こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

ちゃんぽん戦略

宮田律『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』―カネで外国から尊敬を買える時代はとっくに終わっている


イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか (新潮新書)イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか (新潮新書)
宮田 律

新潮社 2013-09-14

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 この本も、一種の「日本礼賛本」であろう。著者によれば、日本とムスリム社会には、正義の遂行、言行一致、勇敢さ、忍耐、誠実、人情、ウェットな人間関係、面倒見のよさ、集団主義といった共通のメンタリティがあるという。ムスリムは日本の精神をもっと学ぶべきだという風潮があるそうだ。だが、私にはこうしたメンタリティの退廃が日本では著しい速さで進んでいるような気がしてならない。

 明治時代に日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一は、『論語と算盤』という著書の中で、「経済と道徳は両立できる」と説いた。実際には、「『論語』を持って経営をしてみせる」と言っていたぐらいだから、経済よりも道徳の方が優先されると考えていたのだろう。ところが、最近の日本企業では、経済と道徳の優先順位が逆転してしまっているように思える。

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
渋沢 栄一

角川学芸出版 2008-10-25

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 企業がそれなりの規模になると、今の成熟社会においてさらに成長するためには、より大きな案件やプロジェクトを取ってこなければならない。そこに、アメリカ式の個人主義、明確な職務定義書、成果主義といった考え方が流入すれば、社員個人の仕事の範囲は限定され、顧客とじかに接する機会が減少することはもちろんのこと、隣の部署、さらには隣の社員が何をやっているかも解らないという状態に陥る。つまり、仕事を通じた人間関係が恐ろしいほどに希薄になる。だから、自分1人ぐらい仕事でミスをごまかしてもバレないだろうと考える輩が出てくる。後から案件やプロジェクトの不正が発覚しても、内部では個々の細分化された仕事が複雑に影響し合っているから、原因の特定が困難になる。

 大きな案件で大変な思いをしたくないという企業は、金融経済に参入する。実体経済は成長が見込めないが、金融経済ではあたかも無尽蔵にマネーを増大させることができるような幻想に浸っている。実際、金融経済は「期待」によって動く世界である。ある対象物の価値が将来的に上がると期待して、その対象物に投資する。実体経済の需要は人口によって制限されるのに対し、期待はあくまでも気持ちであるから、いくらでも膨らませることができる。しかし、膨らみすぎた期待はやがて破裂する、つまりバブルがはじける。すると、金融経済は、次に期待できるものをすぐさま用意する。サブプライムローンが破綻したのならば、次は仮想通貨だといった具合にである。そこには人間関係を差し挟む余地はないし、その経営姿勢の根底には、およそ道徳と呼ぶべきものは見当たらない。

 このようにして崩れた人間関係を取り戻そうと、我々はSNSに飛びついたが、匿名を基本とするtwitterは常に誰かを炎上させようと狙っている意地悪なツールになってしまったし、実名公開を基本とするFacebookも、自分がいかに充実した日常生活を送っているかを自慢する自己本位な場を超えないと感じる。インターネットの世界では、匿名だから罵詈雑言が飛び交うのであって、実名ならばそんなことはないと信じられていたのに、ほぼ実名公開に近いLINEでは、子どものいじめが問題になっている。匿名か実名かは関係ないのである。

 SNSは人間関係を取り戻すには不十分である。真の人間関係とは、何よりもまず生身の他者と直接対峙することである。そして、自らの透明度を高めて、自分が何者であるかを極限まで開示する。すると、相手が自分を信頼してくれるようになる。同時に、「相手が自分のことを十分に知っている以上、それとは矛盾する行動や、相手を裏切るような行為は絶対にできない」という緊張感が生まれる。相手からの信頼を資源として、相手が何を必要としているのか、どのような価値を求めているのかをくまなく読み取る。それを受けて、相手との間にある緊張感で身を律しながら、相手の要求の端々にまで厳格な姿勢で応えていく。これが正義、勇敢さ、誠実といったメンタリティではないかと思う。
 日本には政治的野心がなく、日本が主に望むのは経済交流だということを(※ウズベキスタンの)大統領も知っていて、日本に対して何か政治的役割を果たしてほしいという発言は聞かれなかった。
 これが本書の中で最も私を悲しくさせた一文である。イスラームの国々が日本を尊敬しているといっても、結局は経済支援がその理由なのである。要するに、イスラームの国々からの尊敬は、カネで買ったものにすぎない。だが、カネしか出さない国は、国際社会から本当の意味では評価されないことを我々は湾岸戦争で学んだはずである。1991年の湾岸戦争の時、日本は総額130億ドル(約1兆5,500億円)もの巨額の資金を多国籍軍に提供した。クウェート政府はアメリカの主要な新聞に感謝広告を掲載したが、「クウェート解放のために努力してくれた国々」の中に日本の名前はなかった。これが国際社会の現実である。

