こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

イノベーション

久繁哲之介『商店街再生の罠―売りたいモノから、顧客がしたいコトへ』―「レトロ商店街」、「テーマパーク型商店街」などは十中八九失敗する


商店街再生の罠:売りたいモノから、顧客がしたいコトへ (ちくま新書)商店街再生の罠:売りたいモノから、顧客がしたいコトへ (ちくま新書)
久繁 哲之介

筑摩書房 2013-08-07

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 著者は地方自治体から商店街活性化の仕事を随分と請け負っているようだが、本書の中で行政の担当者を滅多切りにしている。商店街を活性化しなければならないと口では言いながら、通勤する時はマイカー通勤で商店街を見ることもなく、昼には市役所の安い食堂で食事を済ませる。著者を招いた勉強会の後には、商店街で懇親会をするのではなく、市役所の会議室でウーロン茶で乾杯をする(マイカー通勤をしているためである)。こんな市役所の担当者に商店街のことが解るわけがない、彼らが立てる商店街活性化計画など、役所にありがちな美しい文章にすぎないと味噌くそに言っている。一応、著者にとって行政は顧客にあたるはずなのだが、その顧客をここまでけなすということは、仕事を切られてもいいと思うほどはらわたが煮えくり返る経験をしたのだろう。

 著者は、最近の商店街活性化の取り組みのうち、「レトロ商店街」、「テーマパーク型商店街」、「B級グルメ商店街」の事例をことごとく批判している。私も著者の考えには基本的に賛成である。

製品・サービスの4分類(大まかな分類)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 ブログ本館の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」などで私が頻繁に用いている上図に従うと、商店街は左下の<象限①>に該当する。ところが、商店街をレトロ商店街化するといった取り組みは、簡単に言えば商店街を観光地化しようとするものであるから、商店街を<象限①>から<象限③>に移行させる取り組みである。何度も書いている通り、<象限③>はイノベーションの領域であり、顧客の需要を一から創造しなければならない。資金力のある企業が多数のエバンジェリスト(伝道者)を派遣し、自社のイノベーションの魅力を訴求して、顧客を洗脳する。イノベーションが成功を収めれば莫大な富を手にすることができる。イノベーターは、成功した後は市場からさっさと身を引き、悠々自適のセカンドライフを送る。しかし、そんなことができるイノベーターはごく少数である。

 自らがイノベーションを創出する代わりに、イノベーションのプラットフォームを用意するという選択肢もある。GoogleやAppleのスマートフォンアプリ、定額音楽配信サービスのプラットフォームなどがその代表例である。そして、無数のイノベーションをランキング化し、何が顧客にとって最良のイノベーションかを顧客自身に決めさせる。イノベーション単体の寿命よりも、プラットフォームの寿命の方が長いため、賢いイノベーターはこのプラットフォーム型の戦略に転向している。

 仮にも「地域商店街活性化法(商店街の活性化のための地域住民の需要に応じた事業活動の促進に関する法律)」が「地域住民の生活の向上及び交流の促進に寄与してきた商店街」として、永続的存続を前提としている商店街を<象限③>の博打にさらすのは、私にとっては狂気の沙汰としか思えない。また、前述のプラットフォーム型の戦略も万能ではない。プラットフォーム自体が寿命を迎えることがあるためだ。例えば、今日本ではB級グルメのグランプリが各地で開催されており、商店街がこぞってB級グルメを出品しているが、ランクインするB級グルメが「焼きそば」に偏っていることを著者は本書の中で指摘している。そのランキングを見た人々は、早晩B級グルメから離れていくことだろう。このように、商店街のビジネスは<象限③>と非常に相性が悪いのである。

 商店街は原点に戻って、<象限①>のビジネスに徹するべきである。<象限①>は必需品の領域であるから、顧客ニーズが顕在化しているし、人口や世帯数によって市場規模もある程度見える。だから、やるべきことをやっていれば、<象限③>ほどの派手な成功はなくとも、成果は後からついてくる。ここで言う「やるべきこと」とは、顧客の生の声に耳を傾ける、競合他社を観察し弱点を発見する、自社の差別化要因をはっきりさせるといった、ビジネスとしては当たり前のことに他ならない。本書では「リピート客を作る5つの方法」が紹介されていたのて引用しておく。これすらできないと言う商店街は、座して死を待つのみである。

