なぜ繁栄している商店街は1%しかないのかなぜ繁栄している商店街は1%しかないのか
辻井 啓作

CCCメディアハウス 2013-11-27

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 腐っても中小企業診断士である私は、同業の診断士が書いた本に対してはどうしても厳しい目を向けてしまうという悪癖がある。本書でも、内容が矛盾している箇所を3か所見つけてしまった。

 1つ目は、著者が個別商店や企業の経営を手伝う場合には、「いかに差別化して、心理的な独占状態を作り出し、高い値段で売るか」を重視していると言うのに対し、別の箇所では商店街が物価の安定に貢献していると述べていることである。一般に、スーパーマーケットは商店街よりも安い価格で商品を販売しているというイメージが定着している。だが、スーパーマーケットにも得手不得手があって、必ずしも低価格ではない商品もある。商店街の個店はそこに目をつけて、その商品を低価格で販売する。すると、別の個店もその価格につられて値下げをする。この繰り返しによって適正な価格競争が生まれるというのである。これは、著者が言っている経営支援の方向性とは正反対である。

 2つ目は、既存の商店と新規の商店の関係である。著者は、既存の商店にはあまり期待していないようである。これまで成長できなかった商店が簡単に成長してよい店になることはまずないとはっきり断言している。著者は商店街の意義を、若者が起業しやすい場を提供できることに認めている。意欲のある若者が空き店舗などを利用して創業し、その地域でよい店になれば、その店に惹きつけられるようにして新たな創業が誘発されるというわけである。ところが、本書の最後は、新規の店舗が繁盛店になることができるのならば、既存の店舗にもできないはずがないといった言葉で締めくくられている。これは明らかに変な話である。

 以上の2つはまだ”軽微な”矛盾である。私が最大の矛盾と感じたのは、商店街振興組合とは別に、商店街活性化組織(本書では「商店街エリア活性化機構(仮称)」とされている)を立ち上げ、様々なイベントを実施して商店街への注目を高め、新たな出店を促すと述べている箇所である。私はそれほど商店街支援の経験があるわけではないのだが、商店街のイベントには相当否定的である。

 たいていの商店街では、組合の役員が、単に昔からやっているからという理由で、あるいはもっとひどいケースになると行政が補助金を出してくれるからという理由で、イベントを手弁当で実施している。こんなイベントが成功するはずがない。それでも善意ある商店はイベントに協力して、イベントの日には特別に商品を仕入れたりする。だが、このことは逆に言えば、その商店には商店街に来る人がほしいと思う商品が普段置かれていないことを暴露しているのに等しい。

 こんなイベントを専門とする部隊を立ち上げたところで、一体何になると言うのか?組合の役員がやりたがらないイベントを単にアウトソーシングしているだけではないのか?もちろん、周到に企画されたイベントであれば、商店街内の回遊性を高め、顧客に商店街の価値を認識してもらい、商店街のファンを増やすことも可能かもしれない。しかし、そういうイベントをどのように企画すればよいかについては一切論じられていない。組合との利害を断ち切るために、組合とは別組織にして、外部から専門家を引っ張ってくるべきだとしか書かれていない。

 私は常々、商店街の経営はショッピングセンターの経営を参考にできないものかと考えている。ショッピングセンターの場合、運営会社がテナントに対して経営支援を行うのが普通である。商店街の組合も、役員がイベントや会報の発行を手弁当で行うボランティアみたいな組織から、個店の経営支援を行うマーケティング部門へと脱皮できないだろうか?言うまでもないことだが、企業経営には市場調査と競合他社分析が不可欠である。しかし、商店街の個々の店舗は、日々の業務に忙しく、これらの調査を行うことが難しい。仮にできたとしても、各店舗がバラバラに調査をしていては非効率である。そこで、組合がこれらの調査を一手に引き受け、そこから得られた知見を活かして個店の経営をサポートする。

 そのためには、人員と費用が必要である。中小企業庁「平成27年度商店街実態調査報告書」によると、1商店街の平均店舗数は54.3である。また、J-Net21「商店街振興組合の会費額の相場と事業資金の調達方法を教えてください」によると、月額会費の平均は4,854円(事業協同組合・任意団体を加えた平均)である。商店街は規模も会費もバラバラなので、あまり平均値に頼るのはよくないのだが、これ以外に使える数値がないので、ひとまずこの数字を使うことにする。商店街の店舗数が約50、月額会費が約5,000円だとすると、組合の予算は月約25万円である。これではとても人を採用することができない。

 そこで、月額会費を2.5万円に引き上げる。すると、組合の予算は約125万円となり、100万円増加する。この増加分で人を2人雇用する。1人あたりの人件費は50万円となり、悪くない条件である。雇用された2人は、商店街の外部環境調査を行うと同時に、25店舗ずつを担当して個店の経営支援に回る。これでショッピングセンターに近い運営をすることができるようになる。

 無論、いきなり会費を5倍に引き上げるのが無謀なのは百も承知である。そこで、最初の数年間は値上げの代わりに補助金を使う。商店街のイベントには数百万円の、街路灯などのインフラ整備には数億円の補助金がつぎ込まれている。それらを一旦全て止めて、組合の人件費へ回す。個店には、将来的に月額会費を上げることを前提として、経営支援を受けてもらう。経営支援の効果を認めてくれる店舗が多い商店街では、補助金終了後に月額会費の値上げに成功して、ショッピングセンターのような運営が実現する。他方、経営支援の効果を認めず、月額会費の値上げにも反対する店舗が多い商店街では、継続的な人員雇用が困難となるから、その時点で元の組合体制に戻せばよい。

 組合に雇用される人材にこそ、中小企業診断士が相応しい。全国には約1.2万の商店街(中小企業庁「FAQ「小売商業対策について」」より。商業統計では、小売店、飲食店、サービス業を営む事業所が近接して30店舗以上あるものを1つの商店街と定義される)があるそうだから、かなりの雇用効果が見込める。診断士の商店街支援活動というと、イベント運営側の人手が足りないから手伝ってくれというケースが多いと聞くが、そんなアルバイトでもできそうな仕事をやるために我々は国家資格を取得しているわけではない。