51の質問に答えるだけですぐできる「事業計画書」のつくり方51の質問に答えるだけですぐできる「事業計画書」のつくり方
原 尚美

日本実業出版社 2011-11-25

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 私もブログ本館で「創業補助金―申請書(事業計画書)の書き方サンプル(記入例)」や「【シリーズ】「ものづくり補助金」申請書の書き方(例)」で架空の事業計画書を書き、また企業向け集合研修で使用するケーススタディを何本か開発したことがあるのだが、架空の事例を作成するのは非常に難しいと感じている。

 本書は、「妊娠中または小さな子どもを持つ母親や、食の安全に不安を抱いている意識の高い消費者、アレルギーやカロリーが心配だが、マヨネーズ好きのマヨラーに対し、おいしくて安全かつ低カロリーの大豆マヨネーズを提供し、①東京都内の公立小学校の7割、1,000校の学校給食に導入、②紀伊国屋など都内高級スーパーの各店舗における取り扱い9割以上、③5年後の年間売上高5億円を目標にする」というビジョンを掲げて起業するケースにおける事業計画書の作成手順が解説されている。細かいところで色々と突っ込みたい箇所があったので、順番に列記していきたいと思う。本書を読んでいない方には全くついて来られない内容になってしまっている点はご容赦いただきたい。

 ・【p41】マーケティング戦略の定石に従って市場のセグメンテーションをしている。このページのセグメンテーションからは「40代女性」というターゲットは浮かび上がってくるものの、ビジョンにある「公立小学校」は出てこない。BtoC向けとBtoB向けでそれぞれセグメンテーションを実施するべきではないか?

 ・【p72】マーケティングの4Pの視点を用いて競合他社分析をしている。だが、Placeがなぜか「事業ドメイン」となっている。ここはマーケティングの4Pの本来の用法に従って「販売チャネル」とし、競合他社がそれぞれどのような販売チャネルを活用しているのかを調査するべきではないか?

 ・【p105】販売チャネルをどうするかが検討されているが、ビジョンにあった高級スーパーとナチュラルローソン、公立小学校に加えて、ビジョンにはなかった「ネットショップ」がいきなり登場し、ビジョンとの整合性が取れていないように感じる。なぜネットショップが販売チャネルとして適切なのかという説明が不十分である。個人的には、ビジョンはあまり具体的にせず、「誰(ターゲット顧客)に、何(製品・サービス)を、どのような差別化要因で提供するのか?」ぐらいにとどめた方がよいと思う。そして、その製品・サービスをターゲット顧客に対して、差別化要因を最も十分に訴求できる販売チャネルを選択する、という手順を踏むべきである。

 ・【p108】プロモーションの実施方法について書かれたページである。高級スーパーには営業担当者が1軒ずつ営業をすると書かれているが、公立小学校に対してはどのようにアプローチするのかが書かれていない。

 ・【p114】ここまで読んで解ったのだが、公立小学校向けの販売は収益を追わないものとして位置づけられている。著者の中では、
 「低アレルギーで安全な食材を、薄利で小学校の給食に供給する」
 ⇒「子どもたちをソイ・マヨ(※商品名)好きにする」
 ⇒「子どもたちがスーパーで母親にソイ・マヨをねだる」
 ⇒「比較的年収が高く、文化レベルの高い母親たちがソイ・マヨのコンセプトに共感する」
 ⇒「ソイ・マヨはマヨネーズ表示ができないことを、インターネット上で訴える(※現行の法律では、卵を使ったものしかマヨネーズ表示できない)」
 ⇒「食の安全に敏感な主婦の間に、『大豆マヨネーズもマヨネーズだ運動』が展開される」
 ⇒「ソイ・マヨが世間に認知され、ダイエット中の女性マヨラーの支持も得る」
というビジネスモデルのストーリーが描かれている。これを見ると、公立小学校向けの販売は、プロモーションの一環としてとらえるのが適切である。しかし、公立小学校向けの販売だけでは、ターゲットとする40代女性に対するプロモーションとしては不十分に見える(学校給食では、採用されている食品メーカーをわざわざ子どもに教えないだろう)。よって、ビジネスのストーリーをより太くするために、他のプロモーションとの合わせ技を検討する余地がある。