 ①【顧客の不満】
  店へ何回行っても、大勢の中の無名な一人として扱われる。
 ⇒【顧客ニーズ】
  「常連客(できれば、たった一人の私)」として接客されたい。
 ⇒【リピート客を作る方法例】
  いつも、ご来店ありがとうの気持ちが伝わる「言葉と表情」を示す。

 ②【顧客の不満】
  商品の価値は値段しか書かれていない。売りたい下心しか伝わってこない。
 ⇒【顧客ニーズ】
  商品価値を、顧客ごとの立場・生活シーンに即して伝えてほしい。
 ⇒【リピート客を作る方法例】
  顧客情報(購入履歴、会話履歴)を踏まえて、顧客ごとに商品価値説明や利用方法提案を示す。さらに、顧客情報を踏まえた仕入・生産を行い、メールや電話で「あなたに相応しい商品が入りましたよ」と連絡するとなおよい。

 ③【顧客の不満】
  店に入りにくい(ほしいものがなかった場合、何も買わずに店を出にくい)。
 ⇒【顧客ニーズ】
  気軽に入店したい(必ず、何かを買うわけではない)。
 ⇒【リピート客を作る方法例】
  「試着や試食をして、気に入ったら買ってください」という情報発信を行う。

 ④【顧客の不満】
  少量・一品では買いにくい。
 ⇒【顧客ニーズ】
  少量・一つでも気兼ねなく買いたい。
 ⇒【リピート客を作る方法例】
  少量・一つでも喜んで売りますという情報発信を行う。

 ④【顧客の不満】
  惣菜など揚げ物・焼き物のでき上がり時間が解らない。
 ⇒【顧客ニーズ】
  でき立ての美味しい状態で食べたい。
 ⇒【リピート客を作る方法例】
  でき上がり時間を店舗掲示や店員の声かけなどで伝える。

DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―スノーピーク社の戦略について


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)

ダイヤモンド社 2017-08-10

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製品・サービスの4分類(大まかな分類)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

製品・サービスの4分類(具体的な企業)

 久しぶりにこの図の登場。詳しくはブログ本館の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」、「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」をご参照いただきたい。

 【象限③】は「あってもなくてもよい製品・サービス」であり、常に需要を創造しなければならない。言い換えれば、リーダーがイノベーションを起こさなければならない。市場ニーズはまだ存在していないのだから、伝統的な市場調査は役に立たない。よって、(A)リーダーは「顧客が何をほしがっているか?」ではなく、「自分だったらどういう製品・サービスがほしいか?」と考える。Appleはスティーブ・ジョブズがほしいと思った製品を作り、全世界に普及させた典型例だと言える。そして、Appleがそうであったように、(B)リーダーは製品・サービスに込めた強い思いを顧客に正確に伝え、ブランドイメージを守るために、販売チャネルに対して強いパワーを発揮し、販売チャネルをコントロールしようとする。

 ただし、イノベーションは成功確率が非常に低い。イノベーター自身がその製品・サービスをほしいと思っても、世の中の大多数の人々が同じくそれをほしがるとは限らない。イノベーションは多産多死の世界である。よって、(C)イノベーターはリスクを最小化するため、一時的に優秀な人材を集めてプロジェクトを作り、製品・サービスが完成すればチームを解散するというプロジェクト型の経営をする。正社員は最小限にとどめ、外部のパートナーをフルに活用する。仮に正社員を多く抱える場合でも、固定的なキャリアパスはなく、そのプロジェクトが要求する最高の能力を持つ人材をその都度社内からかき集めるので、上を下への人事異動が頻発する。他方、日本企業が強い【象限②】では、長期雇用を前提として大半の社員を正社員とし、キャリアパスを明確にして社員の育成に投資する。

