こぼれ落ちたピース

谷藤友彦(中小企業診断士・コンサルタント)のブログ別館。1,500字程度の読書記録の集まり。

ラオス

みずほ銀行国際戦略情報部『グローバル化進む日本企業のダイナミズム』―ASEAN主要7か国+インドのポイント


グローバル化進む日本企業のダイナミズムグローバル化進む日本企業のダイナミズム
みずほ銀行国際戦略情報部

きんざい 2016-11-04

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 本書は中国、東アジア、ASEAN、南西アジア、オセアニア、米州、欧州、中東、アフリカのポテンシャルとリスクについて俯瞰できる1冊である。その中で、私が特に関心を寄せているASEANとインドについて、本書のポイントをまとめておく。

 <ベトナム>
 ①統計上、近年ベトナムに進出する日系企業の件数は増加傾向にあるものの、投資金額はそれほど伸びていない。これは、レンタル工場へ進出する中堅中小企業が増えているためである。また、ベトナム企業が運営する工業団地であっても、日系の代理店が進出をサポートするなど、製造業での進出が容易になっている点も理由として挙げられる。
 ②チャイナプラスワン戦略の候補として北ベトナムが選ばれることが多い。これは、中国・華南地域のサプライチェーンを活用できるためである。ただ、逆に言えば、華南から部品を調達することができるため、北ベトナムにおける現地調達率は低い水準にとどまっている。
 ③北ベトナムは東西経済回廊を通じてバンコクと陸路でつながっており、所要日数も2~3日にすぎない。ただし、タイからベトナムへの貨物は多数あるが、ベトナムからタイへの貨物が少なく、片道の輸送コスト分をもう一方に転嫁せざるを得ない。そのため、輸送コストは海路を利用した場合の倍近くになる。なお、海路の場合、タイのレムチャバン港と北ベトナムのハイフォン港を結ぶにはインドシナ半島を経由する必要があるため、10日以上かかる。
 ④二人っ子政策などによる少子化や晩婚化の影響を受け、日本を上回るペースで少子高齢化の時代が訪れると予想される。2015年には、早くも人口構成の変化が人口オーナス期に突入している。
 ⑤ベトナム南部の気質として、「貯蓄をするよりも給料はその月のうちに使い切る」というものがある。また、見えを張る気質もあり、日本と同水準の家電製品がよく売れている。笑い話として、ベトナムでは来客に見せびらかすために、冷蔵庫を玄関に置いているという話もある。

 <カンボジア>
 ①舗装されているのは国道のみであり、民家から国道へ出るためには未舗装の道路を通らなければならないため、わずか数キロを通勤するのに1時間から1時間半を要するケースもある。
 ②カンボジアの教育水準は低い。ワーカーとして雇用する労働者には小学校の途中退学者が多く、文字が読めない、計算ができないといった状況に加え、トイレの使い方が解らない者などが多くいるのも現実である。
 ③プノンペンとホーチミンは南部経済回廊で結ばれているが、プノンペンからホーチミンは、メコン川を利用した水上輸送の方が3分の1程度のコストで済む。

 <ラオス>
 ①ラオスにはビエンチャンとサワンナケートに工業団地があるが、2015年7月、南部のパクセーある工業団地が日系中小企業専用の経済特区として指定された。ラオスは労働力人口が少ないため、大企業が1社でも進出すると周辺の労働力が大企業に吸い上げられてしまう。中小企業が人材の流出を食い止めようと賃金を大手の水準に引き上げれば、労働コスト面のメリットがなくなってしまう。こうしたリスクを回避するための策である。
 ②ラオスに工場が設立されれば、タイに出稼ぎに出ているラオス人が戻ってくるとラオス政府や工業団地は主張する。しかし、そもそもタイに出稼ぎに出ているラオス人は高給を求めてタイに行っているわけだから、賃金水準の低いラオス国内に出稼ぎ先を変える必要性は薄い、という見方も存在する。
 ③ラオスに工場を設立すれば、言語・文化的に近いタイからマネジャーを連れてくることができると言われることも多い。しかし、ラオスの工業団地に隣接しているタイの都市は地方都市であり、有名大学が多くホワイトカラーを輩出できるバンコクからは遠く離れているのが実情である。

