採用の教科書2 即戦力採用は甘い罠?~中小企業向け、求める人材像の設定編~採用の教科書2 即戦力採用は甘い罠?~中小企業向け、求める人材像の設定編~
稲田 行徳

ビジネス・ベストセラー出版 2012-07-25

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 仕事にやりがいがあって、どれだけ人間関係がよくても、生活できる給与でなければ、結局辞めざるをえません。また、何年働いても生活水準が変わらないのであれば、結婚や子供、住宅や将来の人生設計のことを考えると、ほかの会社に目移りするのも当然です。昇給がまったくなければ、未来にも希望を持てないですしね。
 以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」で、給与は成果に対する見返りではなく、社員の生活費をカバーすることが目的であると書いた。生活費は一般的に年齢とともに上昇するから、給与体系は年功制以外にはあり得ない、というのが最近の私の考えである。近年、シニア社員は昇給しない(それどころか下がる)賃金モデルを採用する企業が増えている。しかし、シニア社員こそ、親の介護と自分自身の医療で最も生活費がかかる世代である。だから、シニア社員にも昇給がある元の賃金体系に戻すべきだと思う。
 ほめることは、会社としてお金を1円も使わない報酬でありながら、職場環境がよくなるという、画期的で今すぐにできる改善策なのに、これを上手に活用している管理職や経営者は少ないのが現実です。
 どうすれば社員のモチベーションが上がるかに悩んでいる経営者は多いと思う。ここで、やや回り道になるが、私の考えを書いてみたい。社員にお金(給与)を払っているのは経営者である。お金を払う側がお金をもらう側のモチベーションを気にすることがいかに不自然であるかは、顧客と企業の関係を考えるとよく解る。顧客はわざわざ企業のモチベーションを上げてくれるだろうか?

 同じことは、教育訓練にもあてはまる。しばしば、経営者は社員の育成に投資すべきだと言われる。しかし、本来的には、教育訓練は社員の自己責任で行うべきものである。もらった給与の一部を、自己啓発に回さなければならない。ここでも、顧客と企業の関係を考えてみよう。顧客は企業が組織能力を伸ばすために、わざわざ余分なお金を払ってくれるだろうか?

 ここで私は、2種類のメッセージを発している。社員に対しては、「会社にいてもやる気が出ない」、「うちの会社は研修をしてくれない」と言うのは甘えだと伝えたい。既述の通り、自分のモチベーションや能力を高めるのは社員自身の責任である。ただ、だからと言って、経営者は社員のモチベーションや人材育成を全く考えなくてもよいわけではない。むしろ、全く逆である。経営者は社員のモチベーションと能力向上に投資すべきである。これが経営者へのメッセージである。

 顧客と企業の関係と、経営者と社員の関係には、1つ大きな違いがある。顧客は、ある企業の製品・サービスが気に入らなければ、さっさと別の企業に切り替えることができる。これに対して、企業は社員の仕事ぶりが気に入らなくても、簡単に社員を挿げ替えることができない。新しい社員を連れてきても、その人が自社に馴染むまでには時間とコストがかかる。だから、経営者としては、現有社員の能力とモチベーションを最大限に引き出すことが最善となるのである。

 社員のモチベーションを上げる方法としては、大きく分けて(1)モチベーションが上がるような仕事をデザインすることと、上記引用文のように(2)モチベーションが上がる言葉をかけることの2つがある。

 (1)に関しては、ブログ本館の記事「ウィル・シュッツ『自己と組織の創造学』―「モチベーションを上げるにはどうすればよいか?」そして「そもそも、なぜモチベーションを上げる必要があるのか?」」で詳しく書いた。簡単に言えば、①顧客からのフィードバックがあること、②一定の裁量を与えられていること、③複数の能力を使わなければならないこと、④能力のストレッチが要求されること、⑤周囲の社員との協業が必要であること、という5つの要因から構成される。

 一般的な戦略論においては、まず戦略(ターゲット顧客層、提供する製品・サービス、競合優位性)を定めて、その戦略を実現するためのビジネスモデルやビジネスプロセスをデザインし、プロセスを支える組織を設計して適切な人員配置を行うのが定石である。つまり、ここでは戦略が全体を定める出発点となっている。

 ここで発想を変えて、社員のモチベーションを全体の出発点とすることはできないだろうか?つまり、社員のモチベーションが上がるような戦略、前述の5つの要件を満たす戦略を選択するのである。ちなみに、以前の記事「鈴木康司『アジアにおける現地スタッフの採用・評価・処遇』」は、年功的な賃金カーブを出発点として戦略を構想することを提案した。このように、人材側から戦略を作るという新しい戦略論を構築できないものかと最近は色々考えているところである。

 (2)に関しては、ブログ本館の記事「エニアグラムのタイプ別に見たモチベーションの上げ方(私案)」をご参照いただきたい。エニアグラムにおいては、人間の性格を9つのタイプに分類する。ただ、この記事を書いておいてこんなことを言うのもやや無責任だが、個人的にはこういう分類は参考程度に受け止めておくべきだと思う。人間の性格はもっと複雑である。どんな言葉がその人に響くのかを見極めるには、その人に深く寄り添う必要がある。

 エニアグラムなどを活用すると、ある社員には褒め言葉が、別の社員には叱咤激励が有効だと解ることがある。しかし、ある社員のことは褒めておきながら、別の社員は叱ってばかりいると、部下はマネジャーのことを一貫性のない人だと評価するようになる。この問題をどうすれば回避できるのか、私は長年疑問だった。だが、最近になって、解決策はあまりにも簡単であることに気づいた。つまり、フィードバックする時は、褒めるにしても叱るにしても、他の社員の前で行うのではなく、社員を会議室に招いて1対1で行えばよいのである。