 アメリカやロシアのように、中東の国々の政治・経済体制を自国にとって有利なように強制変更させるような政治的野心は持つ必要はない。しかし、小国である中東の国々が紛争を減らすことができるような国家作りの支援ならば、同じ小国である日本にもできるはず、いや日本がすべきであると考える。ブログ本館の記事「『正論』2018年8月号『ここでしか読めない米朝首脳会談の真実』―大国の二項対立、小国の二項混合、同盟の意義について(試論)」でも書いたように、大国であるアメリカとロシアは、二項対立関係にある双方が直接衝突するとあまりにも大規模な戦争に発展してしまうため、自国にとって味方となる小国を集め、その小国に代理戦争をさせている。その典型が中東である。

 小国は大国の思惑通りに代理戦争に巻き込まれるのを防ぐため、対立する両大国の政治、経済、社会、軍事制度などの諸要素を”二項混合”的に吸収し、自国の歴史、伝統、文化の上に独自の国家体制を構築する。さらに、独自の国家体制のメリットや価値を両大国に訴求する。これによって、小国は独立性を保ちつつ、スパイ活動という危険を冒さなくとも、アメリカの情報がその小国を通じてロシアに、ロシアの情報がその小国を通じてアメリカに渡るという状況を作り出すことができ、双方ともその小国には簡単に手出しができなくなる。同時に、代理戦争によって対立していた近隣の小国にも同様のアプローチを取るように促し、代理戦争そのものを無効化する。これを「ちゃんぽん戦略」と呼んでいる。

 中東で紛争が絶えない原因は、もちろんアメリカとロシアの過剰な介入にも原因があるのだが、ムスリムは基本的に二項対立的な世界観に生きているからでもある。セム系のムスリムは二項対立的な発想をすると指摘したのは山本七平であった。大国同士は、二項対立的発想が深刻な紛争を招くのを防ぐ仕組みを自国の中に持っている。ところが、中東の小国が二項対立的な発想をすると、自国=正義、他国=敵という構図を生み出しやすく、紛争の温床になる。

 本書で紹介されている例で言えば、ハワーリジュ派は、この世界を「信仰」と「不信心」、「ムスリム(神への追従者)」と「非ムスリム(神の敵)」、「平和」と「戦争」に分けて考える。サウジアラビアのワッハーブ派も、全てのムスリムは不信心者と戦う義務があると考えている。エジプトのサイイド・クトゥブは、世界は善の力と悪の力、神の支配に服従する者とそれに敵対する者、神の党派と悪魔の党派に分かれると主張した。基本的に、彼らにとっての敵とは欧米諸国のことなのだが、矛先が中東の近隣諸国に向けられると紛争が勃発する。

 セム系の二項対立的な発想は彼らの本質であるから、その思考回路を変えるのは容易ではないだろう。日本は神仏習合に見られるように、歴史的に見れば二項混合的な発想をすることに抵抗のない国であるものの、本格的に二項混合を行うようになったのは明治維新以降と考えてよい。歴史の浅さというハンディキャップを乗り越え、イスラームの本質を十分に理解した上で、中東のそれぞれの小国がそれぞれの国のやり方で二項混合的な国家建設を行うのを支援することが、日本にできる政治的貢献であると考える。

 「イスラームの本質を十分に理解した上で」と書いたが、中東を政治的に支援するにあたって難題となるのがコーラン(クルアーン)の扱いである。西欧諸国にとっては、法治国家は宗教から切り離されたものというのが当然のこととされている。しかし、中東においては、コーランとそれを法源とするイスラム法という宗教が共同体や人々の生活を規定する法律として立派に機能している。

 そもそも、何が宗教で何が法律なのか、厳格に線引きをすることは非常に難しい。西欧諸国は、近代法は啓蒙主義の洗礼を受けた合理的なものであり、宗教は前近代的であると批判する。しかし、例えば、「殺人を犯した者は懲役15年以下に処する」という法律があった場合、「懲役15年以下」という量刑にどれほどの合理性があるか説明できる人は皆無に等しいだろう。他の刑罰の選択肢もあるのに(中世には様々な刑罰の種類があった)、なぜ懲役が選ばれたのか、15年以下という長さがなぜ妥当なのか、これらの問いに対する合理的な答えはない。人々が何となくそういう刑罰、そのぐらいの刑罰に処すれば、社会的制裁として十分であろうと「信じている」からにすぎない。