 <タイ>
 ①2013年以降、製造業の新規進出には一服感がある。これは、インラック政権が2012年に実施した「ファーストカー減税」(初めて自動車を購入する人に最大10万バーツの物品税還付を行うという施策)により、需要が先食いされたためである。一方で、2013年以降は、タイの国内市場をターゲットとした各種消費財や食品の販売、外食チェーン、IT関連、不動産開発といった物販、サービス関連の日本企業の進出が多くなっている。
 ②タイに進出する飲食店は、タイ市場を「甘く見すぎている」。バンコク市内の日本食レストランを数件視察し、タイ人客で繁盛する様子と、それほどレベルが高くないように見えるサービスや料理を目にして、「これなら自社の方がよいサービスと料理を提供できる」と思ってしまう。タイ人は新しいもの好きなので、視察時にその飲食店がたまたま繁盛していただけかもしれない。タイに進出する際には、日本で出店するのと同様に、入念な調査と準備を行う必要がある。
 ③現地事情を知り尽くしたタイ企業は、日本の主要プレイヤーを分析した上で、タイでヒットする可能性が高いと認めた日本レストランを戦略的に「一本釣り」している。タイ側からアプローチを受けたことがない企業は、タイ進出を決める前に、タイ企業からどう思われているのか(そもそも知られているのか)、ビジネスモデルに問題がないか、改めて考えてみる必要がある。

 <ミャンマー>
 ①ミャンマーは現在もアメリカの制裁対象国である。ミャンマーの財閥などと提携を検討する際には、「SDN(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)リスト」の対象者となっていないかを確認する必要がある。
 ②バンコクから東西経済回廊を利用してメソート、ミャワディ、ヤンゴンへと至る陸路を走破するには、約4日(約960㎞)で十分である。海路の場合、マレー半島を迂回する必要があり、約21日かかる。ミャンマーはインド、中東へ進出するための重要な国である。ただ、ヤンゴン港は河川港で水深が浅く、大型船の乗り入れができないという難点を抱えている。
 ③そこで日本は、タイが開発を進めていたダウェーSEZへの参画を決め、ダウェー港の開発に注力している。ダウェーは深海港の開発が可能である。ダウェー港が完成すれば、マラッカ海峡を通らずにインド洋に進出できる。なお、バンコクとダウェーは、南部経済回廊で結ばれている。
 ④中国は、チャオピューを輸出入拠点とすべく港湾開発を進めている。2013年秋には、マンダレーを通り、ミャンマー国境のムセ~中国国境の瑞麗、雲南省の昆明を通過し、広西チワン族自治区の貴港市までに至る全長約2,800kmのガスパイプラインが完成した。また、原油パイプラインも並走している。中国にとっても、マレー半島を大きく迂回し、マラッカ海峡を通る海上輸送ルートはリードタイム面で課題となっており、パイプラインによって物流レベルが数段改善される。
 ⑤笑い話だが、文房具も輸入に頼っており、同じ店で同じ種類のものが手に入るとは限らない。書棚のファイルを種類・色で分類するのも一苦労である。

 <フィリピン>
 ①フィリピンの労働力人口は2075~80年まで増加すると予想されている。一方、ベトナム、インドネシアの労働力人口は、2030~35年がピークである。
 ②フィリピンは、他のASEAN諸国に比べて、基本給の上昇率が低く、またストライキの発生件数も少ないので、労働環境は非常に安定している。
 ③BPO(Business Process Outsourcing)で経済が発展したが、反面製造業が弱く、裾野産業が育っていない。そのため、現地調達率が28.4%(2014年)と著しく低い。現地調達率を上げるには、現在部品を輸入している中国の珠江デルタから、いかにしてサプライヤーにフィリピンへ進出してもらうかがカギとなる。

