グローバル組織・人材マネジメント―新興国進出のための アクセンチュア経営コンサルティング本部人材・組織マネジメントグループ 杉村知哉 東洋経済新報社 2011-11-25 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
タイトルに「グローバル」、「新興国」という言葉が入っているが、本書からはそういう匂いが一切しなかった。本文中の「海外」という言葉を全部取り払ったら、日本国内における人材・組織マネジメントの本としても通用する内容になるのではないかと感じた。新興国における人材・組織マネジメントを論じるのであれば、例えばインドネシアの文化、風習、価値観はこういう感じで、経済・社会環境、法制度がこのようになっているから、こういった点に気をつけて人材マネジメント、組織設計をするべきだという話をせめてしてほしいものだ(本書の最後にやっとインドの事例が出てくるが、その事例も私を満足させるものではなかった)。
以下、本書を読んで矛盾を感じた点を列挙する。
・本書では、自社の社員をポートフォリオ管理することを勧めている。縦軸に「知識・スキル」の高低をとり、横軸は「専門人材」か「イノベーティブ人材」かで分ける。すると、自社の社員を4つのタイプに分類できる。「知識・スキル」が高い「イノベーティブ人材」は「ミッション・クリティカル人材」であり、最優先でマネジメントすべき対象であるというのは解る。だが、次に優先順位が高い「中核人材群」は、「知識・スキル」が低い「イノベーティブ人材」であるというのが意味不明である。イノベーティブ人材なのに知識・スキルが低いとは一体どういうことなのか?
・本書の第3章は「新興国で優秀な人材を獲得する」である。闇雲に採用活動を行うのではなく、各都市・地域にどれだけの人材供給のポテンシャルがあるのかを見極めるべきだと本書は言う。アクセンチュアには、「タレントサプライマッピング(TSM)」というツールがあり、これを使うと、求める人材の潜在数、給与水準、現地リスク、就業意識などの情報が得られるそうだ。ところが、本書で紹介されているTSMのイメージ図は、なぜかイギリスのものであった。実は、TSMには新興国のデータが十分に揃っていないのではないかと勘繰ってしまう。
・グローバル人材を育成するにあたって、本書では安易にベストプラクティスを導入してはならないと警告している。この指摘はもっともである。人材要件は戦略と紐づいており、自社と異なる戦略を採用している他社の事例をそのまま導入しても上手くいかない。一方で、本書の別の箇所では、こんなことが書かれていた。アクセンチュアにはPLP(Personality & Leadership Profile)というアセスメントツールがある。PLPでは、グローバル企業の750人のCEOと、8,000人の役員・エグゼクティブのデータ分析結果から、グローバルで成功している企業において高い成果を出せるリーダーの特性を8つに特定したという。この8要因は、国ごとに有意な差が見られなかったとまで言い切っている。ベストプラクティスに頼るなと言っておきながら、結局グローバル人材の要件は世界標準に収斂するのか?
・アクセンチュアの顧客は大企業が中心であるから、本書の対象読者層も、海外事業の規模がかなり大きくて、各地に現地法人を持つだけでなく、地域ごとに統括会社を持つような企業を想定していると思われる。グローバル人材の育成手段の1つとしてアクション・ラーニングを紹介している第4章「グローバル経営を牽引するリーダーを作り出す」では、現地法人責任者の育成に際して、統括会社の責任者を巻き込むことの重要性が説かれている。ところが、次の第5章「販売拠点としての現地法人社員を戦力化する」に移ると、ターゲットが「今まで海外子会社を生産拠点として活用してきたが、今後は現地での販売にも注力する企業」にスケールダウンする。こういう企業は、おそらく中堅・中小企業がメインであろう。章の順番に論理的な意味を見出すことができない。
・冒頭でも書いた通り、本書は新興国に対する理解が足りない。だから、「アジアを中心とした新興国は、どちらかというと欧米型に近い」という大雑把なとらえ方しかできない。それゆえ、「欧米型モデルを機軸に日本企業としてのエッセンスを付加した新しいモデルを欧米、アジアへ、そして最終的には日本の本社にも適用」する「輸入型」のモデルが有効であるという乱暴な論理展開になる(どういうふうにエッセンスを付加するのかについては書かれていない)。私はアクセンチュアのコンサルタントと仕事をした機会が結構あるが、彼らは何かにつけてアメリカ本社のデータベースにある事例を引っ張ってきては日本企業に適用しようとする。私はこれを個人的に「アクセンチュア症候群」と呼んでいる。
本書を書いたのは、アクセンチュアの「人材・組織マネジメントグループ」である。私はこのグループの出身者とも仕事をしたことがあるが、彼らは実は人事制度の設計に弱い。おそらく、グループとしても、人事制度構築のコンサルティング案件をあまり手がけたことがないのではないかと推測される。そのため、本書には、通常のグローバル組織・人材マネジメントの本であれば当然触れておくべきグローバル人事制度(グローバル等級制度、評価制度、報酬制度)の話が全く出てこない。本書の大半は、採用と教育という、どちらかと言うと柔らかい話である。そして、アクセンチュアは採用と教育のアウトソーシング受託サービスを行っていることを本文中でしきりにアピールしていた。