世界で勝ち抜くためのグローバル人材の育成と活用世界で勝ち抜くためのグローバル人材の育成と活用
デロイトトーマツコンサルティング

中央経済社 2011-11

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 本書は一体どういう企業を想定して書かれているのかが判然としなかったのだが、最後まで読んで、おそらく次のような企業向けなのだろうと思った。日本国内の大企業で、海外にいくつかの生産・販売拠点はあるが、全社の売上高に占める海外の割合は非常に低く、海外部門は軽視されている。海外子会社のトップは日本人で占められており、現地ローカル社員から見るとガラスの天井が存在する。もちろん、日本本社の経営陣は全員日本人で、ダイバーシティ・マネジメントなどは全く実践されていない。だが、日本国内の市場が縮小する傾向にあることから、今後は海外を主力市場として戦略を再構築しなければならない。こういう企業において、いかにしてグローバル人材を育成・活用するかという本である。

 本来ならば、主力となる国・地域における戦略を構築し、その戦略を遂行するために必要な人材要件(能力・価値観など)を定め、現地で必要な人数を確保するための採用計画を立てる、というのが筋である。もう一歩進んだ企業では、採用活動を国・地域ごとにバラバラに実施せず、グローバルで統一する。つまり、グローバルレベルで人材要件を揃える。その人材要件には、当該日本企業がこれまで大切にしてきた価値観、企業文化が色濃く反映される。その基準に従って、各国・地域にある現地子会社の人事部は採用活動を行う。

 さらに進んだ企業では、グローバル規模での人事異動が発生する。それを可能にするのが、グローバルで統一された等級制度、評価制度、報酬制度である。これができ上がっていると、例えばタイ製造子会社のタイ人工場長をインドネシアに新設した製造子会社の副社長にする、代々アメリカ人がトップを務めてきたアメリカ販売会社で初めて中国人をトップにするといったことが起きる。もちろん、日本本社の経営陣にも外国人が多数参画するようになる。

 ところが本書は、「日本本社の社員のグローバル化」をメインテーマとしている。つまり、いかにして日本本社の社員にグローバル・マインドを植えつけるかが中心となっているのである。もちろん、海外事業を拡大すれば、これも避けては通れない課題である。しかし、海外事業展開の論理的な順番からして、この課題を第一に扱う理由が私にはよく解らない。

 また、課題を解決する手法にも疑問符がつく。本書でも書かれているように、最も効果的なのは、日本本社の社員を現地に送り込むことである。だが、本書が想定している大企業は冒頭で書いた通り海外拠点が少ないため、大勢の日本人を送り込むことはできない。また、少数精鋭で業務を回さなければならない海外子会社に、育成目的のポストを作ることはNGであると本書には書かれている。確かに、駐在員を1人増やすだけで、本社が負担するコストは数千万円増える。

 そこで有効なのが、日本本社において、外国人社員を交えたアクション・ラーニング(AL)を実施することであると著者は言う。ALとは、グループで現実の問題に対処し、その解決策を立案・実施していく過程で生じる、実際の行動とそのリフレクション(振り返り)を通じて、個人、そしてグループ・組織の学習する力を養成するチーム学習法である(NPO法人日本アクションラーニング協会より)。

 ここで私が疑問に思うのは、ALに参加させる外国人はどこから引っ張ってくるのかということである。日本本社に外国人がたくさんいれば可能かもしれないが、本書が想定している日本の大企業にはおそらく十分な外国人社員がいない。では、海外子会社から外国人社員を引っ張ってくればよいかと言うと、少数精鋭の海外拠点から日本本社に人を送り込むことに現地は反対するだろうし、海外子会社で働いている外国人は厳格な職務定義書に従っているため、職務定義書にない「日本人社員の教育」には協力してくれそうにもない。

 だとすると、残りの選択肢としては、外国人を日本で新たに採用するしかない。ただし、闇雲に日本企業の都合で外国人を採用することはできない。外国人は日本人以上に自分のキャリアを気にする。自分がこの企業に入社した後、3年~5年後にどうなっているのかを知りたがる。それに、全ての外国人が日本での永住を望んでいるわけではない。大半は本国へ戻ることを希望している。

 よって、「最初の3年間は日本本社で日本人と一緒に仕事をしてもらう(ALに協力してもらう)。その後、本国の子会社に戻ってチームリーダーを務めてもらう」などとはっきり言えなければならない。こう断言するからには、3年後の当該子会社の戦略は何であり、どのような組織構成になっているべきかをあらかじめ構想しておく必要があるのだが、本書にはそのような記述は一切ない。

 本書は「5年5場」で日本本社の社員をグローバル化することを提案している。つまり、5年間のフェーズが5つあり、それを順番に経ることでグローバル人材になるというわけである。随分と悠長な話に聞こえる。だが、いざとなると、
 このように人材の条件が高度になり、しかも外部ルートだけでは調達が非常に困難であるという状況を考えると、少々乱暴かもしれないが、活用できそうな人材は、出身国がどこであれ、これまでの実績や能力・スキルをもとに判断し、可能であればどの国にでも配置するという人材活用戦略が必要である。
というわけであり、論理的な矛盾を感じずにはいられない。