 やや話が逸れるが、西欧諸国、もっと範囲を広げて、日本を含む資本主義国は、見方を変えると皆宗教国家である。資本主義国家が崇めているのは貨幣である。貨幣など、物質的にはただのコインや紙切れである。しかし、そのコインや紙切れに価値があり、モノやサービスの価値を可視化することができ、さらにモノやサービスと交換可能であると広く人々が信じているのが資本主義国家である。資本主義とは、貨幣礼賛教のことだと言い換えてもよいだろう。

 貨幣も、その価値や使途に関するルールを内包している存在であると広くとらえれば、宗教と法律とを厳密に区分することはいよいよ難しくなる。ブログ本館の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?」で書いたように、中東においては、宗教国家という方向性を真面目に検討してもよいと思う。日本は明治時代に神道を国教として宗教国家を目指し、太平洋戦争によって大きな痛手を被った経験がある。日本は、自らの歴史を踏まえながら、健全に機能する宗教国家の条件を提示することができるのではないかと考える。

 法律も宗教も、「共同体や社会の中で、他者に迷惑をかけずに生きるにはどうすればよいのか?」、「他者に対してより積極的に貢献するには何をすればよいのか?」といった問いに対する答えを示している。法律は国家の権力をバックに、宗教は神の存在をバックに、これらのルールを明確にしたものである。そして、法律や宗教にルールを供給しているのが、道徳である。安岡正篤によれば、道徳の存在なくして法律も宗教も生まれない。道徳、法律、宗教は密接な関係にある(『「人間」としての生き方』〔PHP研究所、2008年〕)。

「人間」としての生き方 (PHP文庫)「人間」としての生き方 (PHP文庫)
安岡 正篤 安岡 正泰

PHP研究所 2008-03-03

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 今、日本が中東各国を支援するには、本記事の前半で述べた「道徳の喪失」という問題を解決しなければならない。道徳を取り戻した日本がちゃんぽん戦略の実行と宗教国家の構築という、言わばソフトとハードの両面からサポートをする時、日本は本当に中東から尊敬される国になるであろう。著者は、中東では日本のポップカルチャーが人気だから、日本は中東から尊敬されていると言う。しかし、ポップカルチャーは流行に左右されやすいものであり、ムスリムがそれに飽きれば日本は簡単にポイ捨てにされる。国際貢献の何たるかを理解していれば、こんな軽薄な発言は出てこないはずである。

『正論』2018年10月号『三選の意義/日本の領土』―樋田容疑者さえ捕まえられない日本警察の下でスパイ防止法など運用できるはずがない


月刊正論 2018年 10月号 [雑誌]月刊正論 2018年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2018-09-01

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 北朝鮮は、核ミサイルを持たなかったリビアのカダフィ体制がアメリカによって崩壊したのを見て、体制維持のために核ミサイル(ICBM)を開発したと言われる。しかし、北朝鮮という小国が数十発程度ICBMを開発したところで、アメリカにICBMを撃ち込めば、世界最大の核保有国によって簡単に国ごと葬り去られるのは自明である。あくまでも北朝鮮にとってICBMは、韓国から在韓米軍を撤退させ、将来的に南北統一を実現させるための外交カードにすぎない。また、アメリカも核先制不使用の方針を墨守している。よって、北朝鮮もアメリカも、自らが最初に核ミサイルを使用する気はさらさらない。

 北朝鮮が昼夜問わず弾道ミサイルを発射する中、常時警戒する態勢を整えるために、日本政府がアメリカの新型迎撃ミサイルシステムである「イージス・アショア」の導入を決定したのは2017年である。だが、配備には5年かかるという。トランプ大統領と金正恩第一書記があれだけの舌戦を繰り広げていて、まるで明日にでもミサイルが日本に発射されるのではないかという雰囲気があったことを考えると、この配備スケジュールはあまりにものんびりしている。要するに、北朝鮮は本気で日本にミサイルを撃ち込むつもりなどなかったのである。防衛省は、アメリカから「お買い物リスト」を見せられて、アメリカから言われるがままに迎撃ミサイルシステムを導入したというのが実態であろう。

