こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

コミュニケーション

キャシー・クラム『メンタリング―会社の中の発達支援関係』―【自戒】メンタリングはマネジャーの役割を拡張するものではないのか?


メンタリング―会社の中の発達支援関係メンタリング―会社の中の発達支援関係
キャシー クラム Kathy E. Kram

白桃書房 2003-06

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 本書の帯には「メンター、メンタリングとは何か。経営組織という文脈における発達支援的関係の理論を実証データを基に打ち立てた『古典』的著作」と書かれているぐらいだから、「メンタリングを導入しようとしている企業、あるいはメンタリングに関するコンサルティングや教育研修サービスを提供している企業は絶対に読むべし」と言っているようなものだろう。

 著者はメンタリングの機能をまずは「キャリア機能」と「心理・社会的機能」という2つに分けている。その上で、「キャリア機能」には、①スポンサーシップ(メンティー〔※メンタリングを受ける人〕の昇進や、希望するポジションへの異動を支援する)、②推薦と可視性(①と似ているが、メンティーが希望通り昇進・異動できるように関係者に直接働きかけ、メンティーがそのポストにふさわしいことを具体的な事実をもって示す)、③コーチング、④保護(メンティーに害を与える可能性のある上位の役員などのコンタクトからメンティーを保護する)、⑤やりがいのある仕事の割り当て、という5つの機能があるとする。

 もう1つのカテゴリーである「心理・社会的機能」には、①役割モデリング(例えば、マネジャーとはどういう人物であるべきなのかを、マネジャーであるメンターが示す)、②受容と確認(メンターがメンティーに対して肯定的な関心を持つ)、③カウンセリング、④交友(お互いを気に入り、仕事でも仕事以外でも楽しいインフォーマルなつき合いをもたらす)、という4つの機能が含まれる。

 私は本書を読んで、「メンタリングは上司であるマネジャーの役割を拡張するものではないか?」と感じた。ブログ本館の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で、どの企業でも共通して求められる能力を導く際に、「タスク志向―人間関係志向」と「短期的―中長期的」という2軸でマトリクスを作成し、「問題解決力(タスク志向&短期的)」、「コミュニケーション力(人間関係志向&短期的)」、「構想力(タスク志向&中長期的)」、「組織を動かす力(人間関係志向―中長期的)」という4つの能力を導き出したが、メンタリングはこのうち「コミュニケーション力」に該当すると考えられる。言い換えれば、メンタリングとは、部下の育成を、キャリア開発の視点から、また心理的側面を取り入れながら行うものである。事実、本書で紹介されている様々なメンタリングの事例は、いずれも上司―部下関係を扱ったものばかりである。

 私の前職は組織・人事コンサルティング&教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。2006年春にコンサルタントとして入社した私は、2008年夏の事業再編で思いがけず教育研修サービス事業に異動となり、自社のマーケティングも兼務するようになった。マーケターとしてそれぞれの研修サービスの売上高を見た結果、一番数字が悪かったのがメンタリング研修であった。

 しかも、メンターには上司とは別の第三者を割り当てることとされていた。確かに、上司には直接相談しにくいことを第三者に言いたい時もあるだろう。大企業の中には、職場からは切り離されたキャリアカウンセリング室を設けているところもある。だが、本書に書かれているメンタリングがメンタリングの王道であるとするならば、メンターを第三者にするにはよほどの理由が必要である。メンタリング研修を開発した担当者は、本書を読んだのかと今さらながらに思う。

 第三者も同じように部下を抱えており、日常業務と部下の育成に忙しい。そこに、どこか別の部署の、素性もあまりよく解らない人間のメンタリングもせよと言われたら、現場が猛反発するのは必至である。では、あまり忙しくない第三者にメンターをお願いすればよいかと言うと、それもまた疑問である。これだけコストにシビアな時代なのに、企業が忙しくない社員を抱えておく余裕などない。仮にそういう社員がいたとしても、メンティーは「あまり忙しくない第三者」=「この企業で上がってしまった人」と見なし、メンターを軽視する可能性が高い。

