一橋ビジネスレビュー 2015年SUM.63巻1号一橋ビジネスレビュー 2015年SUM.63巻1号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2015-06-12

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 アフリカ特集の論文の他に、株式会社エニグモのケーススタディが収録されていた。エニグモは、「海外在住の個人の出品者から世界中のブランド品をお得に購入できる」というソーシャルショッピングサイト「BUYMA」を運営するベンチャー企業である。上場に至るまでの様々な苦労が記述されていたのだが、まるで私の前職のベンチャー企業(教育研修&組織開発・人材育成コンサルティング会社)のことを読んでいるかのようであった。

 もっとも、エニグモは苦難を乗り越えて2012年に株式公開に至ったのに対し、私の前職の会社は今はどうなっているかも解らないので、雲泥の差であるが・・・。

 (1)創業当初、BUYMAのシステムを構築するにあたって、値段が最も安く、上場企業であるという理由で、大手の某IT企業に決まった。ところが、システムの完成が遅れに遅れた上、そのIT企業の下請会社が夜逃げしたという理由で、システムを完成させることができなくなった。

 ⇒コア業務を安易に外注してはならない。BUYMAは、ユーザーとバイヤーをマッチングするITシステムがサービスのカギであるから、やはりITシステムは内製するべきだった。なお、現在のエニグモには、システム担当者が配置されている。

 私の前職の企業でも、携帯電話を使って研修後の現場学習をフォローするシステムを構築しようとした時があった。だが、社内には開発スキルを持った人などいないので、外注先に丸投げしていた。案の定、システムは使い物にならなった。一応、納品はしてもらったものの、その後外注先の下請企業が倒産したという理由で、システムの保守・改修をできる人が誰もいなくなってしまった。

 (2)BUYMAの事業はなかなか軌道に乗らなかった。そこで、収益源を確保するために、「プレスブログ」(企業が発表した製品やイベントの情報などを消費者がブログで紹介し、一定の条件を満たしていれば報酬を支払うサービス)を立ち上げた。BUYMAの位置づけが不明確になりそうだったが、社内で議論した結果、BUYMAを「ゆっくり育てて大きく刈る」事業という位置づけにし、育てている間、新しい収益源を開発することに決まった。

 ⇒前職の会社では、大きく分けて「自己啓発系(キャリア開発、リーダー育成など)」と、「ビジネススキル系(営業など)」という2種類の研修サービスがあった。社長としては前者を前面に打ち出したかったようだが、残念ながら全く売れていなかった。売れているのは後者ばかりで(私が扱っていたのも後者であった)、後者の利益を全部突っ込んでも足りないぐらい、前者は大幅な赤字を計上していた。

 こういう状況にもかかわらず、社長は前者を「我が社の主力サービス」と公言し(儲けが出ていないサービスを「主力」と呼べるのだろうか?)、後者は必要悪であるかのような扱いをした。サービス全体像の中で後者のサービスをどのように位置づけるのか?前者のサービスはいつまでに黒字化させるのか?そのための資金をカバーするために、後者のサービスはいくら売り上げる必要があるのか?こういった点をもっとはっきりさせるべきだったと思う。

 (3)エニグモは当初から上場を目指していたので、上場準備の経験がある人材をCFOとして招聘していた。しかし、BUYMAが大幅な赤字を計上し続けた影響で、上場を一旦断念した。この方針転換により、CFOは退職した。CEOの須田将啓氏は、「上場が明確になってからスペシャリストに頼った方がよい。そうしないと社長はファイナンスの知識も増えないし、依存したままになってしまう。もちろん、せっかくのスペシャリストの能力が十分に活かされない」と語っている。

 ⇒前職の会社も上場を目指していた。エニグモのように、様々なWebサービスを提供しており、そのための投資が必要な企業であれば上場する意義もあるだろう。ところが、前職の企業は労働集約型であり、人件費以外に特に大きな投資を必要としなかった。そもそも上場する目的が不明確であったのに、「上場する」という目標だけが独り歩きしており、上場準備のための人材まで採用していた。だが、深刻な業績不振になって上場を断念すると、程なくその人は会社を去った。

 仮に、前職の会社が上場に値する事業を行っていたとして、首尾よく上場できただろうかと考えてみると、実は無理だったのではないかと思う。須田氏のコメントから察するに、上場時には経営陣がファイナンスの知識を相当勉強しなければならない。ところが、前職の社長は、自分で勉強するという姿勢がなかった。

 社長は何か新しいことを思いつくと、その分野に詳しそうな人を外部から引っ張ってきて、その人に任せきりにしていた。そして、進捗が芳しくないと、「なぜできないんだ」と叱責するばかりであった。そういうマネジメントスタイルもあるのかもしれないが、社長もその分野のことを勉強して、担当者と一緒に議論したり、担当者を側面支援したりすれば、もっと違う結果が得られたのではないかと感じる。