プロ直伝!  成功する事業計画書のつくり方 (マンガでわかる!  ビジネスの教科書シリーズ)プロ直伝! 成功する事業計画書のつくり方 (マンガでわかる! ビジネスの教科書シリーズ)
秦 充洋

ナツメ社 2015-08-11

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 私は現在、ある顧客向けに「事業計画書の作り方(初級編)」のような研修を作成していて、自分の頭の中には事業計画書の作成方法、事業戦略立案の方法が一応存在するのだが、世の中の一般的な理解とずれていないかどうか確かめるために、入門編にあたる本書を購入してみた。結果的には、私の理解はそれほど間違っていないことが解って安心した。

 本書の中で興味深かったのは「2段階ターゲティング」という考え方である。第1段階の「初期ターゲット」は、市場規模の大小を気にする必要はない。規模は小さくても、ニーズが強く顕在化させやすい、波及効果が期待できるなどの観点からターゲット顧客を選ぶ。第2段階では、初期ターゲットでの実績やノウハウを活用して、一定の規模や成長性が期待できる市場に展開する。これを「成長ターゲット」と呼ぶ。2段階ターゲティングにより、最初の壁を突破する実績作りに必要な「絞り込み」と、事業として追求しなければならない「規模や収益の拡大」を両立させることができるというわけだ。これは面白い考え方である。

 2段階ターゲティングで成長した企業の例として、著者はfacebookやamazonを挙げている。ただ、個人的にこの2社は最初から全世界をターゲットにしていたのではないかと感じる。以前の記事「リー・ギャラガー『Airbnb Story』―ホテルを自ら作るのではなく、一般人がホテルをたくさん持っているではないかと考えた点がすごい」で挙げた(私が他の記事でも頻繁に使用している)マトリクス図に従うと、facebookやamazon(書籍に限る)は【象限③】に位置する。【象限③】は必需品ではないから、需要を創造しなければならない。つまりイノベーションである。

 経営学者のロザベス・モス・カンターは、イノベーションの成功確率は1,000分の1だと述べていたのを記憶している。イノベーターに投資するベンチャーキャピタルなどは、999のアイデアは失敗しても、たった1個大化けしてくれれば、999のアイデアの損失を取り戻せると考えている。これをイノベーター側から見れば、成功するイノベーションは、失敗する999のアイデアの損失をカバーして余りあるほどの巨大な事業でなければならない、ということになる。よって、必然的に最初から全世界制覇を目指すしかない。アメリカで発達したマーケティング理論は、従来のマスマーケティングに対して、セグメンテーションやターゲティングの重要性を説いたが、近年のイノベーションはその流れの逆を行っているように思える。

 アメリカのイノベーターが「あってもなくてもよい製品・サービス」に注目しているのにも理由がある。必需品の場合、顧客のニーズははっきりしているが、顧客の嗜好、価値観、生活様式、顧客が属する準拠集団の文化、規範など、様々な要因によって顧客ニーズは多様化している(だから、通常のマーケティングではセグメンテーションとターゲティングが重要になる)。よって、必需品の分野でイノベーションを起こしても、十分な事業規模にならない。一方、「あってもなくてもよい製品・サービス」の分野では、顧客側にこれといったニーズ、こだわりがないから、イノベーターが「これから世界の人々はこういう製品・サービスを持つべきだ」と強く提案すれば、それが受け入れられる可能性がある。イノベーターの提案が、全世界の人々のニーズを均一化する。そうなれば、イノベーターの勝利である。

 最初から全世界を目指すのは、北欧の企業にも見られる特徴である(以前の記事「石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』―6億人の単一市場と見ることが苦手な日本企業」を参照)。北欧の4か国はいずれも自国市場が小さいので、事業のスケールアップを目指して最初から世界市場を狙う。そして、ローコストオペレーションを実現するために、製品・サービスをカスタマイズしない。ちょっと変わった例としては、イスラエルを挙げることができる。イスラエル企業は、アメリカなどの超グローバル企業があまり狙わない中東やアフリカ各国の中規模の市場を統一的に扱って、標準的な製品・サービスを展開する(ブログ本館の記事「『小さくても強い国のイノベーション力(『一橋ビジネスレビュー』2014年WIN.62巻3号)』」を参照)。

 本書に関連してもう1つ。本書では収益モデルとして、①マージン型、②回転型、③顧客ベース型の3つを挙げている。①マージン型は、高付加価値と低コストによって高いマージンを実現するモデルである。②回転型は飲食店に代表されるように回転率重視のモデルであり、薄利多売になりやすい。③顧客ベース型は、顧客との中長期的な関係を重視し、いわゆるLTV(顧客生涯価値)を追求するものである。これからは③顧客ベース型が重要になると著者は述べている。

 ブログ本館の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第15回)】「手離れのいいビジネス」という幻想」で書いたように、私の前職のベンチャー企業(組織・人事コンサルティング&教育研修サービス)の社長は、「手離れのいいビジネスをしたい」とよく口にしていた。おそらく、標準的な研修を大量に売りさばいて、楽にお金儲けをしたいということだったのだろう。前述の収益モデルで言えば、②回転型に近い。

 しかし、①~③はいずれも決して楽にお金儲けができるものではない。①マージン型は、顧客の期待をはるかに上回る価値を製品・サービスの中に作り込んでいかなければならないし、②回転型は、常に多くの顧客から注文を取ってくる営業力と、徹底的に無駄を省いたオペレーションの仕組みを持たなければならない。③顧客ベース型が手の込んだものになることは想像に難くない。

 当たり前だが、よほど革新的なビジネスモデルでも思いつかない限り、楽にお金を儲ける方法などない。まして、前職のベンチャー企業は業界では後発であり、仮に楽にお金を儲けさせてくれる顧客企業がいたとすれば、そういう顧客企業は既に先発企業の手中に落ちている。後発企業に残されているのは、手離れがよくない顧客企業ばかりだ。社長が抱いていたのは全くの幻想であった。