一橋ビジネスレビュー 2016年 SPR. 63巻4号―負けない知財戦略 一橋大学イノベーション研究センター 東洋経済新報社 2016-03-11 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(1)荻野誠「日本型プロパテント戦略とJapanese Electronics Paradox」は、アメリカがマーケットリーディング型知財戦略で新しい市場を創出してきたのに、日本は高度経済成長期の成功体験にしがみついて、キャッチアップ型知財戦略ばかり行ってきたのが「失われた20年」の要因である、と分析している。
またまたこの図(※くどいようだが未完成)を使うことを許していただきたい。アメリカがマーケットリーディング型知財戦略に取り組んだのは左上の象限である。「日本もアメリカのようにこの象限に挑戦すべきだ」とよく言われるが、残念ながら日本は力不足だと私は思っている(というより、世界中を見渡しても、左上の象限のイノベーションを起こせるのはアメリカぐらいである。ここ30年のイノベーションのうち、アメリカ以外で生まれたものをどれだけ挙げられるだろうか?)。
別の人は、「いやいや、日本企業も左上の象限に挑戦している。iPhoneには日本企業の部品がたくさん採用されているではないか?」と言う。だが、これが一番危険な発想である。アメリカは世界中にイノベーションを安く普及させるため、基本的には新興国の企業とタッグを組む。しかし、その関係は決して対等ではなく、アメリカ企業が新興国企業を使い倒す関係である。アップルは、日本企業を新興国企業と同程度に扱っていることを自覚しなければならない。そして、用が済んだら、日本企業はアップルにポイ捨てされるだろう。
結局、日本企業は強みであるキャッチアップ型の戦略を捨てられない。日本企業は、左上の象限でアメリカ企業の下請に甘んじるのではなく、アメリカのイノベーション戦略をよく研究して、左上から左下や右下の象限に下りてくる可能性の高い製品・サービスを見極めることが必要だ(どんなイノベーションも最初は必需品ではないが、その中のいくつかは将来的に必需品となる)。左下の象限は低コストを武器とする新興国に任せ、高い品質管理が要求される右下の象限に日本企業は注力する。この象限なら、アメリカと互角かそれ以上に戦える。
(2)ブログ本館や以前の記事「『FinTech(フィンテック)の正体/福島事故から5年 蠢く原発再編(『週刊ダイヤモンド』2016年3月12日号)』」などで、アメリカ企業は競合他社とあまり協力せず、競合他社を攻撃することに夢中になるのに対し、日本企業は業界団体を通じて競合他社とも積極的に交流し、時に競合他社と共同で製品・技術開発をする、と書いてきた。ただ、これはどうも一面的な見方であるような疑念が自分の中でどうしても拭いきれていない。
アメリカでは日本ほど業界団体が協力ではないが、業界の会合は頻繁に開かれている。また、本号の原泰史、長岡貞男、高田直樹、河部秀男、大杉義征「特許を媒介とした知識・資源の組み合わせ」によれば、製薬会社同士が知的財産を上手く融通し合うことで新薬の開発を行っていることが報告されている。
逆に日本に目を向けると、「競合他社憎し」の行動も少なくない。ある地域に飲食店を出したら、入り口の前に汚物が置かれていた、という話を聞いたことがある。また、先日、商店街支援をしている方から聞いたのだが、商店街の店主同士は仲が悪いことがある(理由を聞くと「小学校でいじめられたから嫌い」らしい)。商店街の足並みが揃わないので、その商店街のアーケードは、アーケードの設置に反対する店を回避するように構築されているという。
日本の場合、競合他社に対するねちっこい憎悪よりも深刻なのが、異業種から参入してきた企業に対する嫌がらせであろう。水平的な協業を強調する私としては、異業種からの参入を学習の契機として、既存の業界が新製品・サービスの開発や経営のイノベーションに乗り出すのが日本の特徴であると言いたいところなのだが、どうも話はそんなに簡単ではない。
原泰史氏らの論文で面白かったのは、アメリカ企業も市場の黎明期では競合他社と協調するものの、いざ市場が確立されると、急に競合他社を攻撃し始めるという”変節”を見せることである。デルは標準化団体VESAのメンバーとして、インテルのCPUを使ったPCにおけるローカル・パス規格の開発に参加し、規格策定作業中にその規格が同社の所有する知的財産権を侵害していないと宣言した。にもかかわらず、規格普及後にVESAのメンバーを特許侵害で訴えた。
また、ラムバスはメモリー技術の標準化活動の場であるJEDECに参加していたが、JEDECは出願中の特許を宣言するルールを明文化していなかった。そのため、ラムバスのホールドアップ(規格が普及した後に、その規格中の特許の使用料を特許権者が請求すること)をめぐり、最高裁まで争うこととなった。こういう事案を見ると、競合他社との協力はポーズにすぎず、自社の都合を優先して競合他社を徹底的に叩くのがアメリカ企業の本性であるようにも感じる。
(3)
特許で自らの技術を守ってはいるわけですが、一般的にいって残念ながら、技術はまねされるものです。しかしながら、私のなかには、その時点で次のモデルの構想がありますから、常に一歩先を行く自信があります。あるとき、うちの社員がライバル会社に引き抜かれたことがありました。そのことがわかってすぐ、私たちはより高機能なモデルを投入しました。結局、こうした行為は無駄だということですね。三鷹光器株式会社の代表取締役社長・中村勝重氏のインタビューである。同社はロケットや衛星に搭載される宇宙観測機器、非接触三次元測定装置などの産業機器を製造しおり、またそれらの技術を応用して医療分野にも進出している。
(中村勝重「ひたすら「よく見る」こと―これこそが、無から有を生み出すものづくりの原点」)
私のコンサルティング経歴など大したものではないが、ここ数年、様々な経営者とお話をさせていただいた中で気づいたことの1つが、業績の悪い企業ほど過去の特許侵害の被害を引きずっている、ということである。「昔、展示会に出展したら、○○という会社に真似された。あそこの△△というヤツは絶対に許さない」といった話を1時間でも2時間でもする(社長が自分の業務を止めて、時間も気にせずに話を続ける時点で、その社長の仕事ぶりも想像がつくというものだ)。
逆に、業績が好調な企業は、特許侵害対策をしっかり考えても被害に遭うものの、それを決して引きずらない。引用文の三鷹光器のように、「他社が真似をしたのならば、我が社はもっといい製品を出せばよい」と前向きに考える。
ただ、三鷹光器には1つ、大きな潜在的リスクが隠れている。それは、次の文章から読み取れる。中村勝重氏は今年で72歳になる。
衛星やロケット関連で三鷹光器が手がけた18ほどのプロジェクトの、特に難しい可動部分はほとんど私が考えたといっても過言ではありません。それはどこにも負けない実績だと思っています。