禅が教える 人生という山のくだり方 (中経の文庫)禅が教える 人生という山のくだり方 (中経の文庫)
枡野 俊明

KADOKAWA / 中経出版 2016-01-18

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 人生に下り坂があるならば、国家にも下り坂がある。今後、超高齢社会に突入する日本は、まさに下り坂に差しかかっていると言えるだろう。その下り坂で勢い余って転倒しないよう、国民の健康と幸福を確保しながら、緩やかに国家の規模を小さくしていくには、本書のような教えが参考になるような気がする。
 利便性だけを追求するのではなく、少しの不便さを楽しむ気持ちを持つことである。欲しいものがあれば、パソコンで注文せず、自分の足で歩き、電車に乗り、車窓の風景を眺めながら店まで行く。その風景には四季が感じられるはずだ。たったそれだけのことで、心は豊かになるものである。冬の日には、雑巾を手で絞って拭き掃除をしてみることだ。冷たい水に手を入れ、雑巾をきつく絞れば、手の平にはその感触が染みついてくる。そういうことを身体で感じることこそが、生きるという実感につながっていくのである。
 ブログ本館の記事「『世界』2017年11月号『北朝鮮危機/誰のための働き方改革?』―「働き方改革」を「働かせ方改革」にしないための素案」でも書いたが、高齢化が進み、労働力不足になれば、今までのような便利な製品・サービスを効率よく企業が提供し続けることは困難になる。消費者である高齢者は、若かりし頃に企業に対して効率や利便性を要求した姿勢を改める必要がある。引用文のように、不便を受け入れる。すると、身体を動かし、様々な人と交流し、自然を感じる機会が増えて、かえって心身ともに健康的になるに違いない。

 怖いのは、身体が不自由になった高齢者を助けようと、企業がイノベーションと称して究極に便利な製品・サービスを生み出すことである。その結果、高齢者は身体を動かさず、家から一歩も外に出ず、誰とも会話をせずとも生活ができるようになるかもしれない。しかし、それがゆえにかえって健康を害してしまえば、医療費が膨れ上がるだろう。経済成長という観点からすると、後者の方が新しい製品・サービスが売れ、さらに医薬品や医療サービスが消費されるから望ましい。だが、後者は新しい製品・サービスで社会の不幸を生み出しておいて、それをさらに別の製品・サービスで埋め合わせようというのだから、マッチポンプである。社会の幸福という観点から見て望ましいのは前者であるのは明らかである。

 もちろん、企業は高齢者向けの一切のイノベーションを止めよというわけではない。企業は、我々が今まで想像だにしなかった高齢者の新たなニーズをとらえて、新製品・サービスの開発に取り組まなければならない。その際に、その新製品・サービスが本当の意味で高齢者の人間らしい生活を実現し、幸福を増進するものになっているか、それを使い続けると単に高齢者の心身を弱めてしまうだけの結果になりはしないかを厳しく点検する必要がある、ということを私は言いたい。換言すれば、企業の人間観が問われる時代になったということである。
 ここでいう「遊戯」とは、単純な遊びのことではない。それは目的や評価が存在しない世界を意味する。結果を気にせず、損得勘定などが一切ない。ただそのことに夢中になっている。そういう世界を持つことの大切さを説いているのである。
 最近、日産自動車、神戸製鋼、商工中金による不祥事が相次いだ。これらの不祥事に共通して言えるのは、「達成困難なノルマが課されていた」ことである。先ほどのブログ本館の記事でも書いたが、日本企業が強いのは、私が頻繁に使っているマトリクス図の右下にあたる<象限②>(必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きい)である(日産の自動車、神戸製鋼の自動車部品、商工中金の金融は<象限②>に該当する)。<象限②>は必需品なので、需要をある程度正確に予測することができる。また、競合他社の動向をつぶさにウォッチしていれば、自社がどの程度の売上高、市場シェアを獲得できそうかも見えてくる。それなのに、市場の動向に抗って企業の成長を追求すると、経営陣は現場に対して無茶なノルマを課すようになる。

 アメリカ企業が強い左上の<象限③>(必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい)では、需要を一から新たに創造する必要があるため、グローバル規模で多額の資金を投じて、多少無茶な経営をしなければならない。これに対して、<象限②>は一定の需要が見えているから、企業としてやるべきことをやっていれば、自ずと結果はついてくる。企業としてやるべきこととは、挨拶や5Sといった本当に基本的なことに始まり、顧客の声に耳を傾ける、品質を作り込む、部下を育成する、他部署をフォローする、取引先を教育支援するなど、小さな行動の積み重ねである。結果を追うのではなく、社員がこうしたプロセスに夢中になる経営が今後は重要になると考える。