おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係
マシュー・ディクソン ニック・トーマン リック・デリシ 神田 昌典

実業之日本社 2018-07-05

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 「顧客の期待を超える感動的なサービスを提供すれば顧客満足度が上昇し、顧客ロイヤルティも向上してリピート率が上がる」―マーケティングの世界では当たり前のように信じられていることである(私もその1人であった)。だが、本書はそんなマーケターの常識を根底から覆す1冊である。

 ①喜びの戦略は割に合わない。
 企業は「顧客の期待を超えるサービス」が顧客ロイヤルティを高めると信じている。だが、実際は「期待以上のサービスを受けた顧客」と「期待が満たされただけの顧客」のロイヤルティには差が全くない。
 ②満足度はロイヤルティの予測因子ではない。
 調査では、カスタマーサービス・インタラクション(担当者と顧客の間のやりとり)に満足しても、その企業でなく他社から購入しようと考える顧客が20%いた。つまり、顧客満足度と将来の顧客ロイヤルティとの間に関係はない。
 ③ディスロイヤルティを促す可能性が高い。
 カスタマーサービス・インタラクションは、ロイヤルティよりもディスロイヤルティ(顧客のロイヤルティを低下させること)を促進する可能性が4倍も高い。また、ロイヤルティを失った顧客は、否定的な口コミを流す確率が高い。
 ④ディスロイヤルティ緩和のカギは顧客努力の軽減。
 ディスロイヤルティを促す要因には、「問題解決のために顧客が投じなければならない手間(顧客努力。例えば、製品に関する問い合わせをしたり、クレームを伝えたりするためにあちこちの部署に電話しなければならないことなど)」に関するものが多い。顧客努力が多いとロイヤルティは低下する。

 確かに、私自身の経験を振り返ってみると、いくら感動的なサービスを提供されても、こちらが要望していた最低限のニーズが十分に満たされなければ、その感動的なサービスで帳消しというわけにはいかない。

 私は今この記事をあるカフェのフリーWi-Fiを使って書いているのだが、非常につながりが悪くストレスを感じている。無料で使えるのだから文句を言うなと言う人もいるかもしれない。だが、私にしてみれば、フリーWi-Fiが使えることを集客のうたい文句の1つにしているのだから、せめてまともに使えるようにしてほしいと言いたい気持ちもある。もし、このお店の店員の接客態度が非常に優れていたとしても、私の主目的はフリーWi-Fiを使って作業をすることであるから、主目的が果たされない限り、このお店を次回以降使うことはためらわれてしまう。

 私の話はこの辺にしておいて、先日の記事「エイドリアン・J・スライウォツキー他『デジタル・ビジネスデザイン戦略―最強の「バリュー・プロポジション」実現のために』―オムニチャネルもIoTも既に予言されていた」で、顧客の一連の体験プロセスについて、「顧客にやってもらうのか、それとも自社が顧客の代わりにやってあげるのか?」、「デジタルな手法で実現するのか、それともアナログな手法で実現するのか?」を検討することが重要であると書いた。ポイントは、顧客の一連の体験プロセスというのは、製品・サービスを購入し、使用して終わりというわけではなく、その前後、つまり購入を検討するプロセスと、使用した後のプロセスも含むということであった。個人的に、購入を検討するプロセスについては、企業もプロモーションの一環として比較的よく考えていると思うのに対し、使用した後のプロセスとなると、おざなりになっている企業が多いように感じる。

 顧客が製品・サービスを使用している途中で問い合わせたいことがあったり、故障した製品の修理を依頼しようと思ったり、製品・サービスについて意見やクレームを言いたかったりする場合、顧客が真っ先にコンタクトするのがコールセンターであろう。ただ、このコールセンターの業務を緻密に設計している企業が果たしてどれほどあるのか、私には疑問である。顧客は部品の交換程度の修理を望んでいるのに延々と電話口で待たせたり、クレームへの応対がいい加減でエスカレーションを繰り返し、かえって顧客の怒りを倍増させたりするケースが少なくないように思える。こうした顧客に対する”裏切り”は、前述の通りディスロイヤルティを促す。そして、その顧客だけでなく、その顧客の周囲にいる顧客の離反を招く。このように、コールセンターは非常にナイーブなスポットである。

 昔はコールセンターと呼ばずにお客様相談窓口という名称を使っていて、お客様相談窓口に異動になった社員に対しては、「毎日お客様から色々言われる大変な部署だが、お客様の生の声を聞くことができる貴重な場所だから、頑張ってこい」と言って送り出したものである。ところが、最近は顧客体験上極めて重要でナイーブなスポットであるこのコールセンターの業務を真剣に突き詰めずに、簡単に外部の業者にアウトソーシングしてしまう。そして、コールセンターの仕事は、さらに派遣社員にアウトソーシングされる。

 どこかのサイトで、「派遣社員は専門スキルを時間単位で切り売りするプロである」と書いてあるのを読んだが、世の中の派遣社員の方々に対して失礼なのを承知で言えば、そんな意識で働いている派遣社員などごく一部であるし、派遣先企業(つまり、コールセンター業務を受託している企業)も、大して時給が高くない派遣社員にそこまで期待していない。アウトソーシングされて当事者意識が低いコールセンターを、さらに当事者意識の低い派遣社員で運営しようというのだから、私に言わせれば狂気の沙汰である。委託元企業は、自ら顧客を手放そうとしているようなものである。もし私が経営者だったら、たとえコスト高になったとしても、コールセンターだけは絶対に手放さないと思う。

 もう20年ぐらい前のことだが、ある大手コンサルティングファームでパートナー(共同経営者)にまでなった人が、自分で事業をしたいと思い立ち、何が事業の種になるかを検討した結果、当時はまだほとんど馴染みのなかった「コールセンターのアウトソーシング事業」を思いついたそうだ。当時、アメリカではノンコア業務をアウトソーシングする動きが活発になっていた。このパートナーは、製造や技術開発などはコア業務であるが、コールセンターはノンコア業務であるから、今後はアウトソーシングの動きが加速するに違いないと予測したようである。

 確かに、このパートナーの予測通り、コールセンターのアウトソーシング市場はその後急成長を遂げた。コールセンターをアウトソーシングしていない企業を探す方が難しいぐらいだ。しかし、私はこのパートナーの考えは、根本的な部分で間違っていると思う。コールセンターは、顧客との将来の関係を決定づける、極めて、もう一度繰り返すが極めて価値の高いコア業務である。今、日本中でアウトソーシングされているコールセンターにおいて、おびただしい数の顧客が怒り狂っている原因を作った1人が、このパートナーであると断言してよい。