ASEANの統合と開発――インクルーシヴな東南アジアを目指してASEANの統合と開発――インクルーシヴな東南アジアを目指して
石戸 光

作品社 2017-03-23

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 「インクルーシヴな東南アジアを目指して」という副題がついているが、大半がミャンマーの農業に関する内容であった。ミャンマーでは、1988年以降の政策で、土地が政府に押収され、政府と密接な関係にある有力な個人や企業が経営する大規模農場に割り当て直された。そのため、50エーカー超の農地は全体の1%だが、全農場面積の3分の1以上を占めるといういびつな構造になっている。

 ミャンマーは近年、水産業に力を入れているという。それは、従来の稲作に比べてより多くの付加価値と雇用を生み出すと期待されているからである。農家の中には、所有する農地を養殖池に転換するところも出てきている。ただし、農家が合法的に農地を養殖池に転換するにはLaNa-39という書類を入手する必要がある。政府とのつながりが強い大規模農家がこの書類を入手するのは比較的簡単であるものの、小規模農家にとってはハードルが高い。そのため、違法な手段でこの書類を入手する小規模農家も少なくない。

 ミャンマーが水産業に注力しているのは、付加価値と雇用を増大させるためと書いたが、果たして本当にそれが可能なのか、日本のケースで試算してみた。あちこちの情報源からデータを集めており、かなりざっくりとしたシミュレーションである点はご容赦いただきたい。なお、以下では輸出の影響を無視している。
日本農業分析①
日本農業分析②
日本農業分析③
日本農業分析④

 <原材料>
 ①就業者数・・・畜産、野菜・果物、米・麦は農林水産省「2015年農林業センサス」より、水産は農林水産省「2013年漁業センサス」より取得。

 ②生産量・・・畜産は「主要畜産国の需給」より、水産は農林水産省「平成27年漁業・養殖業生産統計」より、野菜・果物は農林水産省「野菜をめぐる情勢」、「果樹をめぐる情勢」より、米・麦は農林水産省「農業生産に関する統計(2)」、帝国書院「小麦の生産〔2016年〕」より取得。

 ③1人あたり生産量・・・②÷①で計算。畜産の値が突出しているのは、畜産の生産量の中に生乳(7,334千トン)が含まれているためである。

 ④輸入量・・・畜産は「主要畜産国の需給」より、水産は水産庁「水産物の輸出入の動向」より、野菜・果物は農林水産省「野菜をめぐる情勢」、「果樹をめぐる情勢」より、米・麦はJAcom 農業協同組合新聞「再編と買収の果てに(2)」の小麦の輸入量に米のミニマムアクセス量78万トンを加算。

 ⑤全て国内で生産する場合に必要な就業者数・・・輸入の影響を無視しているため、②+④が国内の総需要である。これを、③の1人あたり生産量で割れば、国内需要を全て満たすのに必要な就業者数が求められる。

 ⑥出荷額・・・畜産、野菜・果物、米・麦は帝国書院「日本 都道府県別統計〔農業・漁業・林業〕」より、水産は農林水産量「漁業生産額」より取得。

 ⑦輸入額・・・畜産は独立行政法人農畜産業振興機構「国内統計資料」より、水産は水産庁「水産物の輸出入の動向」より、野菜・果物は独立行政法人農畜産業振興機構「最近の野菜の輸入動向について」、田中直毅『10のポイントで考える日本の成長戦略』(東洋経済新報社、2013年)より、米・麦は農林中金総合研究所「米の国際需給と日本の自給」、「小麦の国際需給と日本の自給」より取得(米・麦については、1ドル=110円で計算)。

 ⑧出荷額+輸入額・・・⑥+⑦で計算。これが国内の市場規模に該当する。

 ⑨うち、加工品用の割合・・・畜産は生で流通することはないため、100%加工に回ると想定。水産は「水産物の流通経路別仕入状況」より、野菜・果物は農林水産省「野菜の生産・流通の現状」の値を使用、米・麦は必ず精米などの工程を経るため、100%加工に回ると想定。

 ⑩加工品用の金額・・・⑧×⑨。これが食品加工業者の原材料費となる。

 <加工品>
 ⑪就業者数・・・「平成24年経済センサス―活動調査 産業別集計(製造業)」より。この中には輸入原材料を加工する者も含まれる。畜産は「畜産食料品製造業」+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.3で計算(カッコ内の加工食品のうち、平均すると3割が畜産物であると仮定)。

 水産は「水産食料品製造業」+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.2で計算(カッコ内の加工食品のうち、平均すると2割が水産物であると仮定)。

 野菜・果物は「野菜缶詰・果実缶詰・農産保存食料品製造業」+「調味料製造業」×0.7+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.3で計算(調味料の原材料のうち、約7割が大豆であると仮定。また、カッコ内の加工食品のうち、平均すると3割が野菜・果物であると仮定)。

 米・麦は「精穀・製粉業」+「パン・菓子製造業」+「調味料製造業」×0.3+(「冷凍調理食品製造業」+「そう(惣)菜製造業」+「すし・弁当・調理パン製造業」+「レトルト食品製造業」+「他に分類されない食料品製造業」)×0.2で計算(調味料の原材料のうち、約3割が米であると仮定。また、カッコ内の加工食品のうち、平均すると2割が米・麦であると仮定)。

 ⑫出荷額・・・「平成24年経済センサス―活動調査 産業別集計(製造業)」より。⑪と同様にして計算。

 ⑬付加価値額・・・⑫-⑩(食品加工業者にとっての原材料費)で計算。

 ⑭加工業者1人あたり付加価値額・・・⑬÷⑪で計算。

 ⑮加工業者1人あたり出荷額・・・⑫÷⑪で計算。

 ⑯輸入額・・・農林水産省「加工食品の輸出入動向」より取得。

 ⑰輸入品を国内で製造するのに必要な就業者数・・・⑯÷⑮で計算。

 <原材料+加工品>
 ⑱全て国内で自給する場合の就業者数・・・⑤+⑪+⑰で計算。

 以上の試算を見ると、水産加工業の1人あたり付加価値額もそれなりに大きいが、付加価値額を増やすためには畜産加工業を強化する方が有効であることが解る。また、雇用を創出するという意味では、米・麦に注力する方が圧倒的に効果がある。経済の成長ステージや農林水産業の構造が異なるミャンマーと日本を単純に比較することはできないものの、本書が水産業だけにフォーカスしているのはややバランスを欠いているとの印象を受けた。