発に取り組まなければならない。その際に、その新製品・サービスが本当の意味で高齢者の人間らしい生活を実現し、幸福を増進するものになっているか、それを使い続けると単に高齢者の心身を弱めてしまうだけの結果になりはしないかを厳しく点検する必要がある、ということを私は言いたい。換言すれば、企業の人間観が問われる時代になったということである。
 ここでいう「遊戯」とは、単純な遊びのことではない。それは目的や評価が存在しない世界を意味する。結果を気にせず、損得勘定などが一切ない。ただそのことに夢中になっている。そういう世界を持つことの大切さを説いているのである。
 最近、日産自動車、神戸製鋼、商工中金による不祥事が相次いだ。これらの不祥事に共通して言えるのは、「達成困難なノルマが課されていた」ことである。先ほどのブログ本館の記事でも書いたが、日本企業が強いのは、私が頻繁に使っているマトリクス図の右下にあたる<象限②>(必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きい)である(日産の自動車、神戸製鋼の自動車部品、商工中金の金融は<象限②>に該当する)。<象限②>は必需品なので、需要をある程度正確に予測することができる。また、競合他社の動向をつぶさにウォッチしていれば、自社がどの程度の売上高、市場シェアを獲得できそうかも見えてくる。それなのに、市場の動向に抗って企業の成長を追求すると、経営陣は現場に対して無茶なノルマを課すようになる。

 アメリカ企業が強い左上の<象限③>(必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい)では、需要を一から新たに創造する必要があるため、グローバル規模で多額の資金を投じて、多少無茶な経営をしなければならない。これに対して、<象限②>は一定の需要が見えているから、企業としてやるべきことをやっていれば、自ずと結果はついてくる。企業としてやるべきこととは、挨拶や5Sといった本当に基本的なことに始まり、顧客の声に耳を傾ける、品質を作り込む、部下を育成する、他部署をフォローする、取引先を教育支援するなど、小さな行動の積み重ねである。結果を追うのではなく、社員がこうしたプロセスに夢中になる経営が今後は重要になると考える。

栗山浩一『成功するSCを考えるひとたち』―商店街の完成形はドン・キホーテなのではないかという仮説


成功するSCを考えるひとたち成功するSCを考えるひとたち
栗山 浩一

ダイヤモンド社 2012-11-02

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 東京ディズニーリゾートの年間入場者数2,600万人を大きく上回る年間入場者数5,000万人を達成したイオンレイクタウン(埼玉県越谷市)(先日の記事「大山顕、東浩紀『ショッピングモールから考える―ユートピア・バックヤード・未来都市』―消費を全体主義化するショッピングモールに怖さを感じる」で紹介したマトリクス図に従うと、東京ディズニーリゾートは<象限③>、イオンレイクタウンは<象限①>に該当するため、単純比較はできないと思うのだが)。そのイオンレイクタウンの市場調査、コンセプトの企画、テナントの誘致などを行った株式会社船場の代表取締役社長である栗山浩一氏の著書である。

 先日の記事でも書いたが、ショッピングセンターはそのコンセプトをテナントミックス、外観、内装、設備、動線などの細部に至るまで緻密に織り込んでいく。
 これまで見てきたように、マーケットリサーチ、マスタープラン、コンセプト企画、環境デザイン、テナントミックス、そしてテナント募集のためのプロモーション計画など、実に多様な専門能力が求められるそれぞれの業務を高いレベルでこなし、繋いでいくのです。

 そして実際に各テナントの出店が決まった後には、これでお客さまをお店に迎えることができるという状態にまで店舗の内外装・ディスプレーのすべてを、デザインから施工までトータルにサポートさせていただくという次のステージに入ります。
 コンセプトを確実に反映させるには、施工業者など様々な利害関係者との間で、決して妥協しないことが重要である。本書では、「阪急西宮ガーデンズ」のサーキットモールプラン(ショッピングモールの中央に立体駐車場を配置し、駐車場を囲む形で店舗を配置する)を実現するにあたって、サーキットモールの途中に張り出し型のバルコニーを設置したいという案が出て、コンセプトを貫き通すために、コスト面で難色を示した施工側を説得したという事例が紹介されている。また、サーキットモールでは立体駐車場に地下から入るのだが、地下の道路を浅く掘ろうとした施工側に対し、主要ターゲットである女性ドライバーが安全に運転できるよう、道路を深く掘ってカーブを緩やかにするよう要求したという。

 私はショッピングセンターのコンサルティングをしたいわけではなくて、中小企業診断士として商店街を支援する立場にあるため、このように緻密に計算されたショッピングセンターに対して、商店街はどのように対抗できるかという視点で本書を読んだ。明確なコンセプトの下にいわば演繹的に設計されるショッピングセンターとは違い、商店街は自然発生的、帰納的に形成されたものである。よって、商店街の組合が主導して商店街全体の共通ターゲット顧客層を設定し、マーケティングコンセプトを作成して、そのコンセプトに忠実に従った製品・サービスの提供、内外装の整備、プロモーションの実施などを各店舗に要求することは不可能である。まして、動線をきれいにするなどというのはもっての外である。

 ならば、いっそ逆張りの戦略で、個々の戦略がバラバラに強みを追求した方がよいのではないだろうか?それぞれの店舗が固有のターゲット顧客層を設定し、オリジナリティあふれる製品・サービスを取り揃える。そして、各店舗で工夫を凝らしたプロモーションを実施する。イメージとしては、少々灰汁の強い店舗が、複雑な動線に沿って密集している感じである。商店街全体を見ても、一体誰をターゲットとしているのかさっぱり解らない。顧客が一旦商店街に入り込むと、迷路に迷い込んだような錯覚に陥る。それでも、色んな店舗を見て回るうちに、その顧客にぴったりの店舗が見つかる。さらに店舗を回ると、「こんなお店があったのか?」という意外な発見がある。まるで宝探しをしているかのような感覚である。そして、こういう戦略を実現しているのが、ドン・キホーテである。

 ドン・キホーテは安さを売りにしており、価格に敏感な人たちをターゲットにしているようだが、実はそれほど安くない製品も多く、全体としては誰がターゲットなのかが解りにくい。それぞれの売り場には多種多様な製品が所狭しと積み上げられており、非常に自己主張が強い。店舗の動線も小売店の常識に反してぐちゃぐちゃで、顧客にとっては全く優しくない。それでも、ドン・キホーテに行けば何かあるだろうという期待感が顧客にはある。複雑な動線は、顧客が目的の買い物をすることに加えて、目的外の衝動買いをするための仕掛けである。商店街はドン・キホーテに学ぶところがあるのではないだろうか?

 以前の記事「辻井啓作『なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか』―商店街の組合は商店街全体のマーケティング部門になれないか?」では、組合費を引き上げる代わりに組合を商店街のマーケティング部門とし、各店舗の経営支援に乗り出すべきだと書いた。そして、その経営支援に関して、我々診断士が活躍するフィールドがあるのではないかという提案をした。前述の記事では、経営指導を行う者1人あたり25店舗を担当する計算になっている。その25店舗は、ターゲット顧客も戦略もマーケティング・ミックスもバラバラである。組合側は商圏に関するデータを共通情報として持っているものの、それを各店舗に押しつけることはできない。データをカスタマイズし、その店舗にフィットした支援を行って、灰汁の強い店舗へと変化させる必要がある。これは非常にタフな仕事である。それでも診断士は、この仕事に挑戦する覚悟を持たなければならないと思う。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

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