 中国と日本の関係も同様である。本号では、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦氏が次のように述べていた。
 外務省の役人時代、日本のミサイル防衛をめぐって在日中国大使館の館員から「わが国を敵視するもので、緊張感を高める」と抗議を受けたことがあった。私が「中国は日本にミサイルを撃つ気でもあるのですか?ミサイル防衛は日本にミサイルを撃つ気のない国にはまったく影響ありません。貴国は日本にミサイルを撃とうなんて考えていないでしょうから、心配する必要はありませんよ」と答えたら、その外交官は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていたことを思い出す。
(宮家邦彦「スパイ防止法は世界の常識」)
 防衛省はやはり2017年に、戦闘機に搭載する長射程の空対地ミサイルの導入に向け、準備経費を2018年度予算案に計上した。導入するのは、ロッキード・マーチンの「JASSM」と「LRASM」の2種類に加えて、ノルウェー企業の「JSM」というミサイルになる予定である。これらのミサイルは敵の攻撃を受けにくい地点から発射できるのが特徴で、東シナ海で活発化する中国軍の動きを牽制するのが狙いである(射程が1,000kmあるため、北朝鮮にも届く)。

 一方、複数の見方があるが、中国が尖閣諸島を奪取するのは2020年まで、または2020年からの10年間、あるいは2035年から2040年代にかけてとされる。仮に中国が最短の奪取計画を採用した場合、JASSMなどの戦闘機への搭載は2020年には間に合わない。だとすると、実は中国は本音では2020年までに尖閣諸島を奪取しようとは思っておらず、中国の宣言に慌てた日本がアメリカにそそのかされてミサイルを買ってしまったのではないかと考えてしまう。

 このように、日本の防衛はどこかスケジュール感がずれており、「本当に使えるのか?」といった類のものを導入しているように見える。現在、世界ではどの地域でも紛争が発生しそうな雰囲気がある。しかし、その紛争の行方を握っているのは、依然としてアメリカである。アメリカのさじ加減1つで、世界で紛争が起きるか否かが決まる。トランプ大統領は元来平和主義者であると言われており、言葉遣いこそ荒いものの、内心では紛争を望んでいない。だから、トランプ大統領がいる限り、世界では大規模な紛争が起きる可能性は低いと思われる。

 日本はそれがよく解っていないので、平和主義者だが軍需産業の強いロビー活動によってやむなく軍需産業を活性化しなければと考えているトランプ大統領によって、日米同盟を道具に、アメリカの最新武器を買わされている。私は、当面世界で大規模な紛争が起きる可能性が低い今だからこそ、アメリカ軍需産業のお得意様に成り下がっている場合ではなく、憲法改正をしっかりと行って、自衛隊の位置づけを憲法上で明らかにするべきだと考える(ブログ本館の記事「『正論』2018年10月号『三選の意義/日本の領土』―3選した安倍総裁があと2年で取り組むべき7つの課題(1)」を参照)。

 ところで、先ほどの宮家邦彦氏は、「スパイ防止法」を日本でも早く制定するべきだと主張していた。日本は昔からスパイ天国であった。『致知』2018年10月号の中西輝政氏の記事によると、関東大震災の時にはアメリカのスパイが大量に日本国内に流入していた。ロシア革命時のソ連の救援団の中にもスパイが紛れ込んでいた。驚くべきことに、日米野球で来日したベーブ・ルースの捕手を務めた選手もアメリカのスパイだったという。

致知2018年10月号人生の法則 致知2018年10月号

致知出版社 2018-09


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 ただ、樋田淳也容疑者ごときに大阪府警富田林署の脱走を許し、48日間もの間捕まえられなかった日本警察に、外国のスパイの取り締まりができるとは到底思えない。私はブログ本館の記事「『正論』2018年8月号『ここでしか読めない米朝首脳会談の真実』―大国の二項対立、小国の二項混合、同盟の意義について(試論)」で、対立する大国に挟まれた小国が一方の大国と同盟を結んでその国の庇護下に入り、もう一方の大国と対峙するという関係はもう時代遅れなのではないかと書いた。仮想敵国が流動的に変化しうる可能性のある時代においては、伝統的な同盟関係は通用しにくい。

