モチベーション・マネジメント ― 最強の組織を創り出す、戦略的「やる気」の高め方 (PHPビジネス選書)モチベーション・マネジメント ― 最強の組織を創り出す、戦略的「やる気」の高め方 (PHPビジネス選書)
小笹 芳央

PHP研究所 2002-12-02

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 私が大学生の時に買って読んだ本を10数年ぶりに読み返してみた。恨み節を言うわけではないが、会社員というのは非常に恵まれた”身分”である。仕事がない時期があっても周りの人が働いてくれるおかげで給料はもらえるし(その代わり、周りの人に仕事がない時には自分が働かなければならないが)、仕事で大失敗を犯しても減俸か左遷で済まされるし、健康保険や年金の半分を会社が負担してくれるし、福利厚生制度があるし、有給を取れば仕事を休んでも給料が入るし、病気で長期間休養しても収入の一定割合を保障してくれる制度がある。

 それに、本書で「社員のモチベーションアップは企業の務めである」と書かれているように、会社が自分のモチベーションにも気を配ってくれる。加えて、改正職業能力開発促進法が昨年の4月から施行されたことによって、社員はキャリアコンサルティングの機会を受ける権利まで取得した。独立して1人で仕事をしている私から見れば、まさに至れり尽くせりである。現代の会社こそ、最高の社会主義機関なのではないかとさえ思えてくる。

 独立すると、これらの特権は何もないことに気づく。仕事がなければ収入はゼロであるし、病気で仕事ができなければそれまでの仕事を失う(私は独立してから2度病気で入院し、仕事に支障をきたしたことがある)。国民健康保険料は非常に高いし、国民年金は月額の保険料こそ少ないが、その分将来もらえる年金も微々たるものになる。仕事で大失敗をすると損失は全部自分の身に降りかかってくる(私も相手に騙されて大損害を被ったことが何度かある)。福利厚生制度なんてものは当然ない。一番苦しいのは、放っておくとモチベーションを上げてくれる要素が何もない状態になることである(ブログ本館の記事「中小企業診断士として独立してよかった2つのことと、よくなかった5つのこと」を参照)。

 ただ、よく考えてみると、企業が社員のモチベーションを上げなければならないというのは奇妙な話である。企業は社員にお金を払う立場、社員は企業からお金をもらう立場である。お金をもらう立場の人がお金を払う立場の人にモチベーションまで上げてもらおうということがいかに不自然であるかは、顧客と企業の関係を考えると解る。顧客は企業にお金を払う立場、企業は顧客からお金をもらう立場であるが、顧客は企業のモチベーションを上げようとは露だに思わない。

 それでも企業が社員のモチベーションを上げなければならないのは、顧客は企業が気に食わなければ別の企業を選択すればよいだけであるのに対し、上司は部下が気に食わないからと言って部下の首を簡単には挿げ替えることができないからである。上司は今いる部下に頑張ってもらわなければならない。ここに、上司が部下のモチベーションを上げる必要性が生じる(ブログ本館の記事「【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点」を参照)。

 ただ、本書には、10数年前は気づかなかった非常に興味深い記述があった。
 日本では、まだ上司が部下を選べるような環境にはない。上司について、部下は選択権がないのである。だからこそ、上司は全ての責任を受容する器を持たなければならない。
 裏を返せば、労働市場の流動化が進んで、上司が部下を自由に選べる時代、環境が実現する可能性があるということになる。そうなると、上司と部下の関係は顧客と企業の関係と同じになり、上司が部下のモチベーションを上げる必然性はなくなる。したがって、モチベーションを上げるのは部下本人の責任となる。私は、これが本来のあるべき姿なのではないかと思う。

 マズローの欲求5段階説によれば、人間の最高次の欲求は自己実現である。しかし、マズローの説はあくまでも仮説にすぎず、多くの人はその1つ下に位置する承認欲求が最も強いと言われている。つまり、我々は周囲の人から認められたいと思っており、周囲の人から認められるとモチベーションが上がる。だから、社員が自分のモチベーションを自分で上げる最も効果的な方法は、顧客(社内顧客を含む)に対して、自分の仕事ぶりがどうであったか、自分の仕事は相手の役に立ったか、相手に価値をもたらしたかを直接尋ねることである。

 経営学者のピーター・ドラッカーは、毎年卒業生を無作為に50人程度選んで直接電話し、今どんな仕事をしているのか、学生時代の講義は役に立っているかといったことを聞いていたそうだ。大学の教員というのは上下関係が薄く、皆個人商店のようなものであるから、周囲からモチベーションを上げてもらうことを期待することができない。そこでドラッカーは、顧客である学生から直接自分の評価を聞き出すことで、自分のモチベーションを上げていたのだろうと思う。