日本の経営 アメリカの経営 (日経ビジネス人文庫)日本の経営 アメリカの経営 (日経ビジネス人文庫)
八城 政基

日本経済新聞社 2000-11-07

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 ブログ本館の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」などで独りよがりな(?)日米比較論を展開しているが、実際にアメリカ企業を経営した日本人から見て、アメリカ企業はどのように映っているのかを知りたくて本書を読んでみた。著者の八城政基氏は、エクソンモービルの日本子会社であるエッソ石油株式会社(現エクソンモービル有限会社)の社長を務めた後、シティバンクの個人金融部門日本代表に転身した人物である。

 八城氏が語るアメリカ企業の特徴について、5点ほどまとめておく。一般に認識されている(私もそう認識していた)点とは異なるところもあり、興味深かった。

 (1)アメリカ企業の人員削減というと、金曜日の夕方、帰る前に「ちょっと来い。お前、月曜日からもう来なくてよろしい。机がなくなるよ」と言い渡されるというイメージがあるが、八城氏によれば、実際にはそういうことは少ないらしい。

 「事業戦略の変更などによって、あなたには辞めてもらわなければならなくなりました(この方法を「ジョブ・ディスコンティニュエーション」と呼ぶ)。他にあなたを配置すべき分野はありません。したがって、あなた方は余剰になって退職の対象になります。しかし、まず希望退職を募ります。希望退職で十分な数が得られなければ、辞めていただくことになります」という流れになるという。

 ただ、整理解雇については、企業によってやり方がまちまちだと思う。私がある外資系のIT企業の元社員から聞いた話では、その人が出社すると自分の電話に留守電メッセージが入っていて、聞いたところ人事部からの解雇通告であり、メッセージを聞いたら速やかに荷物を整理して人事部が指定する会議室に行き、退職の手続きをするように命じられたそうだ。

 また、別の外資系金融機関では、人事部に呼び出されて解雇を通知された後、警備員に監視されながら机の周りを整理させられ、同僚に別れの挨拶をすることも許されず、警備員に付き添われてオフィスを追い出された、という話を聞いたことがある。警備員がいたのは、決してその社員を警護するためではない。社員が机を整理する時に機密書類を持ち出したり、PC上でウィルスを社内ネットワークにばらまいたりしないようにするのが目的であった。

 (2)アメリカ企業は、激しい社内競争や成果主義などで殺伐とした雰囲気になっているのではないかと想像されるが、1980年代の終わり頃までは、アメリカ企業も年功序列に近く、家族主義的な側面があったと言われる。

 日米で最も異なるのは、住宅に関してである。日本では、今でこそ若い時に住宅を購入するのが普通になったが、一昔前までは、退職金で購入することが多かった。これに対してアメリカでは、会社が社員に対して、若いうちに住宅を購入するように勧める。モーゲージ・ローンが昔から発達していることもあって、大学を出て5年ほど企業に勤めれば住宅を購入することができる。しかも、アメリカの住宅は10万ドル程度と、日本に比べてはるかに安い。

 (3)アメリカ企業は株主から四半期経営を要求されており、短期主義に陥っているとしばしば批判される。しかし、八城氏が在籍したのは石油会社であったこともあり、必ずしも全てのアメリカ企業が短期主義的とは限らないと指摘する。

 まず油を探すために、外国政府から探鉱の権利を取得するが、その権利の期間は3~5年である。探鉱の結果石油が見つかると、開発のために3~5年かかる。いよいよ生産が始まると、12~13年は生産を続けることになる。探鉱から生産終了までは約20年となる。したがって、企業が探鉱を開始する時には、それから10年先の石油情勢を考え、探鉱・開発の経済性を検討しなければならない。

 (4)冒頭で紹介したブログ本館の記事でも書いたが、アメリカ企業はグローバルスタンダードを握って、超巨大企業になろうとする傾向がある。しかし他方で、アメリカ企業の経営者の頭の隅には、あまり大きくなりすぎると反トラスト法にひっかかるかもしれないという懸念があると八城氏は述べている。アメリカでは、1社が25%以上のシェアを握っていると、独占禁止法の違反の恐れがあるとされる。

 相矛盾するように見える2つの傾向は、次のように考えると腑に落ちる。すなわち、アメリカ1国内では25%以上のシェアを握らないが、世界中で25%ギリギリのシェア(厳密には、各国の独占禁止法で定められたシェアの上限)を獲得すれば、世界的に影響力がある超巨大企業になる、ということである。事実、アメリカでは、日本をはるかに上回るスピードで超巨大企業が生まれている。

 1990年時点において、日本の売上高1兆円企業は54社で、その時価総額の合計は約112兆円であった。一方、アメリカは売上高100億ドル企業が28社で、時価総額は約71兆円相当と、日本の方が数も時価総額もアメリカを上回っていた。

 ところが、2013年では、日本の1兆円企業は100社と2倍増であるのに対し、アメリカでは426社と15倍にもなっている。時価総額の合計も、日本企業が112兆円から273兆円と2倍程度であるのに対して、アメリカ企業は71兆円から1,754兆円と25倍にもなっている(三宅孝之、島崎祟『3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」戦略』〔PHP研究所、2015年〕より)。

3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」戦略3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」戦略
三宅 孝之 島崎 崇

PHP研究所 2015-05-14

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 (5)アメリカには日本のような業界団体は存在しない(※)。ロビイストは存在するものの、業界のためではなく、一企業のために働いている。アメリカに業界団体が存在しないのは、独占禁止法も関係している。業界内の企業が集まっても、マーケットに関する情報、特に価格に関する情報の交換は一切できない。業界の利益を守るという意味では、業界団体の存在理由がそもそもないのである。

 (※)著者はこのように述べているものの、実際には○○協会と名のつく業界団体はアメリカにも存在する。ただし、アメリカの業界団体は、標準や規格を策定したり、政治に働きかけて規制を強化もしくは緩和させたりと、ルール作りに関する活動がメインである。日本のように、戦略や製品・サービスに関する情報を各社と共有して、時に競合他社と共同研究・共同開発を行うといった協調的な行動は見られない、というのが著者の意図であると考えられる。

 アメリカは個々の企業が熾烈な競争を繰り広げ、少数の勝者と多数の敗者を生み出す社会である(もちろん、独占禁止法の制約はある)。したがって、わざわざ業界団体を作って競合他社と群れるようなことはしない。これに対して、日本の場合はとび抜けた勝者を作らない代わりに、プレイヤーが少しずつ成果を分け合うことで敗者を出さないように工夫する。業界団体は、企業間の適度な協力関係を促し、業界の秩序を守ることを目的としている。

 近年、イノベーションの手法として「オープン・イノベーション」が注目されており、GE、P&Gなどが先行事例として取り上げられる。だが、これは裏返すと、それまでのアメリカ企業はクローズ主義、自前主義であったことを意味する。「NIH(Not Invented Here)症候群」という言葉があるように、社外で開発された技術には目を向けない傾向があった。業界団体を持たないアメリカ企業は、イノベーションに関する課題を全て自社で解決しようとしていた。

 これに対して日本では、業界団体で企業同士が緩やかにつながっていたおかげで、企業間の連携が以前から普通に行われていた、言い換えればオープン・イノベーション的なことが行われていたのではないかと推測する。もっとも、業界団体には誰でも入れるわけではない。日本企業は比較的自由に入れるものの、外資企業に対しては非常に閉鎖的である。八城氏も、シティバンクの日本法人が銀行の業界団体に入れず苦労したと述懐している。そういう意味では、日本の取り組みは”半”オープン・イノベーションと呼んだ方がよいのかもしれない。