 <インドネシア>
 インドネシアの主要経済拠点は以下の5つである。
 ①ジャカルタ=インドネシア経済はジャカルタ一極集中である。インドネシアに進出した日系企業は2014年半ば時点で1,700社と言われるが、その9割がジャカルタおよび近郊に立地している。
 ②スラバヤ=ジャカルタから東1,000kmに位置する人口第2の都市である。日系企業は100社ほど進出しているが、近年はスラバヤに第2工場を開設する製造業が増えている。インドネシア西部商圏向けはジャカルタ工場で生産し、インドネシア東部商圏向けはスラバヤ工場で生産するケースが見られる。
 ③スラマン=ジャワ島中部沿岸に位置する、中ジャワ州の州都。最低賃金はジャカルタより3~4割程度低く、工場用地も半額近い。日系企業は30社弱が進出している。近年、インドネシア全体の賃金上昇を受け、地場縫製メーカーがジャカルタからスラマンに移転するケースが多い。
 ④バタム島・ビンタン島=シンガポールから20km、フェリーで約1時間の島である。1970年代より保税加工区に指定され、政策的にシンガポールより多数の工場が移転された。日系企業も、労働集約型の電子部品メーカーなどを中心に、ピーク時には100社近くが進出していた。だが、最低賃金がジャカルタ並みであり、近年の賃金上昇を受けて、ベトナムへ生産機能を移管するケースが見られる。現在の日系企業数は50社弱である。
 ⑤バンドン=ジャカルタの東200㎞の高原地帯に位置する。バンドン工科大学、インドネシア教育大学などがあり、学園都市としても有名である。地場の大手縫製メーカーや大手食品メーカーが立地している。日系企業の進出は、自動車部品、縫製、ガラス加工など数十社にとどまる。

 <インド>
 ①タミルナドゥ州とその州都チェンナイは、日本企業からの投資が多く、日系企業の進出数が最も多い地域である。チェンナイは「インドのデトロイト」と呼ばれる。日系企業の中には、チェンナイにグローバル部品調達拠点を作る完成車メーカーやサプライヤーがある。インド南部の問題は、JETROが州政府と覚書を締結した日系専用工業団地がなく、工業団地が不足していることである。
 ②グジャラート州(州都:アーメダバード)は天然資源が多く、石油化学系の企業が集積している。また、インドの中では電力、水の供給面で進んでいる。スズキの鈴木修氏は、「グジャラート州は電気が余っている。工場立地としてはナンバーワン」と語っている。企業誘致にも積極的であり、モディ首相が州首相を務めていた当時、タタモーターズの誘致に成功している。今後、日系の自動車関連企業の参入が増加すると見込まれている。
 ③国産主義を貫いてきたインドでは、エネルギー、鉄鋼、化学など基幹産業の集積が進んでいる他、自動車や機械産業の裾野産業が発達している。よって、日本企業がインド市場に参入する場合、日本企業にとっての競合先が地場企業となるケースが多く、価格面で厳しい競争を強いられる。
 ④モディ首相が率いるインド人民党のマニフェストには、「総合小売業種の外資参入禁止、中小小売業者の保護」が明文化されており、小売業については今後のさらなる規制緩和は期待できない。
 ⑤インドには29州、7連邦直轄地があり、それぞれの州・直轄地が税制を導入し、州をまたいだ流通には中央販売税(CST:州またぎ税)が課せられるなど、税制・流通の煩雑さが参入障壁の1つとなっている。そこで、まずは特定の州をターゲットとし、小さく事業を始めるのが現実的であると思われる。

青山利勝『ラオス―インドシナ緩衝国家の肖像』


ラオス―インドシナ緩衝国家の肖像 (中公新書)ラオス―インドシナ緩衝国家の肖像 (中公新書)
青山 利勝

中央公論社 1995-05

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 ラオスは第2次世界大戦後にアメリカの植民下に入ったが、ほどなく米ソ代理戦争の場となり、右派、中立派、左派が入り乱れる状態となった。政治中立化を目的として第1次ジュネーブ協定(1954年)、第2次ジュネーブ協定(1961年)が結ばれたものの、アメリカが右派を軍事的に支援したり、右派主導の政権樹立を目指したりしたため、交渉が難航した。ラオス人民革命党の無血革命によってラオス人民民主共和国が成立したのは1975年のことである。

 従来の帝国主義は、武力行使によって外国を物理的に支配し、自国の領土を拡大するものであった。ところが、第2次世界大戦の反省を踏まえて、武力行使による領土拡大は国際法的に違法とされた(それでも、ロシアによるクリミア編入などの例はある)。しかし、帝国主義は死んでいない。領土の物理的拡大は不可能になったが、自国の影響範囲を広げたいという大国の欲求は消えていない。その欲求を満たすため、大国は自国と理念や価値観を同じくする国を作り出す。

