こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント・トレーナー)のブログ別館。2,000字程度の読書記録の集まり。

スイス


宮崎正弘『金正恩の核ミサイル―暴発する北朝鮮に日本は必ず巻き込まれる』―北朝鮮がアメリカに届かない核兵器で妥協するとは思えない


金正恩の核ミサイル 暴発する北朝鮮に日本は必ず巻き込まれる金正恩の核ミサイル 暴発する北朝鮮に日本は必ず巻き込まれる
宮崎 正弘

扶桑社 2017-06-02

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 本書でも述べられており、アメリカの一部の政治家も主張し始めていることだが、北朝鮮がここまで核武装してしまった以上、北朝鮮を核保有国として認めざるを得ないという論調が最近は見られる。ただし、アメリカ本土には届かない核ミサイルに制限するという条件がついている。私はブログ本館の記事「『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?」で北朝鮮のシナリオを示した時、敢えてこのパターンは入れなかった。

 というのも、北朝鮮にとって、アメリカ本土に届かない核ミサイルは意味がないからだ。北朝鮮が核武装をするのは、金政権の体制維持のためであるとよく言われる。しかし、体制を維持したいのであれば、核兵器などという危険なカードを使わずに、おとなしくしていればよい。敢えてその危険を冒すからには、体制維持以上の目的があると考えるのが自然である。そして、その目的とはつまり、北朝鮮主導による南北朝鮮の統一、統一社会主義国家の建設である。

 北朝鮮が韓国を併合しようとすれば、当然のことながらアメリカが出てくる。そのアメリカを核兵器で牽制し、相互確証破壊戦略によって身動きが取れないようにして、その間に韓国を併合してしまおうというのが北朝鮮の狙いである。だから、アメリカ本土に届かないミサイルは北朝鮮にとって価値がない。

 これは国際政治の舞台においては非常に歯がゆいことなのだが、アメリカにとっても、アメリカ本土に届く核ミサイルが完成しないと、交渉するにしても軍事行動に出るにしても、次のアクションが取れないのが実情である。アメリカ本土に届かない核ミサイルを取り除いてくれと北朝鮮に要求する交渉は、例えるならば、自宅の3軒先に停めてある自動車を邪魔だと思うから移動させてくれと注文するようなものである。言われた側からすれば、実害を与えていないのだから、注文に応じる必要はないと思うだろう。交渉が始まるのは、アメリカ本土に核ミサイルが届く時、自宅の目の前に自動車が停められて本当に邪魔な時である。

 軍事行動を取るにしても、アメリカ本土に核ミサイルが届かないのに北朝鮮を攻撃することはできない。自国に危害が及ぶ前に相手国を叩いておこうという攻撃は予防攻撃と呼ばれるが、国際法上は認められていない。アメリカが軍事行動を起こすのは、北朝鮮の核ミサイルがアメリカ本土に届くようになってからである。そうすれば、アメリカはイラク戦争などと同様に自衛戦争と称して軍事行動に着手するだろう。場合によっては先制攻撃も辞さない。

 本書によれば、北朝鮮はあと2~3年で20~100発のICBMを完成させると予想されている。北朝鮮には国連安保理の経済制裁が科されているが、中国とロシアが忠実に制裁を実行するか不透明である。それよりも大きな問題は、北朝鮮と経済的なつながりが強いアフリカの国々が、制裁を無視して北朝鮮と取引を続けることである。アフリカの国々にとっては、核ミサイルの脅威など無関係であるから、制裁よりも実利を取る可能性が高い。

 そして、北朝鮮とアフリカ諸国の取引の間を取り持っている企業がマレーシアやシンガポールに存在するという。私は以前、ブログ本館で「西濱徹『ASEANは日本経済をどう変えるのか』―ASEANで最も有望な進出国は実はマレーシアではないか?」という記事を書いたのだが、呑気な内容だったと反省している。マレーシアは経済発展の裏で闇社会が幅を利かせるリスキーな国である。

 北朝鮮問題に関しては、すぐに左派が「対話」を持ち出して、日本が米朝間の橋渡しをするべきだと言い出す。だが、彼らの言う対話は空虚であることは以前の記事「『世界』2017年11月号『北朝鮮危機/誰のための働き方改革?』―朝日新聞が「ファクトチェック」をしているという愚、他」でも指摘した。

 外交とは、お互いにカードを切り合うゲームである。「あらゆる選択肢がテーブルの上に載っている」というアメリカに対し、日本はいつでも「各国との連携を強めていく」としか言えない(ブログ本館の記事「『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本」を参照)。世論が核武装を許さず、自衛隊の権限が大幅に制限されている日本は、手持ちのカードがないのである。だから、日本には米朝の外交の間に入ってできることなど、残念ながらない。