 百歩譲って、メンターを第三者にする方が効果的であるとしよう。その際、”適切な”第三者を選定するために、メンターは、メンティーと階層が離れている方がよいのか、近い方がよいのか?メンターの職種は、メンティーの職種と近い方がよいのか、遠い方がよいのか?メンターの年齢は、メンティーの年齢と近い方がよいのか、離れていた方がよいのか?メンター自身の最近の人事評価の結果の傾向は、メンティーのそれと近い方がよいのか、異なっていた方がよいのか?メンターとメンティーの上司との間には何らかの人間関係があった方がよいのか、ない方がよいのか?メンターとメンティーの物理的な距離はメンタリングの効果に影響を及ぼすのか?メンタリングの実施頻度はどのくらいが適切なのか?といった論点に答える必要がある。しかも、メンティーの年齢、性別、職能・役職、職種などによって、答えが変化する点にも注意を払わなければならない。

 メンタリング研修の開発担当者が作成したと思われる人事部向け提案書には、「適切なメンターを選定し、全社的にメンタリングの体制を構築するためのコンサルティングも実施する」と書かれていた。だが、どう考えても、当時の担当者たちに、上述の問いに対する答えが用意されていたとは思えない。これでいくらコンサルティングフィーをもらうつもりだったのかと想像するだけで寒気がする。今となれば、何の知見もないのに「メンタリングは優れている。だが、その導入には組織変革が必要だ」などと吹聴するよりも、単純に当時別に存在していた部下マネジメント研修の内容を充実させた方が誠実だったのではないかと思う。

 著者はメンタリングにおける発達支援関係には4つの段階があると言う。「開始⇒養成⇒分離⇒再構築」という4段階である。このうち、興味深いのが「分離」という段階である。部下が上司を信頼して始まる発達支援関係も、最初の数年は充実したものになるが、年上である上司の成長スピードの鈍化と、若手である部下の成長スピードの加速によって能力差が縮まってくると、両者の関係が疎遠になるという。それを著者は「分離」と呼んでいる。その後、関係を「再構築」するケースもあるが、大半の関係は「分離」によって終了すると指摘されている。簡単に言えば、部下は同じ上司の下で数年間仕事を続けていると、「もうあの上司にはついていけない」と思う時期が来るということである。

 多くの日本企業では、3年程度を目安に定期的なジョブローテーションが行われる。つまり、上司が3年程度で入れ替わる。「どんなに嫌な上司でも、3年経てばどこか別の部署に異動になるから、その間我慢すればよい」などと冗談交じりに言われることもある。日本企業が元々意識していたのかどうかは解らないが、このジョブローテーション制度は、発達支援関係を常に新鮮に保つことで、メンタリングの効果を持続させるという側面があるとも言える。もっとも、新しくやってきた上司=メンターが必ずしも部下からの信頼を得られるほど優秀でない可能性もあり、その場合にどう対処すればよいのかは本書には書かれていない。本書では日本企業は研究の対象外になっているから、ジョブローテーションの効果に関する考察がなされていないのは仕方がない。

 それよりも、私は本書が抱えている大きな問題点を2つ指摘しておきたいと思う。本書では、エリク・H・エリクソンが提唱した「発達課題」に言及して、年齢ごとの発達課題に対処することがメンタリングの目的の1つとされる。例えば、若年層の心理的課題は「同一性VS同一性の拡散」(13~19歳)、「親密性VS孤独」(20~39歳)である。別の言い方をすれば、アイデンティティを確立できるか否か、仲間と適切な人間関係を構築できるか否か、ということである。上司は、若手の部下がこれらの課題を克服できるようにメンタリングを実施する。

 40~64歳の心理的課題は「生殖VS停滞」である。この年代は、自分が今まで培ってきた経験、知識、能力を若い世代に伝えることができるかどうかがカギとなる。問題なのは、本書ではこの心理的課題がメンターの課題ではなく、メンティーの課題とされていることである。つまり、40歳を過ぎたらマネジャーとなり、メンティーからメンターに切り替わることが暗黙裡に当然視されているわけだ。しかし、40代というのは多くの企業においてやっと課長に昇進できる年齢であり、メンターになると同時に、依然としてシニアマネジャーからのメンタリングを必要とするメンティーでもある。本書の事例は、若手社員とマネジャーの関係を扱ったものが多く、ジュニアマネジャーとシニアマネジャーの関係には言及が少ない。