 周知の通り、アメリカは自国の理念である自由、平等、基本的人権、民主主義、市場原理、資本主義を世界中に広めようとしている。そして、必要ならば外国の政治・経済システムに介入し、アメリカにとって都合のよいシステムに作り変える。アメリカは現代型の帝国主義国である。そしてこれは、ロシアや中国にもあてはまる。ロシアや中国は、近代的な帝国主義と現代的な帝国主義を合わせ持つ。冷戦は終わっても、彼らは社会主義の実現を決して諦めていない。

 大国の理念や価値観をめぐる対立の現場となるのが、大国に挟まれた小国である。ラオスも例外ではない。小国にはまず、対立する大国の一方につく、という選択肢がある。しかし、万が一その大国が倒れたら、自国も道連れにされるリスクが高い(大国は体力があるので、自国の理念が死んでも再起できる)。よって、小国にとって現実的な選択肢は、対立する大国のいいところどりをして、自国の政治・経済システムをどちらの大国寄りにもしないことである。

 ラオスは社会主義国となった際、王制を廃止した。だが、本書によれば、ラオス人には王政への憧れが残っているという。だから、1994年にタイのプミポン国王が27年ぶりの外国訪問でラオスを訪れた時には、ラオス国民は大歓迎した。本書の著者は、ラオスが「王政下の社会主義体制となってもなんの違和感もない」と述べている(君主を否定する共産主義のイデオロギーに対して、どのような理論をもって王政を組み込むのか?というテーマは興味深いが)。

 また、ラオスは共産主義国であるにもかかわらず、敬虔な仏教国(上座部仏教)である。無血革命の直後こそ、仏教徒の迫害や寺院の破壊が行われたが、1980年代から寺院も少しずつ修復されている。現在でも、僧侶が人々の生活の規範を示したり、生き方を教えたりする存在として人々から尊敬を集めているそうだ。

 社会主義国なのに王政への憧れを保ち、仏教を厚く信仰する。つまり、保守・伝統主義を残している。ロシアの社会主義者が見たらきっとぶっ倒れるのではないかと思うのだが、それがラオスなのである。様々な制度を”ちゃんぽん”にし、対立する大国の双方とつかず離れずの関係を保ちつつ自国の文化を保存するという、小国の戦略の一端が見えるような気がする。

Watch!CLMB編集部『アジアの雑誌復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア』


アジアの雑誌 復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア (アジアの雑誌復刻版)アジアの雑誌 復刻版 その先のアジアへ ミャンマー・ラオス・カンボジア (アジアの雑誌復刻版)
室橋裕和ほか Watch!CLMB編集部

キョーハンブックス 2014-09-29

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 完全に私の無知だったのだが、本書を読むまでは、インパールはてっきりミャンマーにあるものだと思っていた。実際にはインドにある。ミャンマー、バングラデシュ、ブータン、中国などに囲まれて陸の孤島のようになっている(実際にはつながっているのだが)地域は、「セブン・シスターズ」と呼ばれ、アルナーシャル・プラデーシュ州、アッサム州、メーガーラヤ州、トリプラ州、ナガランド州、マニプル州、ミゾラム州の7つの州からなる。インパールはマニプル州の州都である。


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 マニプル州には「マニプル王国」が存在したが、マニプル王国はビルマとの国境にありしばしば侵入を受けた。1754年にビルマを統一したコンバウン朝は、イギリス領インドに対する武力侵略をきっかけとして、3度に渡る英緬戦争を起こした。1885年11月の第3次英緬戦争で王朝は滅亡し、1886年6月、ビルマはイギリス領インドに併合されてその1州となった。

 その頃、マニプル王国では後継者争いが続いていた。1891年3月、イギリス政府は王位を奪ったジュヴラジ・ティケンドラジットを簒奪者と見なし、イギリス軍を送り込んでマニプル軍との戦闘が始まった。これがイギリス・マニプル戦争の発端となり、同年4月にマニプルは屈服した。