 私は、対立する双方の大国の政治、経済、社会、軍事の特徴を小国にオープンかつ柔軟に流入させ、小国が独自の国家システムを構築することで、どちらの大国に対しても、自国は味方なのか敵なのか解りにくくさせることが、小国の新しい戦略的ポジショニングになると考える。大国からすると、小国の本音が解らないので、簡単には手出しができない。それが小国にとっての抑止力になる。私はこれを今のところ「ちゃんぽん戦略」と呼んでいる。桑田佳祐氏が「いいひと~Do you wanna be loved?」という曲の中で、「あっち向いて”いい顔” こっち向いてニコッ!! アンタは本当に”いいひと”さ 曖昧 中庸 シャイ 気まぐれ そんなニッポンの"お家芸”が好きかい!?」と当時の民主党政権を揶揄していたが、私は小国日本はむしろこの態度を貫徹するべきだと思う。

 軍事に関しては、いっそのことスパイにやりたい放題させればよい。現在でも、アメリカは絶対に認めないものの、エシュロンを通じて日本の全ての情報を傍受しているし、おそらく中国のスパイも多数日本に潜り込んでいる。

 まず中国のスパイが日本でアメリカの対中戦略情報を入手する。そのまま中国に持ち帰られる情報もあるが、日本国内の中国人スパイがその対中戦略情報を活用して、日本国内で対米戦略を練ることもあるだろう。すると次は、アメリカのスパイがその対米戦略情報を入手する。そして同様に、日本国内で対中戦略を練り直す。これを繰り返していけば、中国もアメリカも常に相手国に対する戦略をアップデートしなければならず、いつまでも日本ないしは相手国への攻撃に踏み切ることができない。情報が固定的である方が、合っているかどうかは別として、何らかの仮説に基づいて戦略の実行に踏み切られるリスクが大きい。

 最後に、集団的自衛権と集団安全保障について述べておく。古是三春氏は元陸上幕僚長の冨沢暉氏の『軍事のリアル』から以下の文章を紹介している(孫引きになることをご容赦いただきたい)。
 「本来戦闘を目的とせぬPKOに参加しながら、やむを得ず戦闘する場合がある。実はこれが集団安全保障における武力行使であり、明らかに自衛とはいえぬ武力行使である。・・・これらは各国独自の権限に属するものではなく、『世界の秩序維持機構たる国連』の要請に応じての義務遂行にあたるもので、不戦条約や憲法第9条が禁止する武力行使とはまったく系列を異にする」
(古是三春「敵地攻撃能力 当たり前の”自衛”がなぜできない」)
 私もまだ十分に理解しきれていないのだが、憲法9条が定めているのは自衛権のことであるのに対し、集団安全保障は国連憲章に定められた国連加盟国の義務であり、国際法上、国連憲法は各国の憲法よりも上位に位置するから、各国は集団安全保障の義務を負わなければならないということである。

 2015年の安保法制によって、憲法9条の下で集団的自衛権が認められた。文言上は従来の個別的自衛権に毛が生えた程度にすぎない。しかし、運用の段階になって、アメリカの都合のよいように解釈され、アメリカが日本から遠く離れた地域で引き起こした紛争であっても、放っておけば日本に危険が迫ると言われて自衛隊が出動させられる恐れがある。私は、それは安保法制で定めた集団的自衛権の範囲を大きく逸脱しているから、国会が歯止めをかけるべきだと考える。あくまでも集団的自衛”権”であって、集団的自衛”義務”ではない(ブログ本館の記事「『世界』2018年9月号『人びとの沖縄/非核アジアへの構想』―日米同盟、死刑制度、拉致問題について」を参照)。

 ただ、これが集団安全保障となると話が違ってくる。集団的安全保障とは、ある国連加盟国が、別の国から不法な攻撃を受けた場合には、その他の国連加盟国が一致団結してその被害国を支援するという考え方である。その支援とは、実際の軍事的な行動を指す場合もあれば、救援物資や資金の援助にとどまることもある。日本は「憲法で武力行使を禁じている」という立場から、今まではPKOにとどまっていたが、仮に憲法9条と集団安全保障が別物という考え方に立つならば、日本の立場は通用しないことになる。日本の憲法が武力行使を禁止していようが、日本が国連に加盟している以上、集団安全保障の義務を負うのは当然であり、武力行使の要請に対してNOとは言えない。

 以前、ブログ本館の記事「『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本」で、日本の自衛隊は邦人救出はできないのに、安保法制によって駆けつけ警護が可能になったのはおかしいと書いてしまったが、邦人救出は自衛権の話であるのに対し、駆けつけ警護は集団安全保障の話であり、両者を混同していたと反省した。私は、アメリカに振り回されて自衛隊を紛争地に派遣するのには反対だが、国連加盟国である以上、国連の要請には応える義務があると考える。それでも、憲法で武力の行使を禁止しているという理由で、自衛隊を紛争地へ送り込むことに反対するならば、日本は国連を脱退するしかない。