 以前の記事「エド・マイケルズ、ヘレン・ハンドフィールド=ジョーンズ、ベス・アクセルロッド『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』―人材の奪い合いではなくマネジャー育成の本である」でも書いたように、企業の成長を大きく左右するのはマネジャーの育成である。その意味でも、マネジャーに対するメンタリングの実態をもっと掘り下げてほしかったというのが率直な感想である。エリクソンの発達課題の区分は、人生全体を俯瞰した非常に大雑把なものであり、企業活動の実像を必ずしも精緻に反映していない。にもかかわらず、著者がこの発達課題にこだわったことが、こうした問題を生んでしまったと考える。

 もう1つの問題点は、「結局、メンタリングによって企業の業績は向上するのか?」という点に全く答えていない点である。メンターとメンティーの間でどのようなやり取りがなされたのか、その結果、メンターとメンティーはどのような感触をつかんだのかについては、豊富な実例が紹介されている。企業内の人間関係の形成と変化に関心がある社会学者にとっては、本書は非常に大きな意味を持つことだろう。では、そういうメンタリングを実施すると、企業の業績はどのように変化するのだろうか?本書を手に取った経営者や人事担当者などが一番関心を持つのはこの1点である(私もその1人である)。

 直感的には、人材育成に注力している企業は業績もよいことが解っているので、メンタリングも効果があるとは思う。だが、メンタリングはマネジャーの人材育成の役割を拡張するものであり、拡張された各々の機能がどのような経路をたどって、別の言い方をすれば、周囲の様々な社員の行動や、企業という1つのシステムを構成する諸要素に対しどのように影響することで業績向上につながるのか、この点を明らかにすることが本書の残した課題であると感じた(前職のベンチャー企業でメンタリング研修が全く売れなかったのは、既に述べたようにメンタリングをわざわざ大掛かりな組織変革にしようと誤解していたこともあるが、メンタリングの投資対効果が全く解らなかったことにも原因がある)。

DHBR2018年6月号『職場の孤独』―自分の孤独は結果であり原因。だから自分から解決のためのアクションを起こそう


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年06月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年06月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-05-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 数年前に『不機嫌な職場』という本が流行ったが、「職場の孤独」という特集タイトルもなかなか衝撃的である。職場で孤独感を感じている人が増えているということは、職場内のコミュニケーションが沈滞していることを意味する。コミュニケーション能力を大きく左右するのは脳の前頭前野という部位で、言語理解、思考、意思決定、意識や集中、感情のコントロール、記憶、創造力などをつかさどっている。ITの発達によって業務が効率化されたと喜んでいる経営者は多いだろうが、一方で社員の前頭前野の働きを低下させているという報告もある。

 川島隆太『スマホが学力を破壊する』(集英社、2018年)によると、手書きで文章を書いた場合や対面でコミュニケーションをとった場合には前頭前野が活発化する。一方で、パソコンやスマートフォンで文章を書いた場合には前頭前野が活性化しない(つまり、私が今この文章を書いている間も、実は前頭前野は活性化していない!)。さらに、遠隔拠点とのコミュニケーションを効率化するためにテレビ電話会議システムを導入している企業も多いが、テレビ電話会議でコミュニケーションをとっても前頭前野には変化が見られないというのである。ITも職場の孤独を生み出す要因の1つになっているのかもしれない。

 川島氏の見解を拡張すれば、人々の絆を広げるために開発されたfacebookなどのSNSも、かえってユーザの孤独感を深める結果になっている可能性がある(実際、私は休日に友人が遊びに行っている写真をSNSで見て、「休日も仕事をしている自分は一体何をしているのだろう?」と疎外感を感じることがある)。

スマホが学力を破壊する (集英社新書)スマホが学力を破壊する (集英社新書)
川島 隆太

集英社 2018-03-16

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 今月号の論文には、職場の孤独を解決するために社員の自助努力を求めるものが多かったことが1つの大きな特徴である。
 孤独を感じている時に他人を助けるというのは意外に思えるかもしれないが、他人に手を差し延べ、自分も援助を受け入れることで、互いに肯定的なつながりが築かれる。
(ビベック・マーシー「成人の4割が自覚し、寿命を縮める病 『職場の孤独』という伝染病」)
 研究者らが「日々の向社会的行動の実践」と呼んでいるのは、基本的には他者に思いやりを示し言葉を交わすことである。これが孤独の治療薬として有効であることが、ある調査で明らかになった。(中略)