 そうであれば、万が一北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射した場合に備えて、国民の生命を守ることに注力するべきであろう。上記の記事で書いたように、永世中立国スイスの取り組みは参考になる。北朝鮮があと2~3年で20~100発のICBMを完成させるということは、肯定的にとらえればあと2~3年は時間的猶予があるということである。日本は政治的決断を迫られている。

森田安一『物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国』


物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国 (中公新書)物語 スイスの歴史―知恵ある孤高の小国 (中公新書)
森田 安一

中央公論新社 2000-07

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ブログ本館の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」などで、「対立する大国に挟まれた小国は『ちゃんぽん戦略』をとるべきだ」と散々書いておきながら具体的な戦略の中身を詰めていなかったのだが(汗)、だんだんと輪郭が見えてきた。「ちゃんぽん戦略」の目的は大きく分けると2つある。

 ①対立する双方の大国のシステムや制度のいいところ取りをして、自国を複雑化させる(INの戦略)。
 ②対立する双方の大国と交流し、利益を与えることで、双方から求められる国となる(OUTの戦略)。

 ちゃんぽん戦略は、政治面、経済面、軍事面という3つの面で展開される。まず、政治面のINの戦略とは、専制主義と民主主義の間をとって、独自の政治システムを構築することである。日本は民主主義を採用しているが、ほとんど自民党の一党独裁状態にあると言える。専制主義と民主主義を混合して、一定の政策の多様性を担保していたのが、派閥という伝統であった(ただし、小泉政権以降は派閥が弱体化しているため、やや心配である)。

 政治面のOUTの戦略とは、いわゆる「八方美人外交」である。インドやベトナムはこれが得意だ(以前の記事「山田剛『知識ゼロからのインド経済入門』」、「福森哲也『ベトナムのことがマンガで3時間でわかる本―中国の隣にチャンスがある!』」を参照)。また、環境問題など地球規模の重要な課題をめぐる意思決定の局面で、キャスティングボートを握ることである(以前の記事「田中義晧『世界の小国―ミニ国家の生き残り戦略』」を参照)。国際政治における小国の1票の価値は相対的に重いため、それを利用して大国を手玉に取ることができる。

 経済面のIN戦略とは、国家主導の市場制度と自由市場主義の間をとって、独自の経済システムを構築することである。日本は建前上は自由市場主義を採用しているものの、かつては護送船団方式と呼ばれる制度が存在した。現在でも、行政が業界団体を通じて企業に影響力を及ぼし、市場における自由を一部制限することがある。経済面のOUT戦略は至ってシンプルであり、対立する双方の大国と貿易を行い、双方に直接投資をすることである。日本の貿易相手国を見ると、輸出・輸入ともにアメリカと中国がツートップである。

 政治・経済面において、小国が対立する大国の双方と深く結びついていれば、大国は小国に対して簡単に手出しができなくなる。仮に一方の大国がもう一方の大国にダメージを与えるために小国を攻撃したとしても、自国も一定の損害を覚悟しなければならない。ここまでは何となく整理できた。問題は軍事面である。

 軍事面のIN戦略とは一体何であろうか?そもそも、軍事面において、政治における専制主義VS民主主義、経済における国家主導の市場制度VS自由市場主義のような対立はあるのだろうか?さらに、軍事面のOUT戦略となると、日米同盟に慣れきってしまった私には想像がつかない。以前の記事「百瀬宏『ヨーロッパ小国の国際政治』」では、デンマークが対ドイツのために軍隊を拡充する一方で、NATOが西からデンマークを経由してドイツを攻撃するのを防ぐ役割も果たし、ドイツに対し安全保障を提供しようとした例(この政策は結局実現しなかった)を紹介した。こういうことが、現在のアジア情勢において可能なのだろうか?

 スイスは、周囲を大国に囲まれており、戦略的に見て非常に重要な地域であるが、中世の時代から永世中立を貫いている。ただし、本書によると、中世のスイスは、周辺で対立する双方の国に傭兵を派遣し、傭兵同士を戦わせることで、スイス本土には戦火が及ばないようにするなど、結構ダーティーなことをやっていたようだ(もちろん、現在は傭兵は廃止されており、国民皆兵制度となっている)。

 また、スイスはナチスとのつながりも深い。第2次世界大戦の当初、スイスは連合国との貿易を盛んに行っていた。ところが、1940年に「スイス・ドイツ経済協定」を結ぶと、一転して枢軸国との貿易額が増加した。さらに、戦後のスイスは、「ナチス略奪金塊問題」で国際社会から批判を浴びた。この問題は、ナチスがユダヤ人などから略奪した金塊をスイスでロンダリングして、世界各地に販売していたというものである。Amazonで本書を調べると、関連書籍として福原直樹『黒いスイス』(新潮社、2004年)が出てきた。同書はこの辺りに詳しいのだろうか?

