生き方―人間として一番大切なこと生き方―人間として一番大切なこと
稲盛和夫

サンマーク出版 2014-07-01

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 プロ野球で3球団を優勝に導いた監督は、長い歴史を紐解いても西本幸雄(大毎、阪急、近鉄)、三原脩(巨人、西鉄、大洋)、星野仙一(中日、阪神、楽天)の3人しかいない。この3人は名将と称えられている。プロ野球という単一の分野においても、球団が異なると優勝を実現することは非常に難しい。ということは、ファインセラミック事業(京セラ)、通信・携帯電話事業(KDDI)、航空事業(全日空)という全く異なる事業でいずれも著しい成果を上げた稲盛和夫氏は、名将中の名将、名経営者中の名経営者ということになるだろう。

 外資系企業で経営者としてのキャリアを歩み、「プロ経営者」を自称して日本企業の再生に挑んだものの、晩節を汚す人が少なくない中で、私は稲盛氏こそプロ経営者の称号にふさわしいと思う。自称プロ経営者と稲盛氏の違いはどこにあるのか?1つは、企業に適用した経営手法が自分自身によって徹底的に考え抜かれたものであるか否かである。

 自称プロ経営者はGEのような外資系企業で優れた経営手法を習得しているが、それは本人が考えたものではない。考案したのは本社の外国人経営者だ。自称プロ経営者がそれを日本に持ち帰って日本企業に適用しても、当然のことながら環境条件が異なるから、そのままでは不適合を起こす。ところが、自称プロ経営者はその手法の考案者ではないため、不適合を起こした際にどこをどのように調整すればよいのかが解らない。自分が外資系企業で学んだやり方こそが正しいと日本の社員に強制した結果、社員の離反を招くことになる。

 稲盛氏の経営手法として有名なのがアメーバ経営である。アメーバ経営は稲盛氏が長年の実践、社員との対話、事業環境との相互作用を通じて自分自身で磨き上げた手法である。稲盛氏のやり方は徹底していて、自分が解らないことは完全に納得がいくまで社員に質問する。本書でも明らかにされているように、稲盛氏は経理にそれほど明るくなかったため、特に経理担当者は稲盛氏の質問のターゲットになったようだ。稲盛氏はアメーバ経営を隅々まで知り尽くしている。どういう条件・状況の時にどのような調整・運用をすればよいのか理解している。だから、KDDIや全日空にアメーバ経営を導入した時も、両社の事情に合わせながら仕組みを定着させることに成功したのだと思う。

 自称プロ経営者と稲盛氏を分けるもう1つの要因が、本書に表れている「精神」である。自称プロ経営者には経営手法という技術しかない。一方、稲盛氏にはアメーバ経営という技術と、「人として当然のことを実践していれば自ずと結果がついてくる」という、平易だが実践が難しい倫理観・道徳観に裏打ちされた精神の両方がある。端的に言えば、自称プロ経営者は片肺、稲盛氏は両肺なのである。本書はその稲盛氏の精神が詰まった1冊である。日本資本主義の父である渋沢栄一の『論語と算盤』の現代版と言ってよいだろう。渋沢栄一は、官吏職を退職して在野に下った後、「自分は論語で経営をして見せる」と宣言した。そして、その言葉に従って500社あまりの企業・団体の設立・経営に携わった。

 本書に書かれている「人間として一番大切なこと」を列挙しておく。

 ・常に前向きで建設的であること。
 ・感謝の心を持ち、皆と一緒に歩もうという協調性を有していること。
 ・明るく肯定的であること。
 ・善意に満ち、思いやりがあり、優しい心を持っていること。
 ・努力を惜しまないこと。
 ・足るを知り、利己的ではなく、強欲ではないこと。
 ・噓をつかないこと。
 ・正直であること。
 ・人を騙さないこと。
 ・欲張らないこと。
 ・誰にも負けない努力をすること。
 ・謙虚にして驕らないこと。
 ・反省ある日々を送ること。
 ・生きていることに感謝すること。
 ・善行、利他行を積むこと。
 ・感性的な悩みをしないこと。
 ・人生や仕事に対してできる限り誠実であること。
 ・手を抜くことなく、真面目に一生懸命に働き、生きること。
 ・困難があれば成長させてくれる機会を与えてくれてありがとうと感謝し、幸運に恵まれたならなおさらありがたい、もったいないと感謝すること。
 ・素直な心を持つこと。
 ・生涯一生徒の気持ちを忘れないこと。
 ・世のため人のために尽くす利他の心を持つこと。
 ・欲望、愚痴、怒りの三毒をさえて、自分の言動を正しくコントロールすること。
 ・苦難に負けず、耐え忍ぶこと。
 ・1日1回は心を静め、静かに自分を見つめ、精神を集中して、揺れ迷う心を一点に定めること。
 ・日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高め続けること。