ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか (中公新書)ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか (中公新書)
武田 善憲

中央公論新社 2010-08

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 本書で示されている「ロシアの論理」とは、以下の通りである。

 ・プーチンが大統領在任期間中に、大統領であることを利用して、ある種「超法規的」な決定をしたり、そうした力を有していることを周囲に知らしめるように振る舞ったりしたケースは皆無に等しい。一方で、プーチンは、「憲法に基づいて決定するのは大統領自身である」というルールを国内外に知らしめた。

 ・経済の世界で生きる者は政治に野心を持ってはいけない。ビジネスに生きる者は正しく納税し、また国家の発展に寄与する活動を行わなければならない(このルールに反したとして企業経営者が逮捕されたのが、「ユコス事件」である)。

 ・ロシア外交における基本的なルールは、「多極主義世界の追求」である。世界はアメリカというただ一つの極とその他複数の極という構図で成り立つべきではなく、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど複数の極から構成されるべきであり、ロシアは政治的にも経済的にもそれらの極の1つとして機能を果たすべきである。

 ・エネルギー分野で形成されたゲームのルールは単純であり、「天然資源は国家のものであり、それを発展のために活用する」という考え方である。これは国家資本主義的な考え方であるが、世界中の石油企業を見渡してみれば、75%の権益は国家が保有しているのであり、ロシアだけが特別なわけではない。

 ・こうしたルールの策定には、プーチンという圧倒的に影響力のある指導者自身の関与が不可欠であった。一方で、ルールの形成によって、逆説的だがそのような個人的要素は薄くなる。国家の基本的なルールが明確になったことで、ロシアの将来像は予測が容易になった。現在のロシアは、プーチンやメドヴェージェフがいなくても、豊かな精神性に支えられた豊かな国になれることを目指している。

 このようにまとめると、ロシアは至って普通の国家であり、当たり前のルールを追求しているだけのように思える。しかし、そうした普通の国家が、クリミアを軍事力によってロシアに編入しようとしているのは、常識的には理解しがたい。そこにはやはり、ロシア特有のルールが働いているのではないだろうか?その一端が読み取れるのが、「影響圏」という考え方である。
 旧ソ連の国々のうち、バルト三国を除いたいわゆるCIS(独立国家共同体)との関係は、ロシア外交の最重要項目の1つである。しかし、これらの国々を自らと異なる「極」ではなく、むしろ「影響圏(sphere of influence)」と見なしていることは、ロシアの対旧ソ連諸国政策が、外交というより内政に近いことを如実に示している。

 ウクライナもグルジアもカザフスタンも、ロシアとの関係を対外政策=外交の領域に位置づけているが、ロシアの指導層の行動パターンを見ていると、必ずしも「逆も然り」ではないことに気づく。そもそも「旧ソ連諸国はロシアの影響圏だ」という見解が公式に表明されていること自体、普通の国家間関係からほど遠い証拠である。
 だが、本書では「影響圏」というコンセプトについて、これ以上の突っ込んだ考察がなされておらず、残念であった。

 他にもロシアをめぐる疑問は尽きない。例えば、ロシアはソ連崩壊によって共産主義とは別れを告げたが、共産主義の影響力は残っていないのか?共産主義の”総本山”であるソ連の崩壊によって、他の共産主義国、とりわけ中国と北朝鮮という、地理的に隣接する共産主義国との関係はどのように変質したのか?また、将来的にどのような関係を目指すのか?といった点も気になる。

 また、本書では、ロシア人のメンタリティーを語る上で欠かせない、「西欧派」VS「スラブ派」という二元論に言及している箇所がある(言及しているだけで、何か分析が行われているわけではない)。この「スラブ派」の論理をもっと掘り下げることが、ロシア的な何かに迫る手がかりを与えてくれるのではないだろうか?