こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

インド


小山洋平『インド企業法務 実践の手引』


インド企業法務 実践の手引インド企業法務 実践の手引
小山洋平

中央経済社 2015-12-19

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 学生時代は法学部にいながら日本の会社法さえまともに勉強しなかった不良学生だったのに、今ではなぜかインドの企業法務を勉強している。インドに限らず新興国では大体そうだと思うのだが、自国に外国から資金が流入するのは歓迎する一方で、自国から外国へ資金が流出するのは防ぎたいと考える。

 (1)非居住者に対する株式発行については、2014年7月14日付のRBI(インド準備銀行)通達により、ルールが明確化された。まず、部分払込株式の発行価格は発行時に決定され、そのうち少なくとも25%以上は発行時に払い込まれる必要がある。残りの対価も、12か月以内に払い込まなければならない。

 次に、新株予約権については、行使価格および条件は発行時に決定され、行使価格のうち少なくとも25%以上は発行時に払い込まれる必要がある。残りの行使価額も、18か月以内に払い込まなければならない。いずれの規定も、RBIとしては、インド非居住者(日本企業など)が株主となる場合は、早い段階で払い込みを完了させるように誘導しているわけである。

 (2)非居住者が居住者(インド企業やインド人など)から株式を購入する場合、RBIの許可がない限り、その対価を後払いすることは認められていない。

 例えば、株式譲渡契約において、売主が個人(インド人)であって保有株式の全てを売却する場合、契約上に補償規定を置いたとしても、実際に請求する時点では売主の手元に資金が残っていない可能性がある。そのような場合に備えて、買主である日本企業としては、株式の取得時に対価の一部を支払うに留めておき、表明保証の有効期間が経過した後に違反が存在しなかったことを確認した上で売主に残りの対価を支払う、というスキームが検討される。しかし、インドのM&Aではそのようなアレンジを行うことができない。

 M&Aにおいては、サイニング(契約の締結)からクロージング(取引の実行)までの間に、対象会社の流動資産、現金、流動負債、有利子負債など不可避的に変動する項目に相当する金額に応じて、クロージング後に対価の調整を行う場合がある。クロージング日後に買主から売主に対して追加の支払いが必要となれば、結果的には対価の後払いととらえることも可能である。このようなことが認められるのか、念のためRBIに照会するのが無難である。

 (3)インドの外資規制の中で有名なものとして、「価格規制」がある。まず、インド居住者がインド非居住者に対して株式を発行・譲渡する場合には、インド非居住者が支払う対価が公正な株式評価額を下回ってはならない。逆に、インド非居住者がインド居住者に対して株式を譲渡する場合には、インド居住者が公正な株式評価額を上回ってはならないとしている。つまり、インド居住者が株式を売却する時は高い価額で、株式を購入する時は低い価額で行うことを規定しており、インド居住者を保護している。

 (4)M&Aにおいては、売主(インド人やインド企業)が買主(日本企業)との契約上の義務を遵守しなかったり、売主が行った表明保証に違反したりなどして、買主が損害を被った場合には、通常は売主から買主に対して直接補償が行われる。ところが、インドの外国為替法上、居住者が非居住者に対して補償名目で送金することは非常に困難である。そこで、買主に対してではなく、対象会社(M&A対象のインド企業)に対して補償を支払うようにしておくことが望ましい。

 (5)外国からの直接投資に関するルールとしては「FDIポリシー」が定められている(2014年版が最新)。これに対して、外資による貸付を規制するのが「ECB(External Commercial Borrowings)規制」である。

 ECB規制上、ECBにより調達した資金をインド国内の会社の持ち分を取得するために用いることはできない。これを許容すると、一旦インド国内の会社に貸し付けた資金を用いることで、外資規制(例えば、○○業においては外資の出資比率上限を△△%とする、という規制)からの逸脱が可能になってしまうからである。

 例えば、外資が30%以下に規制されている業種において、日本企業A社がインド企業B社の株式を29%保有していたとする。ここで、A社がインド企業C社に貸付を行い、C社がB社の株式を22%取得すると、実質的にA社は外資規制をすり抜けるだけでなく、B社の株式の過半数を握ることと同じになる。この規制は例外的に、インド国外からインドへの資金流入に歯止めをかけている。

