メキシコから世界が見える (集英社新書)メキシコから世界が見える (集英社新書)
山本 純一

集英社 2004-02

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 以前の記事「中畑貴雄『メキシコ経済の基礎知識』」でメキシコ経済・社会の問題点を整理したが、本書ではメキシコ企業を経営する日本人社長の生々しい声(というか悲痛な叫び)が紹介されていた。この社長は、NMX(NM Visual Systems de Mexico)という、NECと三菱の合弁会社を経営していた(ただし、2002年8月末をもって生産は中止、工場は閉鎖されている)。
 ①メキシコ人マネージャーには責任感が欠如している。
 ②①に関連して、メキシコ人マネージャーの給与水準と能力にはギャップがある。例えば、前任地のマレーシアの場合、マネージャーの給与は2000ドル/月であったが、ここでは4000~5000ドルと倍以上である。
 ③日本人の比率が多すぎるので、18人から現在(2001年3月)には9人に減らし、さらに9月以降は5人にして、メキシコ人マネージャーに仕事を任せるようにする。
 ④メキシコ国内ではジャストインタイム(JIT)対応ができない。
 ⑤生産コストが下がらないのは労賃が高いのが原因である。例えば、福利厚生を含むメキシコ人労働者の給与は平均500ドル/月で、これは東南アジアの2.5倍にあたる。

 以上のように、H社長の見解は非常に悲観的なものであった。そしてH社長の、メキシコでの工場経営はマレーシアの数倍難しい、マレーシアが難易度Aとすれば、メキシコはC難易度だ、といった言葉が印象に残った。
 本書は、メキシコ南部のチアパスに拠点を置く「サパティスタ(zapatista)」についても詳しく記述されていた。歴史を振り返ると、1810年、メキシコはスペインに対する独立戦争を開始した。それ以降、中米地域の他の植民地も独立を果たしたが、チアパスは植民地時代にグアテマラ総督領に属していたため、新たにメキシコに帰属するのか、それともグアテマラに残るのかで激しい議論が巻き上がった。紆余曲折を経て、チアパス最南部のソコヌコス地方が現在のチアパス州の一部となったのは1842年のことであった。



 独立後も、インディオの反乱は後を絶たなかった。1867~70年に起きたクスカットの乱の原因は、自由主義的な近代化政策の一環としてインディオ共有地の私有地化が進み、多くのインディオが土地を売ったり、騙し取られたりした結果、農奴化したことである、と言われている。その後も、ポルフィリオ・ディアス独裁政権下(1877~1911年)にあって、メキシコの資本主義化とインディオ共有地の解体が促進され、大土地所有者による土地収奪が急速に進んだ。

 ディアス独裁体制を打倒するため、1910年に始まったメキシコ革命は、当初はブルジョア階層の政治的支配権争いであったが、次第に農民を巻き込む一大社会変革運動となった。そして、メキシコシティ南のモレーロス州を本拠地とする貧農エミリアーノ・サパータが訴えた「農民に土地と自由を」のスローガンが1914年の革命綱領に結実し、その後全国で行われる農地革命の思想的基盤になった。

 サパティスタとは、サパータ主義者、つまりサパータの思想に殉じる者という意味である。もっとも、革命時のサパティスタが「自由と土地」を求めたのに対し、現在のサパティスタは、これに加えて、先住民の文化と権利の擁護やメキシコン真の民主化を掲げ、経済的なグローバリゼーションに反対している。メキシコに2度目の革命を起こそうとしているのが、サパティスタ国民解放軍(EZLN)である。

 本書はそのEZLNの実態や、サパティスタを支援する様々な団体の活動に迫る1冊だ。さらに、メキシコ先住民を支援する組織への取材も試みられている。我々はアメリカの影響を受けて、「資本主義+民主主義」、すなわち経済的な自由(=政治への自由参加)と政治的な自由(=財産の私有)を両方とも享受できることこそが普遍的な価値だと信じている。ところが、本書を読むと、世界にはそのような考え方が通用しない地域があることを思い知らされる。サパティスタは、政治的な自由と経済的な不自由(=財産の共有)の両立を志向しているようだ。
 「なぜチアパスの先住民共同体で連帯経済が生まれたのか」
 「連帯経済は必要から生まれた。先住民が貧しかったから、忘れ去られた存在だったから生まれたのだ」(中略)

 「連帯経済の土台である協同労働を担う人間像には、フレイレの教育思想やエルネスト・チェバラの『新しい人間』の影響があるように思えるが?」
 「フレイレは、人が常に未完成、成長途上であることを強調し、人が成長するための相互教育を重視した。協同労働は相互教育を実践し、各人が未完成な存在であることを認識する学校なんだ。ゲバラは、真の社会主義を建設するための『新しい人間』のビジョンを提示した」