 1941年の太平洋戦争開戦後間もなく、日本軍は援蒋ルートの遮断などを目的としてビルマへ進攻し、勢いに乗じて全土を制圧した。連合国軍は一旦退却したものの、1943年末以降、イギリスはアジアにおける植民地の確保を、アメリカと中国は援蒋ルートの回復を主な目的として本格的反攻に転じた。その際、拠点となったのがインパールである。

 インパールは、牟田口廉也によるインパール作戦の失敗であまりに有名である。牟田口は、インパールの攻略によって連合軍の反攻の機先を制し、さらにインド国民軍によってインド国土の一角に自由インド仮政府の旗を立てさせることで、インド独立運動を刺激できると主張した。さらに、ナガランド州ディマプルへの前進をも考えていた。これが成功すれば、ハンプ越えの援蒋ルートを絶ち、ジョセフ・スティルウェル指揮下の米中連合軍への補給も絶つことができる。

 牟田口の案は、第15軍の3個師団(第15、第31、第33師団)に3週間分の食糧を持たせてインパールを急襲し占領するというものだった。そのためには、川幅1,000メートルのチンドウィン川を渡河し、標高2,000メートル級のアラカン山脈を踏破しなければならない。さらに問題だったのは、作戦が長期化した場合の前線部隊への補給だった。ビルマ方面軍は当初牟田口の案を無謀と判断したが、南方軍と大本営は最終的にこの案を支持した。



 結局、懸念された通り補給が途絶え、日本軍は多くの犠牲を払うことになった。牟田口は補給不足打開策として、牛・山羊・羊・水牛に荷物を積んだ「駄牛中隊」を編成してともに行軍させ、必要に応じて糧食に転用しようという「ジンギスカン作戦」を立てていた。しかし、頼みの家畜の半数がチンドウィン川渡河時に流されて水死、さらに行く手を阻むジャングルや急峻な地形によって兵士が食べる前に脱落し、たちまち破綻した。また3万頭の家畜を引き連れて徒歩で行軍する日本軍は、進撃途上では空からの格好の標的となった。

 1944年7月3日、日本軍は作戦中止を正式に決定した。将兵は豪雨の中、傷つき疲れ果て、飢えと病に苦しみながら、泥濘に覆われた山道を退却していった。退却路に沿って死体が続く有様は「白骨街道」と呼ばれた。最終的には、イギリス軍側の損害17,587名に対し、日本軍は参加兵力約85,600名のうち30,000名が戦死・戦病死し、20,000名の戦病者が後送されたという。

 本書は他に、ミャンマーとタイ、カンボジアとタイの国境付近の旅行記などが興味深い。また、カンボジアでは、インフラを整備するために中国資本が大量に入り込んでいることも指摘されている。日本のODAは主要都市間を結ぶ道路を作って終わりだが、中国は国土の大部分を占める地方の道路を人海戦術的に開発しているらしい。「日本は多額のODAを拠出しているから親日国になってくれる」などといつまでも思わない方がよさそうだ。

JETRO『アジア新興国のビジネス環境比較―カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ編』


アジア新興国のビジネス環境比較―カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ編 (海外調査シリーズ)アジア新興国のビジネス環境比較―カンボジア、ラオス、ミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ編 (海外調査シリーズ)
ジェトロ

日本貿易振興機構 2013-04

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 ASEAN10か国(ブルネイ、シンガポール、フィリピン、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)のうち、カンボジア、ラオス、ミャンマーは今後大きな成長が見込めるとして、3か国の頭文字を取ってCLMと呼ばれる。CLMの現状について知りたくて本書を読んだ。

 私の完全なる主観だが、3か国の中ではカンボジアが最もビジネスがしやすいように思えた。事実、世界銀行が出している「ビジネス環境の国別・項目別順位」を見ると、3か国の中ではカンボジアの順位が最も高い。ただし、世界的に見れば3か国とも順位が低い点には注意が必要だろう。また、カンボジアはポル・ポト政権下で知識階級が徹底的に排除された結果、国民の識字率が非常に低い(15歳以上の識字率が74%)ことも見過ごせない。

○ビジネス環境の国別・項目別順位(※数値は得点ではなく順位)
ビジネス環境の国別・項目別順位
(※The World Bank, "Doing Business 2014"より作成)

