週刊ダイヤモンド 2016年 9/10 号 [雑誌] (現代に通じる「不敗」の戦略 孫子)週刊ダイヤモンド 2016年 9/10 号 [雑誌] (現代に通じる「不敗」の戦略 孫子)

ダイヤモンド社 2016-09-05

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 (1)散々『孫子』のことを書いておきながら、最後には「『孫子』は日本では使えない」といった、元も子もないことが書かれていて思わず苦笑してしまった。
 一般的な日本の企業は、まず品質の良い製品をつくろうと努力します。次に、世界一の品質を目指します。そして、世界最高水準に達すれば、その製品は必ず売れるはずだと考えます。

 ところが、そう考えているうちは、いくら孫子を読み込んでも、実践は無理です。というのも、日本の企業が「わが軍隊は強い。だから、戦いには勝てるはずだ」と考えることに対し、孫子の考え方は「わが軍隊は弱い。だから、騙して勝つしかない」というくらいに異なるのです。
(浅野裕一「孫子は日本に合わない それ故に求められている」)
 『孫子』は弱者の戦法であるから、グローバルで競争力を持つ日本企業にはあてはまらないという。ただし、最近は日本企業もグローバル市場で負けまくっているので、「我が社は弱い」、「我が社の製品・サービスは最悪だ」と認識を改めれば、『孫子』の使い道も見えてくるのかもしれない。

 本号を読んで、ソフトバンクの孫正義氏というのはやはり恐ろしい男だと感じた。孫氏は20代で大病を患い入院した際に、孫子の兵法とランチェスター戦略に出会い、深く感銘を受けた。そして、この2つを組み合わせて、「孫の2乗の兵法」というものを考え出したそうだ。現在、ソフトバンクが次々と大型買収を仕掛ける背景には、この「孫の2乗の兵法」がある。『孫子』は前述のように弱者の戦略であるし、ランチェスター戦略もまた、小国が生き残るための戦略である。この2つを組み合わせて、より高度かつ独自の理論を作り上げたわけである。

 ブログ本館で「「必ず解がある数学は、解のない実世界には役立たない」という意見へのちょっとした反論(1)(2)」という記事を書いた。数学のように定理や公式を1つ1つ積み重ねて結果に至る思考法は、ビジネスにおいて利益というゴールを達成するためにどういうロジックを組み立てればよいのかを考える際に役立つという内容であった。数学においては、簡単な定理・公式を組み合わせて、より複雑な定理・公式を導き出す。さらに、数学がよくできる人は、定理・公式を柔軟に活用して独自のロジックを生み出し、凡人が解けない問題を鮮やかに解いてみせる。孫氏にもこういう数学的な気質が備わっているのだろう。

 加えて、ソフトバンクがグループ全体で売上高9兆円になっても、孫氏の中には「未だ我が社は弱い」という認識があるに違いない(事実、世界一の通信会社になるという目標を達成するには、まだまだ追い越すべき巨大企業がある)。だから、自社が十中八九勝てそうな市場をいち早く見つけて、一点張りで巨額の投資を行う。ソフトバンクの戦略とは、煎じ詰めればその1点に尽きる。

 (2)「特集2」は広島。広島東洋カープが25年ぶりの優勝を目前に控えている。他球団の多くが赤字経営で親会社から資金を補填してもらっているのに対し、広島は41年連続黒字経営である。とりわけ2015年は、売上高が約146億円であり、最終利益は球団史上最高の7億6,133万円を叩き出した。特徴的なのはその売上高構成であり、売上高の実に24%にあたる約35億円がグッズ収入である。

 日本のスポーツビジネスは、アメリカに比べると下手クソだとよく批判される。野球に限って言えば、日本のプロ野球の球団は、収入の大半を広告や放映権に頼っている。これに対してMLBの球団は、チケット代やグッズのライセンス収入が大きな割合を占める。広島の球団経営はMLBの球団に近づきつつあると言えるかもしれない。それに比べると、広告ビジネスというのは非常に難しい。一般の顧客に加えて、広告主という第2の顧客を相手にしなければならないのだから、営業の苦労も2倍になる。この点を理解していない企業は実に多い。

 余談だが、中小企業診断士になってから、IT企業の事業計画書を数多く見てきた。特にベンチャー企業に顕著なのは、すぐに広告ビジネスに手を出したがることだ。彼らは、個人へのサービスを無料にする代わりに、コストは広告ビジネスでまかなおうとする。だが、広告主が魅力を感じる顧客基盤とは、何百~何千万人という規模である。その規模の会員を獲得した上で、さらに広告主も開拓しなければならない。よほどの企業でない限り、そこまでする体力はない。やはり、消費者が直接払ってくれるお金で利益が出る仕組みを考えるのが王道である。

 (3)広島には、エブリイというスーパーがある。このスーパーの戦略は「売り切れ御免」である。通常のスーパーは、欠品と機会ロスを徹底的に嫌う。だから、どうしても在庫が過剰となり、売れ残りは廃棄される。「毎年、日本では食品が金額ベースでいくら廃棄されているかご存知?」によれば、食品廃棄物は毎日3,000万食、金額にして年間11兆円にも上り、年間5,500万トンの食糧を輸入して、1,800万トンも捨てているという。日本の食品産業は約80兆円であるから、約14%が消費されずに捨てられている計算になる。

 最近はビッグデータが発達して、天候などの様々な要因があらゆる食品の需要に対して与える影響について研究が進んでいるという。もちろん企業側の努力も必要ではあるものの、我々消費者側の意識改革も不可欠であろう。誰が言っていたか忘れてしまったのだが、「昔はスーパーでお目当ての野菜などが品切れになっていた時には、『仕方ないね、今日は別のものにしておきましょう』と言っていた。ところが、最近は我慢するという発想がなくなり、自分がほしいものは店頭に置いてあって当然と考えるようになった」という言葉を思い出した。

 飢餓の時代ならいざ知らず、これだけ選択肢が豊富にある時代である。たまたま自分がほしかったものが1つなかったからと言って、「品揃えの悪い店だ」と文句をつけるのは止めよう。「今日は運が悪かったのだな」と思って、他にたくさんある選択肢の中から、別のものを選んで我慢する。食品ロスの削減は、我々のそういう小さな行動改善から始まるはずだ。