 本号には、アウトドア用品のスノーピーク社の代表取締役社長・山井太氏の論文が掲載されていた(「スノーピークが実践するユーザー主義の原点 すべては、社員の幸せから生まれる」)。アウトドア用品は、私の見解では【象限③】に該当する。論文を読むと、同社が前述の(A)~(C)を実践していると感じた。
 (A)1988年、筆者は「自分たちが本当にほしいものをつくる」と宣言し、キャンプ用品のハイエンド製品群をつくり始めた。それまでのように、ちょっと風が吹くと潰れてしまうテントではなく、嵐に遭遇しても持ち応えられる頑強なテントをつくろうと、素材と技術、デザインにこだわって製品化を果たしたのである。
 (B)小売店は回転率のよい売れ筋製品しか扱ってくれないため、店舗ごとの品揃えに大きなバラツキが生じてしまう。加えて、問屋経由では流通そのものもコントロールできておらず、当社が目指すハイエンドなイメージとはかけ離れた店舗で販売されるケースもあった。(中略)そこで筆者は、翌1999年から1年をかけて問屋や小売店との交渉を行い、2000年のシーズンからは販売体制を一変させた。まず、問屋を介さず小売店との直接取引に変え、流通をよりシンプルにした。さらに直接取引の特約店方式を採用して、当社製品の取扱店を4分の1に絞り込み、その代わりに全商品を展開してもらうという体制を構築した。
 (C)組織変更は年に1度、あるいいは半期ごとの会社も多いと思うが、筆者はその時点の体制が機能していないと感じたら、時期を問わず即座に変えることにしている。組織変更やポジション変更が年10回ということも珍しくない。(中略)当社では、タスクリーダー、マネジャー、シニアマネジャーというキャリアパスが基本だが、積極的な抜擢人事を行うことも多い。若手社員を一足飛びでマネジャーに引き上げることもある。同時に、降格も躊躇しない。執行役員から降格して部長職まで落ちることもある。(中略)ただし、敗者復活戦が用意されていることが特徴だ。
 ところで、事業戦略の立案から実行にかけてのプロセスは、大まかに言って、①事業機会の抽出⇒②ターゲット顧客・差別化要因の決定⇒③CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)の明確化⇒④戦略目標(売上高・利益・市場シェア)の設定⇒⑤ビジネスモデルのデザイン⇒⑥ビジネスプロセスのデザイン⇒⑦施策の優先順位づけと実行計画の作成⇒⑧将来の損益計算書のシミュレーション、という8つのフェーズから成り立っていると考える。

 ブログ本館の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」は①のツールである。最近、旧ブログで書いた「【シリーズ】:ビジネスモデル変革のパターン」は②の差別化要因を考える際のヒントになるのではないかと思うようになった。また、上図のマトリクスに関しては、スノーピーク社の事例が示唆するように、象限ごとに適切なビジネスモデルというものが存在し、⑤のビジネスモデルのデザインに役立つのではと感じている。こうして、今まで何年もの間私がバラバラに考えていたことがようやく1つにまとまりつつある。ちなみに、このアイデアを思いついたのは、私が1人カラオケをしている時であった。しばしば、仕事から解放された時に革新的なアイデアがふと浮かぶものだと言われるが、私にとってはこれが初めての経験であった。

『中国に勝つ/岐路に立つネット証券 トップ6人が描く未来像(『週刊ダイヤモンド』2017年7月15日号)』―日本が生き残る道は中国のイノベーションの模倣


週刊ダイヤモンド 2017年 7/15 号 [雑誌] (中国に勝つ)週刊ダイヤモンド 2017年 7/15 号 [雑誌] (中国に勝つ)

ダイヤモンド社 2017-07-10

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 中国は経済が失速している、共産党一党独裁という政治リスクがある、対日感情が悪化しているなどの理由から、中国を敬遠する動きが最近見られる。しかし、外務省「海外在留邦人数調査統計」を見ると、各国の日系企業拠点数(企業の他に駐在員事務所、支店を含む)では中国が圧倒的に多い。

日系企業拠点数推移

 JETRO「2016年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(JETRO海外ビジネス調査)結果概要」には、今後海外で拡大を図る機能を尋ねた質問があり、地域統括を除く販売、生産、研究開発、物流の4分野で中国が1位となっている(地域統括はシンガポールが1位)。本号の特集は「中国に勝つ」だが、経済規模ではもはや日本は絶対に中国にかなわない。だから、急激に成長するこの隣の龍を上手に利用して、日本の経済衰退を押しとどめ、望むらくは日本国民1人あたりGDPが成長する方向へ持って行くのが得策だと思う。

海外で拡大を図る機能(国・地域ランキング)