大庭三枝編『東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差』


東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差東アジアのかたち―秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差
大庭 三枝

千倉書房 2016-08-25

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 中小国の集合であるメコン諸国にとって、最も望ましくないシナリオとは、日本や中国、アメリカから二者択一でパートナーシップを迫られることである。こうした事態を避けるべく、メコン諸国は複数の大国とそれぞれ別の関係を結んだり、大国を含まない制度を構築したりすることで、大国の影響を制御している。
 ブログ本館の記事で何度も書いたが、大国は二項対立によってがっぷり四つに組んでいる。対立する大国に挟まれた小国には、一方の大国に味方するという選択肢がある。一見すると、大国の庇護を受けられるというメリットがあるように見える。ところが、この立ち居地は極めて危険である。というのも、大国同士は自らが直接衝突すると甚大な被害が出るため、自国に味方する小国を使って代理戦争をさせるからだ。中東や朝鮮半島で起きているのがまさにこれである。

 それを避けるためには、大国双方のいいところ取りをして「ちゃんぽん状態」にし、どちらの大国からも攻撃されにくい状態を作ることが有効ではないかと考えている。以前の記事「森田安一『物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』」では、小国の「ちゃんぽん戦略」の輪郭を整理してみた。政治面と経済面のIN戦略、OUT戦略は何となく明らかになったが、軍事面のIN戦略、OUT戦略はペンディングのままであった。だが、本書を読んで、軍事面のIN戦略とは、対立する双方の大国から武器を輸入すること、OUT戦略とは、対立する双方の大国と軍事交流や合同軍事演習などを行うこと、と整理できるような気がした。

 日米同盟を結んでいる日本から見ると、対立する双方の大国と合同軍事演習を行うことなど考えられないが(例えば、日本が現時点で中国やロシアと合同軍事演習することは考えられない)、ASEAN諸国の中には、アメリカ・中国の双方と合同軍事演習を行っている国がある。
 マレーシアは、前述の「CARAT」「SEACAT」「バリカタン」「RIMPAC」といった合同軍事演習を通じての(※アメリカとの)軍事協力を進めてきた。(中略)他方中国とは2005年9月に「防衛協力に関する覚書」を採択して以来、安全保障分野における協力や交流が行われてきた。2013年10月、習主席がマレーシアを訪問した際、習主席とナジブ首相は軍事も含めた関係強化で合意した。2014年12月にはクアラルンプールで、中国とマレーシアの初の2国間共同机上演習「平和友誼2014」が行われた。
 タイ、シンガポール、インドネシアといったその他のASEANの先発国も、アメリカと中国それぞれとの関係を強化してきた。南シナ海における中国への脅威感がこうした係争国以外のASEAN諸国にも広がる中で、例えばシンガポールが米軍の哨戒機の国内における配備を認めるといった、アメリカ傾斜への動きも見られる。しかし、これら3国とも、中国とも戦略的パートナーシップを締結済みであり、またアメリカ、中国双方と共同軍事演習や共同訓練を行ってきたことにも留意すべきである。
 例えばインドネシアがアメリカ、中国の双方と合同軍事演習を行うと、アメリカの作戦は中国に、中国の作戦はアメリカに筒抜けになる可能性がある。もちろん、軍事機密であるから簡単に漏れてしまっては双方との信頼関係に関わるのだが、「漏れる可能性がある」と心理的に思わせるだけで、アメリカも中国もインドネシアへの攻撃をためらうことになる。インドネシアの狙いはここにある。

 さて、アメリカと中国の関係だが、冷戦時代の米ソ関係とはかなり異質であるようだ。冷戦時代、米ソ間には経済的、文化的、軍事的交流がほとんどなかった。ところが、下記の引用文にあるように、現在のアメリカと中国は経済的に密接な関係にあるだけでなく、軍事面でも様々な交流を行っている。この新しい二項対立の形をいかにして描写するかが、今後の私の課題である。
 また、アメリカは南シナ海の領有権問題で中国との立場の違いを明確にしているものの、中国との決定的な対立にまでエスカレートするのを避け、中国との良好な関係の維持には注力している。また、中国も同様の立場を採っているいるように見える。様々な意見の相違を抱えながらも、米中は戦略経済対話を積み重ねている。さらに、「航行の自由作戦」敢行直後には、アメリカ海軍のイージス艦「ステザム」が中国海軍との合同訓練を目的に上海に寄港するなど、両国は南シナ海で対立しつつも軍事交流を続けている。
 興味深いのは、報告書が東南アジアを米中の力関係が競合する場とみなしつつ、防疫を共通の課題として同地域で中国を巻き込んだ協力の可能性を示唆している点であろう。中国とアメリカは2009年から国軍の保健衛生機関で交流を行っており、こうした2国間での協力を地域レベルに拡大するという構想は、アメリカが将来的な中国の包摂と協力を企図していることを示している。