山田剛『知識ゼロからのインド経済入門』


知識ゼロからのインド経済入門知識ゼロからのインド経済入門
山田 剛

幻冬舎 2012-05-25

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 BRICsという言葉が世界中に広がるきっかけとなったのは、ゴールドマン・サックス(GS)が2003年10月1日に発表した"Dreaming With BRICs: The Path to 2050"というレポートである。同レポートでは、BRICsの2050年までの経済成長が予想されていた。レポート発表から10年以上が経ち、2015年まではGDPの実績値が確定したので、予想に対して実際がどうだったのかグラフを作成してみた。

ブラジルGDP予想と実際

ロシアGDP予想と実際

インドGDP予想と実際
中国GDP予想と実際

 (※)「世界経済のネタ帳」より作成。

 だいたいこういう将来予想は悪い方向に外れるものだが、4か国とも予想をはるかに上回るスピードで成長していた。ただし、ブラジルとロシアは近年の資源安が直撃してGDPが急落しているし、中国も過剰投資が原因で景気が減退している点には注意が必要だろう。GSとしては、高すぎる予想を出してそれが外れると、投資家から「お宅のレポートのせいで大損をした」とクレームをつけられる。しかし、低すぎる予想を出して高い方に外れても、機会損失があるとはいえ、投資家の財布が直接的に痛むことはないから、GSの評価もさほど傷つかない。

 さて、ブログ本館や別館では、現代の大国はアメリカ、ドイツ、ロシア、中国の4か国であると書いてきた。これまで「大国」というものをきちんと定義してこなかったのだが、大国の特徴を挙げれば、①地政学的に見て広大な土地を有する、②領土拡大の野心がある、③単一で明快な価値観に基づき政治・経済が回っている、という3点になると思う。ロシアと中国はこの定義にぴったりあてはまる。

 アメリカは、自身がもともとイギリスの植民地から独立したという歴史を持つため、帝国主義的な領土拡大はしない。代わりに、世界中の国々をアメリカの金融システムに組み込むことで、資本主義を通じた支配を目指している。また、独裁政権には容赦なく介入し、これを転覆させて民主主義を根づかせようとする。ドイツは領土こそ小さいが、これは第2次世界大戦で敗れた結果であり、歴史をさかのぼればヨーロッパに巨大な帝国を築いていた。現在でも、EUはほとんどドイツの力で成り立っているようなものであり、ヨーロッパ≒ドイツである。

 インドは、①には該当するが、②③を満たさない。インドは不思議な国で、北西から民族が流入して帝国を築いても、北東のヒマラヤ山脈を超えて領土拡大を目指す王朝は現れなかった。また、現在でこそデカン高原以南はインドの領土であるものの、ビンディア山脈を超えてインド南部を支配した王朝はほとんどない。

 ③に関して言えば、インドは極めて多様性に富んだ国である。国民の約80%が帰依するヒンドゥー教を筆頭に、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教など数多くの宗教が信仰されている。それぞれの宗教には重要な祝日があるが、国民の宗教がばらばらであるため、国が定める全国共通の祝日は非常に少ない。各州政府が、自州の主要宗教に応じて独自に祝日を定めている。

 インドでは、ヒンディー語と英語を含む22の言語が憲法で公認されている。その他の言語や方言を含めると、その数は何百にも上る。だから、州が異なると言葉が通じないことがよくある。ビジネスにおいては、準公用語とされる英語が問題なく通じるものの、インド全体で見ると英語を話せるのは1~3割程度にすぎない。インドはその多様性をEUに例えられる。だが、EUは資本主義や基本的人権という共通価値観を持つのに対し、インドはてんでバラバラの国の集合体である。

 以上のような事情ともあって、私はインドを現代の大国に入れなかった。インドを「小国」と呼ぶにはあまりに国家規模が巨大すぎるのだが、インドは小国的な戦略で国際政治を生き抜いていくものと思われる。つまり、大国のいずれにも過度に味方せず、対立する大国からの相矛盾するアプローチをのらりくらりとかわし、大国のいいところどりをしながら、大国からは理解しがたい独自の制度・文化圏を構築するという戦略である。