黒いスイス (新潮新書)黒いスイス (新潮新書)
福原 直樹

新潮社 2004-03

Amazonで詳しく見る by G-Tools

『小さくても強い国のイノベーション力(『一橋ビジネスレビュー』2014年WIN.62巻3号)』


一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力一橋ビジネスレビュー 2014年WIN.62巻3号: 特集:小さくても強い国のイノベーション力
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-12-12

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 スイス、シンガポール、デンマーク、オランダ、イスラエルの5か国についての論文が収録されている。その中で、スイスの論文(江藤学「人材能力マネジメントが生み出すスイスのイノベーション能力」)を読んで感じたことをまとめておく。

 (1)
 スイスでは連邦政府による法人税の構成のうち、国税の占める割合がきわめて低く、法人税の納税額のかなりの部分は州が設定する税率に委ねられているため、(中略)ツーク(Zug)州、ルツェルン(Luzern)州などが低税率州として国外企業本社の集積地となっている。(中略)ここで重要な点は、スイスの各州が国外からの誘致をねらっているのは、本社あるいは研究所など、各国外企業の中枢となる組織であるということだ。
 スイスと同じように、法人税率を下げることで世界中から本社機能を集めることに成功しているのがシンガポールである(渡辺千仭「シンガポールのイノベーション力」)。シンガポールは、世界銀行の調査で「世界で最もビジネスがしやすい国」に選ばれている。日本でも、安倍内閣が法人税の実効税率を引き下げて海外企業を誘致しようとしているが、税率を下げれば海外企業がすぐに来てくれるなどという甘い話ではない。

 スイスの場合は、スイスを中心としてEU各国の市場にアクセスすることができる。同様に、シンガポールの場合は、グローバル企業がアジア統括拠点をシンガポールに置いて、中国・インドという2大市場や、インドネシア、マレーシア、タイなど急速に成長するASEAN諸国でビジネスを展開している。

 日本の場合、縮小する日本市場を目当てに進出してくるグローバル企業はほとんどないだろう。では、日本に拠点を置いて、アジアのどの国に進出することができるというのだろうか?こういうメリットがはっきりしていないと、法人税の実効税率の引き下げは何の効果ももたらさないに違いない。最悪の場合、単に法人税収が減るだけで終わってしまう可能性もある。

 (2)
 スイスにおける中小企業政策の基本は、大企業と中小企業とを区別せず、中小企業が大企業と同じ活動ができる環境を実現することである。(中略)スイスにおける連邦政府の産業政策とは、スイス企業を保護したり、資金援助したりすることではなく、「スイス企業をグローバル環境での激しい競争環境下に置くこと」なのである。
 最近、色々な中小企業の経営者とお話をさせていただいているが、「税金をびた一文払いたくない」と公言する経営者は決して少なくない。税引き前当期純利益の額を少なくするために、顧問の税理士を使って、時には粉飾決算にまで手を染める(経営者が意図的にやっている場合と、無意識にやっている場合とがある)。だから、中小企業の決算書を見ると、経常利益率が1%を切っていて、雀の涙程度の利益しか出ていないことがよくある。

 私は、利益を出さない、税金を支払わないという姿勢には、疑問を感じる。まず、企業が社会の中で事業をすることができるのは、政府や自治体が物理的なインフラを整えたり、公正な競争環境を保つために様々な法律や規制を作ってくれたりしているからである。そのためには税金が必要である。その税金を払わないということは、社会的インフラにタダ乗りしているのと同じだ。

 (1)で法人税について触れたが、昨年、法人税率の引き下げに伴う税収減を、外形標準課税の適用拡大で補うという話があった。この時、中小企業からは強い反発の声が上がり、各種中小企業団体は自民党に要望書を提出した。しかし、本来であれば、赤字であろうと何であろうと、相応の社会的コストは負担するべきだと思う。それが嫌なら、社会の中で企業経営などしてはならない。

 利益を出さないというのは、将来に向けた投資を放棄しているのと同義である。例えば製造業の場合、機械装置は必ず古くなるから、定期的に入れ替える必要がある。そのための原資を、毎年の利益からプールしなければならない。売上高が3億円、機械設備が10台ある企業で、機械設備の更新サイクルが10年であれば、毎年1台はリプレースすることになる。

 機械装置が1台2,000万円、法人税率が35%だとすると、毎年3,000万円以上の利益を上げなければ、設備投資ができない計算になる。経常利益率にすると10%以上だ。ところが、中小製造業の平均経常利益率は1.7%しかない。

 利益を放棄して将来への投資を怠っているため、市場で競争する上で最低限揃えておくべき機械装置が入っていない中小企業は結構あると思う。そして、そういう企業に対して、設備投資のための公的な補助金が出ているという話も聞く。だが、そこまでして中小企業を救済する意味があるのか、首をかしげたくなる。スイスほどでなくても、もっと手厳しくしてもよいのではないだろうか?
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。これまでの主な実績はこちらを参照。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、2,000字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

人気ブログランキング
にほんブログ村 本ブログ
FC2ブログランキング
ブログ王ランキング
BlogPeople
ブログのまど
被リンク無料
  • ライブドアブログ