週刊ダイヤモンド 2016年 3/12 号 [雑誌] (FinTechの正体)週刊ダイヤモンド 2016年 3/12 号 [雑誌] (FinTechの正体)

ダイヤモンド社 2016-03-07

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 (1)FinTechは”Finance”と”Technology”を組み合わせた造語である。例えば、北國銀行は、無料のクラウド会計ソフト「freee」と提携し、企業の毎日のトランザクションによって随時更新される財務データを活用して資金需要を予測し、顧客企業に融資を提案しているという。

 また、金融機関は、リテール取引の分野では家計簿アプリに着目している。家計簿アプリには、会員が利用する様々な金融機関の預貯金データが集約されている。そのため、今まで金融機関が単独では把握不可能であった、顧客のトータルの預貯金額が解るようになる。金融機関は、その額に応じて最適な投資プランを提案する。また、支出の変化から結婚、出産、引っ越しなどの重要なライフイベントを察知し、住宅ローンの提案につなげることも考えられる。

 ここまでを読むと、数年前に流行ったEBM(Event Based Marketing)の範疇であるように感じる。EBMとは、顧客に起きる重要なイベントを起点として、最適な商品やサービスを最適なタイミングで提供して収益向上につなげるマーケティングのことである。スルガ銀行や横浜銀行が注力していたと記憶している。

 当時のEBMは、まずは大量のトランザクションデータを分析して、特徴的なお金の動きと想定されるライフイベント、そしてそのライフイベントに適した金融商品の組み合わせを仮説ベースで何十パターンと用意する。そして、運用を重ねる中で、組み合わせの精度を上げていくというものであった。だが、今回のFinTechは、容易に想像できることだが、AI(人工知能)の活用とセットとなる。AIならば、今まで人間が仮説ベースで作成していたルールを一瞬のうちに構築できる。

 ただ、個人的には、こうした個人情報の活用がどこまでできるようになるのか、やや疑問に感じる。データを活用して最適な製品・サービスを提案するのに最も向いていると言われていたのがクレジットカードであった。カード会社は、利用明細を分析して最適な広告をDMなどで流せば、広告企業としても成長できると言われていた。だが、私の元にはそういうDMは滅多に来ない(私のカード利用額が少ないので、カード会社から重要な顧客と思われていないだけかもしれないが)。

 同じことはT-PointやPontaといったポイントカードにもあてはまる。CCC(カルチャーコンビニエンスクラブ)がT-Pointを始めた時、「我が社はT-Pointを通じて収集できる大量のデータを活用して、マーケティング会社になる」と宣言していた。ところが、その宣言がどこまで実行できているのか、ユーザー側からはよく見えない。ブログ本館でも少し書いたことがあるが、アメリカ企業などと異なり、日本企業はどうもデータの活用が苦手なように思える。顧客のことを直接この眼で観察しないと、顧客のニーズが理解できない、というのが日本企業の特徴である。

 (2)シャープと東芝の経営再建が話題となっている。偶発債務の問題こそあったが何とか鴻海との買収合意に至りそうなシャープに対し、実は本当にまずいのは東芝ではないかと思っている。東芝は今期末、自己資本1,500億円、自己資本比率は債務超過目前の2.6%に落ち込む。ここに、現在3,852億円あるウェスティングハウスののれんの減損が加わると、一気に債務超過になってしまう。

 それでも”国策”として東芝は原発事業を手放したくないらしく、その代わりに長年同社を支えてきた白物家電事業や、今後明らかに高い成長性が見込めるヘルスケア事業などを切り売りしようとしている。東芝には原発事業以外何も残らないのではないだろうか?にっちもさっちも行かなくなった東芝は、”国策”であったはずの原発事業さえ手放さざるを得なくなる。これが最悪のシナリオである。

 東芝に限らず、大企業の経営再建や事業再編には経済産業省が深く関与している。彼らが再建・再編後の業界構造をデザインし、関係各所に説いて回る。役人の思考には1つ、特徴がある。それは、経営不振に陥った企業を単独で支援するのではなく、同じく不振にあえぐ企業とセットにして同時に支援することである。

 かつて、DRAMで世界一を奪還すると息巻いて設立されたエルピーダは、日立、NECの半導体部門を合併することで誕生した(後に、三菱電機も合流した)。同じく半導体のルネサスエレクトロニクスも、源流をたどれば三菱電機、日立、NECの3社である。液晶ディスプレイに関しては、ソニー、東芝、日立の3社がジャパンディスプレイを設立している。

 ところが、エルピーダは周知の通り経営破綻してマイクロンに買収されてしまったし、ジャパンディスプレイはアップルという大口顧客を持ちながら、業績予想の下方修正を連発して投資家の反感を買っている。ルネサスエレクトロニクスだけは、東日本大震災後の経営危機を乗り越えて、出資元の産業革新機構がイグジットを検討できる段階にまで来ているようだ。

 やや次元の違う話をすることをお許しいただきたいが、中小企業の支援施策は、何かと中小企業の”グループ”に対して補助金を出すものが多い。企業連携のマネジメントは非常に難しいのに、なぜわざわざグループ化するのか?その答えをある中小企業診断士は、「グループ化した方が一度に多くの企業を支援できて効率的だから」と教えてくれた。つまり、企業のことなど考えていないのである。仮に、大企業に対しても同じ姿勢で支援していると想像すると、とても恐ろしい。

 ブログ本館でも何度か書いたが、日本企業は水平協業が得意である。時に競合他社と手を組んで製品開発をすることもある。ネガティブキャンペーンなどあらゆる手段を使って競合他社を攻撃するアメリカ企業とは対照的である。ただし、企業提携というのは、自社に足りていない組織能力は何であって、相手企業の組織能力がそれを補完してくれる(相手企業もまた、自分に足りない組織能力をこちら側に期待する)という明確な見通しがあってこそ成立する。

 企業がお互いに明白な意図を持って集まる場合は問題ない。しかし、その習性が悪い方向に働くと、何でもいいから単に”群れる”という結果になる(だから、日本では業界団体が乱立する)。集まれば何か新しいことができると簡単に期待してしまう。しかし、集まれば何か起きると言うのでは、錬金術師と変わらない。

 だいたい、そういうふうにして何となく集まる企業というのは、自社にさしたる強みがなくて、他社が助けてくれるのではないかと身勝手な空想を膨らましている。換言すれば、組織能力が0.7とか0.8ぐらいの企業の集まりなのである。彼らは集まることでシナジーを期待しているのだろう。だが、私が前職のベンチャー企業で経験したところによれば、シナジーは足し算ではなく掛け算である。だから、0.7の企業が集まれば集まるほど、実は全体のパフォーマンスが下がる。

 業界全体が地盤沈下を起こした時、本来は生き残れそうな企業とそうでない企業を選別するのが筋である。ところが、国は公平性に縛られるあまり、全ての企業を平等に救済しようとする。だから、業績不振の事業をとりあえず集めて1つの企業にし、効率的に支援しようと考えてしまう。しかし、彼らは極端なことを言えば0.7の集合であるから、集まれば集まるほど余計に再建が難しくなるのである。