 以下、本書で私が気になったことのメモ書き。ただし、あくまでも本書が出版された2013年4月時点での情報であることをご了承いただきたい。

○進出形態・外資規制
 ※3か国とも、製造業は原則100%外資参入が可能。
 【カンボジア】
 ・卸・小売業への100%外資参入が可能。

 【ラオス】
 ・卸売業はラオス国籍投資家との合弁であれば参入可。
 ・小規模卸・小売業は合弁でも不可。

 【ミャンマー】
 ・外資は商業(卸・小売業、貿易、金融・保険業)への参入ができない。
 (ただし、細則で卸・小売業への参入を条件付きで認めたとされる)
 ※大和総研は、2015年にミャンマー初となる証券取引所「ヤンゴン証券取引所」の開業を目指すと発表。また、2014年10月にミャンマー政府は外国銀行9行に銀行免許を下ろし、そのうちの3行は三菱東京UFJ、三井住友、みずほであった。
(CNET Japan「諸外国がビジネス展開を狙う「ミャンマー」―その理由とは」〔2015年2月11日〕より)

○労働事情
 【カンボジア】
 ・労働生産性は中国の5~7割。
 ・有期雇用契約者の解雇は無期雇用契約者よりも難しい。

 【ラオス】
 ・労働生産性は中国の5~7割。
 ・外国人労働者の割合は、知的労働の場合20%、肉体労働の場合10%にしなければならない。

 【ミャンマー】
 ・労働者に占めるミャンマー人の割合を、熟練労働者の場合は2年以内に25%、次の2年以内に50%、さらに次の2年以内に75%にしなければならない。
 ・非熟練労働者はミャンマー人のみ。

○税制・税務手続き
 【カンボジア】
 ・売上高をベースに一定税率を徴収される。
 ・VAT(付加価値税)登録していない事業者への支払いは源泉徴収(15%)する必要があるが、現実には税金を肩代わりしていることも多い。

 【ラオス】
 ・優遇税制は地域・事業によって9段階に分かれている。減税率が大きいのは地方>都市。

 【ミャンマー】
 ・居住外国人は全世界所得が課税対象。
 ・非居住外国人はミャンマー国内の所得のみ。

○金融・外国為替
 【カンボジア】
 ・ドルが流通。ただし、政府はリエルの使用を促進する方針。
 ・決済手段は小切手。
 ・海外送金も柔軟にできる。

 【ラオス】
 ・決済通貨は現地通貨(キープ)。
 ・決済手段は小切手。
 ・海外送金は中央銀行の許可が必要。

 【ミャンマー】
 ・決済通貨は現地通貨(チャット)。
 ・決済手段は現金。銀行の決済ネットワークが脆弱。
 ・海外送金は中央銀行&ミャンマー投資委員会(MIC)の許可が必要。

○貿易・通関制度
 ※3か国とも、「後発開発途上国(LDC)に対する特別特恵措置」により、日本輸入時の関税は免除。
 【カンボジア】
 ・商業省に登録すれば輸出入は自由。

 【ラオス】
 ・輸出入時に事前許可が必要な品目がある。
 ・タイから物品を運ぶと国境で輸出入両方の手続きが必要(現在、一本化に向けて作業中である)。

 【ミャンマー】
 ・全ての品目についてインボイスごとに輸出入ライセンスが必要。

○インフラ(電力・物流・工業団地)
 【カンボジア】
 ・電力自給率が35.8%。
 ・シハヌークビル港から日本までの直行便はなく、シンガポール、香港で積み替えが必要。

 【ラオス】
 ・水力発電は十分可能だが、乾季にはタイから輸入している。
 ・陸路がある分、物流コストがどうしても跳ね上がる(ハノイ―ダナン間のブンアン港の利用に期待がかかる)。

 【ミャンマー】
 ・ヤンゴン港、ティラワ港は水深が浅いため、国際航路はシンガポール―マレーシア間をフィーダー船でつなぎ、積み替えが必要。
 ・工業団地の空きがない状況。
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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 現ブログ「free to write WHATEVER I like」からはこぼれ落ちてしまった、1,500字程度の短めの書評を中心としたブログ(※なお、本ブログはHUNTER×HUNTERとは一切関係ありません)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~
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