新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)
池上 彰 佐藤 優

文藝春秋 2014-11-20

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 以前の記事「武田善憲『ロシアの論理―復活した大国は何を目指すか』」で、「武田善憲氏が言うロシアのルールでは、ロシアがクリミア半島を編入した理由を説明できない」というようなことを書いたのだが、本書を読んだらロシアの行動の意味が多少理解できた。
 池上:それを私流に言うと、「過去の栄光よ、もう一度」ということです。たとえば、ソ連が崩壊してロシアになってしまいましたが、旧ソ連のクリミア半島の権益を守りたい、という気持ちが、やはりプーチン大統領にはあるでしょう。

 中国が今、南シナ海からさらにインド洋まで進出しようとするのも、明の鄭和の大航海であの辺を開拓したからだ、というわけです。南シナ海がなぜ中国のものなのか。何の理論的な根拠も出せない。「いや、鄭和があのあたりを開拓したからだ」と言うばかりです。(中略)チベットも、清の時代にあそこまで支配していたのであり、新疆ウイグル自治区も、清の時代に取った土地です。過去に統治した土地は、すべて自分のものだ、という考えですね。

 イラクの「イスラム国」は、2020年までに、東はインド、西はスペインまで取り戻す、と言っています。スペインというのは、つまり、イスラム王朝が支配していた土地を15世紀にキリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)で取り返されたのをもう一度、取り戻す、という意味ですね。東では、17世紀から18世紀にかけて、インド大陸の大半を支配していたムガール帝国を取り戻すのだ、と言っているのです。過去のイスラムの栄光を再び、という発想です。
 つまり、過去の帝国主義によって獲得し、その後独立運動によって手放した土地を取り返そうというわけである。ただし、昔の帝国主義と異なり、戦争も植民地支配もしないという点で、佐藤優氏は「新帝国主義」と呼んでいる。

 帝国主義が起こる理由については、主に3つの学説があるらしい。1つ目はジョン・アトキンソン・ホブソンの説である。端的に言えば、国内の供給能力が需要を上回るため、市場としての植民地を求めるというものである。例えば、産業革命に成功したイギリスは、靴下をたくさん作るようになる。しかし、顧客が1人あたり20足も靴下を所有するようになると、新たに靴下を買わなくなる。そこで、新たな市場として植民地を開拓する。ところが、その植民地でも同様に靴下は飽和状態になる。そのため、さらに新たな植民地を作る、ということが繰り返される。

 2つ目はウラディミール・レーニンの説であり、ホブソンの説を補完するものである。資本主義が進むと競争が激化し、弱い企業はどんどんと買収され、もしくは倒産する。最終的には、一部の巨大企業(巨大コンツェルン)だけが勝ち残る。同時に、銀行でも同じような淘汰現象が起こる。こうして、生き残った巨大企業と巨大銀行が密接に結合し、独占資本が完成する。独占資本は、不当に賃金を下げ、過剰に製品を生産させる。後の流れは、ホブソンと同じである。

 3つ目はジョセフ・シュンペーターの説である。シュンペーターは、帝国主義の動機を市場の開拓に求めない。帝国主義は、例えば通貨が十分に流通していないアフリカ諸国など、市場としての価値が低い国も取り込んでいる。よって、帝国主義は、ローマ帝国や神聖ローマ帝国など、古代から続く膨張主義の延長線上にあると考えるのが自然である。帝国主義とは、古代の人が畑のない荒野、雪山など、全く使えない土地を意味もなくほしがったように、ただ単に国を大きくしようとする伝統的な古臭い思考にすぎない。

 これ以外にも、例えば軍事的な要所を抑える、自国が外国に過度に依存している資源を取り込む、といった理由で帝国主義に走ることが考えられる。だが、新帝国主義は、シュンペーターの説でしか説明できないと思う。ロシアがクリミアをほしがるのは、クリミアの市場性や天然資源に着目したからというより、単に「かつて支配していたから」という理由しか考えられない。そして、おそらく同じような理由で、ロシアは次にウクライナを狙っていることだろう。昔から領土的な野心をほとんど持たなかった日本人には、およそ理解できない心理である。