テクノロジー・マーケティング―技術が市場を創出するテクノロジー・マーケティング―技術が市場を創出する
産業能率大学テクノロジーマーケティング研究プロジェクト

産能大出版部 2004-04-15

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 本書は、
 携帯電話、コピー機、個人用ファックス、CDプレーヤー、テレビ電話
といった画期的な新製品(以下、イノベーションと呼ぶ。本書の出版が2004年と古いため、例示されているイノベーションも古い点はご容赦いただきたい)を技術主導で創造するための手法がまとめられた1冊である。様々な手法が紹介されているが、今回の記事ではその中から2つ取り上げてみたいと思う。

 1つ目は「市場分野成長予測法」である。これは、自社の事業領域に関係する製品を幅広く把握し、それら製品の機能や特徴を決定づける技術と、消費者・ユーザーにとっての利点を抽出し、製品と適用技術の「系譜」を表すマップである。このマップから、製品化にどのような技術が適用され、また廃止・代替・改良されてきたのか、さらに製品や適用技術に対する市場・顧客の受け入れがどのように変化してきたのかを把握する。これらの把握に基づき、今後、技術が既存のままで市場を支えていける可能性があるのか、あるいは、技術の高度化をしなければ市場性がないのか、また、代替技術を持っている市場なのかを検討して、成長が望める市場を予測していく。

 2つ目は「製品・技術進化分析法」である。これは、まず対象製品あるいは類似製品の過去から現在に至る「発展経緯」を、技術進化の歴史という観点から、事業の検証も兼ねて正確に時系列マップ(テクノロジカル・マップ)にまとめることである。なお、作成の際には、対象製品(システム)だけでなく、対象製品を構成するユニットレベル(サブシステム)まで展開し、特に自社のコア・テクノロジーに対応できるユニットは、可能な限り詳細に記述する。

 本書の例示を見ると、「市場分野成長予測法」は技術からスタートするアプローチであり、ある製品カテゴリーにおける技術の変遷とそれに伴う市場・顧客ニーズの変化を可視化し、その技術の変遷から、将来的にどのような技術が登場しそうかを予測するものである。一方、「製品・技術進化分析法」は顧客ニーズから出発する。これまで顧客ニーズがどのように変遷してきたのか、それに対して技術がどのように応えてきたのかを整理する。その上で、将来の顧客ニーズを予測し、そのニーズを充足する新技術を想定していく。

 ただ、市場分野成長予測法であれ、製品・技術進化分析法であれ、過去の歴史をベースにしているという点では共通しており、そこから導かれる製品・技術は、結局のところ過去の延長線上に連続的にしか描くことができないのではないかという疑問が残る。これらの方法で、携帯電話、コピー機、個人用ファックス、CDプレーヤー、テレビ電話などといった非連続的なイノベーションを構想することが果たして可能なのか、はなはだ怪しいと感じる。

 イノベーションのアイデアを構想する方法はこれまでにもたくさん開発されている。例えば「6色ハット」で有名なエドワード・デ・ボノは「水平思考」と呼ばれる手法を開発した。「ブルーオーシャン戦略」を取りまとめたチャン・キムとレネ・モボルニュは、「増やす」、「つけ加える」、「減らす」、「取り除く」という4つの切り口でイノベーションを導くとよいと主張した。

 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2018年9月号の論文「デザイン思考の限界を超えて 生物の進化のように発想する『進化思考』」(太刀川英輔)でも4つの方法が紹介されている。αという製品に対して、①「βのようなα」といった形でコンセプトを付加し、新製品を考案する、②αを構成する要素のパラメータ(大きさ、重量、各機能の品質レベルなど)を変化させる、③αとは全く無関係な製品を無理やり組み合わせる、④αが所属する事業環境を別の環境に移す(端的に言えば、αを異質の市場に投入する)、というものである。

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-08-10

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 しかし、いずれの方法も、「市場分野成長予測法」や「製品・技術進化分析法」と同様に、現在の製品を発想の出発点としている限り、現在の延長線上から抜け出せないリスクはある。アイデアをたくさん出すのには有効なのかもしれないが、多数のアイデアを出すこと自体が目的となってしまい、潜在的な顧客ニーズがあるのか否かという肝心な点が見過ごされてしまう気がする。

 イノベーションの成功確率は、ロザベス・モス・カンターによれば1,000分の1とも3,000分の1とも言われている。そのように聞くと、確率論的にイノベーションを成功させるには、とにかく無数のアイデアを創造することが必要条件であるという考え方が現れても不思議ではない。だが、個人的には、必ずしも無数のアイデアがなくてもイノベーションを成功させることは可能ではないかと思う。

 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2018年9月号には、ピーター・ドラッカーが半世紀以上前の1964年に発表した「未来をかたちづくる小さなアイデアの大きな力」という論文が再録されている。そこで紹介されている商業銀行(ドラッカーは近代最高のイノベーションとして商業銀行を挙げる)やシアーズ・ローバック(衣料品を所得水準の高くない農家に売るという事業)などは、とても数多くのアイデアからスクリーニングされたイノベーションとは思えない。むしろ、社会構造の潜在的な変化に冷静に着目し、その変化によって生まれる市場の空白を上手に埋める技術を慎重に開発したことでイノベーションが成就したと言える。

 これは私自身の課題でもあるのだが、現実のイノベーションが本当に前述のような「市場分野成長予測法」や「製品・技術進化分析法」、「水平思考」、「増やす」・「つけ加える」・「減らす」・「取り除く」という4つの切り口、「進化思考」などによって生み出されたのかどうかを検証する研究が必要だと思う。例えば、Facebookや定額音楽・映像配信サービス、ドローンといった最近のイノベーションは、本当にこれらの方法によって導出されたのだろうか?1つ1つのイノベーションの成立過程を丁寧に追っていくことで、地に足の着いたイノベーション開発手法が生まれるような気がする。断片的だが、私が考えるイノベーションの発想方法については、ブログ本館の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」で触れたことがある。

 と、ここまで書いて気づいたのだが、本書のタイトルは『テクノロジー・”マーケティング”』である。マーケティングとイノベーションは別物である。マーケティングは製品の改善を通じて既存市場のパイを奪い合う競争であるのに対し、イノベーションは新しい市場を創造する取り組み、あるいは代替品や非連続的な技術によって既存市場の構造を根本から破壊する行為である。この辺りについては、先ほど紹介したブログ本館の記事の中で整理を試みた。”マーケティング”であれば、市場分野成長予測法や製品・技術進化分析法によって、過去の延長線上に新製品のアイデアを位置づけるのも自然な流れなのかもしれない。