森田安一『物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』


物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国 (中公新書)物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国 (中公新書)
森田 安一

中央公論新社 2000-07

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 ブログ本館の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」などで、「対立する大国に挟まれた小国は『ちゃんぽん戦略』をとるべきだ」と散々書いておきながら具体的な戦略の中身を詰めていなかったのだが(汗)、だんだんと輪郭が見えてきた。「ちゃんぽん戦略」の目的は大きく分けると2つある。

 ①対立する双方の大国のシステムや制度のいいところ取りをして、自国を複雑化させる(INの戦略)。
 ②対立する双方の大国と交流し、利益を与えることで、双方から求められる国となる(OUTの戦略)。

 ちゃんぽん戦略は、政治面、経済面、軍事面という3つの面で展開される。まず、政治面のINの戦略とは、専制主義と民主主義の間をとって、独自の政治システムを構築することである。日本は民主主義を採用しているが、ほとんど自民党の一党独裁状態にあると言える。専制主義と民主主義を混合して、一定の政策の多様性を担保していたのが、派閥という伝統であった(ただし、小泉政権以降は派閥が弱体化しているため、やや心配である)。

 政治面のOUTの戦略とは、いわゆる「八方美人外交」である。インドやベトナムはこれが得意だ(以前の記事「山田剛『知識ゼロからのインド経済入門』」、「福森哲也『ベトナムのことがマンガで3時間でわかる本―中国の隣にチャンスがある!』」を参照)。また、環境問題など地球規模の重要な課題をめぐる意思決定の局面で、キャスティングボートを握ることである(以前の記事「田中義晧『世界の小国―ミニ国家の生き残り戦略』」を参照)。国際政治における小国の1票の価値は相対的に重いため、それを利用して大国を手玉に取ることができる。

 経済面のIN戦略とは、国家主導の市場制度と自由市場主義の間をとって、独自の経済システムを構築することである。日本は建前上は自由市場主義を採用しているものの、かつては護送船団方式と呼ばれる制度が存在した。現在でも、行政が業界団体を通じて企業に影響力を及ぼし、市場における自由を一部制限することがある。経済面のOUT戦略は至ってシンプルであり、対立する双方の大国と貿易を行い、双方に直接投資をすることである。日本の貿易相手国を見ると、輸出・輸入ともにアメリカと中国がツートップである。

 政治・経済面において、小国が対立する大国の双方と深く結びついていれば、大国は小国に対して簡単に手出しができなくなる。仮に一方の大国がもう一方の大国にダメージを与えるために小国を攻撃したとしても、自国も一定の損害を覚悟しなければならない。ここまでは何となく整理できた。問題は軍事面である。

 軍事面のIN戦略とは一体何であろうか?そもそも、軍事面において、政治における専制主義VS民主主義、経済における国家主導の市場制度VS自由市場主義のような対立はあるのだろうか?さらに、軍事面のOUT戦略となると、日米同盟に慣れきってしまった私には想像がつかない。以前の記事「百瀬宏『ヨーロッパ小国の国際政治』」では、デンマークが対ドイツのために軍隊を拡充する一方で、NATOが西からデンマークを経由してドイツを攻撃するのを防ぐ役割も果たし、ドイツに対し安全保障を提供しようとした例(この政策は結局実現しなかった)を紹介した。こういうことが、現在のアジア情勢において可能なのだろうか?