 孤独や孤立に関する研究はたいてい同僚や友人、家族との関係を対象としている。(中略)しかし、遠い関係の人々にも思いがけない力があることが、(中略)研究で明らかになった。それによると、「弱いつながり」(あまりよく知らない同僚、フィットネスクラブで一緒になった人など)を相手にちょっとした向社会的行動を取った人々は、不要な会話を避けた人々よりも孤独感や疎外感に苛まれることが少なく、ウェルビーイングや満足度が高いことが報告された。
(スコット・ベリナート「孤独と仕事に関する研究からわかること 『つながっていたい』気持ちは人間の本能である」)
 毎日、他者に役立つことやよいことをするように努める。感謝の力は絶大で、自分のした親切が報われることもあるし、多くの人々につながりを感じさせ、孤立感を軽減させる。(中略)

 俳優・司会者のオプラ・ウィンフリーからヒントをもらおう。彼女は孤独と戦うために、「こんにちはと言うだけ」運動を提唱している。このアイデアは単純に、友人や見知らぬ人、つながりを再認識したい人に対して、ただ「こんにちは」と話しかけることから始めるものだ。こうした単純な行動でさえ、社会的筋肉のストレッチになりうる。
(ジョン・T・カシオポ、ステファニー・カシオポ「米国陸軍で実証した負の習慣を壊す法 心の筋肉を鍛えるエクササイズ」)
 職場で孤独を感じている人は、「職場環境が悪いせいで自分が孤独を感じているのに、なぜ自分から行動を取らなければいけないのか?」と思うことだろう。だが、職場の孤独を生み出しているのは、職場環境だけではなく、孤独を感じているその人自身であることを自覚する必要がある。
 社会的ネットワークの周縁部で、ある驚くべきパターンが確認された。周縁部の人々は友人が少ないために孤独を感じるが、その孤独感ゆえに、残り少ない友人関係も断ち切ってしまう。だがその前に、残っている友人に同じ孤独感が伝染し、このサイクルが連鎖する傾向がある。こうして孤独が増殖する結果、毛糸のセーターが端からほつれるのと同じように、社会的ネットワークも周縁から崩れていく。
(ビベック・マーシー「成人の4割が自覚し、寿命を縮める病 『職場の孤独』という伝染病」)
 私も前職の会社(組織・人事コンサルティング&教育研修サービスを提供するベンチャー企業)で随分と孤独を味わった。詳しくはブログ本館の「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」、「中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(3)【独立5周年企画】」などを読んでいただきたいが、自社HPのリニューアルをする時も、私を含め社員がほとんど誰も賛成していない新サービスを開発するように命じられた時も、会社からは主力サービスではないと位置づけられたものの、収益面では大きく貢献していた研修を一生懸命売っていた時も、私はほとんど孤立無援状態であった。そうした心労がたたったせいか、双極性障害を発症してしまった(10年前に発症したが、今も治療中である)。

 8年前に一時期休職していたのだのが、いかんせん零細のベンチャー企業だったため、代わりに仕事をする人がいない。だから、休職中も週2日ほどのペースで働き続けていた。これでは休職している意味がないから早く復職したいと思っていたところ、ある人から「私が休職したせいで、残った社員のコミュニケーションが余計に悪化し孤立してしまったようだ。だから、復職するならば、私から彼らに働きかけてコミュニケーションを改善しなければならない」とアドバイスされた。

 残った社員というのは全員私よりも年上である。当時は、なぜ彼らの孤立の問題を一番年下の私が解決しなければならないのかと憤ったものである。だが、今月号の論文を読んで、彼らの孤立を作り出した原因の一部は私の孤立であるから、私も問題解決に手を貸すべきだったと反省している。ただし、そのアドバイスを、前職の会社とは無関係な第三者が中立的な立場で言ったのではなく、問題の渦中にいた社長自身が言った点だけは未だに納得していない。

DHBR2018年6月号『職場の孤独』―終了時刻を設定しない会議を夜に行う企業はだいたい問題あり


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年06月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年06月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-05-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 本号の特集とは関係がないが、知識労働者にとって最大の敵の1つである「会議」に関する論文が掲載されていた(レスリー・A・パーロウ、コンスタンス・ヌーナン・ハドリー、ユーニス・ウン「頻度、タイミング、拙い進行を改める 会議の三重苦を解決する5つのステップ」)。

