オープン・イノベーションの教科書---社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ 星野 達也 ダイヤモンド社 2015-02-27 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
技術探索において、技術ニーズが絞り込まれたのちに必要なアクションは、社外に求める技術の明確化である。(中略)求める技術の明確化には、「アプローチの洗い出し」と「アプローチの深掘り」の2つがあり、両者を組み合わせることも多い。「アプローチの洗い出し」は、課題を細分化したうえで全体を俯瞰し、本当に求めるべき技術を見極める際に有効である。「アプローチの深掘り」は、ある課題に対して「そのためにはどうするか」ということを何度も問いかけて、本当に必要な技術を見極めるプロセスである。
門前払いを避けるためには技術のよさをうまく伝える必要があるし、「何に使えるか」を相手に考えてもらうのではなく、こちらで考えて相手の「気づき」を引き出すのだ。つまり、用途仮説を考え、それにしたがって売り込み先を選定し、それらの売り込み先に対して、彼らが興味を持つようなコミュニケーションを自発的に行っていくのである。技術を探している企業は、「自社が本当に欲している技術は何か?」を突き詰めた上で情報を公開し、技術を売り込む企業は、「その技術によって何ができるのか?」を明確にした上で提案活動をするべきだというのが著者の主張である。著者は株式会社ナインシグマ・ジャパンという、技術のマッチングを行う企業の取締役であるから、双方の情報がはっきりしていた方がマッチング作業がスムーズに進むという事情が影響しているように思える。確かに、技術ニーズとそれに対する提案がぴったりと組み合わさる形は理想的である。しかし、現実にはそうそう簡単に話が進まないのではないかと感じる。
私は一応IT業界の出身であるのだが、システム構築とイノベーションを比べれば、システム構築の方が不確実性やリスクは低いと言えるだろう。にもかかわらず、顧客企業が要件定義をあらかじめばっちりと固め、ITベンダーは要件定義に従って粛々と開発を進めればよいというケースは聞いたことがない。顧客企業は、自社がどういうシステムを構築すればよいのか解っていないことが大半である。ITベンダーと何度もやり取りしながら、徐々にシステムのあるべき姿が見えてくるものである(あるべき姿が明らかになった時点で、ITベンダーの開発能力を超えていることが判明すると、プロジェクトは炎上する)。
オープン・イノベーションにおいては、システム開発以上に、技術の探索者と提供者の密なコミュニケーションが必要である(以前の記事「米倉誠一郎、清水洋『オープン・イノベーションのマネジメント』―日本企業はおそらく顔の見えるネットワークでないと適切な相手を見つけられない」を参照)。コンソーシアムなど、顔が見える場において、何度も顔を合わせ、徐々にお互いの情報を公開する中で、協業の可能性が見えてくる。本書には、「運転手の眠気検知技術」について、探索者が技術を深掘りし、提案者も自社技術を明確に提示することですんなりと協業が実現するという話が登場する。だが、実際には、大勢が集まる会合で短時間の会話を重ねることで、協業の道が開けるのではないかと考える。
<1回目>
探索者「我が社は眠気を検知する技術を探しています。よろしければ、御社がどういった事業をされているか教えていただけませんか?」
提供者「我が社は脳波を測定する技術の開発を行っています。眠気は脳波の変化でとらえることが可能です」
<2回目>
探索者「以前お会いした後、眠気を検知する技術について社内で調査をしてみました。おっしゃる通り、眠気を検知するには脳波を測定するのが有効であるようですね。ただ、他にも、目の動きをとらえる、皮膚電位から脈拍をとらえる、という方法があることが解りました。この2つの方法に比べて、脳波を測定する方法はどういった点で優位性がありますか?」
提供者「脳波を測定する場合は、○○という点でメリットがあります。ただし、測定の際には○○という点に気をつけなければなりません」
<3回目>
探索者「前回教えていただいた話を社内で検討した結果、脳波を測定するという方法で開発を進めようという話になりました。御社は今までどのような分野で実績がありますか?」
提供者「我が社は、子どもが学習をした際の脳波の変化をとらえる装置を開発しています。主に研究機関向けです」
探索者「子どもの脳波を測定する技術は、眠気を測定する技術に応用することができそうですか?」
提供者「測定する脳の部分、とらえる脳波の種類が違うため、すぐには応用することは難しいのが正直なところです。ただし、新たに○○という技術を開発すれば、実現可能かもしれません」
<4回目>
提供者「今回お考えの技術は、具体的に誰をターゲットとしていますか?」
探索者「バスやトラックの運転手をターゲットとしています。彼らの事故防止に役立てばと考えています。先日、御社の製品は研究機関向けとおっしゃいましたが、そうするとかなり大がかりな装置ですよね?」
提供者「そうです。一般ユーザ向けの製品にするためには、小型化しなければなりませんね。率直に言って、小型化は我が社ではあまり実績がありません」
探索者「我が社は製品の小型化を強みの1つとしていますので、もしかしたらお役に立てるかもしれません。一緒にプロジェクトをすると、いいものができそうな気がします。是非一度、我が社で具体的な打ち合わせをしませんか?」
提供者「ありがとうございます」
上記の例はかなりまどろっこしく書いたが、要するに、時間をかけて信頼関係を構築しながら、徐々にニーズとシーズを擦り合わせていくことが大切であるということである。この点で、本書で紹介されていた大阪ガスの事例は参考になる。大企業は自社HPで公募を行っているケースが多いのに対し、大阪ガスは中小企業との直接のコミュニケーションを重視している。最初は一般的なマッチングイベントを行っていたが、協業に進む割合は低かった。そこで、まずは大阪ガスのニーズを企業に紹介し、その後、企業を集めた説明会を行うという2段構えにしたところ、協業に進む割合が10%を超えたという。