ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 12 月号 [雑誌] (GE:変革を続ける経営)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 12 月号 [雑誌] (GE:変革を続ける経営)

ダイヤモンド社 2017-11-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 2016年4月1日に「改正職業能力開発促進法」が施行された。同法は、労働者が職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発および向上に努めることを基本理念としている。事業者は、「労働者が自ら職業能力の開発及び向上に関する目標を定めることを容易にするために、業務の遂行に必要な技能及びこれに関する知識の内容及び程度その他の事項に関し、情報の提供、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うこと」(第10条の3第1項)が義務化された。ここで言う「キャリアコンサルティング」とは、「労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うこと」(第2条第5項)と定義されている。

 経済が右肩上がりで成長していた時代には、企業が社員に対して明確なキャリアパスを示し、社員はそれに従ってキャリアを歩んでいればよかった。ところが、経済が成熟化し、先行きが不透明になると、企業が社員に対してキャリアパスを示すことが困難になり、代わりに社員が自ら自分のキャリアを開発することが求められるようになった。これをキャリア自律と言う。GEは、有名な「セッションC」や「9ブロック」に代表される従来の人事制度を抜本的に改め、上司と部下が日常業務の中で頻繁にコミュニケーションを図ることで部下の能力やコンピテンシーを伸ばし、部下のキャリア自律を支援するようになっている。

 日本企業にもこの流れが及んで、職業能力開発法が改正されたわけだが、キャリアコンサルティングに取り組んでいる企業の社員からは、「突然、自分のキャリアを自分でデザインせよと言われてもどうしてよいか解らない」、「企業がもっと方向性を明確に打ち出してくれないとキャリアデザインができない」といった困惑の声が聞かれる。企業が明確な方向性を示せないので、社員に方向性を打ち出させようとしているのに、実際には社員は企業に対して、以前にも増してはっきりとした方向性(戦略と言ってもよい)を示すことを要求している。

 私は、社員側の言い分にも十分な理由があると思う。おそらく、こういうことを言う社員がいる企業では、経営陣や人事部が「社員がやりたいことを自由に考えてよい」というメッセージを発しておきながら、いざ社員が自分のキャリアをデザインすると、「その仕事は我が社ではできない、やる機会・環境がない」などと言って突き返すだろうと社員が恐れているのである。社員にとってこれほど迷惑な話はない。顧客が商談の初期の段階で「御社の提案に従います」と言っておきながら、いざ仕様を細かく詰めていくと、「私(我が社)がほしいのはこんな製品・サービスではない」などと言い出す顧客とはつき合いたくないのと同じである。

 だから、逆説的であるが、社員がキャリア自律を実現するには、企業は(キャリアパスは無理でも、)少なくとも戦略は明確に打ち出す必要がある。経営陣は社員に対し、「我が社はこういう方向に進もうと考えている」と主張する。一方の社員は、「いや、私はこういう方向に進みたいと考えている」と言い返す(山本七平の言葉を借りれば「下剋上」である)。この「強烈なトップダウン」と「強烈なボトムアップ」が衝突するところに創発的な学習が生まれ、その結果として企業はより洗練された戦略を、社員はより高度なキャリア意識を手に入れることができる。

 企業は改正職業能力開発促進法によって、キャリアコンサルティングさえ実施していれば、方向性を考えるのは社員に任せればよいことになった、というわけでは決してない。むしろ、経営陣が戦略を入念に構想する責任は、以前よりも大きくなったと考えるべきである。この点を誤解してはならないと思う。