 1つは、「顧客がいる現場に張りつき、顧客の生の声を丹念に拾い上げて、それを丁寧に製品・サービスに反映させていく」という日本企業のマーケティング上の強みを活かすことである。本号では、中国で自動販売機事業を急成長させている富士電機が紹介されていた。人口13億人の中国はアイデアの宝庫である。
 中国人の柔軟なアイデアに寄り添うことで商機が生まれる場合もありそうだ。実際に、富士電機側にも、顧客から「カラオケセットと自販機を合体させて、歌の評価で最高得点を取ったら、ジュースが1本出てくるような自販機を作っほしい」とか「弁当が出てくる自販機を作ってほしい」という相談が舞い込んでくるのだとか。
 もう1つは、中国のイノベーションを模倣することである。日本は世界で最も早く超高齢化社会を迎え、医療・介護分野をはじめとして、新しいニーズを先取りしたイノベーションが求められる。私は以前、ブログ本館の記事「【ドラッカー書評(再)】『乱気流時代の経営』―高齢社会に必要な新しい戦略的思考」という記事で、来るべき超高齢化社会の望ましい姿を主体的にデザインし、その社会を支える製品・サービスを開発すればよいのではないかと書いたが、この考えにはいささか自信が持てなくなってきた。日本人はどうもイノベーションが苦手である。

 中国も今後は少子高齢化が進む。2040年には高齢化率が22.13%となる(同時期の日本は36%)。中国の場合、省や都市によって、日本以上に高齢化率がばらついていると想像できる。例えば、20世紀に最も人口が成長した都市である深センは、ここ30年で人口が30万人から1,400万人に膨張し、高齢化率はわずか2%である。こういう極端に若い都市があるということは、逆に極端に高齢化が進んでいる都市・地域もあるはずである。中国では、人口統計において「常住人口」と「戸籍人口」という2つの統計基準が存在し、中国の地域別(都市と農村別や省別など)に少子高齢化の実態を把握することが難しいとされる。ただ、1つの傾向として、都市部より農村部の方が高齢化が進んでいることは解っている。

 20世紀から21世紀の初頭にかけて、イノベーションの中心はアメリカであった。しかし、これからは中国がその中心になるかもしれない。中国人は元々イノベーションに長けている。何と言っても、世界3大発明と言われる火薬、羅針盤、活版印刷術は、全て中国が生み出したものである。だから、商魂猛々しく、創造力に満ちたイノベーターが、高齢化が進んだ地域で革新的なイノベーションを生み出すに違いない。日本は、お得意の模倣作戦で、中国のイノベーションを輸入し、これまたお得意の低コスト化、小型化、高品質化で、より洗練された製品・サービスに仕立て上げる。これが日本の生きる道ではないかと思う。

 何のことはない。中国を師と仰いで、中国の文化や制度を真似してきたかつての日本に戻るだけのことである。日本は文明の基礎となる文字ですら中国から輸入し、アレンジを加えて独自の文字体系を作ってしまった。ピーター・ドラッカーは、日本が海外のイノベーションを模倣して、最初にそれを開発したイノベーターよりも優れた製品・サービスを作ることを「起業家的柔道」と呼んで賞賛している(『イノベーションと企業家精神』)。だから、決して恥ずかしい作戦ではない。

秦充洋『プロ直伝!成功する事業計画書のつくり方』―2段階ターゲティングは興味深いがアメリカのイノベーターは最初から世界を目指す、他


プロ直伝!  成功する事業計画書のつくり方 (マンガでわかる!  ビジネスの教科書シリーズ)プロ直伝! 成功する事業計画書のつくり方 (マンガでわかる! ビジネスの教科書シリーズ)
秦 充洋

ナツメ社 2015-08-11

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 私は現在、ある顧客向けに「事業計画書の作り方(初級編)」のような研修を作成していて、自分の頭の中には事業計画書の作成方法、事業戦略立案の方法が一応存在するのだが、世の中の一般的な理解とずれていないかどうか確かめるために、入門編にあたる本書を購入してみた。結果的には、私の理解はそれほど間違っていないことが解って安心した。

 本書の中で興味深かったのは「2段階ターゲティング」という考え方である。第1段階の「初期ターゲット」は、市場規模の大小を気にする必要はない。規模は小さくても、ニーズが強く顕在化させやすい、波及効果が期待できるなどの観点からターゲット顧客を選ぶ。第2段階では、初期ターゲットでの実績やノウハウを活用して、一定の規模や成長性が期待できる市場に展開する。これを「成長ターゲット」と呼ぶ。2段階ターゲティングにより、最初の壁を突破する実績作りに必要な「絞り込み」と、事業として追求しなければならない「規模や収益の拡大」を両立させることができるというわけだ。これは面白い考え方である。