 まず、①会議の頻度は少ないが、議事進行が拙いというケースがある。その結果、個々の社員には単独作業と熟慮にあてる時間が十分にある半面、会議が非効率なため、グループ全体の生産性と協力度が低下する。論文の著者の調査によると、企業幹部の約16%が、自分の職場がこれに該当すると回答した。次に、②会議の質は比較的高く、表面上はグループの時間が上手く活用されているものの、会議の頻度が多すぎて単独作業にあてる時間が削られ、まずいスケジューリングによって熟慮が妨げられるというケースがある。著者の調査では、幹部の約13%が、自分の職場がこれに該当すると回答した。

 そして、③これが最も厄介なのだが、会議が頻繁すぎて、タイミングが悪く、進行が拙いため、グループと個人の両方にとって生産性、協力体制、福利の損失につながっているというケースがある。著者の調査では、幹部の過半数を超える約54%が、自分の職場がこれに該当すると回答した。

 「会議に出席するとその企業の文化がよく解る」と言ったのはエドガー・シャインである。シャインほどではないが、私も企業などの会議に出席するだけで、その組織の文化をある程度推し量ることができる。まず、会議が予定通りに始まらない場合、遅刻者が出席者を待たせていることになる。こういう企業では、普段の業務でもチームワークが上手く機能しておらず、メンバーの中に手待ち状態になっている人がいる可能性が高い。そして、手待ち状態にさせていることに対して、チームワークを阻害している当の本人が無自覚になっている。

 会議が予定の時間通りに終わらない場合、知的作業の時間の見積もりが甘く、生産性に問題がある企業だと推測できる。会議はいつ結論が出るか解らないから終了時刻を設定するのは無理だと嘆く人もいるが、私に言わせれば、限られた時間の中で結論を出すように会議をマネジメントするのが会議主催者の責任である。それに、慣れてくれば、会議のアジェンダの性質や難易度、出席者の人数やタイプによって、議論にどれくらいの時間がかかるか、いや、どのくらいの時間で結論を出さなければならないかが解るようになるものである。

 会議に出席する人数が多い場合、日常業務におけるコミュニケーションが希薄になっていると予想できる。日常的なコミュニケーションが不活発であるために、会議で強制的にコミュニケーションを取らせようとしていると考えられるからだ。また、会議で一言も発言しない人が何人もいる場合には、組織階層の上下の権力格差が大きく、悪い情報が上層部に上がってこない組織だと推定できる。

 議事録の作成を重視する企業も要注意である。議事録は、意思決定のプロセスを事後的に検証するために作成されているのであれば問題ない。しかし、会議に出席していない人が会議の内容を知るために作成されているとすれば考え直した方がよい。会議の内容を知る必要があるということは、会議のアジェンダについて利害関係を有しているということである。そういう人は会議に出席しなければならない。怠慢な人のために議事録を作成するのは全くの無駄である。

 また、会議に出席していないが会議の内容を知る必要がある利害関係者が大勢いる場合には、仕事の単位、会議で取り上げたアジェンダの単位が大きすぎると考えられる。仕事やアジェンダの単位をむやみに細分化すると今月号の特集である「職場の孤独」を生み出してしまう恐れがあるが、本来、組織とは分業のための道具である。それぞれの社員が、自分が知らなくてもよいことは知らないままであったとしても、自分の持ち場に専念さえしていれば、組織全体としては回っていくというのが理想である。だから、会議で扱うアジェンダも、利害関係者が必要最小限の人数になるように設計しなければならない。

 私が最も忌み嫌うのは、終了時間を設定しない会議を夜にセッティングされることである。これは、私の前職のベンチャー企業(企業研修&組織・人事コンサルティングサービス)での経験が影響している。前職の企業では、金曜日の夜に経営会議が開催され、マネジャー以上の社員が全員参加していた(マネジャーでなかった私は参加せず)。19時から始まる会議は、いつも22時を過ぎても終わらなかった(私も残業していたわけだが)。私には密室の中身が解らなかったが、翌週以降に会社に大して変化がなかったことを踏まえると、会議では何も決まっていなかったのだと思う。夜は1日の中でエネルギーを使い果たした時間帯である。それが金曜日の夜ともなれば、1週間の中で最もエネルギー水準が低い。その時間に企業の命運を左右するような重要な意思決定を行うことは無理である。