 スイスは、周囲を大国に囲まれており、戦略的に見て非常に重要な地域であるが、中世の時代から永世中立を貫いている。ただし、本書によると、中世のスイスは、周辺で対立する双方の国に傭兵を派遣し、傭兵同士を戦わせることで、スイス本土には戦火が及ばないようにするなど、結構ダーティーなことをやっていたようだ(もちろん、現在は傭兵は廃止されており、国民皆兵制度となっている)。

 また、スイスはナチスとのつながりも深い。第2次世界大戦の当初、スイスは連合国との貿易を盛んに行っていた。ところが、1940年に「スイス・ドイツ経済協定」を結ぶと、一転して枢軸国との貿易額が増加した。さらに、戦後のスイスは、「ナチス略奪金塊問題」で国際社会から批判を浴びた。この問題は、ナチスがユダヤ人などから略奪した金塊をスイスでロンダリングして、世界各地に販売していたというものである。Amazonで本書を調べると、関連書籍として福原直樹『黒いスイス』(新潮社、2004年)が出てきた。同書はこの辺りに詳しいのだろうか?

黒いスイス (新潮新書)黒いスイス (新潮新書)
福原 直樹

新潮社 2004-03

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田中義晧『世界の小国―ミニ国家の生き残り戦略』


世界の小国 ミニ国家の生き残り戦略 (講談社選書メチエ)世界の小国 ミニ国家の生き残り戦略 (講談社選書メチエ)
田中義晧

講談社 2007-09-10

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 本書は小国の中でも、とりわけ規模が小さい国、具体的には人口100万人以下の国を取り上げている。そのような「ミニ国家」は、本書が発行された2007年時点で世界193か国中44か国に上る。実に世界のおよそ5分の1がミニ国家である。

 以前の記事「百瀬宏『ヨーロッパ小国の国際政治』」で、大国間の対立に挟まれた小国は一方の国に過度に肩入れせず、「ちゃんぽん戦略」を取るべきだと書いた。ちゃんぽん戦略とは、軍事、政治、経済、文化面などにおいて、対立する大国の双方と交流し、また双方に依存することである。というふうに自分で書いておきながらこんなことを言うのも恥ずかしい話だが、経済、文化面において、対立する大国の双方と交流する方法には貿易や直接投資の呼び込みなどが考えられるものの、軍事、政治面ではどうすればよいのかが不明のままであった。

 本書を読んで、政治面における具体例が少し見えてきた。1つは、大国との外交の結び方である。ミニ国家の中には、その時の国際政治の状況や内政の事情に応じて、外交関係を中国支持から台湾支持(つまり、アメリカ支持)へ、あるいは逆に台湾支持から中国支持へと乗り換えるケースが見られる。大国は、国際社会で影響力を増すために、自国を承認する国の数を増やしたいと考える。一方、ミニ国家としては大国と外交関係を樹立することで経済的な見返りを期待している。ここに、大国とミニ国家が接近する理由がある。

 ただ、私としては、「ちゃんぽん」と言うからには、対立する大国の双方と外交関係を結んでいる例はないものかと考える。本書では、パプアニューギニアやキリバスが中国に加えて台湾と外交を結んだ結果、中国が激怒して台湾との外交が白紙に戻されたり(パプアニューギニア)、中国が断交したりした例(キリバス)が紹介されてる。ただ、キリバスの場合は、中国断交後も、中国人外交官が首都タラワに留まっているとの報道もあるという。個人的には、かつての琉球王国が日本と中国の両方に朝貢していたような例(ブログ本館の記事「相澤理『東大のディープな日本史2』―架空の島・トカラ島の謎」を参照)を探している。

 政治面におけるちゃんぽん戦略のもう1つの例は、国際政治において「1票」の力を有効に使うことである。国際社会の意思決定は、国家の規模に関わらず、1国1票が原則である。よって、相対的にミニ国家が持つ影響力が大きくなる。その影響力を駆使し、自国が味方につく大国を柔軟に変えることで、世界的な問題を大きく左右することができる。例えば、捕鯨問題における国際捕鯨委員会の表決などがそうだ(日本はミニ国家から捕鯨賛成を取りつけるのに必死だった)。

 ただ、これでは対立する大国の一方に肩入れしているだけである。ちゃんぽん戦略と言うからには、もっと別のアプローチが必要となる。つまり、対立する双方の勢力とは異なるポジションを形成することである。温室効果ガスの排出をめぐっては、先進国と途上国(途上国は大国ではないが)が激しく対立している。温室効果ガスの削減義務を負いたくない途上国に対して、ミニ国家は先進国も途上国も削減義務を負うべきだという第3のグループを形成している。ミニ国家の中には、海抜が1.5mしかないツバルのように、地球温暖化が国家の存立を脅かす国も含まれる。こうしたグループは、意思決定のキャスティングボートを握る。

 残りは軍事面におけるちゃんぽん戦略であるが、これについては本書では解らなかった。引き続きの課題としたい。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

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