マーケッターとデータサイエンティストが語る 売れるロジックの見つけ方マーケッターとデータサイエンティストが語る 売れるロジックの見つけ方
後藤一喜(ごとう・かずよし) 山本 覚(やまもと さとる)

宣伝会議 2015-01-07

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 「何か新しいことを主張する際に、こういうことをしてはいけない」と反面教師的に読んだ1冊。著者は、行動心理学者ダニエル・カーネマンの「システム1」、「システム2」という意思決定システムの区分を用いて自らの主張を展開している。「システム1」とは、手っ取り早く大雑把な判断を下す直感的な思考であり、「システム2」とは、重要な課題について慎重な判断を下す分析型の思考である。
 人間は熟考型《システム2》だけでなく、直感型の《システム1》を持ち、随時この2つを使い分けているが、日常生活でより多く活躍しているのは実は《システム1》であり、これは思考というよりも条件反射に近い性格を持ったシステムであることを、カーネマンが教えてくれた。
 実際に「売れる」か「売れない」かを決定付けているのは「それをどのように伝えることにより、買い手の腑に落とすか?」の方にある。腑に落とすとは、理詰めで《システム2》を説き伏せるのではなく、買い手の直感である《システム1》に直接訴えかけることだ。
 要するに、「モノが売れない時代」においては、論理的にその製品・サービスの特徴やメリットを説明してもダメであり、それ以上のことを目指さなければならない、と著者は言いたいのだろう。「それ以上のこと」とは、いわゆる経験価値マーケティングであったり、デザイン重視であったり、モノにコト(ストーリー)を持たせて顧客の共感を呼んだりすることを指していると思われる。

 しかし、今までは「システム2」という合理的な意思決定システムを使っていたのに、これからは直感的な「システム1」で行きましょうと言うと、まるで顧客の思考が退行しているかのような印象を受けてしまう。そもそも「システム1」は、食料品や日用品のように、コモディティ化している製品・サービスを選択する際に使われる思考である。著者は、今さらそのような製品・サービスの需要拡大を狙っているわけではないと思う。むしろ、顧客の生活を精神的・文化的にもっと豊かにする「必需品+α」の製品・サービスをどうやって売るかを考えているはずだ。

 もしそうであれば、カーネマンの主張を拡大して、「システム1」、「システム2」に次ぐ「システム3」というものを提唱するべきであろう。「システム3」は、精神的・文化的な豊かさ、定量的に測定できない豊かさを追求する思考とでも定義できるかもしれない。「システム1」に”戻る”のではなく、「システム3」という新しい概念を提唱すれば、主張の”格”が1つ上がった感じがする。

 さらに欲を言えば、日用品などのコモディティを選択する時と、精神的・文化的な要素の強い「必需品+α」の製品・サービスを選択する時とで顧客の脳の働きが具体的にどのように異なるのか、脳神経科学に関する最新の研究を紹介することができればもっとよい。そういう論理展開になっていれば、この本も「売れるロジック」のある商品になったに違いない。