 2段階ターゲティングで成長した企業の例として、著者はfacebookやamazonを挙げている。ただ、個人的にこの2社は最初から全世界をターゲットにしていたのではないかと感じる。以前の記事「リー・ギャラガー『Airbnb Story』―ホテルを自ら作るのではなく、一般人がホテルをたくさん持っているではないかと考えた点がすごい」で挙げた(私が他の記事でも頻繁に使用している)マトリクス図に従うと、facebookやamazon(書籍に限る)は【象限③】に位置する。【象限③】は必需品ではないから、需要を創造しなければならない。つまりイノベーションである。

 経営学者のロザベス・モス・カンターは、イノベーションの成功確率は1,000分の1だと述べていたのを記憶している。イノベーターに投資するベンチャーキャピタルなどは、999のアイデアは失敗しても、たった1個大化けしてくれれば、999のアイデアの損失を取り戻せると考えている。これをイノベーター側から見れば、成功するイノベーションは、失敗する999のアイデアの損失をカバーして余りあるほどの巨大な事業でなければならない、ということになる。よって、必然的に最初から全世界制覇を目指すしかない。アメリカで発達したマーケティング理論は、従来のマスマーケティングに対して、セグメンテーションやターゲティングの重要性を説いたが、近年のイノベーションはその流れの逆を行っているように思える。

 アメリカのイノベーターが「あってもなくてもよい製品・サービス」に注目しているのにも理由がある。必需品の場合、顧客のニーズははっきりしているが、顧客の嗜好、価値観、生活様式、顧客が属する準拠集団の文化、規範など、様々な要因によって顧客ニーズは多様化している(だから、通常のマーケティングではセグメンテーションとターゲティングが重要になる)。よって、必需品の分野でイノベーションを起こしても、十分な事業規模にならない。一方、「あってもなくてもよい製品・サービス」の分野では、顧客側にこれといったニーズ、こだわりがないから、イノベーターが「これから世界の人々はこういう製品・サービスを持つべきだ」と強く提案すれば、それが受け入れられる可能性がある。イノベーターの提案が、全世界の人々のニーズを均一化する。そうなれば、イノベーターの勝利である。

 最初から全世界を目指すのは、北欧の企業にも見られる特徴である(以前の記事「石川幸一、助川成也、清水一史『ASEAN経済共同体と日本―巨大統合市場の誕生』―6億人の単一市場と見ることが苦手な日本企業」を参照)。北欧の4か国はいずれも自国市場が小さいので、事業のスケールアップを目指して最初から世界市場を狙う。そして、ローコストオペレーションを実現するために、製品・サービスをカスタマイズしない。ちょっと変わった例としては、イスラエルを挙げることができる。イスラエル企業は、アメリカなどの超グローバル企業があまり狙わない中東やアフリカ各国の中規模の市場を統一的に扱って、標準的な製品・サービスを展開する(ブログ本館の記事「『小さくても強い国のイノベーション力(『一橋ビジネスレビュー』2014年WIN.62巻3号)』」を参照)。

 本書に関連してもう1つ。本書では収益モデルとして、①マージン型、②回転型、③顧客ベース型の3つを挙げている。①マージン型は、高付加価値と低コストによって高いマージンを実現するモデルである。②回転型は飲食店に代表されるように回転率重視のモデルであり、薄利多売になりやすい。③顧客ベース型は、顧客との中長期的な関係を重視し、いわゆるLTV(顧客生涯価値)を追求するものである。これからは③顧客ベース型が重要になると著者は述べている。

 ブログ本館の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第15回)】「手離れのいいビジネス」という幻想」で書いたように、私の前職のベンチャー企業(組織・人事コンサルティング&教育研修サービス)の社長は、「手離れのいいビジネスをしたい」とよく口にしていた。おそらく、標準的な研修を大量に売りさばいて、楽にお金儲けをしたいということだったのだろう。前述の収益モデルで言えば、②回転型に近い。

