プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方
嵯峨 生馬

勁草書房 2011-04-20

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 アメリカにはTaproot という組織があり、プロボノと非営利法人とのマッチングを行っている。2001年設立されたTaprootは、過去13年の間に、1,900以上の非営利法人に対して、7,500人以上のプロボノを派遣し、140万時間を費やして、戦略、マーケティング、人事、ITなどの分野で2,500以上のプロジェクトを遂行した。プロジェクトの価値を金額換算すると、1億4,000万ドル以上になるという("REVIEW OUR 2015-2017 STRATEGIC PLAN EXECUTIVE SUMMARY"より)。
 帰国後、(Taprootの)アーロンにお礼のメールを出すと、すぐさま彼から「ブループリント」という資料が届いた。そこには、筆者の想定をはるかに上回る緻密さと正確さで、プロボノのプロジェクトの進め方が記述されていた。(中略)プロジェクトをフェーズ(期間)ごとに区切り、それぞれのフェーズの中でもさらに細かくステップが分かれ、それぞれのステップの中で開かれるミーティングについては出席者とその役割、進行の順序、決定すべき事項などが書き込まれている。全部で80ページ以上にわたる資料には、プロジェクトを立ち上げてから最終的に完了させるまでの文字通りすべての出来事が網羅されていた。
 いかにもアメリカらしいやり方だと感じた。Taprootには、日頃は様々な企業や組織で働く人々が集まる。バックグラウンドや価値観、参加の動機が異なる彼らを短期間のうちにチームとしてまとめ上げて、高い成果を出すためには、どうしても標準化された手法が必要である。そして、この標準的なパッケージは、Taprootがアメリカ以外の国に進出する際にも強力な武器となる。

 もう1つ、アメリカらしいと感じたのが次の箇所である。
 米国のタップルートでは、ウェブサイトは5万ドル、経営戦略の策定は7万ドルなど、それぞれのプロボノのサービスの価値をドル換算して公開している。NPOに対しても、その数字を伝え、プロボノによる支援が、仮に有償でそのサービスを受けたとしたらきわめて高価なものになりうることを伝えているのだ。
 何でも金額換算しなければ気が済まないのは、アメリカ人の性なのだろう。ただ、Webサイト構築が5万ドルもするのは高すぎる気がする。日本の場合、顧客管理機能やEC機能などがない簡単なWebサイトであれば、50万円も出せば作れる。逆に、戦略立案が7万ドルというのはちょっと安いように感じる。コンサルティングファームが戦略立案プロジェクトを手掛ける場合、クライアント企業の規模にもよるが、フィーは1,000万円単位になることが多い。

 冒頭で、Taprootはこれまでに140万時間以上を費やして1億4,000万ドル以上の価値を生み出したと書いた。単純に計算すると、Taprootはプロボノ1時間あたり100ドルの価値があると考えているようだ。

 近年、マイケル・ポーターがCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)をCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)へと発展させている。CSVでは、経済的価値と社会的価値の融合が目標である。ただ、アメリカは伝統的に、経済的価値と社会的価値を対立項としてとらえており、現在もその流れはあまり変わっていないと思う。企業は経済的価値を極限まで追求する。そして、築き上げた巨万の富の一部を社会セクターに回し、社会的価値の実現をサポートする。だから、アメリカには30兆円を超える”寄付金市場”が存在する。

 ブログ本館の記事「齋藤純一『公共性』―二項「対立」のアメリカ、二項「混合」の日本」の言葉を借りれば、共約可能なニーズを扱うのが企業であり、共約不可能なニーズを扱うのが社会セクターの役割である。別の言い方をすると、私的領域を扱うのが企業であり、公的領域を扱うのが社会セクターであるとも言える。いずれにしても、両者の役割ははっきり分かれている。

 一方、日本の場合は、共約可能なニーズと共約不能なニーズ、私的領域と公的領域をあまり区別しないのが特徴である。すなわち、いい意味で公私混同が起きている。企業の戦略は、単に顧客のニーズを満たすだけでなく、地域社会の様々な利害関係者に配慮することが求められる。また、一昔前の企業は、社員に手厚い福利厚生を提供していた。社員旅行はおろか、社員の家族も参加可能な社内運動会までやっている企業があった。つまり、企業が家族の面倒をある程度見ていたのである(もちろん、社員に長時間残業をさせて家族の領域を侵食していたという負の側面も見過ごせないのだが)。

 先ほど紹介したブログ本館の記事でも書いたように、日本人は相反する2つの項を明確に分けて対立構造に置くよりも、何となくその二項が混合している状態を心地よいと感じる。近年、企業はコストカットの一環として福利厚生をどんどん減らしているが、これは企業が共約可能なニーズ、私的領域に特化することを意味しており、あまり望ましい傾向ではないと考える。

 現在、中高年社員の増加に伴って、ガンで離職する社員、親の介護のために離職する社員が増えている。つまり、新しいタイプの共約不能なニーズ、公的領域の問題が生じている。日本企業はこうした問題を社会セクターに任せ切りにせず、自らの問題として取り組む必要があるだろう(この点については、以前の記事「北見昌朗『小さな会社が中途採用を行なう前に読む本』」でも少し触れた)。