IoTビジネスをなぜ始めるのか? 三木 良雄 日経BP社 2016-05-19 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
最近の中小企業向け補助金で注目度が高いのが「ものづくり補助金」である。平成24年度補正予算から始まって、今年で4年目に入る。初年度は製造業のみが対象であったが、平成25年度以降はサービス業もカバーするようになった。今回、平成27年度補正予算でものづくり補助金を実施することが決まった時、補助上限1,000万円(補助率3分の2以内)という通常のコースに加えて、今話題のIoTに取り組む設備投資に対して上限3,000万円(補助率3分の2以内)の補助金を出すコースを新設する点が大々的にアピールされた。
ただ、私は中小企業がそうそう簡単にIoTのシステムを構築できるわけがないと思っていた。それに、経済産業省もIoTについては不勉強で、ものづくり補助金の概要資料には、「新たに航空機部品を作ろうとする中小企業が、既存の職人的技能をデータ化すると共に、データを用いて製造できる装置を配置」するものをIoTとして挙げているようなレベルであった(ブログ本館の記事「平成27年度補正ものづくり補助金の概要について」を参照)。
そういう経緯もあってか、公募が始まって蓋を開けてみると、IoTは「高度生産性向上型」という類型の一部という位置づけに格下げされていた。高度生産性向上型には、IoTの他に「最新型」という類型があり、一定期間内に販売が開始された最新設備を導入すると補助金が出る。補助上限は、IoTと同じく3,000万円である(補助上限3分の2以内)。最新型は、「最新モデル省エネルギー機器等導入支援事業(平成26年度補正)」という類似の補助金の流用である。だから、経済産業省の本音は、今まで手がけたことがなく、自分たちもよく解らないIoTよりも、実績のある最新型で応募してほしい、ということだったのではないかと推測する。
IoTがトーンダウンしたとはいえ、公募を行う限りは、IoTとは何なのかを明確に定義しておく必要がある。公募要領には次のように書かれている。
「IoTを用いた設備投資」とは、本事業において設備投資を行うことで、単に従来から行われている単独機械の自動化や工程内の生産管理ソフトの導入にとどまらず、複数の機械等がネットワーク環境に接続され、そこから収集される各種の情報・データを活用して、①監視(モニタリング)、②保守(メンテナンスサービス)、③制御(コントロール)、④分析(アナライズ)のいずれかを行うことをいいます。しかしながら、この定義は実に曖昧である。この定義に従うと、例えばSFAシステムもIoTに該当してしまう。営業担当者はPCやタブレットで商談履歴を登録する。上司は部下の情報を見ながら、部下に個別にアドバイスをしたり、部門全体の営業方針を改善したりする。確かに複数の機械がネットワークにつながっており、上司が分析を行っている。だが、これをIoTと呼ぶ人はいないだろう。
インプットとなる情報は、人間が手を使って入力するのではなく、機械に取りつけられたセンサーなどによって自動的に収集される必要がある。まずはこの点をIoTの定義に盛り込まなければならないと考える。
「①監視(モニタリング)、②保守(メンテナンスサービス)、③制御(コントロール)、④分析(アナライズ)」というIoTの機能についても同様である。これらを人間が行うのであれば、やはりIoTとは言い難い。例えば、鉄道各社は電車にセンサーを取りつけ、集中管理室で人間が運行状況をモニタリングしている。人身事故などのトラブルが発生した場合は、影響が及びそうな沿線に連絡し、対応策を伝える。これも、確かに複数の機械がネットワークにつながっており、監視・制御を行っている。とはいえ、IoTと呼ぶには無理がある。
「①監視(モニタリング)、②保守(メンテナンスサービス)、③制御(コントロール)、④分析(アナライズ)」という4つの機能のうち、①②③はネットワークに接続された機械に対して何かしらのフィードバックを送る。他方、④はデータを集約したサーバ側で完結してしまうケースがある点に問題がある。
現在のPOSレジは、人間がバーコード情報を読み取るのでIoTとは言えないが、仮にICタグの技術が上がって無人レジが一般化したとしよう。各店舗からは膨大な購買履歴情報がサーバに集約される。だが、そのサーバが売れ筋・死に筋を分析するだけにとどまっていたら、システムとしてはほとんど意味がない。
サーバからは、分析結果を店舗や配送センターにフィードバックする必要がある。しかも、フィードバック結果を活用するのは人間ではなく機械である。分析結果を受けた店舗では、「ロボット店員」が棚卸の陳列を変更したり、発注情報を修正したりする。配送センターは、それぞれの店舗から受け取った発注情報に基づいて、最適な配送ルートを割り出す。同時に、在庫情報に基づいて仕入先に自動発注を行う。各店舗に商品を配送するトラックや、仕入先から配送センターに出入りするトラックは「自動運転車」である。ここまでくれば、壮大なIoTである。
以上を踏まえて、私なりにIoTを定義すると次のようになる。
IoTとは、複数の機械などをインターネットに接続し、そこから自動的に収集される各種の情報・データを自動的に分析して、その結果を機械などにフィードバックし、機械などの①監視(モニタリング)、②保守(メンテナンスサービス)、③制御(コントロール)などを通じて、業務効率化や生産性向上につなげる仕組みである。この定義に照らし合わせて本書を読むと、定義に合致するものと、必ずしも十分に合致するとは言えないものとが混在している印象を受けた。JINSは「JINS MEME」というメガネを発売した。JINS MEMEには3点式眼電位センサーが搭載されており、装着者の眼球の周りでかすかに変化する電位を検出し、スマートフォン専用のアプリがデータを解析する。だが、これは複数人が装着する複数のJINS MEMEのデータを活用しているわけではないため、IoTとは呼びにくい。
セコムは、不審車や侵入者を検知してドローンで追跡するサービスを開始している。セコムのシステムには、全国各地に設置されているレーザーセンサーから送られる大量のデータが蓄積されており、不審者や侵入者を特定するメカニズムが確立されているはずだ。それを活用して、特定地域における不審者や侵入者を発見する。その結果をドローンにフィードバックし、自動で現場に移動させる。センサーからのインプットも、ドローンへのフィードバックも自動で行われており、かつドローンの動きを制御しているから、これはIoTと呼べそうだ。
ドコモ・バイクシェアは全国でサイクリング事業を展開し、自転車に利用状況を把握するための通信システム(GPSなど)を搭載している。この機能を使うと、自転車の貸し出し状況のデータや走行データなどが取得できる。このシステムは、コマツの「KOMTRAX」に似ている。だが、KOMTRAXでは、建設機械の稼働情報を保守などに活用するのは人間であり、この点でIoTと呼ぶにはやや抵抗がある(世間的には、IoTの代表例のように扱われているが)。ドコモ・バイクシェアは、収集したデータを自転車にやさしい街づくりの基礎資料とするらしいが、その分析作業はおそらく人間がやるであろうから、IoTとは言い難い。
損保ジャパン日本興亜は、ドライブレコーダーで収取したデータを基に、ドライバーの運転危険度を分析している。分析結果は客観的なレポートや運転の改善点としてドライバーにアドバイスされ、安全運転が促進される。損保ジャパン日本興亜のデータベースには、様々なドライバーの運転情報が蓄積されており、危険な運転のパターンを自動的に分析していると考えられる。ただし、制御の相手が機械=自動車ではなく、人間=ドライバーであるから、これもIoTと呼びづらい。
例えば、ドライバーの運転情報に基づいてドライバーのリスクが定期的に判定され、それが毎月の自動車保険料に自動的に反映されて保険料が変動し、ドライバーに通知されるとする。こういう仕組みだったらIoTと呼べるように思える。