 ・【p121】ビジネスモデルがパワーポイントの絵で整理されている。しかし、これを見ると、公立小学校が高級スーパーやナチュラルローソンなどと同列の販売チャネルとして一般消費者にアプローチするものと位置づけられており、前述した「小学校の学校給食を通じて子どもをソイ・マヨ好きにし、母親に影響力を及ぼす」という要素が抜け落ちている。パワーポイントの絵は、それを見れば論理的な文章が読み手の頭の中に自ずと構成されるよう工夫を凝らすべきである。

 ・【p121】本書の事例では、世帯年収800万円以上の母親をターゲットにするとされているが、果たして都内の公立小学校が適切なチャネルなのかという疑問が湧く。日刊ゲンダイ「東京23区公立小学校別「平均世帯年収」トップの顔ぶれ」(2016年9月7日)を見ると、各区の平均世帯年収トップの小学校名が並んでいる。これを見る限り、公立小学校で年収800万円以上の世帯というのはかなり限られていることが解る。安直な考えだが、公立小学校よりもおそらく平均世帯年収が高いであろう私立小学校を狙った方が効果的なのではないか?

 ・【p136】楽天に出店する場合の見込み顧客数を、「商圏内人口(アクティブ・ユーザー数)×1か月あたりの来店頻度(商圏全体)×(当社への)目標入店率」で計算している。だが、楽天は食料品をはじめ様々な商材を扱っており、購入頻度が高いものから低いものまで幅が広い。その実態を無視して、全体の平均値を使って見込み顧客数を計算することにどれほどの意味があるのか、個人的には疑問に感じる。少なくとも、食品部門のアクティブ・ユーザー数および1か月あたりの来店頻度に絞ったデータがほしいところである。

 ・【p156】人員計画についてのページである。ここでは販売・管理部門の人員のみが対象となっており、生産部門の人員は記載されていない。これは、p147の原価計算で生産部門の人件費(直接人件費、間接人件費)を製品原価の中に入れて計算済みであるからということ、またこの人員計画が後述の利益計画(損益計算書)で販売費および一般管理費を試算する根拠になっているからであろう。この点は丁寧に補足した方がよいと思う。

 ・【p162】設備計画についてのページである。オフィスで使用する備品や車両については計画の中に盛り込まれているが、最も金額が高い肝心の生産設備が抜けているように思える。著者がなぜそうしたのか、理由はよく解らない。

 ・【p179】利益計画の中で、毎月の利息の支払いがいくらになるかを解説したページである。だが、支払利息を計算するためには借入金額を計算しなければならず、借入金額を計算するためには資金繰り表を作成する必要がある。本書では資金繰り表がp210以降に書かれており、順番が逆になっていると感じる。

 ・【p183】利益計画を立てて、1年目の毎月の返済金額を計算しているページである。本書の例では(そして現実のケースでも圧倒的にそうだが)、1年目は元本を返済できる月が1月もない。本書では日本政策金融公庫からの借入を想定しているが、「1年目は借入金を返済できない」ということで話が終わってしまっている。日本政策金融公庫の融資の場合、据置期間が設定されていることが多い。これを利用した返済計画を記述するべきではないだろうか?

 ・【p191】「クリティカル・コア」をこの段階で検討している。クリティカル・コアとは、楠木建『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社、2010年)に登場する概念であり、「ビジネスモデルの中で、一見すると非合理であるが、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」のことである。Amazonが投資家からの反対を押し切って、多額の投資をして自前の物流倉庫を持ったのは、幅広い製品の在庫を常に抱えておくことで、顧客からのどんな要望にも応えられるようにしたためであり、クリティカル・コアの一例として知られている。だが、利益計画の作成も終わった段階で、クリティカル・コアを検討するのは遅すぎると思う。ビジネスモデルをデザインする段階で検討が終わっていなければおかしい。

 ・【p223】資金計画に関するページである。「収入」の欄に自己資金、借入金、その他収入の3つがあり、金融機関や親族からの借入はまとめて借入金の欄に記入することになっている。だが、ここは調達元別に書いた方が丁寧であると思う。また、本書のフォーマットには記載されていないが、毎月の借入金残高を調達元別に記した行も設けておくべきであろう。それぞれの金融機関は、自行の返済がいつ終わるのかに対して強い関心を示すからである。