 しかし、①~③はいずれも決して楽にお金儲けができるものではない。①マージン型は、顧客の期待をはるかに上回る価値を製品・サービスの中に作り込んでいかなければならないし、②回転型は、常に多くの顧客から注文を取ってくる営業力と、徹底的に無駄を省いたオペレーションの仕組みを持たなければならない。③顧客ベース型が手の込んだものになることは想像に難くない。

 当たり前だが、よほど革新的なビジネスモデルでも思いつかない限り、楽にお金を儲ける方法などない。まして、前職のベンチャー企業は業界では後発であり、仮に楽にお金を儲けさせてくれる顧客企業がいたとすれば、そういう顧客企業は既に先発企業の手中に落ちている。後発企業に残されているのは、手離れがよくない顧客企業ばかりだ。社長が抱いていたのは全くの幻想であった。

『人を育てる(『致知』2016年12月号)』


致知2016年12月号人を育てる 致知2016年12月号

致知出版社 2016-12


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 そこで行われているマインド・フルネスをひと言で説明すると、光よりも早く駆け巡る人間の頭の中の思考を止めることです。吸う息、吐く息だけに意識を集中しながら、一切の妄想から離れる訓練をするのです。
(鈴木秀子「人生を照らす言葉〔連載90〕」)
 現在、アメリカではマインドフルネスが流行しているようである。グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがこれを取り入れているという。私の安直な考えだが、このマインドフルネスは、数年前にこれまたアメリカで流行した「U理論」とよく似ていると思う。U理論もマインドフルネスも、人間関係に起因する様々なしがらみやトラウマから離れ、精神を集中させることで、宇宙全体を覆う意識とつながることができるという考え方である。

 非常に雑駁な言い方をすれば、他者との関係は一旦脇に置いて、個人が宇宙という絶対と直接につながることを目指している。それでいながら、個人が宇宙とつながれば、他者ともつながることができ、そこから変革が自ずと発生するという。つまり、1は全体でありかつ絶対である。これを人々は全体主義と呼ぶのではないだろうか?全体主義においては、時間の流れは存在しない。現在という1点が全てであり正しい。引用文にも、「光よりも早く駆け巡る人間の頭の中の思考を止める」とあり、現在という1点が強調されている。

 《参考記事(ブログ本館)》
 オットー・シャーマー『U理論』―デイビッド・ボームの「内蔵秩序」を知らないとこの本の理解は難しい
 安岡正篤『活字活眼』―U理論では他者の存在がないがしろにされている気がする?

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 全体主義は言いすぎたかもしれないが、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがマインドフルネスを取り入れているのは、上図を眺めるとよく理解できる(図の説明については、ブログ本館の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」や、以前の記事「『プラットフォームの覇者は誰か(DHBR2016年10月号)』」などを参照)。

 私の理解では、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックスは左上の象限に位置する。IBMは右下の象限に位置するのだが、近年はAIに力を入れており、またプラットフォーム事業にも乗り出しているから、左上の象限に移動しつつあると言える。左上の象限はイノベーションの世界である。市場にはまだニーズが存在しないため、伝統的な市場調査は無力である。代わりに、リーダーが自分自身を最初の顧客に見立て、「私ならこういう製品・サービスがほしい。私がほしいということは、世界中の人々も同じくほしがるに違いない」と信じる。そして、そのイノベーションを全世界に普及(布教)させることを唯一絶対の神と契約する。

 リーダーがイノベーションに関して神と契約するプロセスは、マインドフルネスやU理論のプロセスと酷似している。いずれも、神や宇宙という絶対性に触れることで、世界中の人々とつながることができるという全体性を強調している。だから、グーグル、フェイスブック、ゴールドマン・サックス、IBMなどがマインドフルネスに注力している理由がよく解ると述べたわけである。

 ところで、マインドフルネスは日本の禅の影響を受けているという。私は禅について無知なので何とも言えないのだが、本来の禅とは、絶対性や全体性の獲得を目指すものだったのであろうか?確かに禅には、静謐な空間で、他者との交わりを断って厳しい修練を積むというイメージがある。しかし、その修行の目的は、他者の異質性を認め、顔の見える他者と血の通った交流をじわじわと広め、さらにその関係を深化させることにあるのではないだろうか?禅とマインドフルネスの相違点を整理することが、今後の私の課題である。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,500字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
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