 ブログ本館の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」では、ベトナムが「八方美人」外交をしていると書いた。本書によれば、インドも下図のように「全方位外交」を展開している。特筆すべきは、インドがアメリカとロシアの両国と原子力分野において協力していることである。これによって、アメリカとロシアは下手にインドに手出しができなくなる。アメリカがインドにロシアを攻撃させようとしても、その攻撃の先が急にアメリカに向く可能性があるからだ。

インド全方位外交

財団法人海外職業訓練協会『インドの日系企業が直面した問題と対処事例』


インドの日系企業が直面した問題と対処事例インドの日系企業が直面した問題と対処事例

財団法人海外職業訓練協会 2008-03


財団法人海外職業訓練協会HPで詳しく見る by G-Tools

 少し古い書籍だが、インドに進出した日本企業が実際に直面した経営上の問題とその解決策(解決できなかった場合は教訓)が具体的に書かれている。インドはイギリスの植民地だったこともあり、資本主義と民主主義が根づいているとてっきり思い込んでいたのだが、実際にはちょっと違うようだ。インド独立の父マハトマ・ガンディーは、原初的な共産社会を目指していた。1947年にインドが独立した際には、社会主義と資本主義を組み合わせた混合経済体制で出発した。

 そのためか、インドの労働法には労働者を手厚く保護する規定がある一方で、使用者に非常に有利な規定もある。ちなみに、インドの労働関連法規は中央レベルだけで50以上に上り、州レベルのものも合わせると150を超えるという。

 <労働者にとって有利なこと>
 ・ディワリ(ヒンドゥ教で最も大きな祭り。10月または11月のどちらかに、2日間に渡り開催される)の際には、社員にボーナスを支給するのが慣例である。
 ・インドで最も過激な労働組合はCITU(Centre of Indian Trade Unions)である。
 ・大規模な企業の労働組合は上部政治団体と密接に結びついていることが多い。労働争議を政治の道具として利用されることがある。
 ・労働争議に共産党が介入し、事態の収拾がより困難になることがある。
 ・インドには労働争議のプロがおり、彼らが介入すると企業側の努力のみで解決することが非常に困難になる。
 ・従業員の解雇、レイオフ、事業所の閉鎖の際、50人以上を雇用する事業所は所管政府への届出が、100人以上を雇用する事業所は所管政府からの許可の取得が義務である。しかし、実際には政府からの許可はほとんど下りない。
 ・インド憲法は、労働者による経営参加の促進を定めており、これまでに経営参加の制度化が何度か試みられている(ただし、法制化には至っていない)。
 ・前述のように、インドの労働関連法規は非常に多く、日本では労使間の協議で決定するような事項も法律で細かく定められている。

 <使用者(経営者)にとって有利なこと>
 ・労働組合を設立する場合には、登録する労働者7名以上で、かつ当該組織・産業に従事する労働者の10%または100人以上のいずれか少ない人数の組織化が必要である。これにより、小規模の組織は労働組合が登録できなくなった(単純に考えれば、70人以上の組織でないと労働組合が作れない)。
 ・インドでは使用者の先制的なロックアウト(労働争議が発生した際に、使用者側が事務所、工場、店舗などの作業所を一時的に閉鎖(封鎖)して労働者の就業を拒み、賃金を支払わないことで、争議行為に対抗すること)が一定条件の下に認められている。
 ・インドでは、「承認組合」との誠実な団体交渉の拒否が不当労働行為とされている。しかし、インドでは少なくとも中央レベルにおいては組合承認に関する規定がない。このため、使用者は団体交渉の相手を恣意的に選ぶことができる。
 ・実は、労働法制が定める労働者保護の恩恵を受けるのは、就業人口の1割に上るかどうかという、インドのごく一部の労働者にすぎない。相対的に労働条件が劣っている小規模組織や未組織部門には適用されない労働法が多い。
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

人気ブログランキング
にほんブログ村 本ブログ
FC2ブログランキング
ブログ王ランキング
BlogPeople
ブログのまど
被リンク無料
  • ライブドアブログ