 金曜日の夜に経営会議を開いていたのは、その時間にしかマネジャーが集まることができないからだったと聞いている。特に、営業マネジャー(ベンチャー企業なのでプレイングマネジャーになっていた)は日中に商談を抱えているため、夜でないと無理だと言ったらしい。だが、私の観察によると、営業マネジャーは日中も普通に社内にいることが多かった。理想は、1週間のうちで最もエネルギー水準が高い月曜日の朝に会議をすることであった。営業マネジャーは、商談の時間が削られると反発したに違いないが、多くの普通の企業は月曜日の朝に会議をやっているから、商談の予定を入れることなどできなかったはずである。

斎藤環『「ひきこもり」救出マニュアル<実践編>』


「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉 (ちくま文庫)「ひきこもり」救出マニュアル〈実践編〉 (ちくま文庫)
斎藤 環

筑摩書房 2014-06-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 先日紹介した『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』とは違い、本書は若者の典型的なひきこもりに関する本である。「マニュアル」というタイトルがついているが、決して紋切り型の解決策を提示するのではなく、著者の元に寄せられた数々の相談に対して、個別具体的に回答している。ひきこもりに対して、私自身もいろいろと間違った思い込みをしていたことに気づかされた。

 ・ひきこもっているばかりで将来のことを何も考えていない本人に対して、「あなたは本当は何がしたいの?」と聞いてしまう。
 ⇒本人は、将来に対して目標を持てないからひきこもっている。よって、この質問は悪意がなくても本人にとっては非常に有害である。

 ・本人と話をすると親に対する恨みつらみばかりを言われる。しかも、明らかに事実でないことも含まれている。
 ⇒事実と違っていても、絶対に反論してはいけない。本人が必要としているは「記憶の供養」である。まずは、本人にとことん語らせることが大切である。

 ・本人の生活が昼夜逆転している。元通りの生活に戻してあげたい。
 ⇒ひきこもりが日中起きていても、普通の人と同じように暮らせないことに負い目を感じるだけである。夕方まで寝ているのはさすがに問題だが、正午ぐらいに起床すれば十分である。

 ・何か欲しいものがあるとすぐにお金を要求してくる。
 ⇒欲求があることは非常に大切である。ひきこもりが重症化すると、欲求すらなくなる。だから、お小遣いをあげるとよい。ただし、お小遣いにはいくつかの条件がある。①お小遣いは十分にあげること、②一度に一定の金額を与えること(都度与えると、金額が予想外に膨れ上がるリスクがある)、③金額については本人と話し合うこと、の3つである。

 ・ひきこもりの弟・妹に、兄・姉がつきっきりになっている。
 ⇒兄弟姉妹はひきこもりに関わらない方がよい。ひきこもりの解決は、10年単位の長期戦になる。兄弟姉妹はその間に進学したり結婚したりして、本人との関係が途切れてしまうことがある。これは、本人にとって非常に大きな痛手となる。原則として、ひきこもりは親子間で解決しなければならない。

 ・ひきこもっている本人が趣味に没頭している。そのエネルギーがあるならば、アルバイトをしてほしい。
 ⇒趣味に没頭できるエネルギーがあることはむしろ歓迎すべきことである。前述のように、重症化すると趣味どころではなくなる。ただし、そのエネルギーがあるからと言って、一足飛びに就労に移るのは危険が多い。ひきこもりからの回復は、よくなったり悪化したりを繰り返す。よって、まずはデイケアなどを利用して、自分のペース作りから始めるのが無難である。

 ・ひきこもっている本人がインターネットばかりしている。このままではますますひきこもってしまうのではないか?
 ⇒デイケア、たまり場、自助グループなどで知り合った人たちと関係を継続する上で、インターネットは非常に有効である。ただし、オンラインゲームなどに熱中している場合は、1日のプレイ時間について約束を設けるなどした方がよい。

 ・無理にでも一人暮らしをさせたら、何かしら社会的接点を持つだろう。
 ⇒一人暮らしでひきこもりが改善した例はほとんどない。むしろ、徹底したひきこもりをもたらすだけである。それでも一人暮らしをさせたい場合は、綿密なプランが必要である。具体的には、賃貸契約期間を区切る、単身生活の目的をはっきりさせる、仕送りの額を設定する、家との連絡方法を決める、などといった具合だ。
お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
Facebookページ
最新記事
人気ブログランキング
にほんブログ村 本ブログ
FC2ブログランキング
ブログ王ランキング
BlogPeople
ブログのまど
被リンク無料
  • ライブドアブログ