メキシコの投資・M&A・会社法・会計税務・労務(発行:TCG出版) (海外直接投資の実務シリーズ)メキシコの投資・M&A・会社法・会計税務・労務(発行:TCG出版) (海外直接投資の実務シリーズ)
久野康成公認会計士事務所 株式会社東京コンサルティングファーム 久野康成

出版文化社 2015-04-28

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 以前の記事「中畑貴雄『メキシコ経済の基礎知識』」で、メキシコの旧態依然とした労働法が問題になっていると書いたが、本書でメキシコの労働法についてもう少しだけ調べてみた。メキシコは社会主義運動が盛んであった影響か、労働者の権利が強く保護されている。日本では考えられないメキシコの労務管理のポイントを3点ほどまとめておく。

 (1)労働者利益分配金(PTU)
 会社は、税引前当期純利益の10%を労働者に分配しなければならない。算定されたPTUの総支給額のうち、半分は社員の勤務日数で按分し、残り半分は社員の給与に基づいて案分する。

 メキシコでは、PTUを回避するために多くの会社があるスキームを利用している。それは、新規で進出する際に、オペレーションを行う会社とは別に派遣会社を設立し、その派遣会社で雇用された者を、オペレーションを行う会社へと派遣するというスキームである。法律では、PTUを受け取ることができるのは直接雇用されている者と定められているため、派遣社員は該当しないというわけだ。

 ここで、売上高1.5億円、社員10人、人件費総額1億円、人件費以外の経費2,000万円という労働集約的な企業A社を考えてみる。

 【ケース①:派遣会社を使わない場合】
 A社の税引前当期純利益=1.5億円-(1億円+2,000万円)=3,000万円となり、3,000万円の10%=300万円を社員10人に分配しなければならない。実質的に、A社の税引前当期純利益は3,000万円-300万円=2,700万円となる。

 【ケース②:派遣会社を使う場合】
 A社の全社員を派遣会社B社から派遣させるものとする。B社は、年間総額1億円で10名の社員をA社に派遣する。B社はA社から1億円の売上を獲得するものの、全額が派遣社員の給与などに消えるため、税引前当期純利益はゼロであり、PTUの支払いは発生しない。また、A社の税引前当期純利益はケース①と同じく3,000万円だが、社員がいないためPTUを回避できる。A社とB社の税引前当期純利益を合計すると3,000万円となり、ケース②の方が有利となる。

 国立統計地理情報院(INEGI)によると、非正規雇用比率は雇用全体の6割を超えており、2000年代半ばから改善されていない(日本の非正規雇用の割合は2014年で37.4%)。これは、PTUに関連する上記スキームも影響しているだろう。

 ただし、2012年12月の労働法改正により、PTUの適用範囲が、直接雇用されているとみなされる者にまで広がった。つまり、労働者の派遣や出向という形をとっていても、派遣先企業において直接雇用しているとみなされる場合には、PTUを支払う可能性が出てきた。これにより多くの企業が影響を受けることになり、本書によれば2015年現在でも混乱が続いているという。

 (2)有給休暇ボーナス
 社員が有給休暇を取得した場合には、通常の給与の支払の他に、25%の有給休暇ボーナスが発生する。つまり、有給使用1日につき、基本給100%に加え、割増の有給休暇ボーナス25%が支払われる。

 メキシコの労働法では、勤続年数1年を経過した日において6日間、2年経過日において8日、3年経過日において10日、4年経過日において12日、5年経過日以降は、5年経過するごとに2日の有給休暇が与えられる。この点だけを取り上げると、むしろ日本の労働法の方が手厚い。

 (3)アギナルド(クリスマス手当)
 アギナルドは、クリスマスボーナスに該当するメキシコ特有の法定賞与である。事業者は、12月20日まで(基本的には12月15日の給与時)に社員に対し、日給の15日分に相当するアギナルドを支払わなければならない。

 だが、INEGIにの数字によれば、メキシコの労働者約4,400万人のうち、アギナルドをもらうのは18%の800万人超にすぎない、という記事もある(「メキシコ大統領の年末ボーナス|なんでメキシコ?だってメキシコ!」を参照)。