一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-03-19

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 本号のケーススタディから1本記事を書いてみたいと思う。本号ではエア・ウォーター株式会社が取り上げられていた。同社は産業ガスを主力としてきた企業である。産業ガスとは、鉄鋼や化学、医療などの目的に使用されるガスで、例えば工場の製造工程などに用いられてきた。しかし、国内の大規模工場建設が少なくなってから、産業ガスのビジネスも大きな成長が見込めなくなっている。同社は次の成長の源泉をM&Aに見出した。

 ケミカル関連事業では大型のM&Aを行った。当初は本業の産業ガスと関連性の高い無機化学に注力していたものの、2001年以降はタール蒸留製品や医薬中間体など有機化学へとシフトしていった。一方で、医療関連事業、エネルギー関連事業、農業・食品関連事業、その他の事業では比較的小型のM&Aを多数実施した。これらのM&A活動によって、同社は産業ガス中心の企業から、非常に多角化された企業へと変貌した。

 エア・ウォーターグループの特徴は次のように集約される。
 子会社間のネットワークを創出し、そのネットワークを活用して子会社間が自律的に成長していく仕組みを作り出した。すなわち、エア・ウォーターによるM&A活動の核心部分は、本社と子会社のマネジメントではなく、子会社間のマネジメントである。
 この「子会社間のマネジメント」とは具体的に何か?(MBAの講義ではこういう点を徹底的に議論するのだろう)。個人的には、次の5つを指すと考える。

 第1に、これが何よりも重要なのだが、グループ全体の経営理念(Vision)、行動規範(Values)をベースとして、それぞれの子会社が独自の経営理念や行動規範を策定することである。しかも、各子会社が各々の社内に閉じてそれらを議論するのではなく、各子会社の経営陣などキーパーソンが集まって、喧々諤々と議論しながら、自社の経営理念や行動規範を定めていく。独自の経営理念や行動規範は、その企業の強みの源泉となる。

 また、経営理念や行動規範の多様性は、エア・ウォーターグループ全体の競争力向上にもつながる。なぜなら、異質な子会社同士の協働によって、新しい価値が創造される余地が生まれるからだ。ただし、全くの異質では子会社の間でコミュニケーションが成立しない。グループ全体の経営理念や行動規範をコミュニケーションの共通基盤としなければならない。そこに、その子会社ならではのオリジナリティを加えていくことで異質を形成する。これは、近年の流行であるダイバーシティ・マネジメントを子会社間のレベルで行うことを意味する。

 私が新卒入社した企業は、アビームコンサルティング株式会社の子会社であった。私が就職活動をしていた時には、住商情報システム株式会社との合弁会社で、株式会社SCSアビームテクノロジーという名前であった。同社は、親会社の顧客以外にERPパッケージを独自販売していくと意気込んでおり、その方針に共感して私は入社を決めた。ところが、いざ入社する直前になって、アビームコンサルティングの100%子会社になることが決まり、社名も株式会社アビームシステムエンジニアリング(ASE)となった。入社してみると、やっている業務は親会社と全く一緒であった。私は親会社の社員を名乗って、顧客企業の開発現場に入り込み、親会社の社員と同じようにプログラミングをしていた。

 「これでは何のためにASEがあるのか解らない」という現場からの突き上げもあって、経営陣は慌てて経営理念を策定した。それは「親会社であるアビームコンサルティングのために、品質の高い情報システムを構築する」というものであった。私はこの経営理念の魅力のなさに失望して、ASEを1年ちょっとで退職してしまった。その後も、アビームコンサルティングとASEの業務の重複問題は解決されず、私が退職してから数年後に、ASEはアビームコンサルティングに吸収合併された。子会社を持つということは、そのレゾンデートル(存在意義)をよく突き詰めなければならないことを教えてくれた1件であった。

 話を元に戻そう。子会社間のマネジメントの第2は、共通顧客に対するトータルソリューションの提供である。子会社の数が増えてくると、同じ顧客に対して別々の子会社がバラバラにアプローチすることが往々にして起きる。営業を受ける顧客にとっては迷惑な話である。そこで、それぞれの子会社の顧客情報を共有し、ある子会社が抱えている案件に対して、さらに付加価値をもたらす製品・サービスを持っている子会社は、共同で顧客にアプローチする。子会社がバラバラに製品・サービスを顧客に導入するよりも、最初からトータルソリューションとして設計することで、単なる総和以上の価値を顧客に提供することが可能となる。

 第3は、適材適所や人材育成を目的とした子会社間での人事異動の実施である。例えば、医療関連事業の子会社にいるある社員が、エネルギー関連事業の子会社の仕事に向いている(あるいは本人がエネルギー関連事業の仕事を希望している)場合には、企業の枠を超えて人事異動を行う。また、ケミカル関連事業にいるある社員を将来的に経営幹部にするために、農業・食品関連事業でマネジメントの経験を積ませる、ということもあるだろう。こうした人事異動を実施するためには、子会社全体の社員の能力と能力開発計画、予定されているキャリアパスに関する情報をデータベースで一元管理する必要がある。

 第4は、ケイパビリティの補完である。第1でそれぞれの子会社の強みは明らかにしたが、当然のことながら各子会社には弱みもある。それを他の子会社の強みで補うのが目的である。各子会社の強みが多様であればあるほど、相互協力の可能性は広がる。例えば、共同マーケティングの実施、製造ラインの共有、調達の一元化、在庫管理システムの統合、物流網の相互利用などが挙げられる。これらの協業を可能にするには、常日頃から子会社の経営陣がハイレベルのコミュニケーションを取り、お互いの事業を深く理解しておくことが必要となる。

 第5は、各子会社の業績を相互にオープンにする仕組みの構築である。第一の目的は、子会社間の競争を刺激することである。ただし、これまで述べてきたように、エア・ウォーターグループの子会社は相互に協力する場面が多い。そこで、この業績管理システムは、他の子会社から受けた支援や、他の子会社に対する支援の度合いを可視化できるように設計する。そうすることで、子会社間の協業を促進するという第二の目的を達成することができる。

 エア・ウォーターでは子会社間のマネジメントが自律的に行われているとあるが、以上の5つはどれをとっても非常に大がかりである。よって、子会社の中に幹事会社が存在すると想定される。おそらく、子会社の中でも規模の大きいケミカル関連事業の子会社のうち1社ないしは複数社が中心となって、子会社間のマネジメントを推進していると思われる。子会社間のマネジメントが成熟してくれば、幹事会社の役割を他の事業の子会社に引き継ぐことも考えらえる。