シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問
パトリック・キングズレー 藤原 朝子

ダイヤモンド社 2016-11-26

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 ブログ本館の記事「『人を育てる(『致知』2016年12月号)』―部下からの「下剋上」を引き出すには①大枠の提示と②権限移譲、他」で、農耕民族である日本人は不作だと天候のせいにするから、問題が起きても仕方ないと諦めるのに対し、狩猟民族である欧米人は獲物が獲れるか獲れないかは本人やチームの力量次第であると考えるため、問題が起きるとその原因を徹底的に追究し、人やシステムに原因を帰着させると書いた。

 だが、そんな欧米人でも、意外とあっさり原因追究を諦めているのではないかと感じることがある。アメリカで銃乱射事件が起きたり、ヨーロッパでテロが発生したりすると、首謀者はほぼ間違いなく警察官によって射殺される。確かに、警察官に危機が迫っているからやむなく射殺するという面は否めない。しかし、首謀者を殺してしまっては、その動機や事件の真相を深掘りすることは困難になる(もちろん、逮捕される容疑者も多いことはつけ加えておく)。

 現在、シリアからは何百万人もの難民がヨーロッパに押し寄せている。シリア以外にも、イラク、アフガニスタン、エリトリアなどから難民がヨーロッパにやって来る。この難民問題に対して、本書の著者はベトナム戦争の時に機能した「第三国定住制度」をEUに導入すべきだと提唱する。EUは受け入れる難民の数を大幅に引き上げ、全EU加盟国の難民保護システムを同じ水準にする。全ての加盟国が難民に同等の社会保障を与え、同じ期間だけ居住権を与える。こうしたEUの取り組みを前提として、難民がEUに至るまでに通過する中東の国々に対しては、難民がいるのは一時的であり、いずれ第三国定住プロセスによってその数は減るから、現時点では就労を認めても大丈夫だと安心感を与える。

 ただし、著者が提唱するこの方法は、あくまでも表層的な解決方法でしかない。私にとって不思議なのは、シリア難民も、イラク難民も、アフガニスタン難民も、元はと言えばアメリカがこれらの国に介入したことが原因で発生した難民である。アメリカが原因なのだから、EUはアメリカに対して「アメリカこそが難民を受け入れるべきだ」と言えばよい。しかし、EU加盟国がアメリカを責める発言は、ついぞ聞いたことがない。シリア攻撃やイラク戦争などにEU加盟国も加担しているため、どの国も負い目を感じているのだろうか?もっとも、アメリカではトランプ大統領がメキシコからの移民を食い止めるのに躍起になっているから、EUに向かう難民など絶対に受け入れないだろうが・・・。

 経済のグローバル化によって、人、モノ、カネ、情報の行き来が自由になったと言われる。モノ、カネ、情報に関しては確かに国境を超える。しかし、人だけはそんなに簡単に国境を越えないと私は思う。企業が海外展開する場合には、まずは自社製品を海外の販売代理店に輸出する。もちろん、販売代理店の社員はほぼ全員が海外の人である。自社製品が海外で広く受け入れられるようになると、今度は現地に販社や工場を作る。その際も、本国から多少社員が現地に送り込まれることはあっても、基本的に経営は現地化するのがセオリーであるから、大多数の社員はその国の人で構成される。

 よって、経済がグローバル化しても、人の移動はそれほど発生しない。人の移動は政治的な事象である。だから、移民・難民の原因は政治面に求めなければならない。最も根源的な解決策は、アメリカがシリアなどの国から一切手を引くことである。しかし、ブログ本館でも何度か書いたが、アメリカのような大国は自国の味方を増やすために、小国に介入するクセがついている。このクセを矯正する方策を考え出さない限り、難民問題は収束しないであろう。